19話 酒場再生計画その2
客を増やすにはどうすればいいのか――。
客商売をする者にとって永遠のテーマとも言えるべきこの問題。
ある店は品質を高め、ある店は価格を下げ、ある店はサービスやイベントを行う……などといった客を増やす為に様々な工夫をしている。
しかしいくら良品質の商品を揃え、利益率を低くしてまで価格を落とし、来店者が喜ぶようなサービスやイベントを行ったとしても、まずは店そのものの存在を知って貰わなければ意味がない。
つまり客を増やすために最初にしなければならないのは、店の存在を知ってもらうことなのだ。品質だのその辺りの経営努力は店の存在を知った上で実際に来店する動機となったり、リピーターになって貰う為の要素でしかない。
知名度を上げることこそが客を増やすために最も重視するべき項目だと言えよう。
なので打つべき手は、既に決まっている。
「広告看板を作ろうと思う」
「……こうこく?」
「聞いたことないわね。貴方の国の言葉かしら」
俺の言葉に首を傾げる二人。
やはりというかなんというかこの世界で広告というのは一般的ではないようだ。
確かに街中でもそれぞれ店前に看板が出ているだけで、前世でよく見た交通広告も屋外広告もこの世界ではまったく目にしていない。精々広場でチラシを配っているのを見かけたぐらいだ。
ギルド同士がシノギを削る競争社会なのに広告の重要性にまだ気が付いていないのは不思議に思うと同時に広告が軽視されているようで嘆かわしくもあるが、これは大きなチャンスでもある。
「簡単に言えば看板やチラシの巨大版を至る所に貼り出すんだ」
「そんなの勝手に貼ったら怒られるわよ」
「さすがに勝手には貼らないぞ。金を対価に許可を貰ってからだ」
それが広告掲載契約。
日本では人気のメディアやスペースには掲載するだけで何千万、そこから広告の制作費用がまた何千万という大規模な業界だったが、まだこの世界では広告という存在すら生まれていない。
広告の価値を理解している人がいない今であれば安い契約金で掲載許可も降りると見ている。
「それってチラシを配るだけでもいいんじゃないかしら?」
確かにビラ配りも広告の一種ではあるが……。
「広告を出す方が効果があると踏んでいる。ビラ配りはその時間、その場にいる人にしか渡せないが広告は時間に関わらずそこに在る。多くの人の目に留まるのは間違いなくチラシよりも広告だ」
他にもビラ配りには人件費やチラシの費用等がビラ配りをする度にかかってしまう。ポスティングも同様だ。その点広告は一度の制作費とスペースの契約費、そして経年劣化による修繕費だけで済む。日本であれば後者の方が間違いなく費用が掛かるが、この世界ならばきっと安く出来る。
それにビラ配りは一見単純なように見えて、配る人の知識と技術次第で集客効果に大きく差が出来てしまうからな。安定を取る意味でも広告を出すほうがいいだろう。
「なるほどね。問題はどこに広告とやらを掲載するか、かしらね」
「えと……人の多いところでしょうか?」
「そうだな。今のところ駅馬車の停留所と馬車内。それから中央広場付近の商店や露店辺りを考えている」
特に街と街を繋ぐ駅馬車内なんかは効果的だろう。利用すれば嫌でも目に入ってくるのだから。例えるならば電車の中吊り広告が一つしかない状況。目立たない訳がない。
「ただ広告のデザインをどうするか悩んでいてな……」
「別に酒場の名前と店の場所だけ書いておけばいいんじゃないかしら」
「いや、それだけでは素っ気なさすぎる」
初の広告というだけで十分に目立つとは思うが、もっと大きな何かが欲しい。
「えとえと、じゃあお勧めのメニューを載せるとかはどうですか?」
「有りだ。どんな店なのかを知って貰うには一番効果がある」
「そ、そですか? ふへへぇ……」
しかしそれでもまだ足りない。
俺はデザイナーではないので革新的なアイディアやセンスのある広告は作れない。俺の中にある知識だけで打てる手と言えば……。
「広告に人気のある有名人の肖像画を載せるってのはどうだ?」
日本の広告業界でよくある手の一つである、芸能人やスポーツ選手などの有名人の起用。海外ではあまり一般的ではない手法だが、インパクトを与える役目としては十分だと思う。
それに少なからず「あの人が出てる広告の商品だから買おう」という層はいるものだ。
「悪くないわね」
「はい。凄く印象に残ると思います」
俺と違って生粋の異世界人である二人の反応も上々。この案で進めよう。
「じゃあこの辺りで人気のある有名人って誰なのかって話だが……」
仕事で街中を駆け回っているが、仕事に関係なさそうな話題は不思議と耳に入ってこないせいで世間の流行には疎い。
「えと、リースちゃん……でしょうか」
「そうね。この辺りでは唯一のAランク冒険者だし。私は嫌いだけど」
ふむ、冒険者か。
冒険者で人気があるということは先日ファルが言っていたように戦い方も華麗だったり格好良かったりするのだろう――ってこの話を思い出すのはやめよう。俺達の中では黒歴史だ。
「そのリースって人が所属してるギルドはもしかして……」
「ええ。お察しの通り<ロイヤルブラッド>よ」
若干不機嫌そうにファルが答える。
相変わらずロイヤルブラッドに良い印象を持っていないようだ。
「……まさか貴方、リースを広告に起用するつもりじゃないでしょうね?」
牽制どころか脅迫じゃないかと思うぐらいの凄み。
これが仕事じゃなければすぐにでも「すみませんでした!」と土下座をしながら財布を差し出してしまいそうな迫力だ。
「あのギルドの所属冒険者を使うということは、あの金髪から許可を貰わなければならないのよ?」
「……勝手にお名前を借りるって訳には……い、いきませんよねー……」
それは間違いなくトラブルの元になるので絶対にしてはいけない手だ。
「こっちは下手に出るつもりはないわよ」
「大丈夫だ。わかっている」
下請けを断ったぐらいだ。許可を得られたとしてもその過程で頭を下げたり、シエラのご機嫌取りをしていればお叱りを受けることだろう。
だから――。
「俺が提案するのは対等な関係の――業務提携だ」




