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宵の国戦記(■旧題:最強の暗黒騎士は定時で帰りたい! )  作者: 長月東葭
第3部 : 「黄昏」編 ―侵攻戦線(前編)―
141/323

19-15 : 人の造りし呪いの剣

 ズチャリ。と水音がして、アランゲイルが手にした短刀を、“それ”に突き立てた。


 さやもないその抜き身の短刀は、ぼろぼろの布切れに包まれて、王子の胸元にひそめられていた。


 その短刀は刀身がび付いて、ぼろぼろに刃こぼれを起こしていた。そのさびの原因は、刀身に付着したままついぞ拭き取られることのなかった血によってもたらされたものだった。


 布切れと刀身に染み着いて、赤黒いあざのように変色した血。


 ……それは、かつてアランゲイルの目の前でシェルミアを傷つけた、魔族の野盗の短刀だった。


 妹の命を奪いかけ、それを果たすことなく絶えた魔族の怨念の短刀。血を分けた兄妹の死を予感し、「これで解放される」と安堵あんどしてしまった兄の、決して口にしてはならない嫉妬と憎悪と自己嫌悪の短刀。


 ……。


 ……。


 ……。


 人の王の子の、降り積もり、積み重なり、焦げ付いた“呪い”が、真紅の肥え上がった醜い存在をり代として、形を成し、今、顕現する。


 ……。


 ……。


 ……。


 ――。


 ――。


 ――。



 ――あぁ、ユミーリア……何てよどんだ人の思念なのだろうね……。



 ……。



 ――研ぎ澄まされていく……鋭く、硬く……その濁りきりゆがみきった形、そのままに……。



 ……。



 ――その錬成に名をつけるとするならば、どう呼ぶことが相応ふさわしいだろうね、ユミーリア……。



 ……。



 ――そうだな……仮に私があの王子の立場であったなら、きっとこう呼んでいると思うよ……。



 ……。



 ――“人造呪剣”、と……。



 ――。


 ――。


 ――。


 ……。


 ……。


 ……。


 巨体を誇る魔族兵たちが振り下ろした刃を、一斉に受け止める“盾”があった。



「な……に……?」



 その“盾”は1つではなく、振り下ろされた刃の数だけそこにあった。



「こ……れは……っ?!」



 そこにあるは、魔族軍の意匠の彫り込まれた、見慣れた装飾の盾だった。赤に染まり、“喰らった餌の形そのままに”、その盾は王子の手にした真紅の剣の刀身から枝葉のように“生えていた”。



「何度も、命じたであろう……“我がしもべとなれ”とな……」



 ……。


 ……。


 ……。



「ギシャァッ!」



 真紅の刀身が、樹木のように更に無数の枝葉を張って、その先端に“くれないの騎士”を実らせる。喰らった魔族兵の甲冑かっちゅうの形そのままを成したくれないの騎士がグワっと口を大きく裂き開くと、それは腹をかせた猛獣のようにそばに立つ魔族兵に喰らい付いた。



「ぐあぁぁああぁぁっ!……ア、ァ……ゴボっ……!」



 刀身から生えたくれないの騎士に首筋をまれた魔族兵が、たちどころにその全身を水母くらげのような皮膜に覆われ、グズグズに溶かされ、貪り尽くされる。



「ギギャギャ!」



 それと同時にアランゲイルの真紅の剣がゴボリと泡立ち、そこからまた新たな枝がズルリと生え、今正に喰らったばかりの魔族兵の形を成した新たな“くれないの騎士”がそこに実る。



「馬……鹿な……! 一体、何が起きて……っ」



 その光景に思わずひるんだ魔族兵の足首を、何かがズチャリとつかむ気配があった。



「アギィッ、ギギッ」



 真紅の刀身から伸びた筋が、樹木のように地に根を張って、その先端に魔族の女の形に見える実をつけて、それが小さな声を上げて兵の足元にしがみついていた。


 更にズチャリと鳴った水音を辿たどって顔を上げると、そこには真紅の剣から枝分かれした魔族兵の戦斧と大槍、そして銀の騎士の剣が幾本も生えていた。



「こん、な……ことが……」



「魔族も……人間も……我が“呪い”の糧となれ……この醜く膨れた“災禍”を肥やす、餌と成り果てよ……」



 真紅の剣から生えた腕に身動きを封じられた魔族兵がちらと周囲に目をやると、いつからそこにいたのか、数十体のくれないの騎士が身をかがめて立っていた。それは魔族兵の見ている先で身体を波打たせ、関節をあらぬ方向へねじ曲げて、膨れあがり、やがて死体からすすって体内にめ込んでいた紫血をあかく染め、ゴボリと脈動し、2体に分裂した。



「ギャギャギャッ」



「グルル……」



「ギシャァッ」



 1体が、2体に。2体が、4体に。4体が、8体に。取り込んだ紫血の数だけ、くれないの騎士が増殖していく。


 そして喰らった餌の数だけ、“王子アランゲイル”のその真紅の剣は、枝葉の先にその全てを実らせる呪いの樹へと肥え太っていく。



「リザ、リア……陛、下……」



 ここにまた、そのための“餌”が、また1つ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ――バクリ。


 ……。


 ……。


 ……。



 ***





「お帰りなさいませ、殿下ぁ……」



 真紅の剣を手にしたアランゲイルが松明たいまつあかりの中に踏み入ると同時に、“烈血のニールヴェルト”がひざまずいて王子を迎え入れた。



「首尾は……如何いかにございましたかぁ?」



 下に向けていたこうべを上げたニールヴェルトが、口角をニヤとり上げながら尋ねた。



ひどく醜悪な光景だったな……だが、それに見合うだけの力は得た」



 人間の鮮血をそのまま凍り付かせでもしたかのような、鈍く光る真っ赤な剣を目の前に掲げ、王子が満足そうに答えた。


 皆の見ている前で、その刀身がゴボリと泡立ち、見る見るうちに表面の構造を変化させ、それは抜き身の剣の形状からさやに収まった刀剣の形状に変化した。



「ひははっ、自分でさやまとうなんざ、えらく行儀の良い魔剣じゃあないですかぁ」



「まだまだしつけが足りん。これが餌を喰い散らかす様は見るに耐えんからな」



「さぁすが“特務騎馬隊”の連中だねぇ……黙ってりゃ礼儀正しく見えるが、物を喰うときの作法が汚ったねぇったらねぇなぁ。親分のボルキノフ閣下にそっくりだぁ。ははっ」



「“これ”には自分の主人が誰なのか、はっきりと覚え込まさなければならんようだ」



「えぇ、えぇ、そうでしょうともぉ。でなけりゃあんた自身が、いつ“そいつ”に喰われるかも分からねぇからなぁ……ひはははっ」



 目を爛々(らんらん)と輝かせながらそこまで言ったニールヴェルトが、何か思いついたというふうに手を打って見せる。



「そぉだぁ、殿下ぁ……“そいつ”に名前をつけてやるといい……名を呼ぶことがぁ、支配の第1歩ってなぁ。ひははっ」



「確かに、貴様の言うとおりだな、ニールヴェルト。聞き分けのない畜生をしつけるには、名を与えてやることから始めるとしよう」



 ……。


 ……。


 ……。


 そして王子が、醜くわらった。



「今このときより、この剣の名を“ゲイル”と呼ぼう――この醜悪な剣に、我が名の一部をくれてやろうではないか……」



 ……。


 ……。


 ……。


 ――“明けの国騎士団”及び“特務騎馬隊”混成部隊、“宵の国”領内における戦果。


 ――損失戦力、“明けの国騎士団”銀の騎士10名……残存兵力、15名。


 ――増強戦力、“特務騎馬隊”くれないの騎士……当初2体から、300体にまで増殖。


 ――“烈血のニールヴェルト”、魔導器“風陣の腕輪”を実戦投入。


 ――“王子アランゲイル”、貪り従えるもの、“人造呪剣ゲイル”を錬成。


 ……。


 ……。


 ……。


 ――侵攻戦線、進撃続行。



 ***



 ……。



 ――ああ、全く……殿下の執念の、何と深く黒いことだろうね、ユミーリア……。



 ……。



 ――何て貪欲どんよくで、腹をかせた、醜い呪いなのだろう……。



 ……。



 ――思わず、虫唾むしずが走る……。



 ……。



 ――あんなものに……お前の受けた祝福のわずかな一欠片であったとしても、触れることを許してしまった自分に、憎悪しか湧いてこないよ、ユミーリア……。



 ……。



 ――ああ、ユミーリア……慰めてくれるのかい……?



 ……。



 ――何て……何て優しくて、美しい子なのだろう……。



 ……。



 ――ああ……愛している……心の底から、愛しているよ……ユミーリア……。



 ……。



 ――可愛かわい可愛かわいい、私の娘……たった1人の、私だけの、いとしい子……。



 ……。



 ――ふふ……ふふふふ……。



 ……。


 ……。


 ……。

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