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17話 雰囲気の良い職場です

 ファル・ウェステイル。

 ギルド<イーノレカ>のギルドマスターで俺の上司。

 俺達が仕事に集中出来るのも、ギルド運営に関する業務をほぼ一人でこなしながら受付まで兼任してくれている彼女のお陰だ。

 いつも余裕のある涼し気な顔で、的確な命令を俺達に下すファル。云わばクール系上司。


 だが、俺は今――彼女の意外な面を目撃してしまっている。




 深夜。

 今日は珍しく夜中でも出来る仕事がなかったので、その時間分この世界の知識を蓄えておこうとギルド二階にある自室で勉強していた。

 そうして一息付いた時だった。


『――っ――っ!』


 一階から何か声が聞こえた。

 ……まさか泥棒か。オンボロな建物ではあるが、仕事量を見る限り最近のイーノレカは絶好調だ。金があると踏んで盗みに来る輩がいても不思議ではない。

 様子を見に行こう。もしかしたら仕事が増えるかもしれない。

 そんな期待を胸に、足音を忍ばせながらギルド店舗部分である一階へと降りる。

 しかし、そこにいたのは泥棒ではなく。



「――氷の槍よ、穿けっ!」



 何もない空間に向かって、右手を突き出してポーズを決めているファルだった。

 月明かりに照らされた銀髪が靡き、幻想的とも言える光景。なにやら魔術を発動させているような言葉だが、ファルの手からは何も出ているようには見えない。


「……ちょっと違うわね。あっさりしすぎたかしら」


 と首を捻り、ポーズを崩し、なにやら思案に耽ったかと思うと。


「――凍てつく氷の槍よ、我が意に従い敵を穿けっ!」


 先ほどと同じように、バッと右手を突き出した。


「……よし。これはなかなか良さそうね」


 少しばかり機嫌が良さげに呟く。どうやら何かが気に入ったらしい。


 ……というかこれって……あれだよな。

 男の子ならば誰もが一度は経験する、かめは○波とか波○拳の練習的な……。

 それを……あのファルが……うちの上司が経営者が……。

 …………。

 ……。

 よし見なかったことにしよう。それが部下の俺が出来る気遣いだ。

 このまま気付かれないようにゆっくりと二階に上が――



 ギシィ。



 一歩踏み出した瞬間、床の軋む音がした。

 さすがはボロ屋。気を付けていても踏む場所が悪ければ意味がなかったようだ。

 冷や汗をかきながらファルの居た方を見る。


「…………」


 目が合った――と思った瞬間。


「違うのよ違うのよ違うのよ」


 凄い早口且つ俊敏な動きでこちらへと走ってきた。

 ……一瞬で間合いに入られた……仕事を通してそれなりに戦闘経験を積んできた俺があっさりと……。


「違うのよ」


 真顔だった。

 慌てていると思うのに超真顔だった。逆にそれが怖い。


「大丈夫だ。俺は何も見ていない。例え見ていたとしても誰にも言うことはない。心配なら命令をしてくれてもいい。俺は部下だからな、ファルの命令なら何でも聞く」


「だから違うのよ。勘違いなのよ。別に恥ずかしいことをしてた訳じゃないのよ」


 いや十分に恥ずかしいことをしていたと思う……とは当然口に出さない。


「わかっている。ファルのことだ、何か考えがあってのことだろう?」


 強く思ったことでも、突っ込みたいことでも、反論したいことでも、本音を漏らさず冷静に相手の言い分を聞く。前世で身につけた処世術の一つだ。


「そ、そうなのよ! さすがイトー。話のわかる部下ね」


 どうやら俺の考えは悟られなかったらしい。

 これもあのハゲ部長に鍛えられたお陰だろう。ありがとうございます。


「今のところ経営が好調なのはイトーも感じてるわよね?」


 順調ではなく好調。

 ここのところ仕事が途切れることは滅多に無く、迅速に依頼をこなしている姿勢が評価されているらしくリピーターのお客様も大分増えた。所属冒険者が二人ながらも消化した依頼の数だけで比べれば他のギルドにも退けは取らないと思う。


「ルミエナが頑張ってくれてるからな」


 これも全てはルミエナが入会してくれたお陰だろう。

 ファル曰く「生き急いでいるのかと思うぐらい異常」らしい俺の仕事ペースにもひぃひぃ言いながらも頑張って付いてきてくれている。さすがに全ての依頼に付いてくる程の体力精神力はまだ無いみたいだが、この先の成長が期待できる立派な社畜の卵だ。


「そういえばあの子、随分と貴方の為に頑張っているみたいだけれど、その辺りはどう思っているのかしら?」


「俺の為? 求人票に『頑張った分だけ稼げる』ってあったから頑張ってるんじゃないのか?」


 あの求人票を鵜呑みにしているのは大いに心苦しいがこれも理想の職場環境の為。ファルには出せるギリギリまでの給料をあげて欲しいと願う。


「……え。もしかして貴方気付いていないの?」


「いや見られてることならさすがに気付いているぞ」


 仕事中、仕事外問わずやたらとルミエナが俺に熱い視線(と言っても髪で目が隠れているので見えないが)を送ってきているのは感じている。


「けどあれは先輩の俺から何かを学び取ろうっていう姿勢の現れだろう」


 冒険者歴もランクもあっちの方が上なのに、俺を立てようとしてくれている。

 本当によく出来た後輩だと思う。もし俺にも給料が支払われるのであれば、気遣いもできる頑張り屋の可愛い後輩の為に使うのも悪くない。


「…………貴方、本当に仕事のことしか頭にないのね」


 呆れたようにため息をつくファル。

 仕事のことしか頭にないというのはかなり嬉しい褒め言葉ではあるが、なんとも釈然としない仕草だ。


「それで話を戻すけれど――そろそろ見栄えを重視していかなければならない時期だと思うのよ」


「……見栄え?」


 どういう意味だろうかと頭を捻っていると。


「イトーは強いけれど、戦闘の仕方がどうにも素人くさいのよね」


「……まぁ、そうだな」


 なんせチート能力を貰っただけの素人だし。

 これまでの戦闘はやたらと高い防御力を活かして受けて殴るだけで済んできた。


「それでは駄目なのよ。戦闘に勝つのは最低限当たり前のことだけれど、ギルドをもっと大きくするには勝利の先を見据る必要があるわ」


「勝利の先を見据えた結果が見栄え、ということか?」


 聞き返すとファルは満足そうに「その通り」と頷いた。


「Aランク以上の有名冒険者は戦い方も格好良かったり華麗だったりしてファンもいるの。ファンの多い冒険者を囲っているギルドはそれはもう大繁盛。追加料金を払えばその有名冒険者が依頼をこなしてくれるギルドがある程よ」


 なにその指名制度。売上ナンバーワン争いとかありそう。


「つまり、俺に格好良い戦い方をしろってことか?」


「それが一番良いのだけれど、すぐには難しいでしょう?」


「すぐに、となると難しいな」


 武器の扱い方は勿論、身体や足の捌き方など覚えなければいけないことは沢山あるだろう。指導者でもいれば話は別だが独学、且つ仕事をしながらとなると不眠不休で練習しても時間が掛かりそうだ。


「そこで考えたの。限られた訓練時間で習得可能でありながら、可能な限り見栄えを良くする方法を」


 まさかそんな都合のいい手法が。

 自身有り気なファルを見て期待が高まる。 




「それは――格好良い台詞よ」




「…………………………な、なるほど。とてもいい考えだ」


 なんとか無難な反応を絞り出せた。俺ほどの世渡り上手はそうはいないだろう。

 けどファルが一人でかめは○波的な練習をしていた意味がようやくわかった。あれは見栄えについて研究をしていたんだ。


「格好良い台詞さえあれば、イトーみたいな素人丸出しの戦い方でもそれっぽく見えるようになるに違いないわ」


 断言した。

 俺の上司が謎理論を断言してしまった。

 となると次に待っているのはやっぱり――。


「じゃイトー。ちょっと格好良い台詞言ってみなさい」


 命令だ。命令という名の無茶振りだ。

 だがどんな無茶振りでも部下の俺が上司の命令に背くわけにはいかない。

 それにこの行為はきっと次の、更にその先の仕事に繋がるに違いない。

 俺はただ、そう信じて格好良い台詞を言うだけだ。

 キリッとした表情を作り、持ってもいない手袋を嵌める仕草をしてみせながら――。



「さて――仕事の時間だな」




 ふふっ、即席で考えたが割といい線を――。


「全然駄目ね」


 無慈悲な反応が突き刺さった。


「な、なぜだっ! 今のは仕事人間である俺が改めて仕事の時間であるということを強調し、どんな戦闘行為もただ仕事の一環でしかないというスマートさを演出した戦闘前に用いる台詞で――」


「勤務時間内はずっと仕事中よ。それなのに戦闘前になってようやく仕事の時間だと言うだなんて、貴方移動中や現場待機時間は仕事中ではないというの? ギルドの看板背負ってる自覚あるのかしら? 仕事大好きな癖に仕事舐めているの?」


 ……せ、正論だ。

 確かに俺としたことがどうかしていた。仕事をしたいしたいと吠えておきながらこの台詞は有り得ない。社畜失格と言われても仕方のない失態だ。

 ……うぅ。気付いてしまったら微妙に吐き気が。久々に社畜精神に逆らってしまった。

 くっ、こうなったら次で挽回しよう。



「お前など――この右手だけで十分だ」



 握りこぶしを作り、右手をグッと前に出したポーズを取る。

 ふふっ、この余裕さをアピールした台詞なら――。


「酷いわね」


 またもや無慈悲な反応だった。


「なぜだっ! 実際にカマセイ君やこれまでの戦闘は大体右手一本で――」


「もっと強い相手と戦わなきゃいけない機会が来たらどうするつもり? 右手一本しか使わないとかいいながら他の箇所も使ってしまったら相当ダサイわよ」


 またもや正論で返される。

 そもそも強い相手でなくとも目前に危機が迫れば、つい反射的に動いてしまうってことも考えられるしな……。

 ううむ……難しいな。格好良い台詞。


「例えば『俺を楽しませてくれよ?』みたいな台詞はどうかしら」


「お、それいいな」


 仕事を楽しんでいるらしい俺にはぴったりな上に大物感も出ている。


「なら『簡単な仕事だが――手は抜かないぜ』みたいなのもいけるか?」


「悪くないわ。どんな仕事にも全力で取り組む姿勢を強調しているところがいいわね」


「よしだったら――」





 深夜テンションという言葉がある。一過性の躁状態のことだ。

 徹夜続きで寝ていないのにやけに仕事が捗ったり、普段は考えもつかない画期的な閃きがあったりと、ブラック業界ではこの深夜テンションをいかに上手く扱えるかが、仕事の効率に直結すると言っても過言ではない。


「ふふっ――私の部下なら当然ね」


「例えどんな仕事だろうと――必ずや成し遂げよう」


 ある時は決めポーズ、ある時は自然体を装い、次々と格好良いと思った台詞を口にする俺達。考えるまでもなく湧き出てくる台詞達。

 俺達はまさに深夜テンションの領域に入っていた。

 …………そして入り込みすぎていた為に、気付かなかった……既に夜が明けていることに。

 ギィィと耳に響く玄関を開け、ルミエナが出勤してくるまでは。




「……え、えっと……これは……」




 明らかに普段と様子が違う俺達を見て、困惑するルミエナ。

 ――深夜テンションには弱点がある。入り込みすぎて『暴走』してしまうのだ。

 冷静さを取り戻した時に、深夜テンション中の出来事を振り返ってみると「なんでこの案が良い閃きだと思っていたのだろうか……」とか「なんでこんな杜撰な企画書を作ってしまったのだろうか」など後から後悔することも少なくはない。要は入れ込みすぎないことが深夜テンションを上手く扱うコツなのだ。

 …………そして今回は、ルミエナを見た瞬間にこみ上げてきた恥ずかしさから考えると、間違いなく暴走していたことになるだろう。


「「…………」」


 一気に冷静さを取り戻した俺達はお互いに目を見合わせ、視線だけで通じ合う。

 『この恥ずかしさは全員で共有するべき』だと。


「時にルミエナ、魔術の発動ワードを変える気はないか?」


「丁度いいのがあるのよ。少し長いから覚えるのが大変かもしれないけれど」


 俺とファルの二人で両脇を固め、逃げ道を塞ぐ。


「い、いえあまり長い言葉は発動速度に影響が出ちゃいますし、ワードを変えると魔術陣も新しいのを組まないといけないですし……」


 確かにルミエナの言う通り、実用性を重視するなら発動速度は無視できない。新たに魔術陣を組み直すのも手間だろう。

 けれども今大事なのは結束力。

 ここはみんなで同じ気持ちを抱いて結束力を高めるのだ。


「これは経営戦略の為に必要な研修。恥ずかしがることなんてないのよ」


「さぁまずはこの『吹き抜ける天駆ける風よ――』ってやつからいってみようか」




「ひ、ひぃぃ……!」





 イーノレカは――とても雰囲気のいい職場です。

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