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12-6 : “実戦試験” の果て

「“遺骸の骨”の回収班はぁ、これ持って即時撤収しろぉ。王都から“お姫さん”の騎士団が向かってきてるはずだぁ。間違っても気取られんなよぉ」



 部下の騎士に“記念品”の彫刻を手渡したニールヴェルトが、指示を飛ばした。骨か牙を加工して作られた彫刻を受け取った騎士は、それを分厚い作りの鉄の小箱の中に仕舞しまい、厳重に鍵をかけてどこかへと持って行った。



「さぁってとぉ。町の生存者はぁ、命拾いした南部の兵と一緒に駐屯地に移動させとけぇ。“実戦試験”終了だぁ。“遺骸”の効果も確認できたぁ。後片付けすんぞぉ」



「――貴公らは命の恩人だ……大恩人だ……!」



 指揮をとっているニールヴェルトの耳に、男の声が聞こえてきた。


 ニールヴェルトが声のする方を振り向くと、そこには騎士の手をとって頭を何度も下げている小太りの初老の男がいた。


 目を細めてその男を見ていると、その視線に気づいた男が、ニールヴェルトの方へと小走りに近づいてきた。



「おぉ……! 貴公が隊長殿と伺いました。このたびは命を助けていただき、幾ら感謝してもしきれませぬ……! この孤児院の院長として、町長まちおさとして、礼を申し上げます……!」



 ニールヴェルトの手を握った男が、ペコペコと頭を上下させた。



「……あぁ、あんたが院長様ぁ? 御無事で何よりでしたねぇ」



 ニールヴェルトが、手元で上下する院長の薄くなりかけた頭に向かって言った。



「えぇ、えぇ……! 騎士団の皆様のお陰にございます……! ボルキノフ閣下様にも、よろしくお伝えくださいませ……! この御恩のお礼は、落ち着きましたら必ずいたしますと」



「そおぉですかぁ。伝えときますよぉ、院長様ぁ」



 そして、顔を上げた院長の目をのぞき込んで、ニールヴェルトが言葉を続ける。



「ところでぇ、その“お礼”ってぇ、俺もいただけたりしますかねぇ?」



「え、えぇ……それは、当然です。それについては、後日改めて……」



 ニールヴェルトと目が合った院長が、顔をこわばらせながらモゴモゴと言った。



「あぁ、そおぉ? うれしいねぇ。よろしくお願いしますよぉ、院長様ぁ。あぁ、でもなぁ……」



 ニールヴェルトが、院長の肩に両手を置いた。



「できればぁ、お礼はすぐにもらいたいなぁ、院長様ぁ? ほら、俺、お預けされるの苦手なんですよぉ」



「……! で、でしたら、少ないですが、この場で幾らか――」



 院長が、ニールヴェルトの冷笑を前にして、うろたえた様子で口を開く。しかし、院長の言葉は、両肩に置かれたニールヴェルトの手にぐっと力が入ったことで遮られた。



「いやいや、とぉんでもない。もういいですよぉ、院長様ぁ……。……それ以上喋んな……息、臭ぇんだよ、お前」



***



 騎士たちが、町の犠牲者たちの墓を建てるため、孤児院の建つ小高い丘から町へと下っていく。


 騎士たちが、“らい”どもと“道具を持った獣たち”の死骸を積み上げ、火を放つ。カースのむくろは“獣”たちの死骸の下敷きになり、かつての四大主の面影は残っていない。


 騎士たちが、“遺骸の骨”と呼ばれた“発掘物”を鉄の箱に封印して、南下するロランとエレンローズたちの部隊と鉢合わせにならぬよう、迂回うかいした経路を辿たどって王都へと引き返していく。



「ははっ。よく斬れるなぁ、これ。気に入ったぜぇ……」



 そしてニールヴェルトが、カースのショートソードを見やりながらわらう。その刃には、赤い鮮血がべったりとついていた。



「院長様ぁ、お礼はちゃぁんと、頂きましたぁ。試し斬り、ありがとうございますぅ……」



***



 ――そして、現在。



「……気持ち悪いよ……」



「……」



 細い雨の降る中、崩れた孤児院を前にして、エレンローズがしゃがみ込み、膝に頭を埋めている。


 その傍らで、ロランは姉にかける言葉を見つけられないでいた。



「……よぉ、ロランん。それにエレンローズぅ」



 双子に声をかけたのは、左腕に包帯を巻いたニールヴェルトである。



「どぉこに行ったのかと思ったらぁ、こんな所にいたかぁ」



「……ニールヴェルト……何よ、用でもあるの?」



 膝に埋めた顔を上げて、目元を指で拭ったエレンローズが、ニールヴェルトに嫌悪の混じった視線を向けた。



「別にぃ? 俺はただぁ、花を供えに来ただけだよぉ」



 そう言って、ニールヴェルトが右手に持っていた花を瓦礫がれきの上に置いた。



「ここの院長様もぉ、亡くなったんだってなぁ。残念だったなぁ」



 雨にれながら、ニールヴェルトが独り言のようにつぶやいた。


 それを聞いた双子が顔を背けたのを横目に見て、ニールヴェルトは自分の目元がわらうを抑えられなかった。



「あぁ……そぉいえばぁ、お前らってぇ、ここの孤児院の出身だったっけなぁ?」



 そう言って、ニールヴェルトが双子に歩み寄る。雨は地面に水溜まりを作り、水溜まりには赤と紫の血が混ざり込んでいた。



「……だったら何よ、同情でもしてるの?」



 立ち上がったエレンローズが、近づいてくるニールヴェルトをにらみつける。



「同情、ねぇ。まぁなぁ、そうだなぁ。この惨状を見てるとなぁ、俺もいろいろと思うところがあるわけよぉ」



 そして、エレンローズの目の前に立ったニールヴェルトが、そっと耳打ちをする。



「――昔のお前もぉ、あの部屋の中で院長様に“可愛かわいがられたり”してたのかなぁ、とかなぁ。ははっ」



「――っ!」



 逆上したエレンローズが手を挙げて――それよりも先に、ロランの拳がニールヴェルトの頬を殴りつけた。



「……痛ってぇ……」



 よろけたニールヴェルトが、切れた口の中にまった血をぺっと吐き飛ばす。その口元には嘲笑が浮かんだままだった。



「やってくれるなぁ、ロランよぉ……」



「……消えろ、ニールヴェルト」



 ロランがニールヴェルトをにらみつける。その顔には、エレンローズさえこれまで見たことがないほどの怒りの感情が浮かび上がっていた。



「でないと……僕は……次は、手加減できないよ……?」



 ロランの左手にはめられた魔導器“風陣の腕輪”に魔方陣が浮かび上がり、その周りで風が逆巻いた。



「……。……わぁかった、わぁかったよぉ、ロランん。失せりゃいいんだろぉ? 姉弟で仲良く傷のめ合いしてるとこ、邪魔したなぁ」



 一瞥いちべつを送ったニールヴェルトがくるりと双子に背を向けて、1人丘を下り出す。


 3人ともが、互いの目に宿った殺意に気づいていたが、3人ともが、それ以上は口を開かなかった。


 ただ細い雨だけが、静かに降り続けていた。


 ……。


 ……騎士団団長シェルミアに、“嫌疑”がかけられたのは、この事件から数日後のことだった。

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