5
仙道と共に家に入ろうとした時、一台の車が家の前で止まるのが見えた。
とても警察の車とは思えない派手な赤い高級外車。
運転席から出てきた男は何が起きたのかわからないようにキョロキョロと周囲を見回しながら近づいてこようとして警官に阻まれる。
仙道は横にいた康子に、誰?と聞くように視線を向けた。だが、康子はそれに答えられず小さく首を振ってみせた。
「なんだよ。こりゃあ何の騒ぎだ?」
黒い革ジャンを着た男は玄関前に立つ仙道に声をかけた。
「あなたは?」
仙道を剛は大きな目をギョロリと動かした。
「内山剛。ここの七尾咲江の弟だよ。あんたは? あんたも警察の人間か?」
咲江に弟がいたことなど康子には初耳だった。
「県警の仙道です」
仙道が男に歩み寄る。
「で? 何があったんだ? 別に俺は掴まるようなことはしてないつもりだぜ」
相手が女性だという意識があるからか、男はヘラヘラと笑いながら言った。
「七尾咲江さんが亡くなられました」
「亡くなった? 姉貴が?」
たちまち男の表情が固くなる。「……本当かよ」
「あなたはどうしてここに?」
「姉貴に呼ばれたんだよ」
「呼ばれた? いつですか?」
「昨日だよ」
「昨日のいつですか?」
仙道の口調は厳しかった。最初は乱暴に答えていた剛だったが、次第に事の大きさに気づいたのか、おどおどした様子に変っていく。
「昼前だったかな……今日、ここに来るようにって」
「理由は?」
「し……知らないよ」
「昨夜、あなたはどこにいました?」
その言葉を聞いて、剛はギョッとしたように目を見開いた。
「おいおい、やめてくれよ。俺が姉貴を殺すわけないじゃないか」
「殺されたなんて言ったつもりはありませんよ」
「いや……だって……こんな警察が集まってたら普通、そう思うだろ」
「それで? 昨夜、あなたはどこで何をされてました?」
「い……家で寝てたよ」
「それを証明してくれる人はいる?」
「俺は一人もんだ。そんな奴いねえよ」
そう言って剛は背を向けた。
「どこに行くつもり?」
「俺は姉気に呼ばれたから来ただけだ。姉貴が死んだっていうなら俺は帰る」
強い口調で言い返すと、逃げるように去っていこうとする。
「待ちなさい。少し話を聞かせてもらうわ」
その声を聞き、その行く手を警官が阻む。
仙道がすぐに家のなかにいた刑事に声をかけると、刑事は早足で警官と揉みあっている剛のもとへと近づいていった。仙道は別の刑事に小さく「もっと詳しく事情を訊くように」と指示を出すと、康子と共に家の中に入った。
* * *
信夫は居間の窓際に立ち、外を動き回る警官たちの姿を眺めえていた。
いつの間にか菫が戻ってきて、ソファに座っている。
菫の表情はさえなかった。
「大丈夫?」
康子は菫の隣に腰をおろすと声をかけた。菫は言葉無く小さく頷いた。
二人の姿を確認してから――
「あの男性のことお二人は知ってますか?」
仙道は窓際に立つと、外のほうに信夫たちの視線を向けさせた。庭先では刑事二人に挟まれるようにして話を聞かれている剛の姿があった。
「剛さんですか?」
菫がボソッと言った。
「亡くなったお母さんの弟さんだそうですね」
「……らしいですね。何度かここにも来た事はあります。剛さんがどうかしたんですか? まさか剛さんがお母さんを?」
「さあ、でも叩けばいろんなものが出そうな人ね。それよりも皆さんにちょっと聞きたいことがあります」
仙道は視線を自分のほうへ戻そうとするように、3人の前に進み出た。そして、テーブル上にさっき部屋で見つけた婚姻届を置いた。
「さきほどあちらの部屋にこんなものがありました」
信夫も菫も驚いた表情でそれを見つめた。どうやら信夫も知らなかったようだ。それを確認してから仙道がさらに続けた。
「誰かご結婚する予定が?」
康子は思わず信夫の顔を見た。だが、信夫は静かに首を振った。
「いえ……ありません」
「じゃあ、お母さんは何のためにこんなものを用意していたんでしょう?」
「さあ……」と信夫が首を捻る。
「この家のなかで結婚されていないのは、康子さんと菫さんのお二人ですね。お二人のどちらかに見合いのお話とかは?」
「聞いてません」
「母が殺されたことと何か関係があるんでしょうか?」菫が仙道に訊く。
「さあ、それはわかりません。ただ、何が事件に関係しているかはわかないうちは、気になるもの全てを確認しなければなりません」
そう言いながら仙道は婚姻届に手を伸ばし、折りたたむとポケットにしまった。
「何か犯人についてわかったんですか?」
さらに菫が訴えるように訊いた。
「残念ながらまだわからないことだらけです。わかっているのは……亡くなられたのが夜の9時から12時の間、死因は絞殺ということだけです」
「では寝ているところを襲われたんでしょうか」
「かもしれませんね。詳しいことは司法解剖を行わないとわかりません」
「解剖?」
少し驚いたように信夫が訊いた。「解剖をするんですか?」
「ええ、詳しい死亡推定時刻や死因について調べなければなりませんから。何か問題でも?」
「いえ……」
仙道の視線を避けるように信夫はうつむいた。
菫の表情も暗かった。
少し菫の気持ちがわかる気がした。母親が殺され、いくら死因を調べるためとはいえ、解剖されると聞けば平常心でいられるはずもない。
康子はそっと菫の肩を抱きしめた。