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あれ
「なあ」と東屋は言った。
「何だよ」と奥谷は言った。
「何ていうかあれだな」
「あれってなんだよ」
「あれはあれだよ。それでもないしこれでもないしましてやどれでもない」
「そうか」
「うん」
東屋は椅子から立ち上がって部室を出た。部室には奥谷が残された。奥谷は煙草に火をつけて咥えた。立ち昇る青白い煙を眺めながらぼんやりと物思いに耽っていると坂本が部室に入ってきた。
「あれ」と坂本は言った。「東屋は?」
「どっか行ったよ」と奥谷は言った。
「そっか」と坂本は行った。「あいつはいつもどっか行ってるな」
「うん」と奥谷は言った。「あいつはいつもどっか行ってる」
坂本は先ほどまで東屋が座っていた椅子に腰かけた。
「また煙草吸ってるのか」と坂本は言った。
「うん」と奥谷は言った。
「そんなに美味いのか」
「美味くないよ」
「じゃあ何で吸うんだ」
「何でだろうな」