16話 後輩との初仕事その2
仕事は効率良くこなさなければならない。
残業代が欲しいからとダラダラ作業するようなホワイト企業勤めの人達とは解り合える気がしない。効率良く素早く仕事を消化し、また次の仕事に取り掛かる……それが仕事をするということだ。
では効率良く仕事をする為にはどうすればいいのか。
ゴールを明確にイメージするだとか、作業手順や環境を見直すだとか、スケジュールや優先順位や人員配備の割り振りを考えるだとか色々な手段がある。
しかし一番大事なのは『万が一に備えること』ではないかと俺は考えている。
起こらないかもしれない事に労力を割いて備えるのは逆に非効率ではないかと言う人もいるが、仕事には目的がある。もし起きてしまった万が一のせいで目的が達成出来なくなってしまえば努力も時間も何もかもが無駄になる。加えて失敗は会社の利益も信用も大なり小なり失ってしまう。
故に不測の事態に備えることこそが、最大の効率化ではないだろうか。
なので今のように、山道の調査中に――。
「へへへ……ここを通りたけりゃ通行料を払って貰うぜ」
こうして山賊達に遭遇しても、俺にとっては想定の範囲内であるということだ。
山道の調査。
商人が山賊に襲われたという証拠品や痕跡を探し出すのが調査の目的。複数の怪しげな足跡や商人や山賊の所持品が見つかればそれが証拠として参考になるらしいので、何か一つだけでも見つかればいいと思っていたのだが、山賊そのものが現れてくれた。
俺達の前方に三人。後方に三人。前後を挟まれた形。それぞれ剣や斧などで武装している。
あとはこの山賊達が商人を襲った山賊と同一かどうかさえわかれば……。
「五日振りの獲物だぜ」
「最近ここ通る奴は強そうな護衛付きばかりだったもんな。弱そうなコイツらからたんまり巻き上げておかねーと」
……向こうから勝手に情報を漏らしてくれたぞ。さすが異世界且つ山賊。コンプライアンスや情報漏えいなんて言葉は存在してないようだ。
「……イトーさん、こ、これピンチじゃないですか?」
ルミエナが怯えたように身を寄せてくる。俺の服の裾を掴んだ手は緊張でなのか恐怖でなのかはわからないが少しだけ震えていた。
こっちは二人で相手は六人で背後まで取られているので確かにピンチと言えばピンチかもしれない。
だが山賊の襲撃を想定していた俺には打開策がある。万が一に備えるとはそういうことだ。
「大丈夫だ。ここは俺に任せろ」
ルミエナにそう言って、正面にいる山賊に向き直る。
山賊と言っても悪党ばかりだとは限らない。某国民的漫画の海賊も海賊だと言いながら決定的な悪行を働いたことはさほど多くはなかった。なのできっとこの山賊たちも話せばわかる気の良い人達に違いない。商人を襲ったという話も何か不幸な行き違いがあったりだとか、通行料を払えというのもきっと駅馬車代を貸して欲しい的なことだろう。
「こんにちは。俺達に何か御用――」
「おうてめえ。さっさと通行料として金目の物を置いていきやがれ。そうすりゃ命だけは助けてやるぜ」
ほらな、命だけは助けてくれるって――。
…………。
……。
「な、なにぃっ!? まさかお前ら悪い山賊なのかっ!?」
「山賊に良いも悪いもあるかよ。おら、とっとと出すモン出しやがれ」
くっ。万が一の備えが外れるだなんて……!
まさか通行料が経費で落ちるとは思えないので大人しく支払うわけにもいかない。
だったらここは――。
「わかった。とりあえず今持ち合わせている中で一番高いコイツを」
腰に差していた短剣を鞘ごと渡す――。
「ちっ。シケてやがんな……まぁいい、やっぱり身ぐるみ剥が――ぐぼぉっ!?」
渡す、と見せかけて近付いたところで山賊の腹部に拳を一発ぶち込む。カマセイ君の時よりも少し力を抜いての一撃だったが、山賊にとっては大ダメージだったらしく前のめりになりながらゆっくりと膝をつき、そのままうつ伏せに倒れた。
……これで残りは五人。
「て、てめえ! いきなり何しやがる!」
「俺達は山賊による強奪が本当にあったのかどうかを調査しにきた冒険者だ。だからお前達山賊本人を証拠として提出しようと思ってな」
これも仕事の為。話し合いの余地がないのであれば、これが一番手っ取り早い。
「はんっ、まさかこの人数相手に勝てると思ってるのか?」
一人倒したとはいえ相手は武装した五人。力はこちらが上だとしても連携されたり不意を突かれる等で厳しい場面も出てくるかもしれない。
――だがそれは俺が一人だけで戦う場合の話。
仕事は一人では成り立たない。前世での仕事も営業、広報、制作、経理、総務など様々な役割の人たちがいることで成り立っていた。それぞれに得意分野があり、それぞれの担当がある。
だからこの場は後輩の力を、後輩の得意分野を存分に頼る。
「ルミエナっ! こいつらに拘束魔術を!」
「えっ? あっ、は、はいっ! えとえとえと48ページ――拘束魔術五式!」
カマセイ君よりも強力な魔術。
息を合わせて俺に襲い掛かってきた山賊二人の動きを止める。
「なにっ!?」
「あのチビ魔術師かっ!」
武器を振りかぶった状態で静止する山賊たち。見事な魔術だ。
よし、この隙にこいつらを――ってあれ?
「…………なんか……俺も動けないんだけど」
「ああああ!? す、すみません! 間違えました!!」
あたふたと慌てるルミエナ。どうやら俺は魔術の巻き添えを食らってしまったらしい。
不味いな……前方の三人を無力化出来たとはいえ、まだ後ろには……。
「!? 前に転がれっ!」
「ひぃっ!?」
思わず、と言ってもいいぐらい反射的に前方へ飛び込むルミエナ。
その直後、先ほどまでルミエナが立っていた場所へ、山賊の剣閃が空を切った。
「……くそっ仕留め損なったか」
「おいおい。あれ外すとか腕が鈍ったんじゃねーの?」
「ははは。まぁ次は絶対外しようがねえだろ」
ちっと舌打ちをする山賊に、へらへらと笑う二人の山賊。俺達の後ろにいた三人だ。
「……あわ…………あわわ……」
もう少し避けるのが遅かったら斬られていた――そんな恐怖心からか、ルミエナは腰が抜けてしまったようで満足に逃げる事もできない様子だ。
「んじゃ次は俺がやらせて貰おうかね」
ニヤニヤと薄気味悪い表情でルミエナへと近付いていく山賊。その右手には細い木ぐらいならすぐに叩き斬れそうな、鋭い片手斧が握られている。
どう見ても今のルミエナは回避出来る状態じゃない。
『あたしは防御には自信がないので……』
言っていた言葉が思い出される。
そしてその瞬間に、俺の身体は動くようになっていた。
ルミエナに向かって今まさに振り下ろされようとしている斧。
俺の助けが間に合うか間に合わないか微妙なライン。ならば求めるのは最高の結果ではなく、最短で行える処理。
飛びついてルミエナに覆い被さる。瞬間、背中に激痛が走った。
「ぐぅっ!」
痛みを予想していなかった訳ではない。
だがゴブリンやカマセイ君の一件で、もしかしたらまた痛い程度で済むかもしれないという期待もあったのでこの痛さは正直なところ想定外だ。
「い、いとー……さん?」
「……怪我はないか?」
「えと……はい。大丈夫みたいです……けど……い、いとーさん血が……」
やけに背中が熱いと思ったら結構血が出ているようだ。
覆いかぶさっているせいで横腹を伝って地面に滴り落ちていた。
「大丈夫だ。ルミエナに怪我がないならそれでいい」
なぜか追撃はこないが、いつまでもこうしていてはいい的になってしまう。
すぐに立ち上がって俺を斬りつけた山賊へと向き直る。
「……おめえ……こっちは殺すつもりでやったんだぞ……なんで平気な顔してやがんだ……」
「いや、これでも結構痛みに耐えてるぞ――っと」
言いながら背中に手を回し、刺さっていた斧を抜き取る。
血が一段と吹き出した気がしたが今は仕事中なので気にしないことにしておく。
「へ、平然としてやがる……」
「コイツ頭おかしいんじゃねえか……」
殺すつもりの攻撃でも行動不能にすら出来なかったせいか、山賊達が驚いている。
……やっぱり俺は強い。山賊五人相手でも負ける気はしない。
「さて、仕切り直しといこうじゃないか」
斧を右手に左手には短剣を持ち、構える。
二刀流出来るほどの技量も器用さも経験もないが、多数を相手にしなければならない現状ではこうするのが一番だろう。
「――いいやオレ達はここで退かせて貰う。アンタみたいな変人とやり合ったって損しかねえ」
背後で山賊たちが動く気配。
どうやら魔術の解けた二人が気絶した山賊を担いだようだ。
「……素直に逃がすと思っているのか?」
山賊たち本人は重要な証拠。依頼を遂行するために必要な存在。
「別に追いかけてきてもいいぜ――アンタの連れがどうなってもいいならな」
「え、あ……あたし……?」
ルミエナはまだ腰が抜けているのかへたり込んだまま。
山賊はこのまま前と後ろの二手に分かれて逃げるつもりか……。もし俺が一方を追いかけた瞬間、もう一方が動けないルミエナを――。
「…………見逃すしか、ないようだな」
「ははっ。よっぽどそのチビが大事みたいだな。こっちとしては助かるけどよ」
「ああ――大切だ」
迷いなく言い切る。
今回の依頼はルミエナがうちに来てくれたからこそ受けられた。これから先受けることになる依頼も俺一人では受注条件を満たせないモノが多いだろう。
だから恩人とも言えるべきルミエナはとても、とても大切だ。
「はっ。惚気けやがって……まぁいい。ズラかるぞおめぇら!」
そう言って山賊達はこちらを十分に警戒しながら、ゆっくりとこの場を離れていった。
「大丈夫か?」
周囲を十分に見回してから、へたり込んでいるルミエナに声を掛ける。
ぽーっと熱に浮かされたような様子で俺を見ている。
「どうした? やはりどこか痛むのか?」
「あ、いえ……だ、大丈夫ですけど……」
「なら良かった。怪我なんてして欲しくないからな」
怪我なんかして仕事に影響が出ると困る。
俺なら怪我をしてても動ける限り働くが、それをルミエナに求めるのは酷というものだ。
「い、いとーさん……そこまであたしを……た、たいせつに……」
「ああ。大事に思っている」
「ほ、ほわぁ……」
ルミエナの顔がますます赤くなった。
……もしかしたら怪我ではなく熱でもあるのかもしれない。それなのに勤務初日から突然仕事を振られても文句一つ言わずに同行してくれたのか……なかなか出来る後輩だ。
「そ、そいえばイトーさん怪我っ!」
「ああ背中か。さっきまで痛かったが今はもうなんともないな」
「それは麻痺してるだけですっ! やばいやつです! 治療します!」
パタパタと慌ただしく俺の背中に回り込む。
「うわ……ぱっくり……えと、これだと……98ページ――回復術一式」
回復魔術もあるのか。
せっかくの体験なのに既に痛みがないので回復してる感がないのがちょっと残念に思う。
「一応傷は塞ぎましたけど、あまり激しく動くとまた開いちゃう可能性があるので……」
え? もう?
凄いな回復魔術。外科医も驚きのスピードだ。
「ありがとう。やっぱり凄いなルミエナは」
「…………全然凄くなんかないです。さっきもあたしが失敗したせいで……」
沈んだ声。
さっきの出来事が結構響いているか……まぁ無理もない。
「あたしだめなんです。いつも失敗ばかりして色んな人に迷惑かけちゃって、ギルドにいられなくなって、他のギルドに移って、でもそこでもまた失敗して……」
「――失敗にはしてもいい失敗と、してはいけない失敗があるんだ」
俺にそう教えてくれたのは竹中さん。
新人だった俺が仕事でミスをしてへこんでいた時、これを教えてもらった。
「今回は前者、取り返しのつく、してもいい失敗だ」
「え、でも……あたしのせいで山賊を取り逃がしちゃって……証拠が……」
「証拠ならこれがある」
俺の背中に刺さっていた斧。山賊本人よりは格が数段落ちるが奴らの所持品には変わりない。それに奴らの容姿も特徴程度ならばっちり覚えている。成果としては十分だろう。
「だから今回みたいな失敗で必要以上にへこむことはない。というかへこむな。小さな失敗でいちいちへこんでいたら身体も心も保たないぞ」
新入社員の中には未熟者の癖して「完璧さ」を求める若者が多い。
だからちょっとの失敗や、失敗とは言えないような小さなことで躓いて起き上がれずにそのまま……という奴を俺は何人も見てきた。常に満点を目指す必要なんてない。合格点さえ超えていれば仕事はこなせる。許されるギリギリまでの妥協を覚えなければすぐに潰れてしまうのが社会だ。
俺が思うにきっとルミエナにはそれが出来ていない。
人の目を意識しすぎて、だからちょっと失敗してはギルドを転々として、結局は失敗を取り返す機会もなくただ逃げ続け、自分に自信を持つことが出来ない。
なら俺は先輩として、少しでも後輩の力になろうと思う。
「……じゃあ、してはいけない失敗をしたときは……?」
「へこめ。大いにへこめ。死ぬほどへこめ。死ぬことを考えるぐらいへこめ」
「ひぃ……」
「それで一通りへこんだら――俺が絶対に助けてやる。何としてでもな」
可愛い後輩を助けるのは先輩の役目。
――ですよね、竹中さん。




