2-3 : 暗黒騎士かく語りき(3/3)
最初に、私は習得した召還魔法を使って、異界からの物質転送を試みた。そしてその試みの末に、私は“ノートパソコン”の召還に成功した。
だが当然のことながら、“ノートパソコン”だけを召還したところで、アニメを見れるわけではないし、ましてやネトゲなど夢のまた夢である。異世界にインターネットなどあるわけがないのだから。
だが、100年振りに“ノートパソコン”を目にした私は、そう簡単には諦めなかった。長い沈黙を破って、私の“オタク魂”が覚醒したのである。
“オタク魂”とは、1度火が点くとその欲求が満たされるまで決して止まらない、業の塊である。私は自分の持てる知識と技術のすべてを注いで、異世界からインターネットに接続する術を模索した。
”オタク魂”にごうごうと灯が灯ってから10年後、私はとうとうそれを成した。召還魔法と転位魔法を派生させ、空間を支配する魔法、”次元魔法”を生み出したのだ。
それから間もなく、次元魔法によって空間をねじ曲げ、複数の異世界の間をつなぐ“孔”を穿った私は、その“孔”を通じて現代日本のWi-Fi電波を受信することに、ついに成功した。
それに加えて、私は“チャージ済みプリペイドカード”の召還も成し遂げた。“ノートパソコン”よりも小さい“プリペイドカード”の入手は、“孔”を穿つことに比べれば造作もない。
探求の末に、私は異世界にいながら、情報端末とネットワークと支払い能力を得たのである。
そこまで来れば、もはや私を阻む壁など存在しない。動画サイトに堂々と入金を行い、月額見放題のアニメを存分に堪能し、課金制のネトゲでギルド仲間さえ作った。
私の限界に達しつつあった精神の歪みは、見る見る内に快方へと向かい、魔族の肉体に精神が蝕まれる心配もなくなった。
調子に乗った私は、「日本刀持ちの魔法剣士ってかっこよくね?」と突如思い立ち、ネットから情報をかき集め、日本刀の剣術の型とその製法を調べ上げた。
既に武芸の基礎を究めていた私にとって、日本刀剣術を修めることはそれほど難しいことではなかった。何より幾らでも時間があるのだから、興味のあるものに手が届くまで、それを続ければいいだけのことである。
魔族軍の鍛冶組織に日本刀の情報を与えると、それに異様に食いついてきた鍛冶師が1人いた。その鍛冶師は、私がインターネットで収集した断片的な情報を元に、自らの持つ鍛冶技術を動員して、“日本刀っぽいもの”を作り上げることに成功した。
そして“次元魔法”と“日本刀っぽいもの”を得、私の異名たる“魔剣”は完成形となる。欲望とネタから発生した“魔剣”だったが、その基礎となる武芸と魔法知識が盤石だったため、その威力は凄まじかった。
そうして私は、転生してから150年目で魔族最高位の“四大主”となり、魔族軍最強と謳われる“イヅの騎兵隊”を作り上げた……私の精神衛生を維持するために、6の刻(6時)の定時で仕事を終える、ホワイトな騎兵隊を。
そして我が“イヅの騎兵隊”は、創設250年を経た現在も、週休2日保証・昼夜勤定時制・残業代不払い率ゼロの優良組織として機能している。
以上が私、暗黒騎士“魔剣のゴーダ”のこれまでの歩みである。
***
――「さて、それでは早速、巡回といこう」
本日の仕事を終え、私室でノートパソコンの電源を入れた私は、ウェブブラウザーを立ち上げて、恒例のお気に入りサイトの巡回を始める。P○xivでデイリーランクとフォロー絵師さんの新作をチェックし、ニ○ニコ動画でネタ動画を漁り、○ちゃんねるで不毛なやりとりを傍観する(私はROM専だ)。
そして、動画配信サイトでアニメを鑑賞する。
それが私、“魔剣のゴーダ”の1日の中で最も平和な時間であり、また私に宿る“人間の魂”と“魔族の肉体”との調和を保つための、最も重要な時間でもあるのだ。
「何話まで見てたかな……あ、このサムネには見覚えが……じゃあこれが最新話か」
日中の戦闘によって殺気立った心を静め、安息を得るために、私は動画へのリンクをクリックする。インストールされている専用プレイヤーが立ち上がり、シークバーが読み込み状況を表示する。
「……ん?」
シークバーが読み込み状況を表示する……はずだ。
「……んん?」
シークバーが読み込み状況を表示……しない。全然読み込まれない。
「え? どうした?」
プレイヤーの調子が悪いのか? ウェブサイトがトラブっているのか? 少々焦りながら、私は先ほどまで開いていた○ちゃんねるを再表示させる。
問題ない。○ちゃんねるは更新ボタンを押しても正常に表示される。
つまりネットは生きている。とりあえず一安心である。
しかしそこで私は、ぎくりと気づいてしまう。ウェブブラウザー画面の不自然な挙動に。
○ちゃんねるの文字描画速度がぎこちない。マウスのスクロールを素早く回すと、真っ白な画面が下から上へと上ってくるのだ。そしてスクロールバーが、ゆっくりとした速度で徐々に短くなっていく。つまり読み込みにえらく時間がかかっているということだった。
「……ま、さ、か……」
疑念はほぼ確信へと変わる。私は恐る恐る、先ほどから起動させっぱなしだった動画プレイヤーを画面上に呼び出した。
シークバーが、読み込み状況を表示していた……ほんの数ミリだけ。
最初にシークバーの状況を確認してから15分以上経過していた。それだけ待って、この読み込み状況。
つまり、ネットの通信速度が絶望的に低速になっているのだった。
「嘘だろ……あのデミロフ、まさかそんなに影響力が……」
私は焦る気持ちを抑えながら、ソファから立ち上がり、棚の一角に置いてある水晶球をのぞき込んだ。
水晶球の内部には、白い靄と黒い靄が漂っていて、その2つの靄がぶつかり合って形を変えながら回転している。
水晶球の内部で白い靄と黒い靄は、ちょうど水晶球の真ん中を境にしてぶつかり合っている。それは正常な状態だった。しかし、白い靄の所々に空白の点が浮かんでいるのを目にして、私は眉間に指を当てた。それは好ましくない状態なのだ。
「ああ……! “明け”側が不安定になってる……こんな不連続体じゃ、そりゃ速度出るわけねえよ……明けの国の連中、とんでもない大物を寄越してくれたな……くっそぉ……」
私はがっくりと肩を落とした。この分だと向こう数日は、アニメのような長時間動画を安定して読み込める通信速度は、確保できないだろう……。
***
次元魔法は、空間と時間を超越して、この異世界と現代日本との間に“孔”を穿ち、弱い繋がりを構築する。“孔”はとても小さく脆いため、電波だけが辛うじて行き来することができる。
この“孔”のデリケートさは凄まじく(ス○ランカー先生もびっくりの打たれ弱さを誇る)、この異世界に満ちる魔力の揺らぎにとても敏感に反応する。“魔力の揺らぎ”とは、“魔力”と“自我”との接点である“魂”による干渉で発生する波紋のようなものだ。
平たく言えば、宵の国と明けの国に住む者たちの間で社会不安が起きると、インターネットの通信速度がすこぶる低速になるのだ。逆に、平和であればあるほど魔力の揺らぎは落ち着き、通信速度は爆速になる。
デミロフの死が、明けの国の民の心を波立たせているのだ。それだけあの男が高い地位を持つ者だったということなのだろう。魔力の揺らぎを可視化させる水晶球をのぞき込みながら、私は溜め息をついた。
「今回の件が落ち着くのを待つしかないか……今日は最終回まで一気見の予定だったのに……オワタwww……オワタ……」
「? 『オワタ』とは何のことでしょうか?」
絶望の余り、両手を上げて呆然としていた私の背後から、突然声が聞こえてきた。
「ふぁー?! ベ、ベルクト!? なぜここにいる!?」
私は驚いてソファの上で飛び上がった。思わず裏声が出てしまったではないか!
「勤務時間外に申し訳ありません」
甲冑を纏ったままのベルクトが、いつもの無感情な声音で淡々と用件を告げる。
「3日後の、淵王陛下への謁見の件で伺いました。ゴーダ様が御不在の間、城塞の運用について確認しておきたいことがありましたので」
「あ、ああ、そのことか。昼間の戦闘でごたついていたからな……」
それから私は、ベルクトからの2、3の質問に受け答えした。ベルクトは私の優秀な右腕だ。賢く、強く、律儀な騎士である。ただ、仕事が終わったら、私のように、もうちょっと力を抜いてもいいんだぞ? ベルクトよ……。