大都会の魔女 1
魔女という生き物は厄介だと、トニー・ヴァレンタインは思っている。
もともと女性というものは、その存在からして面倒だ。着飾り、噂をし、褒めなければ不機嫌になる。かといって、男の都合はあまり考えないのだから。
そんなことを言うと、決まって友人のヒューイはこう切り返してくる。
「それは、偏見というものだ。わたしに言わせれば、男も女も本質的に差異はないさ」
ニュー・タウン屈指の資産家として、政財界を含め各方面に顔が広いヒューイは、人間の下卑た側面もよく見知っているはずだった。それでもこう言い切れるあたり、彼のほうがトニーよりも幾分おおらかではあるのだろう。あるいは、単に他人に対してさほど関心を持っていないだけかもしれない。
「……ふむ」
ニュー・タウンの中心部にある大きな緑地を望むリタのコーヒー・ショップでは、今日も多くの客でにぎわっている。コーヒー・ショップで売っているのは、コーヒーやソフトドリンク、アルコールに加えて、大麻などのドラッグだった。
薬物規制法の成立がいつだったかは忘れたものの、それでもこうした一部ショップでは公然と認められているあたり、法律などたいしたものではない。
そんなコーヒー・ショップも、魔術で使う薬物の入手には便利だった。だからこそ、ジャンキーたちに紛れて、トニーのようなはぐれ魔術士が訪れることもある。
「わたしは、きみ以外の魔術士を知らないがね」
「魔術なんて、現代社会では役に立たない」
「IT企業に就職したかったとでも?」
「そういう選択肢があってもよかったとは思うよ」
ヒューイにそう切り返しておいて、トニーは手を体の前で組んだ。
リタのコーヒー・ショップは、二十席ほどが屋外にあるオープンカフェになっている。屋内はドラッグ、屋外は普通にドリンクや軽食を楽しむ、というのがこのショップのスタイルらしい。そんなショップで、トニーとヒューイはオープンカフェの一番端にある、二人掛けの席で向かい合って座っていた。
「で、さっきの話なんだがね、トニー」
「ああ……なんだったかな」
「女魔術士だ。魔女と言ったほうがいいかもしれないが」
「会ってみたいと?」
「そのために、今日はきみを呼んだと言っても過言じゃあない」
ヒューイが両手を大きく広げて、そう告げてくる。
まあ、くだらない話だ。普通の女では飽き足らず、今度は魔女にまで手を出そうというのだろう。ヒューイらしいが、忠告はしておく必要を感じて、トニーは肩をすくめた。
「魔女の見た目に惑わされるようなら、会わせることはできないな」
「なぜだい、トニー」
「魅了というのも、魔女が扱う魔術の一種だからさ」
きみは一見した美というものに囚われない男ではある。けれど、魔女を前にして自制心を保つことができるかというと、それはまた別の話なんだ。
これに、ヒューイはますます興味を持ったようだった。面白そうじゃないか、実に興味深い。そう笑みを浮かべる彼に対して、警告が意味をなさないと悟ると、トニーは机の上に置いていたシルクハットを手に取って、自分の頭にぽんと乗せた。
「どうせ、断っても無駄なんだろう?」
「理解が早い友人を持つというのは、実に素晴らしいことだとわたしは思うよ」
「そうだろうね」
言いながら、杖を片手に立ち上がる。
もともと、今日はその魔女に用事があったのだ。退魔用の銀弾を精製してもらっていたので、その受け取りに行く必要がある。ついて来るというのなら、そうするといい。
「銀弾なら、きみも作れるだろう」
「ぼくが作ると品質にムラができるんだよ、ヒューイ」
「ふむ。わたしにはどれも変わらないように思えるがね」
「ドワーフやゴブリンを相手にするなら、ぼく手製のものでも問題はないさ。ただ、黒き血族を相手にするときには、彼女の銀弾が頼りになる」
「ヴァンパイアとデートをする予定でもあるのかい?」
そう問いかけてくるヒューイに、トニーは苦笑した。
黒き血族――ヴァンパイアとは、絶対に出会いたくはない。退治を依頼されても断りたいほどに、だ。それほどに、ヴァンパイアというのは危険性が高い。
人間の文明が発達するにつれて一般的な魔物は排斥されたり、あるいは伝説上の存在になり世界から姿を消していったが、連中はいまなお文明社会に溶け込んでいるという。背筋が冷たくなるような話だ。
だからこそ、有事に際して備えておく必要がある。
「保険だよ、ヒューイ。手元に置いておいて損はない」
「ふむ……保険か。ふと思ったんだがね、トニー。きみは自分自身の命にも保険をかけておきたまえよ。なにしろ、魔術士というのは危険な仕事だ」
「ぼくが死んで保険金が下りたとしても、受け取る相手がいないだろう」
「では、わたしが受け取ろう。その際には、きみを偲んでトニー・ヴァレンタイン基金を設立し、魔物の被害者を救済する組織を立ち上げる準備金とすることを約束する」
そんなことを提案してくるヒューイをとりあえず無視しておいて、トニーはそそくさと会計を済ませて店を出た。