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12話 冒険者認定試験その2

 冒険者認定試験、実技項目。

 試験の内容は他の受験者と1対1による模擬戦を行うこと。模擬戦と言っても必ずしも相手に勝つ必要はなく、低級の魔物に負けない程度の力があると試験官が判断すれば合格になる。今の俺の力なら十分にその基準は満たしているので何も心配はいらないだろう。

 ……しかしだ。

 例え低級魔物に負けない力があったとしても、それを試験官にアピールする前に瞬殺されてしまった場合、不合格になるのは容易く予想できる。つまり実技項目は相手次第で合否が決まる試験と言ってもいい。

 そしてそんな試験で俺の相手は――。



『あーあ。アイツよりにもよってカマセイが相手とか可愛そうだな』


『だな。可哀想にあの受験者、間違いなく落ちたな』


『なんたって10年に1人の天才だもんな。俺アイツが学校の教官以外に負けてるところ見たことねえよ』


『カマセイが今回の試験にいるって聞いた時はビビったが、俺と当たらなくてよかったー。マジで』



 周囲の受験生がそんな話を繰り広げる程の実力者っぽい人で。


「期待していますわよ。カマセイさん」


 既に大手ギルドから内定を貰っている程のエリート街道まっしぐらっぽい人で。


「えーとイトー君。試験は今回だけじゃないんだからあまりやけにならないようにね」


 まだ試験が始まる前なのに試験官が既に俺が落ちる前提で話かけてくる程に俺に希望はないらしく。




「ま、そーゆー訳なんで、イトーさんとやら――あんま恨まないでくださいッスよ」




 細身なのに身の丈程の大斧を軽々しく振り回している辺り、実力は本物だと俺でも理解出来るぐらいの相手。カマセイ・ヌウ。

 周りが思っている通り、どう考えても、何が起きてもきっと俺は彼に勝てない。

 …………勝てないだろうが、すんなり負けてやるつもりはない。

 なにせこれは仕事に必要な資格を取るための試験。ここを乗り越えなければ仕事が遠ざかる。想像しただけでも恐ろしい。


「けど……」


 逆に言えば資格さえ取ってしまえば、あとはファルが、上司が俺を働かせてくれる。

 だったら、何が何でも合格を掴み取らなきゃいけない。

 ……覚悟は決めた。思いついた策もある。あとは……成功させるだけだ。



「両者、位置について」



 ファルやシエラさんやギャラリーが見守る中、立会人を兼任する試験官に促され、開始位置につく。

 カマセイ君との距離は10メートル程。大丈夫、この距離なら必ず通じる。



「両者構えて――」


 カマセイ君は大斧を両手で、俺は短剣を右手で構える。


「冒険者認定試験、実技項目――――始めっ!」


 開始と同時に俺はすぐさま行動に出る。

 俺の作戦は至って単純。投擲による攻撃だ。

 投げるのは俺が右手に持っている短剣。この短剣は模擬戦用に管理局が用意してくれた武器で、刃抜きなどの処理が施されている。カマセイ君が持っている大斧も管理局が用意したものだ。

 短剣や大斧の他にも剣や槍などゲームならお馴染みの武器が揃えられてあったが、カマセイ君が大斧を選んだのを見て、俺は短剣で投擲という手段を選んだ。戦闘素人の俺には大斧の間合いに入って戦うのは技術面でも精神面でも厳しいものがある。ならば、と編み出した作戦だ。

 刃抜きしてあるとはいえ、当たれば結構なダメージになる筈。弾は今右手に持っている一本と腰にかけてある六本。とにかく一本でも当てることが出来れば、可能性はある。だから。


「まずは一本目――!」


 そう振りかぶろうとした時だった。


「アースバインド」


「なっ――!?」


 な、なんだ!?

 俺は今投げようとしたのに、投げていない。投げられない。

 と、というかこれ……か、身体が…………動かない!?


「く、くそっ」


 身をよじったり、無理矢理足を動かそうと思っても、全身が何かにがっしりと固定されているみたいにピクリとも動けない。


「な、なんなんだこれ……なんなんだよこれ」


 前世でも味わったことのない感覚に恐怖や気持ち悪さがこみ上げてくる。


「アースバインドッスよ。割と上位の拘束魔術なんスけど、もしかして知らないんスか?」


 ま、魔術だって……?

 でも魔術を使うには魔術陣を描かないといけない筈……だったら。


「……いつの間に魔術陣を描いたんだ?」


 もし試験開始前にあらかじめ描いていたのだとしたら、もしかしたら不正行為に該当するかもしれない。

 そんな望みをかけて問いかけてみたのだが――。


「え? もしかして組込魔術も知らないんスか? いやぁ、それは冒険者としてどうかと思うんスよ」


「…………組込魔術……」


 その単語には聞き覚えがある。試験勉強中に覚えた単語だ。

 確か装飾品や物にあらかじめ魔術陣を描いておくことで触れて発動ワードだけで魔術を発動させる方法……。


「そういうことかっ!」


 カマセイは自分の装備のどこかに組込魔術を仕込んでいたんだ。

 くそっ。知っていながら完全に頭になかった。これは完全な失態だ。


「で、どーするッスか? 降参するなら今のうちッスけど」


「それはしない」


 考えるまでもなく即答。

 俺はまだこの模擬戦で何もしていない。このまま降参してしまえば不合格は確実だ。降参なんてする訳がない。


「……仕方ないッスね。あんま気乗りしないスけど、ちょっとばかし痛い目みて貰うッスよ」


 大斧を肩に担いでゆっくりとこちらに向かって歩き出すカマセイ君。


『あーあ。あいつアホだな、結局負けるのに何意地張ってんだか』


『こりゃ一方的に嬲られるぞ』


 ギャラリー達の言う通りこれではただ痛みを代償に、結果が出る時間を先延ばしにしただけだ。

 このままでは上司の期待を裏切った上に、仕事も遠のく。次の試験に合格するまで仕事が出来なくなる。

 仕事が……出来なくなる?

 この世界に転生して、ゴブリンに追いかけられて、労働意欲に駆られるまま奴隷になって、でも奴隷の仕事じゃ全然欲求を満たせなくて、ファルにはブラック上司の素質があるってわかって、ファルを奴隷から開放して上司になって貰って、冒険者になる為に必死で勉強して、ようやく俺の望む仕事環境が手の届くところまでやってきた。

 それなのに……ここでこのまま終わると、また理想の仕事が遠のく……?

 仕事が出来ないということはファルに、ギルドに貢献するどころか迷惑を掛けてしまうことになる。

 ……冗談じゃない。

 俺に、仕事を。

 俺に、早く仕事を。

 俺に、すぐに仕事を。




「――――俺に仕事を――させろぉっ!」




「なっ!?」


 俺との距離をあと数歩まで詰めていたカマセイ君が驚きの表情を浮かべ、すぐさま後ろに飛び退いた。


「……あれ、動ける」


 腕をぐるぐる回したり、その場で軽くジャンプしてみても特に違和感はない。

 良かった。あのまま動けないってなると仕事どころじゃなかったからな。




『あ、あいつあの短時間でカマセイのアースバインドから抜け出したって言うのか……?』


『……ありえねえ』


 ギャラリーがざわめき。


「…………彼は一体何者ですの?」


 シエラさんが若干強張ったな表情で呟き。


「私の部下よ」


 ファルが少しだけ得意気な表情をしていた。




「……イトーさんって結構魔術耐性が高いタイプだったんスね。意外ッス」


 まるで世間話をするような調子でカマセイ君が言う。一歩、また一歩と俺から距離を取りながら。

 明らかに不自然な動き。狙いはおそらく、もう一度俺に拘束魔術をかけること。

 だったら俺のやることは一つ。


「ゴブリンでも受かる冒険者認定試験筆記編、第9章魔術の特性! 魔術にはそれぞれ適正射程がある!」


 走り出し、カマセイ君との距離を詰める。魔術を扱う相手にはおそらくこれが一番効果的。


「くっ。アースバイン――」


 おそらく右肩に組込魔術が仕込んであるのだろう。左手で触りながら発動ワードを口にしようとするも、最後まで言い切ることなく、中断した。


「なるほど。この距離はもうそっちも巻き込まれる距離ってことなんだな」


「……正解ス」


 魔術は基本、距離によって威力が減衰していく。

 発動した瞬間が一番強く、遠くになるにつれ段々と威力が落ちていくというものだ。

 どれだけの距離でどれだけ威力が減衰するのかは魔術の種類は勿論魔術陣の構成の仕方によって異なるため、適正射程は千差万別。

 そして大事なのはここからだ。

 適正射程より遠い場所に魔術の対象者がいた場合は魔術の効果が落ちる程度で済むのだが、適正射程よりも近い場所にいた場合が厄介になる。


 威力の減衰が不十分な程、魔術の威力は非常に高くなる――術者を巻き込むほどに。


 なので魔術を使う場合は適正射程をしっかり意識する必要があり、逆に魔術を使う者を相手にする場合は、弱小魔術でもゼロ距離で食らうとかなりの威力になるのでやぶれかぶれの自爆攻撃に気を付ける必要がある。

 だから俺がアースバインドの適正射程より近い位置にきた時点で、カマセイ君は自爆を避ける為に魔術の発動を中断したって訳だ。

 とりあえずこの距離を維持しておけばアースバインドは防げる。


 防げるんだけど……この距離って多分……。


「でも残念スけどこの距離は、オレの斧の間合い――なんスよ!」


「やっぱりー!?」


 突然振り下ろされた大斧を横っ飛びで躱す。


「逃がさないッス!」


 躱したところにまた振り下ろされる斧。

 転がって避ける。次は横薙ぎ。しゃがんで避ける。振り下ろし。転がって避ける。


 く、くそっ。

 避けてばっかりじゃダメだ。なんとか隙を見て反撃しなければ。

 相手は大斧。リーチは長いが基本的に振りが大きい。相手の攻撃をよく見て回避の動きを最小限に留めれば、必ず反撃のチャンスは出来る!

 狙うのは振り下ろし。そこを格好良く身体を横にスッとずらして避ければ――!


「これで――終わりッス!」


 カマセイ君が大きく斧を振りかぶる。

 ――きた。振り下ろしだ! これを格好良く横にスッと避け――。


「……残念。これフェイントなんスよ」


「え――」


 突然大斧が視界から消えた。

 そして次の瞬間俺の背中に衝撃が走った。


「がはっ!?」


 振り下ろしと見せかけての横薙ぎ。

 それを俺は無防備に、まともに受けてしまった。


「勝負有り――ッスね」


 カマセイ君がふぅ、と息を吐く。


「ちょっと力入っちゃったんでしばらくは立てないと思うんスけど、まぁ治療して貰えば明日には動けるように――――へ?」




「……いや、別に立てない程じゃないんだけど」




 一瞬声が出るぐらいに痛いには痛かったので思わず大きく仰け反ってしまったのだが、悶え苦しむほどの痛みではない。

 ていうかあんなにゴツイ大斧をモロに食らったのにあれだけの痛みで済むなんてどう考えてもおかし――あれ……?


 確か前にもこんなことがあったような…………ああ、そうだ。ゴブリンの攻撃だ。

 さすがにあれよりもカマセイ君の攻撃の方が痛かったけど……。

 …………ってことはだ、少なくとも俺の防御力はカマセイ君の攻撃力を上回っている……?

 だとしたらこの試験――勝てる気がする。


「チッ。なんか訳わかんないスけど、もう一発当ててやるッスよ!」


 カマセイ君が斧を振り下ろす、が今度はあえて避けない。


「いてえっ!?」


 と、声が出るほどの痛みと衝撃。


「な、なんなんスかアンタ……」


 逆にカマセイ君の方が衝撃を受けている。

 でもそりゃそうだよな。俺がカマセイ君の立場でも同じこと思うし。

 普通こんな大斧の一撃受けて「痛い」程度で済むやつなんていないだろう。


「それじゃこっちも攻撃させて貰いたいんだけど……」


 うーん。

 もし俺の方が圧倒的にステータスが高かった場合、短剣を使うのは不味いよな。これは捨てておこう。

 となると俺の攻撃手段は……拳?

 人を殴るのか……あまり気は進まないがこれも仕事の為だもんな。

 せめてもの情けだ。せっかくのイケメンなので顔は殴らずお腹にしておこう。


「じゃあちょっとお腹に力入れてもらえる?」


「え……。えっと、こうスか?」


 もしかしたら気が動転しているのかもしれない。対戦相手の言うことを素直に聞いてくれるカマセイ君。

 まぁでも腹筋に力を入れてくれたお陰でこちらも殴りやすくなった。


「それじゃいくよ――ふんっ!」


「ぐぼぉっ!?」


 一瞬カマセイ君の身体が宙に浮き、そのまま地面にうつ伏せに倒れた。

 倒れたままピクピクと僅かに動くカマセイ君。静まり返る試験会場。

 試験官がカマセイ君に駆け寄り、屈み込んで様子を確かめる。しばらくして立ち上がると。


「しっ――試験はこれまで。待機中の職員はカマセイ君に回復術を」



『お、おいアイツ何者だよ……カマセイに勝っちまったぞ……』


『学校では見たことないぞ……』


『他国の猟兵団出身かもな。最近多いらしいぜ流れてくるやつ』


『そうか……そうじゃなきゃ説明つかねーよな』


 試験官の声が挙がると共に、周囲がざわめき始め、俺へと注目が集まる。

 そんな中で居心地に悪さを感じていると。



「合格おめでとうイトー君。これで君は今日から<Fランク>の冒険者だ」



「ありがとうございます」


 模擬戦の立ち会いをしてくれた試験官が声を掛けてきてくれた。ちらりとカマセイ君の方を見ると、別の職員が治療に当たっているようだった。


「それで君は入会するギルドは決まっているのかな? なければいくつかこちらで紹介するが」


 冒険者として働くためには、管理局から認可を受けたギルドに登録しなければならないと冒険者法で定められている。

 おそらく試験官はこのことで俺に声を掛けてきたのだろう。勿論俺の答えは決まっているので返事をしようとした時。




「彼は<ロイヤルブラッド>に入会致しますわ」


「イトーは<イーノレカ>で働いて貰うわ」




 二つの声が響いた。

 声の主はまるでお互いを牽制するかのように睨み合っている。

 これ……どういう状況なんだ?


「……一体どういう風の吹き回しかしら?」


「わたくしはただ優秀な人材をスカウトしているだけですわ」


 なるほど。

 これはあれだ。ヘッドハンティングってやつだ。

 前世でホワイト企業の人にされないかなってずっと願ってたやつだ。


「……これはどちらで手続きをすればいいのかね」


 おそらく一番状況が読めないであろう立場の試験官さんは困惑気味だ。


「もちろん<ロイヤルブラッド>ですわ。常識で考えれば迷う必要なんてありませんもの」


「なるほど確かに。ではそのように――」


「ちょっと待ちなさい。どうしてそうなるのよ」


 ファルがそう言うと、シエラさんがにやりと口元を緩ませる。

 まるでその言葉を待っていた、と言わんばかりの表情だ。


「新規のギルドは色々と大変ですもの。仕事を貰うための宣伝、営業活動で忙しく走り回らないといけませんし、それが仕事に結びつかなければ収入も得られない。そんな可能性があるギルドになんて誰も入りませんわよ? 一方でわたくしのギルドは仕事も収入も安定していますし、ランクアップ支援制度などの環境も整っていますの。どちらを選ぶかで迷う必要ありませんわよ」


「……でも入るギルドは本人が決めるものよ」


「ええ、そうですわね。ではイトーさんに決めて頂きましょうか」


 自信満々な表情で俺へと向き直るシエラさん。

 確かにこの条件なら考える必要も、迷う必要もない。なので俺は。



「<イーノレカ>に入会します」



「はへっ?」「えっ?」



 シエラさんと試験官が驚いている横で、ファルが若干ドヤ顔を浮かべている。


「い、イトー君。本当に<イーノレカ>でいいのかい? <ロイヤルブラッド>ではなく?」


「そ、そうですわよっ! 今ならただの言い間違いで済みますわよっ!?」


「いえ、俺が入会したいのは<イーノレカ>で間違いありません」


 誰がなんと言おうと俺はファルのギルドに入る。

 その為に奴隷を辞め、ファルに上司になって貰って、勉強をしてここにいる。誰がなんと言おうが俺の意思は揺るがない。


「わたくしのギルドにはAランク冒険者もいますし、やりがいのある仕事も沢山きますのよ!?」


 やりがいのある仕事……。

 …………。

 ……。


「お、俺は<イーノレカ>に入ります」


 ファルから「今一瞬迷ったわね」と言わんばかりの冷たい視線が突き刺さる。申し訳ございません。


「……本人が言うなら<イーノレカ>で手続きを済ませるけど、本当にいいんだね? きっと大変だよ」


「その大変ってところがいいんですよ」


 シエラさんと試験官の二人がそこまで念を押すってことは余程大変に違いない。大変な業務をこなしてこそ貢献できるというもの。これからのことを考えると心が高揚してくる。


「……大変なのが良い……? ちょっとわたくしには理解出来ませんわ……」


「そうね。私にも理解出来ないわ。けど、うちのイトーはそういう生き物なのよ」


 ううむ、やはりこの世界には苦労に対しての美徳意識みたいなのが希薄なようだ。

 

「じゃ、話が終わったなら戻るわよ。イトーには明日の営業に向けてやって貰うことが色々あるんだから」


「了解。では失礼します」


 そう言って管理局を後にする時。


「……変な子だな」「変わった人ですわね……」


 そんな試験官とシエラさんの呟きが、聞こえたような気がした。

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