9-1 : 国葬
――明けの国、王都、“騎士廟”。
深く地下に続く巨大な霊廟の、開け放たれた石扉を段上に臨み、明けの国の司祭が祝詞を上げている。
司祭を先頭に、その後ろで黙祷を捧げているのは、明けの国の国王である。国王は老いた男性で、髪は白髪、顎には白い長髭を蓄えている。顔には長きに渡る王の役目の中で刻まれてきた深い皺が無数にあり、碧い瞳には濁りが混ざりかけているが、未だしっかりとしている目つきからは、かつてそこに宿っていた光の強さを窺えた。
国王の真隣に立ち、同じく黙祷を捧げているのは、明けの国の宰相である。宰相は灰色の髪を整髪油で寝かしつけ、オールバックでまとめている。
司祭・国王・宰相に続いて、その後ろで横に並んで祈りを捧げているのは、明けの国騎士団“団長”兼“第1王女”シェルミアと、“第2王子”アランゲイルである。
2人は揃って深い青で染め上げられたドレスと礼装を纏っている。その青は、明けの国では哀悼を表す色である。
国王と同じ碧い瞳をしたシェルミアに対して、王子アランゲイルは茶色の瞳をしていた。
司祭・国王・宰相・王女・王子の成す列から距離を置いて、広い通路の両端に、2人の騎士が立っている。甲冑で頭部を含めた全身を覆っている2人の騎士は、祭礼用の装飾剣を鞘に収めたままの状態で、顔の前に掲げ持っていた。
“騎士廟”の前にいるのは、以上の7名である。明けの国の国葬における最後の祭礼は、少人数でしめやかに、そして厳かに執り行われる。
「それでは……戦士たちを導く“送り火”と、その功績を刻む“水晶花”を、これへ」
祝詞を上げ終えた司祭が一同へ振り向き、シェルミアと宰相へ目配せをした。
騎士たちの長たるシェルミアと、政の長たる宰相が、国王の前に跪き、それぞれが手に持つ物を掲げ上げた。
シェルミアの手には、火の灯った小さな燭台が。宰相の手には、装飾箱に納められた水晶の造花が、それぞれあった。
国王がまず始めに手にしたのは、火の灯った小さな燭台である。
それを合図に、通路の両端に立っていた2人の騎士が王の下へと歩み寄り、祭礼用の装飾剣を鞘から抜き、柄を上にして跪いた。その柄の先端には、油を染み込ませた心材が差し込まれている。
国王の持つ燭台から、2人の騎士の装飾剣へと、“送り火”が移される。
跪いたまま、その様子を間近で見守っているシェルミアが、全身甲冑姿の騎士の1人に目線を送って、声を出さずに「(がんばって)」と口だけを動かした。
“送り火”を国王から受け取ると、2人の騎士は立ち上がり、歩幅を揃えてゆっくりと“騎士廟”へ続く数段の階段を上り、その石扉をくぐり、その内部へと歩き進んでいく。
この“騎士廟”は騎士たちの聖域とされ、その石扉から先に入ることが許されるのは、生者・死者を問わず、騎士の位を持つ者のみである。例え明けの国の国王であろうとも、騎士ならざる者がその場所を侵すことは、決して許されない。
“騎士廟”は扉をくぐってしばらくは直線の通路が続き、その後左右に分かれた先が、地下の納骨堂へ下る階段となっている。
2人の騎士は直線通路の左右に等間隔で設置された燭台に、ひとつひとつ“送り火”を灯しながら、奥へ奥へと進んでいった。やがて直線通路の最奥部に置かれた最後の燭台に“送り火”を灯し終えると、2人の騎士は歩幅を揃えて引き返し、死者の世界と明けの国とを隔てる石扉をくぐって、こちら側へと戻ってきた。
そして、2人の騎士と入れ違う形で、騎士の長たるシェルミアが、国王から“水晶花”を受け取り、“騎士廟”の階段を上り、石扉をくぐり、2人の騎士が灯した“送り火”を頼りに奥へと進んでいく。
地下の納骨堂へと下る暗い階段に面した壁面には、シェルミアが持っているものと同じ作りの“水晶花”が無数に供えられていた。
その壁面の片隅に“水晶花”を供え、祈りを捧げたシェルミアが、直線通路をゆっくりと引き返してくる。
それを見届けた司祭が、一同に向かって口を開いた。
「“送り火”と“水晶花”は、滞りなく戦士たちへ捧げられました。石扉を閉ざした後の暗い世界にあっても、“送り火”によって戦士たちの魂は正しき場所へと導かれましょう。そして“水晶花”が、我らに代わり、その魂の還り路を見届け、永遠に記憶するでしょう」
“送り火”によって明るく照らし出された“騎士廟”の奥で、“送り火”の光を受けて光る無数の“水晶花”の煌めきが、幻想的に揺らいでいる。
そして、最後の祭礼の、最後の儀。
2人の騎士が“騎士廟”の開かれた石扉の左右に立ち、切っ先を下に向けて装飾剣を掲げ上げた。2人の騎士が立っている位置の石畳には、そこだけ不自然に抉れた小さな窪みがある。
2人の騎士が息を揃えて、掲げ上げた装飾剣を真っ直ぐ地面に打ち込んだ。
ガツンと石が削れる音が聞こえ、石畳の不自然な窪みに、装飾剣が突き立つ。何百回、何千回と、そうして同じ場所に装飾剣が打ち込まれ続け、今では剣が自立するほどにその窪みは深さを増している。
“騎士廟”の通路の奥で、“送り火”に照らされ煌めく無数の“水晶花”。装飾剣が突き立つ石畳の窪みの深さ。そして何よりも、“騎士廟”の奥底で眠る、幾万の騎士たちの遺骨。それが、明けの国騎士団の“重み”である。
そして装飾剣が打ち込まれた音を合図に、参列者たちは跪く――国王さえもが、その“重み”を前に頭を垂れるのだ。このとき、この場所、この瞬間に、“騎士廟”を前に立つことが許されるのは、その石扉を閉ざす2人の騎士のみである。
2人の騎士が重い石扉に手を添え、死者の為の世界と、生者の国とを分かつ扉を押した。
石扉がゆっくりと動きだし、ズズンと腹に響く低音が轟いて、“騎士廟”が閉ざされる。
死者たちの語る完璧な静謐は消え去り、後に残るのは、生者たちのみが聞く、耳鳴りを含んだ沈黙だけだった。