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10話 異世界のギルド格差事情

 ギルド<イーノレカ>は昨日立ち上がったばかりのギルドである。

 立ち上がったと言っても看板を表に出している訳でもなく、所属冒険者もおらず、店内の掃除も簡単にしかしていないので営業はしていない。

 で、いつから営業するのかというとファル曰く。


『貴方の合格待ちね。誰かを雇う余裕なんてうちにはないもの』


 とのことだ。

 そんな訳で俺は上司の期待に応えるべく、昨日からひたすら勉強に励んでいる。徹夜で。

 ファルも今後の経営計画を練り直しているのか机に向かって真剣な表情で「安定するまでイトーの給料はなくてもいいわよね」だとか「人間って何日寝なくても平気なのかしら」とたまに嬉しい事を呟いてくれるので俺のやる気はみなぎるばかりだ。

 だがそれも俺が試験に合格しなければ始まらない。とにかく今は勉強だ。

 そう気合いを入れなおして再び視線を教本に向けようとした時だった。



 ギィィィ。



 立て付けの悪いドアが耳障りな音を響かせた。

 入口の方に目を向けると女性が店内に入ってくるのが見えた。

 腰辺りまでの長い金髪のサイドテール。やけに胸の辺りのところが膨らんでいる軽鎧にド派手な赤いマント。歩く度に髪が揺れ、マントがはためく。

 動く視線は堂々としていて、派手な見た目と相まって存在感がある。


「ここが新しく出来たギルドですのね」


 店内を見回しながら金髪の女性がそう言った。

 看板も出していないのに何故ここがギルドだと知っているのかはわからないが、少なくとも間違って入ってきたということはなさそうだ。

 まぁともかく用件を聞こうと思い、勉強の手を止め、立ち上がろうとしたところで。


「汚いところですわね」


 ハンカチのような布を口元に当てながら金髪の女性が言った。


「……」


 ファルがイラッとしたのが横目でもわかった。


「この街で無謀にもギルドを立ち上げた方がいると耳にしたものですから余程有能な方なのかと思って出向いたものの……こんなところをギルドホームにするようでは……」


「…………」


 ファルが怒りのあまり表面上は涼しい顔をしながら机の下で俺の足にガシガシと蹴りを入れ始めてきた。でも俺の防御力っぽいものが高いお陰でそんなに痛くはない。


「けれど力を持たない弱者を導くのが強者であるわたくしの使命……これぐらい酷いギルドの方がやり甲斐があるというものですわ」


 自分の独り言を反芻するように、目を閉じ自己主張の激しい胸に手を当てる金髪の女性。

 こちらを見下したような発言にファルは俺を蹴るだけでは足りなくなったのか手の甲まで抓りだしてきた。こちらは地味な痛みを感じるが別に嫌な気分ではない。もしかしたら俺は上司からの暴力行為もご褒美と感じる身体になっているのかもしれない。恐ろしいぞ社畜精神。


「それで、そこの貴方は結局何をしに来たのかしら? こっちは忙しいのだけれど」


 ファルがうんざりした様子を隠そうともせず尋ねると、金髪の女性はよくぞ聞いてくれましたとばかりに自己主張の激しい胸をさらに強調するように胸を張り、ふふんと勝ち誇った笑みを浮かべ。



「己の幸運を大いに喜ぶといいですわ<イーノレカ>のギルドマスター! …………はどちらなのかしら」



 ビシッとこちら側を指そうとしたであろう指を、所在なく彷徨わせた。


「こちらです――ぐえっ」


 教えた瞬間一際強い蹴りと抓りがきた。どうやら上司の意向を上手く汲み取れなかったらしい。出来の悪い部下で申し訳ありませんありがとうございます。


「はぁ……私がここのギルドマスターのファルよ」


「へぇ、あなたが……」


 観念したようにため息を吐きながら名乗ったファルに対し、無遠慮に値踏みするような視線をぶつける金髪の女性。


「なるほど。この街でギルドを立ち上げる勇気だけは認めて差し上げますわ」


「……それはとても光栄ね」


 また強い蹴りがきた。俺も光栄です。


「それで勝手に営業中でもない人のギルドに入ってきた貴方はどちら様?」


 今度はファルが無遠慮な視線を向ける。胸の辺りに敵意に満ちた視線が集中しているのは部下として見なかったことにする。


「そういえば自己紹介がまだでしたわね」


 そんなファルの視線を意に介す様子もなく、金髪の女性はそう言うと赤いマントで一度身体を覆い隠すような姿勢を取り。



「わたくしの名はシエラ・ルクセンベール! 超巨大ギルド<ロイヤルブラッド>のギルドマスターですわっ!!」



 高らかな名乗りと共にバッとマントを広げた。マントがはためき、髪と胸が揺れた。つい視線が後者に引き寄せられそうになるのを堪えて、金髪の女性が放った言葉の内容を整理する。

 とはいえ超巨大ギルドロイヤルブラッドと言われたところでこの世情に明るくない俺にはさっぱり――。

 いや……でもなにか聞き覚えがあるような……違う、聞いたんじゃない。見たんだ。それもつい最近どこかで。

 …………。

 ……。

 あ! そうか! ギルド管理局の求人票!

 確か一流企業みたいなところのギルド名がロイヤルブラッドだった!


「うふふふふ。この街で無謀にもギルドを新規に立ち上げるようなお馬鹿さん達でもわたくしのギルドのことは存じているようですわね」


 俺の反応に気を良くしたのか得意気な笑みを浮かべるシエラと名乗った女性。

 またもや完全にこちらを見下した言動を取っているが、何故かファルから蹴りや抓りが飛んでこない。不思議に思って視線を向けると、ファルの表情には警戒の色が滲んでいた。


「……ロイヤルブラッドのような大手ギルドが、まだ営業すら始めていない弱小ギルドに一体何の用かしら」


 さっきまでは対応するのも面倒だといった感じのファルだったが、今はまるで相手に弱みや隙を見せないように気を張っているように見える。


「ふふっ。いくら商売敵とはいえ、そう警戒なさらなくても宜しいですのよ。今日はあなたにとても『良い話』を持ってきてあげたのですから」


「……良い話、ね」


 ファルが呟く。

 声色からして言葉通りには受け取っていないようで安心だ。 

 なにせ前世からの経験上、良い話とやらは持ち込んできた側にとって「良い話」であり、持ち込まれた側にとっては「悪い話」でしかないことが多い。それは断り辛い状況になればなるほど「悪い話」になる確率も上がっていくもの。

 そして今は自分達よりも立場が上の者から持ち込まれた話。ギルド規模の差がどれだけの影響力になるのかは知らないが、少なくとも「良い話」を断りづらい状況だと見ていいだろう。

 ……一体ファルはどうやって切り抜けるつもりだ?


「詳しく聞かせて貰えないかしら?」


「ええ。勿論宜しいですわ」


 詳細を聞く前から断るのは心象が良くないと判断したのか、ファルはシエラさんに椅子に座るように促し、シエラさんも椅子のボロさに一瞬眉をひそめたものの、特に何かを言うでもなくファルの対面の椅子に座った。


「ご存知の通り<ロイヤルブラッド>はこのボールス地方では飛び抜けて規模も業績も他の追随を寄せ付けないほどの大手ギルドですわ」


 ボールス地方。

 例の教本によると、この国の西方に位置する地域の総称で、街らしい街が少ない代わりに、農地や町や村が多いところらしい。まぁ端的に言うと田舎ってところか。俺達が今いる街もボールス地方に属している。


「ですがそれはこの地域に限った話。三人しかいないSランク冒険者が二人も所属している<アーヴルヘイム>や、所属冒険者が1000人を超える<フェンリルの牙>をはじめ、国中の大手ギルドに比べればわたくしのギルドは赤子も同然……」


 悔しそうにシエラさんが口を歪ませる。


「国内有数の大手ギルドの仲間入りを目指し日々努力を重ね、業績も上がり続けてはいるのですが、冒険者の数も、冒険者の需要も多い王都やその他の都市にあるギルドに追いつくには正直なところ今のペースでは難しいですわ。そこで――」


 そこで言葉を一旦区切ると。



「あなたのギルドには<ロイヤルブラッド>の下請けになって頂きますわ!」



 勝ち気溢れる表情で、ファルをビシッと指差した。

 そして指を差されたファルは俺にしか聞こえないぐらいの小さなため息をついて。


「お断りよ」


「ふふんそうですわよね。わたくしのギルドの傘下に入れるチャンスを断るおばかさんなんて――おばかさんっ!?」


 断られるとは万に一つも思っていなかったのか、目を見開き身体を仰け反らせて驚きを露わにするシエラさん。一方でおばかさん扱いされたファルは「誰がおばかさんよ」と言わんばかりに俺の足を蹴ってきた。ありがとうございます。


「ろ、ロイヤルブラッドですのよ!? この辺りでは敵なしの大手ギルドですのよ!? その関連ギルドになれるというのにどうして断るなんて言葉が出てきますの!?」


 シエラさんが興奮した様子で机に身を乗り出す。そのせいで自己主張の激しい胸が机によって更に強調され、ファルの不機嫌度も更に上昇していくのを感じる。


「だったら逆に質問するけど、何故その大手ギルドに下請けが必要なのかしら?」


 不機嫌そうにファルが言うと、シエラさんは痛いところを突かれたとばかりに「うっ」と小さく声をあげると、引き下がるようにゆっくりと椅子へと座り直した。


「……人材育成の手間を省きたいのですわ」


「育成の手間?」


 ファルの尋ねに、シエラさんが頷く。


「先ほど説明した通り、わたくしは<ロイヤルブラッド>を国内でもトップクラスのギルドに成長させるのが目標ですの。着実に目標には近づいてはいるのですけれど、このペースでは何十年も掛かってしまうのは明白。ですが今新人の育成に充てている時間を他に割くことが出来れば――」


「目標達成が近付くってことね」


「ええ、そうですわ」


 ファルの相槌に満足そうな表情を見せる。

 確かに新人の育成というのは手間もコストも掛かる。

 いつもの仕事にプラスして新人に仕事を教えなければならないのだから当然だ。新人教育の分だけ仕事量を減らして貰えたとしても、その減った分の仕事は他の人にしわ寄せがいったり、仕事自体を減らしたのであればその分だけ会社に影響が出てしまう。

 新人がすぐに戦力になってくれればそれらは些細な先行投資でしかないのだが、いつまで経っても新人気分だったり新人なりの戦力だったり、育成途中で逃げられてしまっては投資損でしかない。

 規模を拡大したい。けれど育成の手間とリスクは避けたい。だから下請けにそのリスクを背負って貰うって訳か。


「下請けになれば<ロイヤルブラッド>で受けた依頼をそちらに回すことも出来ますので営業や宣伝活動が不要になりますし、ギルド運営のノウハウもお教えすることを約束致しますわ」


「へぇ、それはいいわね」


 いかん。メリットを説明されてファルが興味を示してしまっている。

 下請けはメリットばかりじゃないってことをファルに知らせないと。


「この話は断るべきだ」


 思い切って話に割って入った。

 基本的に上司の判断に異を唱えるのは褒められたものではないが、この状況ではそうも言っていられない。取り返しのつかないことになってしまう。


「ちょっと、今はギルドマスター同士で話していますのよ? 口を挟まないでくださる?」


 シエラさんが敵意にも似た視線をぶつけてくるが気にしない。今はファルに下請けの恐ろしさを知ってもらうのが先だ。


「下請けはデメリットも多いんだ。ただでさえ手が回らないというのに次から次へと仕事を振ってきたり、スケジュールに余裕がない中必死にこなしても成果物に満足いかないと難癖つけてきたり、下請けにばかり経営努力を求めてきたり、俺のいたところでは下請けいじめという言葉が存在するぐらい他にも色々と酷――ってあれ……?」


 …………。

 ……。

 下請け………………有りじゃないか?


「下請けになるべきだ!!!!」


「…………あなたはさっきからなんなのですの」


 お騒がせして申し訳ありません。

 ですがその分しっかり働きますのでよろしくお願いします元請け様。


「まぁいいですわ。そちらの顔色の悪い男性もこう仰っていますしこの話、お受けして頂けますわよね?」


「いいえ、お断りするわ」


「なんでだっ!?」「なぜですのっ!?」


 俺とシエラさんの声が重なった。

 ファルはそんな俺達の反応に驚くこともなく。


「だってこの<イーノレカ>もトップギルド入り目指しているもの。下請けになっちゃったら目標から遠ざかっちゃうじゃない」


 と、不敵に小さく口を歪ませて大胆なことを言ってのけた。


「……弱小ギルド風情が大それた目標を立てるものではありませんわよ?」


「割と現実的な目標よ? なにせこっちには優秀な部下がいるもの」


 そう言って俺の肩をポンと叩くファル。

 …………。

 ……。

 えっ。


「お、俺!?」


「そうよ。イトーは私が見てきた中で一番優秀な冒険者よ」


 いや優秀な冒険者っていうか、俺まだ冒険者の資格すらとってないんだけど……。

 あ、ほらシエラさんが凄く懐疑的な目でこっち見てるし!


「イトーというのかしら。あなた、見かけない顔だけれど冒険者ランクはいくつですの?」


「え、えーと……それがまだ冒険者試験に合格していない身でして……」


 見栄を張りたいがすぐにバレそうな嘘をつくわけにもいかず、正直に話す。

 すると一瞬だけ間が空いて。


「ぷふっ……おーほっほっほ! 冒険者資格を持ってすらいない、今にも倒れそうなぐらい顔色の悪い人が今まで見てきた中で一番優秀な冒険者ですって? こんな弱小どころか3日もしないうちに潰れていそうなギルドを下請けにしていたらこちらの評判を落としてしまうところでしたわ」


 相手側の要求を飲まなかったせいか、今まで以上に見下してきている。

 でもまぁこういう態度を取られるのも無理は無いし、実際何も言い返せないよな。相手は100人以上の冒険者を抱えるギルドでこっちは所属冒険者0人の弱小新規ギルドなんだから。

 ……と、思ったのだがどうやらファルは違うらしい。


「あまりうちのイトーを見くびらないで欲しいわね。見た目はちょっと――それなりに不健康そうだけど、これでも結構なやり手なのよ?」


 いつもの涼し気な表情でさらりと言ってのけた。

 ……評価してくれるのは嬉しいけどさすがにそれは身内贔屓の過大評価だと思います。未だに教本と悪戦苦闘してるレベルだしなぁ……。


「この方がやり手? ぷふっ。冗談だけは一流のようですわね」


「冗談なんかじゃないわよ」


 珍しくむっとするファル。

 俺のことでムキになってくれるのは部下冥利に尽きるがなんだろうか、少し悪寒がする。


「そこまで言うのでしたらそうですわね……手始めに冒険者認定試験で優秀な成績でも修めて頂こうかしら? そうすればわたくしの見る目がなかったと謝罪してもいいですわよ?」


 「どうせ無理でしょうけど」と言葉が続きそうなばかりのニュアンス。

 どこからどう見てもどう考えても明らかな挑発だ。こんなのに引っかかってやる理由も義理も――。


「構わないわ。今から謝罪の言葉を考えておくことね」


 なに言っちゃってるのこの上司!?

 俺まだ練習問題でやっと半分ぐらい正解できるようになったレベルだぞ!?


「……本当に大丈夫ですの? そちらの男性、凄く驚いているようですけれど」


 はっ。いかんいかん。

 上司の期待に応えるのが部下の務め。ファルに恥をかかせてはいけない。


「問題ありません。必ずや優秀な成績で合格します」


 真っ直ぐにシエラさんの目を見て答える。

 俺の言葉ハッタリが予想外だったのか、一瞬たじろぎながらも席から立ち上がり。


「こ、こほん。それでは明日の試験楽しみにしていますわよ。おーっほっほっほ」


 と高笑いをあげながら立ち去っていった。



 ギィと耳障りなドアが閉まり、ギルド内に静寂が戻る。


「……賑やかな人だったな」


「そうね。疲れる人だったわ」


 まぁともあれこれでまた勉強に集中できる。

 上司の命令を達成する為にも一層頑張らないとな。

 なにせシエラさんの言葉通りなら試験は明日――。



 ………………明日?


 試験って……明日……なの……?



「ついカチンと来て適当に言い返してしまったけれど、私の部下なら絶対に期待に応えてくれるわよね?」


 そう言いながら初めて俺に見せるファルの笑顔は、営業職の皆さんには是非参考にして頂きたいぐらいの愛嬌と迫力を併せ持った素晴らしい笑顔で、部下の立場である俺の首を動かす方向は完全に固定されているので。


「………………承知致しました」


 少なくとも今日もまた、嬉しいことに徹夜が決定した瞬間だった。

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