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大都会の魔女 2

「遅かったじゃないか、トニー坊や」


 ニュー・タウンの中でも、特に女性をターゲットにした高級マンションが多く建ち並ぶ区画。防犯のための警備システムに優れており、マンションに入るためには三重のセキュリティチェックを抜ける必要がある。

 そんな厳重なマンションの最上階にある部屋を訪れたトニーとヒューイをもてなしたのは、そんなそっけない言葉だった。


 だが、その言葉を投げてきたのは、見るからに十二歳程度の少女だ。見るからにトニーよりも年下だったが、彼女はトニーのことを坊やと呼ぶ。口調もまた、若い女の子のそれとは明らかに違った。


「やあ、メイリン」

「銀弾だったね。ちゃんと仕上げてあるよ」

「相変わらず、かわいらしい格好だ」

「あんたは女に対する世辞ってものを学んだほうがいいね」


 そう告げる彼女――メイリンに、ヒューイもまた声をかける。


「初めまして……ああ、メイリン? わたしはトニー唯一の友人を自称している者でね」

「んん……あんたが、ヒューイかい? 話には聞いていたけど……あら、まあ!」


 ヒューイと握手をしてから、メイリンは明らかに態度を変えた。

 それまではトニーに対して横柄な態度を見せていたが、ローブのすそを押さえて上目遣いにヒューイを見上げ、恥ずかしそうに微笑みを浮かべる。


 栗色の長髪はウェーブがかっており、瞳の色は茶色。微笑みを浮かべると、少しだけ大きな前歯がわずかに目立つが、それもまたチャームポイントになっていた。『グリフィンドール』と刺繍された黒いローブは、彼女の体にはやや大きいようだ。


 ――まあ、どこかで見たような外見ではある。


「ええと、ヒューイお兄さんはどうしてここに来たの?」


 唐突に、メイリンの口調が変わる。


「魔女というものに会ってみたくてね。実にどうして、こんなにも見目麗しいお嬢さんだとは思ってもみなかった」

「本当? あたし、かわいい?」

「もちろん。とても素敵な――」


 ヒューイが彼女の華奢な手を取り、膝をついてその手の甲に口付けをしようとした矢先に、トニーはポケットから取り出した小さな袋の口を開いて、その中身をメイリンに向けて振りかけた。


 と同時に、彼女の姿がみるみるうちに老いていき、何度かの瞬きを経て現れたのは白髪と大きな鼻が特徴的な、腰の曲がった老婆だ。目を見開いて驚くヒューイをよそに、彼女は悪態をつきながら体にまとわりついたそれをはたいて落としている。


「なんだい、トニー!」

「呪術祓いの灰だよ、メイリン。いくらなんでも、自分を偽りすぎじゃあないかな」

「魔術の行使になんの問題があるっていうんだい。あたしゃ魔女だよ!」

「やあ、トニー。ちょっと確認させてくれないか。メイリン嬢の正体というのは――」

「このよぼよぼの婆さまさ。さっきの女の子は、変身術のひとつだよ」


 魔女は変身術に長けていることが多い。こと、このメイリンに至っては知る限り最高の変身術者だった。その気になれば、カラスやフェレットなどの動物にも変身できるだろう。


「なんだって、動物なんぞに変身しなきゃならないんだい。変身するなら、若くてかわいい女の子に決まってるさね」

「ああ……ちなみに、今日の女の子は――」

「前世紀以前に流行したファンタジー映画のヒロインさ。かわいいだろう」

「ああ、わたしもその映画は見たことがある。どこかで見たことがあるお嬢さんだと思ったら、なるほど。そういうことだったか」

「いい作品だよねえ。ただ、結婚した相手が主人公じゃなかったのがいただけない」

「そうでしょうか、ミセス。わたしはあの三人組の関係に意外性が生まれて、とても好みでしたが」

「そういうもんかね。にしてもあんた、ヒューイだったね。いい顔してるねえ」


 ちなみに、あたしゃミセスじゃないよ。身軽な独り身さ。もしよかったら今晩、うちに泊まっていかないかい。容姿は好みに合わせてあげるからさ、ベッドの上で熱い夜を過ごそうじゃないか。

 年甲斐もなくヒューイを誘惑する彼女に、トニーが渋い顔を作る。


「齢二百にもなろうという婆さまが、なにを言っているんだい」

「あんたは相変わらずだね、トニー。女ってのは、何歳になっても心は乙女ってもんさ」

「乙女は初対面の男をベッドに誘ったりはしないね」


 そんなやり取りをしながら、メイリンから頼んでいた銀弾を受け取る。

 全部で六十発。最高級の退魔道具だ。


「あたしの魔術で精製して、中央教会の聖水で祝福も施してある。ついでに魔術文字も加えてあるから、確認しとくれ」

「助かるよ、メイリン」

「あんたに死なれちゃ、あたしも商売あがったりだからね。今後とも贔屓に頼むよ」


 言いながら笑うメイリンに、トニーもまた苦笑する。


「ところで、仕事の報酬についてなんだけれどね」

「ああ、考えてあるともさ」


 メイリンはそううなずいて、続けた。


「トロールの糞がほしいんだ。ちょっとばかし足りなくなっていてね」

「なんだってそんなゲテモノをほしがるんだい」

「馬鹿言っちゃいけないよ。トロールの糞は千年前から若返りの秘薬づくりに必須の素材さね。肌の若返りから精力増強まで、もろもろ効果は抜群だよ」


 あたしの美貌も、その秘薬のおかげさ。もちろん、若返りの魔術を使えば簡単に見た目は変えられるけれどね、素の美しさってものも女は大事にするもんだよ。


 そんなことを言うメイリンに、ヒューイが同意を示した。


「そうでしょうとも、ミス。美に年齢など関係はありませんからな。あなたを見れば、その秘薬の効果のほどが知れるというものです。実に素晴らしい」

「世辞がうまいねえ、ヒューイ。あんたは顔もいいが、女の扱いもうまそうだ。今日はたっぷりサービスしてやろうじゃないか」

「ああ……とても残念です。今日は友人のいないトニーのために費やすと決めておりましてね。お断りを申し上げる、このわたしの非礼をお許しください」

「なんだい。それなら仕方がないねえ」


 まあ、トニーに友人がいないってのは本当だしね。仲良くしてくれる相手がいるってのはいいことだよ。

 そんなことを言うメイリンに向けて、トニーは抗議の視線を向ける。


「人付き合いが苦手なだけだよ、ぼくは」

「だから、魔術士協会にも登録していないはぐれになったってんだろ? 馬鹿だねえ」

「協会に所属すると、自由が制限されるだろう」

「自由ってのは責任と比例するもんさ。力を持つ魔術士は、その責任を果たさなきゃならんってのは……あんたがガキのころから教えてたはずだね」

「もちろん、忘れてはいないとも」


 肩をすくめて、そう答える。

 なんにしても、トロールの糞を採取しに行くのなら早いほうがいい。


「トロールなんてものが、このあたりに生息していたのか」

「いや、このあたりじゃない。北方の山脈に生息地があるんだ、ヒューイ」

「なるほど。もちろん、わたしも連れて行ってくれるんだろうね」

「もちろん、断る理由はないからね。ついでに飛行機を使わせてくれるとありがたい」

「ちゃっかりしているな、トニー」


 ヒューイはそう言って笑うと、ジャケットのポケットからスマホを取り出して電話をかけ始める。秘書に連絡を取っているのだろう。

 それをよそに、メイリンがパソコンをいじっている様子を見て取って、トニーは少しだけ意外そうな表情を浮かべた。


「メイリン、パソコンなんて使えたのかい」

「覚えたんだよ。こいつのネット通販で、あたしの秘薬を売りに出してるのさ」

「魔女の秘薬を?」

「効果は間違いないからね。原材料さえばれなければ、いまどきの若い子も喜んで使うってもんさ。ま、こういうのを『さぷりめんと』っていうのかねえ」

「……まあ、いいさ」

 使用者が原材料を知ったら、発狂するかもしれない。


 そもそも一般には存在すら認知されていないトロールだ。完全に化け物で、場合によっては人間を食うこともある。そんな化け物の、よりによって糞から作った秘薬をサプリとして口にしているなどと、そうそう知られていいことでもない。


「女性ってのは、得体の知れないものを使ってまで美しくありたいわけだね」

「男も女も関係ないさ。人間ってのは常に、自分にはないなにかに憧れを抱くんだ」


 そして、彼女はこうも続けた。


「あのヒューイだってそうだろう。あんたに自分にはないものを感じたから、一緒にいるに違いないよ」

「ああ……そうだろうね」


 そうつぶやいてから、トニーはメイリンに向けて小さく会釈をすると、シルクハットを頭の上に乗せた。そろそろ、出発の準備をしに行かなければ。


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