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4-3 : 予兆

 ガランと話し込んでいると、ふと、私はまた背中に視線を感じた。


 振り返ると、そこには三度みたび、ベルクトが立っていた。



「ベルクト? 何だ? ガランに用でもあったか?」



「いえ……別段、急を要する案件はありませんが……」



 私の問いかけに対して、ベルクトはどこか歯切れの悪い返事をした。ベルクトらしからぬことである。



「どうしたベルクト? 今朝から様子がおかしいぞ? 体調でも悪いのか?」



「いえ……そのようなことは、ありません」



 これまたベルクトらしくない返事である。何もない訳がないのは明らかなのだが、私にはベルクトに何が起きているのか見当がつかなかった。



「ははーん」



 私とベルクトとのやりとりを後ろから見ていたガランが、訳知り顔でニヤニヤと笑った。



「ゴーダよ、お主、淵王城から帰ってきてから、ベル公に何か言ってやったか?」



「? どういうことだ?」



「馬鹿もんじゃのう、お主。ベル公をねぎらってやったのかと言うとるんじゃ」



 ガランが私の顔をびしっと指差して言った。



「ゴーダよ、お主には見えんのか? ワシにはよーく見えるぞ。主の留守を守り抜いた忠犬が、『褒めてほしい』と尻尾を振っている姿がのう。うしし」



 ガランが今度は、ベルクトの方を指差して、面白がるように言った。



「犬ではありません」



 ベルクトが、そこだけはいつもの調子で、ぴしゃりと言い切った。



 う……た、確かに、ガランの言う通りだった。私としたことが、城塞に戻って早々爆睡して、そのまま何食わぬ顔で起きて現在に至っている。部下のモチベーションの維持とメンタルケアという、重要な事柄がすっかり抜け落ちてしまっていた。


 特にベルクトの場合、自分が何をされたいのかということが、自分自身で分かっていないということも十分あり得た。悔しいが、ベルクトの奇妙な行動の説明が、ガランのおふざけ発言ですべて説明できてしまう。悔しいが。



「あー……オホン、ベルクトよ、今更になってすまないのだが……。私が留守の間、よく城塞の運営をやり遂げてくれた。お前のお陰で、私は本当に助かっている。ありがとうな」



 言うタイミングをとうに逃した言葉を、改めて言うというのは、恐ろしく気恥ずかしいものだ……。



「! はい……! ありがとうございます……!」



 ベルクトが、兜を被った顔をまっすぐに私の方に向けた。その態度で、ベルクトの心に漂っていたモヤモヤが、ぱあっと晴れたのがはっきりと分かった。


 ベルクトは実直な反面、たまにこういう天然な面が垣間かいま見えるのだ。



「やはり忠犬じゃな、ベル公や」



 ガランが笑う。



「犬ではありません」



 ベルクトが再びぴしゃりと言い切った。



***



 その日の夜。定時で仕事を終えた私は、私室でノートパソコンを開いていた。



「……お! 回線速度、出るようになったな」



 淵王城に赴いていた数日の間で、デミロフの戦死による明けの国の人間たちの動揺が大分落ち着いたらしい。インターネット回線は、長時間の高画質動画も快適に表示されるレベルにまで回復していた。


 私はおよそ1週間振りに、念願のアニメ鑑賞を果たした。


 最終回まで一気見の予定だった作品を見終えても、まだ満たされない私は、勢いづいて全く別の作品にも手を出す。


 1人テンションが上がってしまった私は、2クール24話ものの作品を、第1話から徹夜で完走するという暴挙に出た。魔族の身体は、一徹程度では全く疲れないのだ。たとえ一睡もせずとも、明日の業務に支障はない。それよりも今は、この渇いた心に清らかな水が必要なのだ……!



***



 翌日の明け方。私はノートパソコンの画面に見入っていた。



「うっ……いい話だなー……次が最終話かあ……」



 結局ぶっ通しでアニメを見続けた私は、ほとんど条件反射で、次話へのリンクボタンをクリックした。


 異変が起きたのは、そのときだった。


 動画プレイヤーの画面上に、あの見慣れた、忌々しい文字が浮かんだのだ。


 ――“ネットワークに接続されていません”。


 私は口の端を、ぴくりと引きつらせた。



「……Oh……また……またなのか……」



 私はがくりと机の上にうなだれた。



「まーた明けの国で何かあったのか……? “明け”側の魔力のゆらぎが不連続体になったんだろうな――」



 私はめ息混じりに、棚に置いてある水晶球を手に取り、世界に満ちる魔力のゆらぎを確認する――。



***



 ――……。


 バタン、という大きな音を立てて、扉が開いた。


 早朝のイヅの城塞の通路を足早に歩いていくのは、“魔剣のゴーダ”である。


 その音に気づいたベルクトが、ゴーダに追いついて、後ろから声をかける。



「ゴーダ様? どうされましたか。まだ昼勤の始業時刻ではありませんが――」



「夜勤の騎兵たちに警戒を厳にするよう伝達しろ。昼勤の騎兵たちは、始業と同時に戦闘態勢で待機させておけ」



 こわばった声でベルクトに指示を出すゴーダは、甲冑かっちゅうを着込んでいた。



「……敵襲の予兆ですか」



 ベルクトの声音も、自然に引き締まる。



「この城塞を目指しているとは限らんが、かなりの勢力だ。他方のまもりへの連絡も必要かもしれん――」



 ゴーダの声を遮って、城塞内にピィーっという甲高い笛の音が響きわたった。本能的な警戒心をあおる、不吉な笛の音だった。



「敵襲です」



 ベルクトが、少年の声で冷静に告げた。



「なるほど……先日の弔い合戦ということか」



 ゴーダの腰には、ガランの銘刀“蒼鬼”が帯刀されていた。



***



 ゴーダの私室に置かれた水晶球の内部では、白いもやが肥大化して、黒いもやみ込もうとしていた。

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