21-13 : 血の束縛
「はぁ゛……はぁ゛……。……幾つか……君に、訊きたいことが、ある……」
ベルクトの目の前に顔を寄せて、ボルキノフが口を開いた。
「“魔剣のゴーダ”は……何処に、いる……?」
「……」
ボルキノフの問いかけに、ベルクトはただじっとその目を見返して口を噤んだままでいる。
「……黙秘、するかね……。はぁ゛、はぁ゛……私の術は……物理的な、支配しか、できないからね……ごほっ……黙られて、しまっては……お手上げだ……」
失血で青ざめた顔に不気味な笑い顔を浮かべながら、ボルキノフが溺れるような声で言った。その足下には流れ続ける血で、大きな血溜まりができている。
「ごほっ……私の問いに、答えてくれる気に、なってはくれんかね……?」
「……」
ベルクトはただ、沈黙し続ける。
「これは……困ったな……」
――ボキリ。
「ぐっ……!?」
鈍い音がして、ベルクトの押し殺した声が周囲に響いた。
「私の、血の束縛は……精神まで、支配は、できない……はぁ゛……だけれどね……肉体の、支配に限っては……こういうことが、できるのだよ……」
――ボキリ。
ベルクトの右手の人差し指と薬指が勝手にあらぬ方向に曲がり、自分の骨を自らへし折る音が聞こえた。
「うっ……!」
その苦悶の声を聞いて、ボルキノフがにやりと笑った。
「どうだろうか……私の、質問に、答えては、くれんかね……? はぁ゛……はぁ゛……君の、身体が……自壊してしまう、前に……」
喉元に溜まった血をごほごほと吐き出しながら、“忘名の愚者”が全身を鮮血に染めたベルクトに語りかけ始める。
「もう1度、訊こう……“魔剣のゴーダ”は、何処に、いる?」
「……知らん」
――ボキリ。
「う、ぐっ……!」
3本目の指の骨が折れ、苦痛の声を漏らすベルクトを、ボルキノフが冷たい目で見つめていた。
「次の、質問だ……。先に、言っておくよ……次は、左の腕の骨が、折れる……。私は……私と、娘の、為に……“石の種”と呼ばれる物を……探している……。聞き覚えは……ないかね?」
「……。……。……。……。……何だ、それは。そんな物は、ここにはない……聞いたこともない……」
「……。ふむ……」
――メシッ……バキリッ。
「あ゛……っ!!」
腕の骨が折れるくぐもった音がして、骨の支えを失って脱力したベルクトの左腕がダラリと垂れた。
「知らないに、しては……随分と、長い沈黙だったね……それに、幾らか不自然に、饒舌に否定するじゃあないか……。あれほど、黙秘していた君が……」
ボルキノフがベルクトの右足を小突きながら、忠告するように言葉を続ける。
「次は、右脚だ……。“石の種”の、在り処を……知っているかね……?」
「っ……知らん……」
――バギンっ。
「ぐあぁぁ゛……っ!」
「おっと……失礼……“私から見て、右の脚”、だったな……不意の、激痛は……堪えるだろう……?」
ドサリと地面に倒れ込んだベルクトがもがき苦しむ様を見て、血を流して青くなっていたボルキノフの顔が愉悦の朱に染まる。
「質問を、続けよう……“石の種”、とは……ごほっ……永く、固有の呼び名をすら、与えられなかった……“災禍”につけられた、通称だ……。300年ほど、前に……その“石の種”を、熱心に、研究していた男が、いてね……はぁ゛……その男の収集した、文献に、こう書かれていた……」
失血でふらつく頭に手をやり、ボルキノフがその場に膝を突いて座りながら、質問が続けられる。
「その、文献には……『“災禍の血族”は、宵満ちる地の東に眠る』、とあった……はぁ゛……私は、この“災禍の血族”、とは……東の四大主のことを、差していると、踏んでいるのだが……どうだろうか……?」
倒れたベルクトは全身の痛みで身体を震わせていたが、兜の奥に覗く紫炎の光には強い反抗の意思が滲み出ていた。
「……ぐっ……知らんっ……!」
――ボキッ。バギバギッ。
「う゛っ……! あ゛あ゛あぁぁぁぁっ゛!」
「ああ、うっかりしていた……どこが折れるか、言っていなかったね……」
新たに右腕と、右手の指の全ての骨から同時に不気味な音がして、右脚以外の四肢の骨を全て折ったベルクトが、声を押し殺すこともできず叫び声を上げた。
「君は、本当に、口が堅いね……はぁ゛、はぁ゛……これでは、何も、聞き出せそうに、ない……その前に、私が、気を失って……しまいそうだ……」
仰向けに倒れ苦痛に仰け反るベルクトの上に覆い被さるようにして、ボルキノフが血まみれの口を開く。
「……血が、足りなくなって、しまった……」
……。
……。
……。
「それに……少々……腹が……空いたな……」
次の瞬間に聞こえた、ガギッという音の正体は、ボルキノフの歯がベルクトの甲冑の肩当てとかち合った音だった。
ギギッ……ベキベキッ…………グチャッ。
「……あ゛っ……!?」
人間の歯が甲冑の硬度に勝る筈はなく、人間の顎の力が鉄を食い破る道理はない。つまりは今この場でそれをやってのけるボルキノフという存在は、何者とも呼ぶことのできない何かだった。
獲物の分厚い皮膚を食い破る猛獣のように、ベルクトの肩当てを噛み砕き引き剥がしたボルキノフが、その首筋の肉に喰らい付く。
ブチッ……ブチッ……グシュッ。
「あ゛っ……う゛あ゛ぁぁぁあ゛ぁぁぁっ……!!」
歯が肉に深く喰い込み、血管が裂け、紫色をした血が噴き出した。ベルクトの耳元で、ボルキノフが喉を鳴らしてその血を啜る音が聞こえる。
その捕食される痛みは喩え難く、血の束縛をわずかに振り切って、ベルクトの折れていない右脚が地面をガリガリと蹴り掻き、首が拒絶するように小刻みに左右に揺れた。
肉を喰いちぎり、グッチャグッチャと咀嚼音を立てながら、ボルキノフが暴れるベルクトの頭を押さえつけて更に首筋に歯を立てる。顎の力と同じく、その握力も常軌を逸していて、兜がメシメシと音を立て、そこに亀裂が走っていった。
「ぐっ……ふぅっ……ふぅっ…! ……っあ゛あ゛ぁぁあ゛あ゛あ゛っ゛!!!」
一部の装甲が砕け落ちた兜の隙間からベルクトの口許が覗き見えて、それが苦悶の形に歪み、もがきの悲鳴の形に開かれる。兜の亀裂の向こうに、怒りと苦痛と屈辱で鋭い眼光を宿した左眼が露わになっていた。
――べちゃっ。
巨大な石棺の横に、突然何かの肉片が現れて、べちゃりと不快な音を立てたのはそのときだった。




