2-2 : 暗黒騎士かく語りき(2/3)
この転生(正確に言えば召喚)は、もちろん私が自分の意志で行ったものではない。“宵の国”には、転位系の魔法に長けた魔女がいて、その人物の手によって、たまたま的に当たった私の魂がこちら側に強制転位させられたのだ。
当時、召喚されて間もなかった私は、その転位魔法を「そういうものか」と適当に分かったつもりでいたのだが、転位魔法というのは恐ろしく高度な知識と術式が必要とされるものだ。こうして今になって、召喚された頃を思い出すと、あの魔女が途方もないことをしていたことがよく分かる。異界から魂を転位させ、こちら側の世界に定着させるなど、私には生涯たどり着けない領域の業だ。
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私の身の上話はもう少し続くのだが、その前に、この世界のことについて簡単に説明しておこうと思う。
この世界には、2つの勢力に大別される存在がある。私が転生した“魔族”と、私が転生する前そのものの“人間”である。
魔族と人間は完全に住む世界を分けていて、互いに自分たちの国を持っている。魔族の住む国の名を“宵の国”、人間の住む国の名を“明けの国”と言う。この世界には基本的にこの2つの国しか存在せず、地上の8割を明けの国が支配し、残りの2割を宵の国が支配している。
魔族は非常に長命で、人間と比べて基礎能力が全般に高い。反面、繁殖力が非常に低く、絶対数が人間に比べて圧倒的に少ない。
人間は魔族とは逆に、短命な者が多く、基礎能力は魔族に劣るが、それを十分に補うだけの無数の人口を抱えている。
かつては宵の国が4割、明けの国が6割だとか、完全に半々で地上を分割していた時代もあったらしい。だが、特に今代の宵の国の統治者“淵王”陛下の代になってからは、宵の国の領土が侵略されることを許さず、逆に明けの国に侵攻することもせず、頑なに今ある領土を保ってきたと聞いている。少なくとも、私がこの世界にやってきてから400年間は、その状況が続いている。
異世界と聞いて思い浮かぶのは、ドラゴンのような伝説的な生物だが、そういう類のものはほとんど存在しない(いないわけではないのだが)。人間の感覚で言うところの“クリーチャー”だとか“モンスター”と分類されるものは無数に存在するのだが、天災クラスの理不尽な力を振るう存在はいないという意味だ。
かみ砕いて言ってしまえば、ボスのいないファンタジーゲームの世界を想像すれば分かり易いだろう。あ、懐かしいな、そういう例え方。
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私が今いる世界の基本構造は、大ざっぱにまとめると大体そんなものである。
それでは、私の身の上話に戻るとしよう。
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転生した直後の私はまず、私を召喚した魔女に、魔法について教えてくれと頼み込んだ。それは私に、転生前の記憶が完全に残っていたための反動からくる、衝動的な行動だった。苦しまされてきた抑圧からの解放・新たな世界で1からやり直すという期待感・魔族の肉体という特別感・魔法という存在。要はテンションが上がりすぎてハイになっていたのだ。
だが、懇願する私を尻目に魔女は、「お前を異界から召喚したのは、自分の研究の成果なだけで、別にお前自身に興味があるわけではない。だからお前の面倒を見る気もない。魔族軍なら衣食住を確保してくれるだろうから、お前の面倒は軍に見させる」と、要約するとそんなことを言って突っぱねた。
そして私の身は魔族軍に引き取られ、宵の国にやってきてからの最初の40年は、ひたすら軍の中で武芸を磨くことに費やされた。
人間、わき目もふらず40年も何かを続けていると、嫌でもその道を究めてしまうものだ。武芸なんてものとは無縁だった私でも、それだけの時間があれば、かなりいい線まで行けるというものである。
魔族軍の中でそこそこ出世した私は、40年振りに例の魔女の下を訪ねた。魔族の感覚の40年は、人間でいうところの数年か、下手をすると数か月程度といった感覚のようで、その(魔族的に)わずかな期間で見違えるほど成長した私を見て、魔女は私に興味を示した。
そうしてようやく、40年間待った甲斐もあって、私は私を召喚した魔女に師事して、魔法について学べるようになった。
それからの40年は、ひたすら魔法の探求に費やされた。
宵の国の住人として(魔族として)転生した私だったが、その容姿は転生前の姿と瓜二つだった。そしてそれは、魔族軍で40年間武芸に勤しんでいる間、全く老いることがなかった。魔族の肉体の長命さを実感したことをよく覚えている。
私を召喚した魔女に師事して、魔法について研究していく内に、どうやら容姿や性格といった要素は、“魂”という名でよく呼ばれる存在の形で決まってしまうらしいということを私は知った。私の容姿が転生前とそっくりなのはそれが原因だったのだ。
そして“魂”と呼ばれる存在は、純粋な魔力(世界に満ちる根源的なもの)と、意識・自我(個人を個人として成立させている何か)との境界に位置するものであるらしいということを私は知った。正直自分でも何を言っているのか分からない節があるのだが、どうもそういうことらしい。
そして人間の魂の形を持って、魔族として転生した私には、我が師である魔女曰く、“異質な素質”があったらしい。
先ほど魔族と人間の特徴で、「魔族は長命・基礎能力が高い・個体数が少ない」、「人間は短命・基礎能力が低い・個体数が多い」という違いを挙げたが、もうひとつ、2つの種族には決定的に異なる特徴があるのだ。
それは、「成長する速さ」である。
魔族は長命で基礎能力が高いが故に、その成長が著しく遅い。対して人間は、短命で基礎能力が低い分、驚異的な速さで成長する。“成長”というのは身体的な要素も含まれるが、主には知識や技術といった、精神的な要素のことを指している。
簡単に言ってしまうと、私は「人間の時間の感覚を持ったまま、非常に長寿でポテンシャルの高い肉体を得た」のだ。それは普通の人間の感覚で言うところの、永遠の命といつまでも若いままの肉体を得たことに等しかった。
人間、ひとつの分野を究めるには30~40年を要する。言い方を変えれば、「人間が一生の内に究めることができる分野は多くても2種類程度である」と言える。
対して魔族は、非常に長い寿命を持つが成長が遅いため、やはりその帰結として「魔族が一生の内に究めることができる分野は多くても2種類程度である」ということになる。
しかし、私は人間を成す魂を持ったまま魔族の肉体を得たことで、本来人間と魔族それぞれに課せられていた制限から逸脱したのだ。「人間の貪欲な成長速度を維持したまま、寿命の制約から解放された私は、あらゆる分野を究める可能性を得た」のである。
転生してから80年後。私は最初の40年で武芸を究め、次の40年で我が師の転位魔法の基礎を身につけた。
それからの20年は、武芸と魔法を組み合わせた応用技術の開発に注がれた。基礎を固め切ってからの応用の研究は、加速度的に進んでいった。
剣術と転位魔法を組み合わせた独自の戦術。後に私を魔族最高の地位“四大主”にまで押し上げることとなる“魔剣”の最初期の型が生まれた瞬間だった。
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さて、このまま天井知らずの勢いで成長していくかと思われた私だったが、転生してから100年を越えたところで、大きな壁にぶつかることになる。
それは「人間の精神の限界」だった。
幾ら不老不死に近い肉体を持っているとはいえ、そこに宿っているのは人間を成していた魂・人間の精神である。それが許容できる時間感覚の限界が、100年を越えた頃にやってきたのだ。
突然不安定になり、崩壊しかかる精神。狂いそうな精神から溢れる恐怖に溺れ、それがまた別の恐怖となる連鎖破壊。私はそれを抑える術を必死に探した。
そしてあるとき、私は解決手段を発見した。それは私が転生する以前、人間だった頃に、同じく精神を病みかけたときに施していた療法そのものだったのだ。
「アニメ鑑賞」である。
魔族の長寿の肉体に精神がついていけなくなったとき、私の魂に根を張る“オタク”の部分が突然叫んだのだ。「あぁ、アニメ見たいなぁ。ネトゲしたいなぁ」と。
そして、そこから私の真の探求と、真の力の目覚めが始まった。