大都会の魔女 3
「率直な疑問を投げかけてもいいだろうか、トニー」
「手短に頼むよ、ヒューイ」
手配した飛行機に搭乗するために、ニュー・タウンの北端にある富裕層向けの空港にオートタクシーで向かっている最中、ヒューイが興味深そうに問いかけを発した。どうせくだらないことだろうとは思ったものの、手持ち無沙汰ではあったので答えてやることにする。
「あのメイリンという女性は、きみの母親かね?」
「とんでもない!」
まったく、とんでもない誤解だ。
たしかに母親の顔など覚えてもいないが、彼女が母親であるはずはない。トニーが生まれたときには、すでにあのメイリンの年齢は一世紀半を超えていた。いかに魔女とはいえ、魔術で若い姿に変化できるとはいえ、子供を産める年齢ではなかった。
「ふむ。だが、きみと彼女のやりとりは、どこか身内じみたものを感じた」
「それは間違っていない。彼女はぼくの魔術の師にあたるからね。十歳から十年近くは、彼女のもとで魔術の研究を手伝っていたんだ」
「なるほど。納得した」
ヒューイはそううなずくと、立て続けに口を開く。
「きみの師ということは、素晴らしく腕の立つ魔術士なのだろう」
「知識という意味では、魔術士の頂点だろうね。なにしろ、魔術士協会の中でも長老のひとりになっているくらいだ」
ただ、ちょっとばかし性格がよくない。
男を見ては誘惑するというのは、やはり慎みに欠ける行いだ。まして、変身術を使っての色仕掛けなど許せるものではない。
弟子時代の前半はさほど不快に思ったことはなかったが、やはり思春期のあたりになると、彼女のやり方に反発を覚えた。とはいえ、実際に男を連れてくるというわけでもなく、からかい半分で男に声をかけているのだと理解したのは、トニーが成人してからのことだ。
「二世紀近く生きていれば、性格もひねくれるのさ」
「わたしは、きみに思春期があったことに驚きを禁じ得ないがね」
「ぼくをなんだと思っているんだ、ヒューイ」
「そうだな。朴念仁というとこか」
ただ、今日からは「むっつり」という認識にあらためておこう。
ヒューイはそうつぶやいて、首を傾げる。
「きみの話を聞いていると、思春期にメイリンとなにかあったように思える」
「……まあ、そうだね」
「まあ待ちたまえ。当てて見せよう」
ヒューイはそう言って腕を組み、しばし黙考する。
そして彼自身の中で納得いったようにうなずくと、口を開いた。
「きみは、かつて彼女に恋をしていたんだろう。もちろん、老婆の姿ではなく、魔術で変身した姿のメイリンに」
「正解だよ、ヒューイ」
短く答えて、トニーは肩をすくめた。
まったくもって、かつての自分をぶん殴ってやりたくもなる。二十年前、彼女は二十代後半の姿をしていた。そんな彼女に対する感情は、自分を育ててくれた恩師から、次第に憧れになっていったというわけだ。
いま考えれば、メイリンは十年間まるで歳をとらなかった。
そのことに気付いていれば、もう少し冷静になれたかもしれないが。
「恋は盲目、というやつだろう。最近、わたしも経験したばかりだから、よく分かる」
「初恋が砕け散ったという意味では、ぼくときみは似ているよ」
トニーは苦笑する。
「きみが女性を苦手にしている理由は、それだったわけか」
「苦手なわけじゃない。ただ少し……警戒してしまうだけさ」
魔術を使って年齢そのものを偽ることができるのはメイリンだけだとしても、化粧や衣装で着飾った女性は、その本来の姿が見えない。それはとても恐ろしいことだと思わないか。
「だが、トニー」
ヒューイはふと思い出したように、つぶやく。
「きみの理想の女性は胸の大きなブロンドの女性だろう。それも美形の、ときたはずだ」
「……ああ、そうだね」
彼が言っているのは、先日のアイリーン・ミラーの一件だろう。アイリーン・ミラーは理想の異性を投影するもので、そこに現れたトニーの理想は、まさにヒューイが言った特徴を備えていた。
それなら、とヒューイは続ける。
「やはり、きみも本質的に女好きだということだ。本当に女性を警戒しているなら、美形の女性よりも化粧気のない、素朴な女性を理想に持ってくるはずじゃあないか」
まったく、きみはいやらしい男だな。女性が面倒だとか、素顔が分からないから警戒しているとか言いながら、それはきみ、ちょっとばかし自分勝手じゃないか。
そんなふうに笑われて、トニーは憮然とした表情を作った。否定しないのは、それが的を射ているからにほかならないが。
ヒューイの指摘が事実であると自覚してしまった以上、このまま反論しても勝ち目がない。それを悟ると、トニーはシルクハットをずらして顔を隠した。
大都会の魔女 完




