12-5 : 記念品
町の最奥部、丘陵地帯、孤児院施設。
カースとの戦闘に勝利し、決して軽傷では済まない左腕の深い斬り傷に応急処置を施したニールヴェルトが、先行させていた自分の部隊に追いついた。
「よぉ……調子、どうなってるぅ?」
ふぅーっと大きな溜め息をつきながら、ニールヴェルトが道ばたの手頃な岩に腰を下ろした。
「あぁー……さっすがに、しんどいぜぇ……」
「隊長、御無事でしたか」
地面に突いた斧槍にだるそうに寄りかかっているニールヴェルトに、部下の騎士が1人駆け寄ってきた。
「あぁんまり、無事じゃねぇけどぉ、とりあえず生きてるぜぇ」
「四大主は……?」
「あぁ、殺したよぉ。くくっ、愉しかったなぁ……あぁ、でもなぁ……さっすがにぃ、やりすぎたなぁ、こりゃ」
小高い丘の上から、ニールヴェルトが町の惨状を見渡す。
町の至る所で火の手が上がり、風のない昼の空に、何本もの黒い煙がまっすぐに立ち上っている。
広場、大通り、路地裏、道という道にはおぞましい殺戮の跡が生々しく残っていた。おびただしい量の血痕、引きちぎられ原形を留めていない何かの肉片、息絶えた魔物の残骸。悪夢のような死が蔓延するかつての町には、安らかな眠りの跡などどこにもなかった。
「それにしてもぉ、この“遺骸”、効果ありすぎだなぁ……骨の欠片と脂だけでこの寄せ付けとはなぁ……カースを殺ってからお前らに追いつくまでの間に、“喰らい”どもが寄ってくるわ寄ってくるわ……鬱陶しいったらありゃしなかったぜぇ」
ニールヴェルトが応急処置を施した左手を見やる。その手の平には、先の戦闘中に握り割ったガラス瓶の中身、“遺骸の脂”がべっとりと張り付いて、てかてかと陽光を反射していた。
「寄せ付けて、無力化できるのは“道具を持った獣”だけ。その他の“森”の魔物どもは、逆によってたかって襲ってくる。釣るにはいいんだけどよぉ、使いどころを選ぶよなぁ、この“発掘物”はぁ。あー、ベタベタして気持ち悪ぃ……」
ニールヴェルトが、脂のついた左手を鬱陶しそうにひらひらと振った。
「こちらもじきに魔物の掃討が完了します。“遺骸の脂”の効力が切れるまで、隊長は身体をお休めに」
部下の騎士が、布切れをニールヴェルトに手渡しながら言った。
「そおぉさせてもらうわぁ。隊長だの、近衛兵長だの、めっんどくせぇけどぉ、こういうのだけは、楽でいいなぁ。ははっ」
ニールヴェルトが、右手に持った獲物を眺めながら嗤った。
「それはどうされたのですか? 見慣れない物ですが?」
「これかぁ? へへっ、戦利品だよぉ。悪くない作りだろぉ?」
ニールヴェルトの右手には、カースのショートソードが握られていた。
***
魔物の群れに押しつぶされ、廃墟と化した孤児院の敷居を、ニールヴェルトが跨いだ。
「隊長。魔物の掃討、完了しました」
ニールヴェルトの部下たちが、隊長の前に整列する。
「御苦労さぁん。あーぁー……ぐっちゃぐちゃ。こりゃぁ食欲が湧くなぁ、おい」
皮肉を漏らすニールヴェルトたちの足下には、人間の肉片と無数の“喰らい”どもの死骸が所狭しと転がっていた。
「一応、訊くけどぉ、生存者はぁ?」
「この奥に、石造りの部屋があります。そこに避難していた数人が無事でした。外で手当を受けています」
「ふぅん」
ニールヴェルトが、大して関心もなさそうに、瓦礫と死体を蹴り分けながら孤児院の通路を進んでいく。部下の騎士が言っていた石造りの部屋に近づくにつれて、“喰らい”どもの死骸の山は数を増していた。
その死骸に半ば埋もれて、頑丈な鉄の扉がそこにあった。
「へぇ、ここだけえらく頑丈な作りだな、っとぉ」
ニールヴェルトが、鉄の扉を蹴り開ける。
生存者が救助され、今は無人となっている石造りの部屋の中は、昼間なのに随分と薄暗かった。明かりを取り込む窓が、頑丈な鎧戸で閉め切られているためだった。
騎士の報告の通り、部屋の中に魔物が進入した形跡はなかった。頑丈な作りの壁と窓と扉が、“喰らい”どもから中の人間たちを守りきったのだろう。
部屋の奥、鎧戸の閉められた窓際に据えられたテーブルの上に、台座で飾られた白い彫刻があった。材質は、骨か牙のような手触りをしていて、それが彫り抜かれて抽象的な形の工芸品に加工されている。
彫刻が飾り付けられている台座の横には、文字の書かれた羊皮紙が広げられていた。
『貴殿の功績を称え、記念品を贈呈いたします――』
羊皮紙には、美しい筆跡で短くそう書かれていた。
そして羊皮紙の右端に、“記念品”の贈呈者の名があった。
『――ボルキノフ』
「はっ、こりゃぁ、冗談きつい“記念品”だぜぇ」
ニールヴェルトが鼻で嗤い、羊皮紙をくしゃくしゃに丸めて投げ捨てた。
「……何の“功績”を称えるっつぅんだぁ?」
ニールヴェルトが、薄暗い部屋の中を見渡した。
部屋の中には、“記念品”の飾られたテーブルがある。寝台があり、棚がある。灯りを灯す燭台があり、椅子がある。
「……いーぃ趣味してんなぁ、院長様よぉ」
……そして、革製の首輪があり、石壁に繋がれた鎖があった。鞭があり、用途の分からない様々な道具があった。
「“生存者”だぁ? おいおいぃ、ここにいた奴ってよぉ、ここに連れて来られてた奴ってよぉ、本当に“無事”だったのかぁ?」
ニールヴェルトが、暗がりの中で顔をしかめて溜め息をついた。
「それにぃ、これは何の“記念”なのかねぇ、閣下ぁ? 町がひとつ消えた記念かぁ?」
台座に飾られた彫刻を見やりながら、ニールヴェルトが呟いた。
「それともぉ、“開戦”のきっかけを作った記念かぁ?」
彫刻を鷲掴みにしたニールヴェルトの口元は、ニヤリと吊り上がっていた。