風虫
風虫【かざむし】
風に揺れた青葉がこすれて音が鳴るのを、虫の鳴き声に例えた未言。
かさかさ、さらさら、ざわざわ。耳を澄ませば、風虫はそこかしこ。
ふと、だれかに呼ばれた気がして。
振り返る。
誰もいなくて。
左右を見渡しても、わたしのことなんか見向きもせずに、それぞれに歩んでいく人ばかり。
となれば、気のせいか。いつものことだ。
そんなふうに思ったけども。
なにか、いつもの気のせいとは違うような気がして。
どっちにしても、気の持ちようってことにはなるけど、そこは置いといて。
確かめようと、想う。
まぶたを落として。
耳を澄ませて。
体の芯に納まっている神経を、皮膚の下に走った感覚神経から、外界へと広げていく。
気配を探る。
その息遣いを、見つけることで。
わたしを呼んだものに、応えようと、心を繋げようと、自分を研ぎ澄ます。
わたしという存在を意識してない他人たちの声。
遠くを飛んで、わたしを通り過ぎていく鳥の声。
けたたましく、信号と倫理で規制されながら、自己判断で発進停止を繰り返す自動車のエンジン音。
だれもかれも、どこにもかしこにも、わたしを見てくれているものなんて、やっぱりない。
それはさみしいこと。
もし、同じようにだれにも意識されないものがいるのなら、わたしだけでも応えたいと思ったのだけれど。
それは、思い上がりだったのでしょう。
さらけだした神経と自意識をしまって。
疲れた心を、酷使してたまった熱を、溜め息で吐き出して。
歩き出そうとした、その瞬間に。
呼ばれた。
空を見上げる。
いいえ、正確には、わたしよりも背の高いものを。
青々として瑞々しい、今にも綺麗な純水の雫を、爽やかな吐息といっしょに溢しそうな、樹木の葉が。
風にこすれて鳴っている。
わたしを呼んだそれは、その葉をすり抜ける時に、音を鳴らして、気配を送っていたの。
それは、吹けば消えてしまうもの。
それは、大気と一体にして大気そのもの。
それは、風。
虫のように、葉を揺らして、気配を感じさせるもの。
風の虫は、たった一瞬だけしか存在しなくて、けれどその一瞬には確かに存在している。
その風虫が葉を揺らす音を、聞いた時。
わたしは確かに、その風虫の存在を世界に実在させた。
それを人は発見という。
ああ、よかった。
風虫、わたしは、あなたが確かにそこにいるのを、知ったよ。




