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13話 仕事がない

 俺が社畜精神に気付いていなかった前世の頃、思っていたことがある。


『なんでもかんでも仕事を持ってくるんじゃねえ! 既にギリギリだってのに上は何考えてんだ!!』


 なんと贅沢な考えだろうか。

 自分がどれだけ恵まれているかを知らない、おめでたい思考だ。


 で、なぜ俺がそんな前世の事を思い出しているかというと――。



「依頼……こないな……」



 ギルド<イーノレカ>本日の依頼者――ゼロ。

 要は仕事がない。

 ないのだ。

 どれだけ働きたくっても、ないのだ。

 元請け様のお気遣いや、営業や会社が頑張ってくれたからこそ仕事がある。そんな当たり前のことを俺は失念していた。

 いや……今まで考えたこともなかったんだ。

 ただ口を開いて仕事が来るのを待っているだけのヒヨっ子の癖に、詰め込まれすぎると不満を漏らす――それが俺だったんだ。

 だが、気付いたところで悲しい現実は何も変わらない。


「くそっ、なぜ……なぜ仕事がないんだ……」




「……貴方が全部終わらせたからよ」




 ファルの冷静なツッコミが入った。

 そうなのだ。

 ギルド<イーノレカ>は今日で営業開始から10日目。その間、全く仕事がなかった訳ではない。むしろファル曰く「新規ギルドとしては異例な数」の仕事があった。

 そう、仕事はあった。過去形。具体的に言うと昨日まで仕事はあった。

 だが……だけど。


「あの程度の仕事量じゃ物足りないぞ」


「あの程度って……私の見立てではあと5日はかかる量だったわよ……」


 そんなにかかる量だっただろうか。

俺がやってきたのは近くの森で薬の材料を集めてくることや、これまた近くの森に生息している野生の獣を倒すことや(依頼人が言うには肉や革目当てらしい)、街中の掃除や、隣町まで配達物を届けるなどの、ほとんど便利屋のような仕事ばかりで、知識も土地勘も経験もない俺ですら10日で終わらせられた量だ。

 ……まぁ日に日にサービス残業を続けてたせいなんだろうけど。薬草なんて夜な夜な明かりを灯す魔術(『今すぐ使える生活魔術』という本に魔術陣と発動ワードが書いてあったので俺でも使えた)を発動し続けながら採取してたし。


「でもなんでパッタリ依頼がこなくなったんだろうな?」


 そもそも仕事が途切れなければ今頃俺は楽しく働いていた筈なのに。


「そりゃ毎日薬の材料を取ってきてほしい訳でもないし、毎日獣製品が欲しいわけでもないでしょうし、毎日配達して欲しい物がある訳じゃないもの」


「……なるほど」


 やりすぎて供給が需要に追いついてしまったというわけか。


「でもそうね……イトーがこれだけ『使える』なら仕事を増やさないといけないわね」


「ぜひ頼むっ!」


 上司からの使えるという有り難きお言葉を頂戴しただけではなく、仕事を増やす方向も考えてくれている……やっぱりファルに上司になって貰って良かった。

 ――お元気ですか竹中さん。私は今遠く離れた異世界で理想の職場に転職を――。



「なら手始めに、人を増やしましょうか」



 …………。

 ……。

 えっ。


「お、俺の仕事が……へ、減る…………?」


「減らないわ。むしろ増やすために戦力を強化するのよ」


 仕事を増やすために人を増やす……?

 ただでさえ仕事がないのに人を増やしたら俺の仕事が減るだけのような……。


「わからないかしら? うちには最低ランクの冒険者が一人しかいないのよ?」


「お陰で俺一人が仕事を独占出来て嬉しいんだが……それがどうか――あっ」


 そうか。そういうことか。

 俺が今日までやってきた仕事内容は街中や、街から出たとしてもすぐ近くの森や、これまたすぐ近くの隣町で済ませることが出来る程度の危険性が低く、簡単な仕事ばかり。

 というのもFランク冒険者が請け負うことの出来る仕事は、それだけなのだ。

 少しでも危険だと認定された地域には立ち入ることが出来ないなどの規則があり、そういった場所が対象となる依頼や少し強めの魔物討伐などを受けることは出来ない。

 要はFランクだと受けられる仕事の種類が少ないので、当然仕事の数も減る。

 ならばすぐに冒険者ランクを上げ――たいところだがそれは出来ない。

 冒険者ランクの昇格には実績が必要となるので、つい先日Fランク冒険者になったばかりの俺ではEランクへの昇格試験さえ受けさせて貰えない。


 なら今の状態でどうやって仕事を増やすか? その答えが増員だ。

 依頼の中には護衛任務や手強い魔物討伐などの二人以上で遂行しなければならない依頼も多い。加えて同行者が高ランク冒険者であれば、ある程度ならば危険度の高い依頼にも付いていける。


「つまりは、仕事の幅を広げるってことか」


「そういうこと」


 受け付けられる種類が増えれば、その分仕事も増える筈。

 これまでの仕事にプラスされる事を考えると気分も盛り上がってくる。


「けど人を雇う余裕なんてあるのか?」


 それなりの依頼を達成したが、基本的にFランクで受けられる依頼は「冒険者としての経験を積ませて頂いている」という風潮があるので報酬額はお小遣いレベル。経済的な余裕はない筈だ。

 

「問題はそこね……一応求人票を作ってみたのだけれど見て頂戴」


 どれどれ……。



 『新設ギルド <イーノレカ>


   先日開設したばかりのギルドです。高ランク低ランク冒険者問わず歓迎。

   人手不足の為、沢山働いて頂きます。基本月給0万~0.5万』




「……どうかしら?」


「俺なら飛びつくな」


「なら駄目ね」


 よくわかっていらっしゃる。


「というかなんでそんなに給与を馬鹿正直に書いてるんだ?」


「私も書きたくないのだけれど、ギルド運営規約に『虚偽の内容を記載してはいけない』と書いてあるのよ」


「……ちなみに嘘を書いてバレるとどうなるんだ?」


「給与面での虚偽記載は一発で営業停止ね」


 ふむ……それは厄介な。

 いわゆる囮求人が使えない、ということか。


「何かいい案があれば聞かせて欲しいのだけれど」


「そうだな……嘘を書くのが駄目なら――こういうのはどうだ?」




 『成長出来るギルドがここにある―― ギルド<イーノレカ>


   安心して働ける環境が整っているギルドです。高ランク冒険者は勿論のこと、どなたでも出来る簡単なお仕事もありますので新人冒険者も歓迎です。雰囲気の良い職場で楽しく稼ぎませんか? 実力・成果主義なので頑張った分だけ稼げます!』




「……貴方ギルドを営業停止にしたいのかしら? 嘘だらけじゃない」


「いいや、嘘は一切書いていないぞ」


 営業停止になって一番困るのは俺だ。その俺が自分の首を絞めるようなことする訳がない。


「なら聞くけど頑張った分だけ稼げるというのは何かしら? 沢山頑張られても大金を払う余裕なんてないわよ」


「大金を払うかどうかはファルが『頑張り』をどれだけ評価するかだな。ファルから見て『頑張り』が不十分だったら少ない給料でも問題はない」


 実力・成果を評価するのはギルドマスターであるファルの匙加減一つ。頑張ったと思うなら多く払ってもいいし、頑張りが足りなかったと思うなら払わないという選択肢も取れる。


「……雰囲気の良い職場で楽しく稼ぐというのは? 言っておくけど私に気遣いとか求められても困るのだけど」


「何をもって雰囲気が良いとするのかは人それぞれだ。明るい職場が良いという奴もいるし、逆に人とあまり関わらずに黙々と仕事の出来る環境が良いという奴もいる。だから別に俺達が態度を変える必要も、いい雰囲気の職場にしようと努力する必要もない。向こうが勝手に『雰囲気の良い職場』の内容を勘違いしただけなんだからな」


 曖昧な表現はついつい自分の都合の良い方に捉えてしまいがちになってしまう。その思い込みを利用させて貰った一文だ。


「…………貴方、天才かしら」


 虚偽を書いているわけではなく、曖昧にボカして耳障りの良い言葉や期待を抱かせるように書く。

 いわゆるブラック企業によくありがちな謳い文句で、現代日本では警戒すべき単語の数々だが、ファルの反応を見る限りこの世界での効果は十分にありそうだ。


「ただ一つ問題がある」


「なにかしら? 際どい表現ばかりだけれど、少なくとも虚偽の記載はないわよ?」


 求人票に関しては特に心配していない。けれど俺が気になっているのはその後だ。


「これでギルドに入ってくれたとして、すぐ辞められたら意味が無いなと思ってな」


 嘘は書いていないが、思い込みを利用しているのは事実なので殆どの人が「騙された」と感じるだろう。

 ここは異世界。すぐに辞めてしまうと再就職が不利になってしまう日本とは違い、すぐに辞められてしまう可能性は高い。


「あぁ、その点なら心配はいらないわ」


「そうなのか?」



「だって――貴方が会社に逆らえない人間の作り方、教えてくれたでしょう?」


 それは……なんとも頼もしいことで……。





 こうして完成した求人票はギルド管理局に提出し、無事に掲載されることになった。

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