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最果てのクロニクル~サヨナラ協定~  作者: 呑竜
少女協定

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97/118

「幕間:少女協定、終結」

 ~~~吾妻小巻あづまこまき~~~


 

 生配信における公式カミングアウトの結果は、劇的なものだった。 

 まずネットの反響が凄かった。

「ルル。改めて言う。俺と結婚してくれ――」の瞬間を繰り返すだけの動画が作成されたり、幸助こうすけの告白全文が吉野家テンプレみたいにされたり、その後の幸助とルルの行動を見守るスレッドが立てられたりした。

 どこへ行っても見られていて、どこへ行っても話題にされていた。

 まだリアルバレしてないのが幸いだけど、このままFLCフィーバーが続けば自然と視聴者やプレイヤーの分母も大きくなる。そうなったら同じ学校、同じクラスの人に気づかれる危険性も当然出てくる。

 そうなったらどうするのだろうか。

 あたしは……そして他のふたりは……。 


 ちらりと、るいさんのほうを見やる。

 彼女はキッチンに向かって作業していた。

 家から持参した兎柄のエプロンを身につけ、大根の面取りをしている。

 きちっと隠し包丁を入れてたり、剥いた皮を捨てずにとっておいたり、けっこう家庭的な面がある。

 本を読んでるだけの女の子じゃないんだなあと、改めて思う。 


「小巻さん。鍋にお水張っといてくれる?」

 涙さんは前髪の奥に隠れた目であたしを見た。

「……小巻さん?」

 つい見とれてしまって反応の遅れたあたしの様子に、涙さんは小首を傾げる。

「あ、いや、ごめんごめん。なんでもない。鍋に水、水ね。たはははは……」

  

「ねー。とーこさん。鍋どこー?」

「知らない」

 間髪入れずに返って来た答えに、あたしは盛大にずっこけた。

「ちょっとあんたねえ、仮にも自分の家でしょ!?」

「だって……」

 リビングでソファにごろ寝していたとーこさんは、涙さんがお土産で持ってきた煎餅を口にくわえている。

「そういうのは全部こーくんがやってくれるから……」

 ボトッ。

 音の方を見ると、涙さんが大根を取り落していた。

「私は仕事。こーくんが家事。うち(・ ・)は役割分担できてるの。だから知らない」

 ゴロゴロゴロ。

 音の方を見ると、大根を拾おうとした涙さんが手先を滑らせ、逆に遠くまで転がしてしまっていた。

「こーくんに聞く? うちの中のことなら隅々まで知ってると思うけど」

 スマホをひらひらさせたとーこさんを、あたしは慌てて止めた。

「ちょっと……もういいから!! もうそのへんにしといて!! 涙さんが死んじゃう!!」

 転がった大根をとろうとして足を滑らせて転んで、まだ手に持っていた包丁を取り落して床に突き刺して……動揺のあまり、果て無きどじっ娘サイクルに突入してしまう涙さんだった。 


『かんぱーい♪』

 3人でテーブルを囲み、炭酸ジュースの缶を打ち合わせた。

 シュワシュワと泡の立つ清涼なジュースを口に含むと、誰からともなく「はーっ」とか「ふうーっ」なんてうめき声を上げた。

「……美味しそう」

 中央でぐつぐつと煮えているのはおでんだ。大根こんにゃくジャガイモ卵厚揚げタコ牛筋……ぜんぜん目新しい具はないけど、寒い冬の大定番。

「……卵、牛筋」

 欲しい具を注文してすっと皿を出してきたとーこさん。

「あんたねえ……お店じゃないんだから、ちっとは自分で取り分ける努力をしなさいよ……」

「だっていつもはこーくんが……」

「あ、ごめんわかった。ほら、涙さんっ、オタマ持つ手が震えてるよっ? 汁が零れてるよっ?」

「ご、ごめんなさい……わたし……つい……」

「別に謝るほどのことじゃないんだけどね……」

 あたしは零れた汁を拭くと、改めて3人分を取りまとめてよそった。


「はあーっ、美味しいーっ」

 感嘆の息をつく涙さん。

「ずず……ずずずっ」

 汁にカラシを溶いて無言で啜るとーこさん。

 全然繋がりのなさそうなあたしたちだけど、それなりに上手くやっていた。

 ゲーム内はもちろん、プライベートで会っておでんパーティをするくらいの間柄にはなっている。

 もちろん最終的には幸助の話題になるわけだけど……。


「――でさ。ふたりに聞いておきたいことがあるのよ」 

「なんですか? 改まって」

「ずず……ずずずっ」

「あんたはいい加減にお皿を離しなさい」 

 ぺしっと手を叩くと、とーこさんはちぇっと唇を尖らせた。


「他でもないわ。この間の生配信の件よ。あれでもし個人情報が特定されたら」

「されたんですか!?」

 涙さんがびくっと震えた。

「や、されたらの話よ。されたらの話」

 繰り返すと、涙さんは「なんだぁ……」と胸を撫で下ろした。

 このコはそういうの苦手そうだもんなあ……。

 奥手だし、好奇の目に晒されるのはきつそう。 


「私は平気よ」

 とーこさんが断言した。

「むしろ、何を問題にしてるのかわからないわ」

「いやいや、あんたにだって関係あるでしょ。むしろあんたのほうが影響あるでしょ。どうすんのよ声優アイドル」

「引退する」

「早っ!! 決断早っ!!」

 あまりの男らしさにさすがにびびっていると、とーこさんは肩をすくめた。

「仕事なんてどうとでもなるわよ。アイドルじゃなくたって、声で食べていくこと自体はできるでしょ」

「そりゃそうなんだろうけど……あんた、最近始めたばっかでしょ? アイドル」

「それが何か」

「いや、だからさ……事務所とか、マネージャーとか……他の人が困るんじゃないの?」

 とーこさんは真剣な目であたしを見た。

「私は働くために生きてるわけじゃないもの。この仕事が適正ではあるけれど、これじゃなきゃダメってわけじゃない。でも、こーくんはこの世にひとりしかいないもの。それだけの話よ」

「……」

「……」

 あたしと涙さんは顔を見合わせた。

 明確な言い分すぎて、二の句が継げない。


「それにしても……」

 にやり、とーこさんが口元を歪ませた。

「その程度であたふたするなんて。あなたたちってけっこうメンタル弱者というか……愛が足りないんじゃないの?」

「――!?」

「な……っ!?」

 絶句するあたしたちを、とーこさんは嘲笑った。

「どうやら勝負あったようね。そんな弱い人らには負けないわ。こーくんは私のもの。ルルとの結婚もね、私は認めない。あんなの、こーくんが一時の勢いで言っただけだもの。ゲームの中の恋人と結婚なんて、そんなこと本当に出来ると思う? 現実的に考えてあり得ないでしょ。だって無理だもの。遠距離婚なんてもんじゃないわ。異世界もいいところじゃない。画面の内と外よ?」

 あたしと涙さんは、再び顔を見合わせた。

「……ルルのことは好きよ? でも、それはあくまで娘として。自身の分身みたいに思える時もあるけど、やっぱり違う。……嫌なのよ。私は誰でもない、この私だけを見て欲しいんだもの。それに――」

 言いかけて、とーこさんは目を伏せた。


 何を言おうとしたのか、あたしにはわかる。

 ――それにたぶん、この先のこともある。

 FLCのサービスが終了して、ルルと生き別れになった幸助を、誰かが支えてやらなければならない。常に傍にいて、手を握っていてあげなくてはならない。

 できればその役は、自分がやりたい。

 3人とも、おそらく同じことを考えている。


 しばらくみんな黙っていた。鍋のぐつぐついう音だけが部屋に響いた。

「わ、わたし実は……!!」

 膝の上で拳を握って、涙さんが力んだ声を出した。

「今日はおふたりに果たし状を叩きつけにきました!!」

「……?」

「……え、なに果たし状?」

「わたしは――!!」

 涙さんは大きな声を上げた。自分でもびっくりするくらい大きな声が出たのだろう。はっと口元を押さえて顔を赤らめて――でも、恥ずかしさをこらえて続けた。

「わたしは幸助くんが好きです!! それは今も変わりません!! そして、あんな形の決着は……やっぱりイヤです!!」

 それはちょっと意外な光景だった。涙さんが声を荒げる姿なんて、あたしは見たことがない。いつも本ばかり読んでて、自己主張が少なくて、それが彼女のパーソナリティだと思ってた。

「わたしは弱い人間でした!! いじめられっ子で、いつも他人の目を気にしてた!! 殻の中に閉じこもってた!! それを変えてくれたのが幸助くんなんです!! わたしを救い出してくれたのが幸助くんなんです!! だからこんなにも……狂おしいほどに好きで……!!」

 涙さんは胸元をぎゅっとおさえた。

「わたしは彼に愛して欲しいんです!! 涙として!! アールとして!! いろんなところに細分化しているすべての世界のすべてのわたしを愛して欲しい!! ――そうです!! わたしは欲深い人間なんです!! 彼のすべてを独占したい!! 誰にも渡したくない!! 小巻さんにも!! とーこさんにも!! ルルちゃんにだって……!!」

 ひたむきな目で、涙さんはあたしたちを見る。

「わたしに足りなかったのは覚悟です!! 少女協定ガールズ・プロコトルなんて言って、無意識に傷つくことを避けてた!! 気持ちをぶつけきれていなかった!! 今度のことでそれがよくわかったんです!! だからもっと行きます!! がんがん前に出ます!! 幸助くんがわたししか見れないようにします!! 個人情報が特定されたりは……その……すごく困るけど……」

 ぎゅっと唇を噛む――決意したように開く。

「それでもわたしは……幸助くんが好きだから――」


「……」

 とーこさんがあたしのことをじっと見た。

「……なによ」

「次はあなたの番、みたいな空気なんだけど」

 にやり、悪い顔で笑う。

「わ、わたしも……小巻さんの気持ちが聞きたいですっ」

 涙さんは興奮しきった様子で、拳を強く握っている。

「あらら……」

 わたしは肩を竦めた。

 まさかこんな空気になるとはなあ……。


 ため息をつきつき、あたしは始めた。

「……あたしはこう見えても、けっこう計算高いほうなのよね」

「知ってる」

「知ってます!!」

「知ってんのかよ……ちぇ」 

 がしがしと頭をかいた。

「男友達のフリしてあいつの隣にいたり、興味ないフリして部活動覗きに行ったり、いろいろやったわ。今日だってホントは、あんたらに諦めてもらおうと思ってた。終戦と見せかけて、あたしだけが水面下でアプローチを続けようって」

「腹黒……」

「ひ……ひどいっ」

「だから言ってんじゃん。計算高い女だって。それにさ……」

 あたしはひらひらと手を振った。

「今日話してみて、それが無理だとわかったわ。ふたりともきちんと先のことを考えてるし、個人情報ちらつかせたってびくともしないんだもん。まったく、いやんなっちゃう」

 ひっひっひ、あたしはなんとなくおかしくなって笑ってしまった。

「だったら、戦うしかないでしょ。前と同じ。いや、前よりも強く激しくぶつかり合う。協定なんてお為ごかしはもうおしまい。これからはノールールのどつき合いよ?」

「……ようやく本音が聞けたわね」

「ま……負けませんからっ!!」

 とーこさんはにやりと笑い、涙さんはあたしに呼応するように対決姿勢をとった。



 後片付けを済ませ、帰路についた。

 涙さんとは途中で別れ、寒空の下をひとり歩いた。

 家の前で立ち止まった。

 隣の家の2階の幸助の部屋は、まだ灯りがついてる。

 賑やかな笑い声が聞こえてくる。


「……」

 ふうーっと長く、息を吐き出した。

 それは白くけむって、前髪をなぶった。

 あたしは負けない。

 絶対に、幸助を自分のモノにする。

 じゃあ具体的にどうすればいいのだろうか。

 ぶつかり合い。

 どつき合い。

 殴るんでも蹴るんでもないガチンコ勝負……ってことはつまり……。


「……寝技か」

 あたしはちらりと自分の胸を見た。ピーコートの下のそれはまだまだ発展途上で、こういうのが好きって人もいるだろうけど、武器としてはいささか頼りない。

 空手で鍛えた下半身は、ミニスカートと黒タイツの下からでもわかるくらいにむっちりとして肉付きが良く、なかなかにいい感じだと思う。撫でてみたくなったり……はするんじゃなかろうか。男性心理はわからないけど。


「……ふふ」

 自分の発想がおかしくて笑ってしまった。

 こんなことを考える日がくるなんて思ってなかった。

 誰かのことが大好きで、その人のためになんでもしてあげたくなって、同時に見返りも欲しくて、必死にアピールしてぴょんぴょん跳ねてる。

 これじゃあまるで、女の子だ。

 昔は嫌ってた、女の子そのものだ。

 変わってしまった。

 変えられてしまった。

 幸助に変えられた。 


「だから責任、とりなさいよね……」

 あたしは笑った。

 笑いながら顔を上げ、拳を窓につきつけた。

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