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30-17 : “古き東の主”

「ああ……」



 105体の黒い群れが、シェルミアたちの眼前に輝く翼を羽ばたかせる。


 その光景に圧倒され、彼女は思わず声を漏らしていた。



「……何て……」



 ゴーダだけが知っている、異界の言葉――「竜」と呼ばれる存在たち。



「何て、勇ましい……」



 この世界ではただ、かつて“災禍の血族”と、あるいは“石の種”とだけ呼ばれた、人間でも魔族でもないものたち。



「何て、神々しい……」



 半生物・半無機物からその身を成す単独種にして、比較にすら挙がらぬ絶対の最強種。



「何て……美しい……」



 “古き東の主ベルクト”を筆頭に――それが“イヅの騎兵隊”の、真の姿。


 黒竜の背にまたがるは、ベルクトが残した兜を被った“魔剣のゴーダ”――今代こんだいの、東の守護者。


 喪失も、絶望も、孤独も、虚無も踏み越えて……過去と未来の交差する、因果の収束点へ至る者。


 人竜一体。その雄々しく壮麗な容姿は――“竜騎士”と呼ぶに相応ふさわしい。



「……」



 漆黒の騎士の欠けた兜の隙間から、静かに閉じたゴーダの目許めもとのぞく。



「ホロホロホロ……」



 眼前にふわりと羽ばたく黒竜たちの群れを七つの巨眼で凝視して、“黄昏たそがれの魔”がビュンッと四つ又の尾を打ち出した。



「……」



 ゆっくりと開かれた竜騎士の目には、紫炎を凝縮した光の点。


 直後。


 曇天の虚空に、あおひらめき。


 音もなく、“黄昏たそがれの魔”の尾が斬り崩れていく。



「……“原初の闇”よ……」



 ゴーダがゆらと、右腕を掲げた。


 そこにあるは、あおきらめく銘刀“蒼鬼あおおに・真打ち”。刀身に次元魔法をまとったその刃は蒼の波動を常にほとばしらせ、本来の何倍もの間合いを宿している。



「お前の欲する終焉しゅうえんの形……そのはらの中に確かに見た――」



「ホロホロ……」



 ゴーダの言葉を遮って、“黄昏たそがれの魔”が小さな者たちを握り潰さんと巨大な両手を突き出す。


 竜騎士の姿が異形の拳に隠れる間際。光り輝く軌跡が、二重三重と飛び重なった。


 その軌跡の数よりはるかに無数の斬撃に、バラバラに寸断された異形の肉塊が四散する。



「……たとえ、虚無の底に喰われ落ちようと――」



『我らは、何度でも立ち上がる』



 竜騎士を囲むようにして、何頭もの黒竜たちが自由自在に舞い飛んでいた。至高の刃たるその両腕の四つ爪は、“イヅの騎兵隊”として培われた太刀筋を忘れず、更に磨きをかけたもの。



「その姿とその力が、お前の積み上げた因果ならば――」



『ここにつないで束ねてみせた、人と魔族と我らの想いこそ……決して解けぬきずななり』



 蒼の波動を撃ち出して追撃をかけるゴーダに合わせ、ベルクトの竜の一閃いっせんが飛ぶ。



「ホロホロ……ッ」



 バサリバサリと巨体を浮かせる“黄昏たそがれの魔”が、よどんだ真紅をき散らしてぐらりと揺れた。


 わずかの間で全身を崩壊させた“黄昏たそがれの間”が、額の巨眼にくらい闇をともす。


 “改竄剣かいざんけんリザリア”。それにとって都合の悪い現在の形を、過去の改変で塗り潰す。


 ――ゾンッ。


 この世あらざる淵闇ふちやみが噴き出して――。


 その中心に、一条の光。



「――“運命剣”」



 改竄かいざんの闇が、未来から差し込む小さな光で散り晴らされる。


 竜騎士の左手には、盟友シェルミアから託された魔導古剣“運命剣リーム”。



「お前が100回、過去を変えるというのなら……私たちは100と1回、そこに未来を開いてみせよう」



 ……。



「お前が1000回、過去を壊すというのなら……私たちは1000と1回、生きたあかしを刻み直そう」



 過去の改変と、未来の選択。2つの力が打ち消し合って、強い意志が現在いまつなぎ止める。



「ホロホロホロ……」



 ならばと、なお終焉しゅうえんのみを欲する“黄昏たそがれの間”が翼をにび色に光らせた。


 魔力の波動。それは空間をレンズのように歪曲わいきょくさせて、その焦点に光を集中させていく。


 凝縮された魔力が業火より鮮烈な熱線となり、竜騎士目がけて放たれる。


 熱線の光にき消されるその下で――ゴーダもベルクトも黒竜たちも、誰一人として恐怖などしなかった。


 業火の光が、はじけ飛ぶ。


 恐怖などしない。


 なぜならば。


 今の彼らには、はっきりと見える。



 ――『ゴーダ!』



 空中で揺れている“黄昏たそがれの間”の首元に、しがみつく人影。“右座の剣エレンローズ”が無言の声で叫ぶ。



 ――『連れて行って! 私たちの想いも! 貴方あなたたちの光と一緒に!!』



 心の限りにそう念じた守護騎士の伸ばした左腕は――既にそこにはなく。


 “黄昏たそがれの魔”の放った業火の熱線の中に、その影が浮かび上がる。


 ゴーダたちには、はっきりと見える。


 それは想いに呼応して形を変える魔導器。“封魔盾フリィカ”。


 エレンローズの左の義手として振る舞っていたそれが、今一度盾の形となって、魔導の光を推力として、ゴーダの周囲を自在に飛び回っていた。


 “明星のシェルミア”から“左座の盾ロラン”へ渡り、“右座の剣エレンローズ”を経て、“魔剣のゴーダ”の下へ。「あの人をまもって」という想いときずなを、確かな形へと変えて。


 エレンローズの灰色の瞳をしっかりと見つめ返して、ゴーダが深くうなずいてみせる。



「ああ――任せておけ!」



 魔族が打ち鍛えた至高の刀と、太古の時代に人間ひとへ託された至宝のつるぎ。破魔の盾と、そして固いきずなで結ばれた黒竜たち。


 およそ持ち寄れる想いの全てが、竜騎士の下へと集う。



「“改竄剣かいざんけんリザリア”……お前がどんなに、過去に執着しようとも――生命《私たち》は常に、未来に進み続けるのだ」



 二刀を掲げ、盾を浮かばせ、翼を一際強く羽ばたかせたベルクトに乗り。ゴーダたちが――“イヅの騎兵隊”が、光の筋となって空を駆ける。



「たかが、暗闇に……それを消せると思うなよ……!」


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