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14話 求)社畜

 今は仕事をするよりも人手を増やした方が先へと繋がる。

 そう考えた俺達は求人票だけに頼らず労働者を直接確保する為、ギルド管理局へと足を運んでいた。


「早速獲物がいるわね」


 各ギルドの求人票が貼り出されているボード。

 その前で腕組しながら求人票を眺めている中年の男性がいた。鍛え上げられた身体にはいくつもの傷が付いており、背中には大剣を背負っている。溢れ出るベテラン冒険者の風格。是非とも欲しい人材だ。


「行くわよ」


「おう」


 ファルの後に続き、男性の元へと向かう。


「冒険者ギルドをお探しかしら?」


「ん? おぉそうだが……アンタらは?」


 突然話しかけてきた俺達に対し、訝しげな視線を送る男性。


「ギルド<イーノレカ>の者よ」


「<イーノレカ>……おお、この面白い求人のところか」


 男性が笑顔を見せる。どうやら悪い印象は持たれていないようだ。


「それで<イーノレカ>の人が何の用だ? もしかして勧誘でもしてくれるのか?」


「ええ。私達は優秀な冒険者を探しているの」


「自分じゃ優秀かどうかはわからねえが、これでも一応Bランクではあるぜ」


 Bランク!

 ランク制限がかかっている一部の仕事では高ランク者がいる場合に限り、低ランク冒険者も同行出来るモノもある。この人が入ってくれれば一気に仕事の幅が広がる!


「思った通り優秀ね。どうかしら? うちのギルドに入る気はない?」


「ふぅむ……そうだな。この頑張った分だけ稼げるっていうところが気に入ったな。よし、いいぜ。アンタのところに――」



「――考え直した方がいいですわよ」



 色良い返事が貰えると思った瞬間、横やりが入った。

 金髪のサイドテールにド派手な赤いマント。声の主は<ロイヤルブラッド>のギルドマスターのシエラさんだった。


「頑張っただけ稼げる、とありますけれど具体的にはどれほどの成果をあげればどれだけの報酬が貰えるかが不透明……これは逆を言えば頑張らなかったからと安い給金で働かされる可能性もあるということですわね」


「……ふむ、確かに嬢ちゃんの言う通りだな」


 くっ……。まさかこの謳い文句の穴にすぐに気が付くとは……。

 さすがは大手ギルドを取りまとめているだけある。見事な観察眼だ。


「成果をあげた分だけきっちり支払うわよ。そもそも依頼によって難易度も依頼料もバラバラなのに具体的な数字なんて出せないわね」


「でしたらこちらの依頼を一人で達成した場合、本人にはいくら支払うかお聞かせ願える?」


  『廃鉱山に住み着いた魔物の討伐

      討伐対象:D級クラス5体前後

        報酬:5000ルピド』


「…………」


「答えられない、ということは安い給金で働かせようとしていたと判断しても宜しいですわね?」


 決めつけられたように言われても、ファルは何も言い返さない。言い返せないのだ。

 給与面での虚偽は一発で営業停止。出任せを言って後から男性が「条件が違う」と管理局に訴えた時点で<イーノレカ>は営業停止になってしまう。

 謳い文句の穴を突かれた時点で、俺達は負けていた。


「ふふっ。その点わたくしのギルド<ロイヤルブラッド>は割り振った仕事さえこなしてくれれば、規定の給金を支払いますし、追加で仕事をお願いする場合は特別手当も代休制度もありますのよ」


 なんというホワイト企業。

 社畜精神が染み付いているこの身体が話を聞いただけで拒否反応を起こしているのが何よりの証拠だ。


「へぇ嬢ちゃんはあの<ロイヤルブラッド>のギルドマスターだったのか」


「ええ。そうですわ。あなたさえ良ければわたくしのギルドに入りませんこと?」


「俺がアンタのところにか? そりゃ願ってもねえ話だな。よろしく頼むぜ」


 

 そうして男性はシエラさんと二三やり取りをした後、俺達に目をくれることもなく去っていった。




「……貴方は邪魔をしに来たのかしら」


 不機嫌+敵対オーラを隠すことなく、シエラさんを睨みつけるファル。


「ええ、そうですわ」


 まったく悪びれることなく言ってのけるシエラさん。

 二人の間に物凄く険悪な空気が流れている。


「弱小ギルドとはいえ、彼がいる限りわたくしの脅威となり得る……潰しやすい今のうちに潰しておきたいのですわ」


 宣戦布告としか取れない過激な発言だ。

 というか凄い買い被られてるな俺。


「大手ギルドに構って貰えるなんて光栄ね。でもあいにく私達はそっちに構ってる暇はないのよ。……イトー、次はあの子に声を掛けるわよ」


 シエラさんを無視するかのようにファルは次の勧誘対象に指を差す。

 その先にはやたら熱心に求人票を見ている小柄な子の姿があった。黒のローブに魔女が被っているような黒い帽子。隙間から見える髪は燃えるような赤髪だが、とにかく髪と肌以外は全身黒ずくめでとても目立っている。


「そこの貴方、ちょっといいかしら」




「っ!?」




 背中越しに声をかけると、黒ずくめの子は驚いたのかビクンと身体を震わせた。


「えっと……その……あ、あたしに何かご用……ですか?」


 何故かこちらに背を向けたまま、たどたどしい小さな声で返答をする黒ずくめの子。

 若干舌っ足らずな声の可愛さから察するに女の子のようだ。


「えっと、出来ればこっちを向いてほしいのだけれど」


「そっ、そですね……はい………………が、頑張りますっ」


 振り向くだけなのに頑張る要素はあるのだろうかと考えていると、女の子は「よしっ」と小さな声で気合いを入れ、力強く足を踏み込み、回れ右をしてこちらへ振り向いた。

 目が完全に隠れるほどの長い前髪。加えて顔が俯き加減なので、どんな表情をしているのかはいまいち読み取れない。


「それで貴方はギルドを探しているのかしら?」


「あ、はい……そうですけど……前のギルドが駄目になったから……」


 倒産ってことだろうか? まぁ競争社会だもんな、そういうこともあるだろう。

 ……俺も奴隷生活に戻らない為にも頑張っていかないとな。


「なら丁度良いわ。私達は<イーノレカ>の者なのだけれど、うちに興味はないかしら?」


「もっ、もしかして雰囲気が良いって書いてあったところですか……?」


 さすがはブラック企業御用達の謳い文句。真実を知らない人には効果覿面のようだ。

 これはどう見ても脈有りだろう。よし、このままいけば新たな社畜を――。




「――そこに入るのは考え直した方がいいですわよ」




 ……と思ったらまたシエラさんか。

 どうやら本気で俺達を潰しに来ているらしい。


「そもそも雰囲気の良い職場とは書いてありますが、何をもって雰囲気が良いとするかは人それぞれであって――」


 シエラさんはやはりこの穴も見破っていた。

 が、このままさっきみたいに流れを持っていく訳にもいかない。


「アットホームだ」


 三人の視線が俺へと集まる。


「俺達の職場は、アットホームな雰囲気なんだ」


 ブラック企業といえばこの謳い文句がきっと一番有名だろう。

 今の日本では間違いなくこの言葉を使っている企業を避ける者がほとんどだろうが、アットホーム=ブラック企業という図式が浸透していないこの世界でなら、まず間違いなく通用する。


「…………あっとほーむ、ってなんですか?」


 黒ずくめの女の子が首を傾げる。

 顔の半分近くが髪で隠れているので細かな表情や視線の動きは読み取れない。


「まるで自宅にいるような違和感のない職場のことだ」


「お……お、おぉぉお……!」


 感激しているのか、女の子がぷるぷると小刻みに震えだした。表情は見えないが反応がわかりやすい。

 一方ファルからは「私にそんなギルドを作れと言われても困るのだけれど、どう責任取るつもり?」とでも言いたそうな冷たい視線が……というか睨まれてるなこれ。

 だが安心して欲しい。

 この言葉の真の意味は、残業続きで会社で過ごす時間が多くなるせいで、やがて会社が自宅のように思えてくるようになり、家よりも会社の方が落ち着く身体になってしまう、という意味なのだ。

 二階部分が住居スペースである<イーノレカ>にとってこれ以上の言葉はそう簡単には見つからないだろう。


「ちょっとお待ちなさい。そのギルドに入るぐらいでしたらわたくしの<ロイヤルブラッド>に入った方がいいですわよ」


「えっ? ロイヤルブラッドってあの超大手の……?」


 くっ。

 さすが一流企業。一瞬で興味を持っていかれた。


「ええ、<イーノレカ>よりも高待遇をお約束致しますわ」


「ふひっ、ふふひ。こんなあたしがあのろいやるぶらっどに……ふふひ」


 い、いかん。このままでは結局さっきの二の舞いだ。何か手を打たないと。

 けど給与も規模も仕事量も何もかも負けている俺達が勝っている要素なんて……。

 …………。

 ……。

 いや……ある。

 正確には勝っている訳ではないが、この場ではそれが有利に働くかもしれない要素がこっちにはある。


「ロイヤルブラッドほどメンバーが多いギルドだと、人間関係とか複雑そうだな」


「えっ……」


 先ほどまで喜々とした様子を見せていた女の子が、一気に沈む。

 ……思った通りだ。

 小さくたどたどしい声、目線を合わせようとしない俯き加減の顔、長い前髪で隠した目。

 この子はおそらく――コミュ障だ。人とコミュニケーションを取るのが苦手な人種だ。

 だから俺は、そこを突く。


「既に形成されているコミュニティに入っていくのも勇気がいるな。それに派閥なんかもありそうで、一歩間違えば職場いじめに遭うかもしれない」


「それは…………怖い……です」


「なっ、何を勝手に言っていますの!? メンバーはみんな和気藹々としていますわよ!」


「全員が? 100人を超えるメンバー、全員が和気藹々としていると確認したのか?」


「い、いえ……それは……していませんけれど……けれどっ!」


 堂々と出任せを言えばいいのに、明らかに狼狽えた様子を見せるシエラさん。

 流れは今こちらにある。このまま一気に持っていく。


「それに比べてうちは安心だ。俺とファルの二人だけだし、なによりアットホームな職場だからな」


「…………えとごめんなさいっ。あたしはイーノレカに入ります」


 シエラさんに向かって深々とお辞儀をする女の子。

 ……決まったな。


「わ……わたくしのギルドが選ばれないだなんて……これは……何かの……」


 がっくりと膝から崩れ落ちるシエラさん。余程ショックだったようだ。

 まぁ普通そっちが選ばれない理由はないもんな。


 今回の勝因は間違いなく――ここが日本じゃなかったことだろう。

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