ヒューイの初恋 3
「オールド・タウンの外れに住んでいるようだ」
魔術はけして万能な力ではない。超常的な力を持つ術士も中にはいるが、トニーのそれは補助的なものに過ぎなかった。とはいえ、筆跡からおおまかな目星を付けることはできたのは幸運だと言える。
「トニー。きみには探偵事務所を開設することを強くすすめるよ」
「遠慮しておく。何度も言うようだけれど、ぼくの魔術は万能じゃない」
直筆だからこそ、筆者の思念を追うことができたに過ぎない。これがもし印刷物であれば、そんな芸当はできなかったろう。
ともあれ、魔術によって導きを得たトニーは、ヒューイを連れて目的の場所へと向かった。その間、柄にもなくヒューイがそわそわとしているのは気になったが。
「なあ、トニー。どんな挨拶をするべきだろうか」
「普通にしていればいいんじゃないか?」
「トニー。バラの花束を持っていきたいんだがね」
「初対面でいきなりバラ? ナンセンスだ」
そんなやりとりをしながら、訪れたオールド・タウンの外れ。
ニュー・タウンの高層ビル群とは異なり、煉瓦で組まれた薄汚いアパートが立ち並ぶ区画だ。ほぼスラムだと言って差し支えのない地域あったが、意外なことに子供たちには笑顔がある。
「こういう町の場合、子供たちの心も荒んでいるようなものだが」
そんな疑問に、ヒューイが答えを出してくる。
「アイリーンの教育があるからだろう。見たまえ、トニー」
「なんだい、ヒューイ」
「あれは学校だ。小さいながらも校庭まで用意してある」
彼が指差したのは、煉瓦造りの建物が建ち並ぶ中で、唯一木材で組まれたバラック小屋だった。だが、そこにはあの手紙の文字と同じ書体で『スクール』と記された看板が立っている。
住民の話によると、このスクールができたのはほんの一年前らしい。
アイリーンがそれを作り、多くの子供たちを集めて教育を与えたというのだ。当初は彼女の行為を偽善だとして受け入れなかった人々も、子供たちの笑顔と、町のために尽力する彼女の姿に思うところがあったのだと。
なるほど、いい話だ。そうは思ったが、アイリーンの素性は明らかにはならなかった。なんでも、この都市の外からやってきたのだというが、詳しい話を知る者は誰もいない。
疑念に思いながらも、そのスクールの前で張り込んでいると。
「見たまえ、トニー。彼女に違いない」
「ふむ」
スクールから子供たちに手を引かれて現れたのは、長いブロンドを頭の後ろでまとめた女性だ。白い肌に、青い瞳。そして絵画から飛び出してきたかのような、見る者を虜にせずにはいられない美しさは、トニーから見ても揺るぎない普遍的なものに感じられた。
「素晴らしく美人だと思うよ、ヒューイ」
「そうだろうとも」
彼はそう言うなり、彼女に歩み寄ろうとする。
いつになく行動的ではないか――いや、いつも衝動で行動しているのだから、たいして変わりはないか。などとくだらないことを考えつつも、彼を制止しながら口を開く。
「いま出ていくと、子供たちを怯えさせることになるぞ」
「わたしはそれほど凶悪かな」
「ブロンドの美しい女性に掴みかからんばかりの形相で近付く男なんてのは、たいてい凶悪に見えるものさ」
「……なんだって?」
ふいに、ヒューイの動きが止まる。
少しだけ困惑したような表情を浮かべて、彼はこちらを見やった。彼の衝動を抑えるためとはいえ、少々言い過ぎたのだろうか。そんな懸念に対して、ヒューイは首を振って応えてくる。
「そういうことではないよ、トニー。いま、彼女の髪の色はなんだと言った?」
「ブロンドだ。見ればわかるだろう」
「肌の色は?」
「透き通るような白い肌」
「瞳の色はどうだい」
「青だね」
「身長とバストサイズは?」
「背は高いし、バストは……まあ、大きいんじゃないか? 以前君が寝た大統領の娘よりは、はるかに」
ここまで答えて、トニーはうんざりしたように両手を上げる。
「ヒューイ。彼女の美しさを箇条書きにでもするつもりかい」
「そうじゃない」
彼は一呼吸置くと、続けた。
「わたしには、彼女が黒髪の東洋人に見える」
それも、背は低く華奢だ。胸のサイズも控えめだし、瞳も黒に近いブラウンにしか見えない。
トニーは一瞬だけ絶句して、続いてヒューイに視線を向ける。いつもは飄々としているヒューイの表情が珍しく暗く沈んでいく様子を見て、トニーはわずかに嘆息した。