翠月
翠月【みづき】
月のように明るく、翠の光を放つことから、螢のこと。
また、「水祈」――水の周りで祈るように光ることも語源になっている。翠月虫とも言う。
紅い月は異世界の門を開くと言う。
碧い月は幸運を降らせると言う。
それなのに、翠の月は聞いたことがない。
白い月は寒い夜空に冴え冴えと輝く。
黄金の月は秋の実りをとろりと照らす。
それでも、翠の月は見たことがない。
それは現実にはないのだろうか。
翠に透き通る月を思い浮かべる。
幻想に包まれたその月を。
その瑞々しい光を浴びて、祈る乙女の頬を伝う滴を。
夜の暗がりに、乙女の頬を照らすことができるのは、月明かりだけ。
なのだろうか。
あの、美しい滴に光を宿せるのは、月だけだろうか。
夜を照らすほど灯りを氾濫させるのは、月だけだろうか。
そんなことを考えていたら。
耳の奥で、川の音が記憶に残響する。
林の横を流れる小川に沿って、サンダルで砂利を踏みしめた感触が蘇る。
雲が月を隠し、夏の湿気った空気は一様に漆黒の闇に沈んでいた。
そこを、ちらっ、ちらっと。
翠の光が過ぎ去った。
夢中で目で追ったのを覚えている。
川の流れの上を、すべるように灯っては消える翠の光と、川にかかる草陰に潜んでじっと光る翠の灯火と。
呼ぶ光、誘う光。
光は声で。
祈りのようで。
その翠が瞬く度に、その周りが浮き上がる。
ふと、手を伸ばし。
指を差し出したら。
その爪が翠の透き通った光を跳ね返した。
翠の月は、空ではなくて山の中にあった。
翠月は、水辺で祈りのように愛をささやいていて。
はと、現実に戻ったら。
夏が来たら。
キミとあの翠月を見に行こうと思ったよ。




