「変わル」
~~~ハチヤ~~~
それは突然の変化だった。
ルルの手が動いた。サラサラと宣誓書にサインした。
ルル自身驚いていた。震えながら自分の手を見ていた。
「なんで……なんで……っ」
「ルル!!」
呼びかけると、ルルはびくりと震えた。
「あ……あう……これはその……」
ぱたぱたと翅を動かし、慌てて俺から遠ざかった。
「待てよルル!!」
俺が追いかけると、ルルはその分だけ逃げ回った。
「やーです!! 追いかけないでください!! これは事案ですよ!? 中2男子がいたいけな妖精を追いかけ回すポリス事案ですよ!?」
俺たちは狭い教会のなかをどたばたと走り回った。
「はあ……はあ……っ、やっと……捕まえたぞ……っ」
「うう……ううう……っ」
コーナーに追い込むと、ルルは泣きそうな顔で俺を見た。
「やあっ……違うんです……違うんですよ……。これは……っ。ダメなんだもん……ルルがそんな……ダメなのに……絶対絶対ダメなのに……っ」
ルルはさかんにかぶりを振る。
「ルルなんかと結婚したら、あるじ様は一生独り身になっちゃうじゃないですかっ。魔法使いどころか大賢者になっちゃいますよ!!」
童貞がクラスチェンジするとなる例のやつか。
「――ははっ。そしたら『より』いいじゃないか」
俺は思わず笑っちまった。
「へ……?」
きょとんとするルル。
「だってさ。そしたら俺は、いずれは妖精になれるってことじゃんか」
「――!!」
ルルは息を呑んだ。
押し黙って、肩を震わせた。
その震えは徐々に徐々に大きくなっていく。全身に伝播する。
ついには笑い出した。
「あはっ……あははははっ……。バカですねえ……あるじ様は……っ」
ルルは泣きながら笑った。
俺もつられて笑っていた。一緒になって泣いていた。
まっすぐに手を差し出した。
「ルル。改めて言う。俺と結婚してくれ――」
ルルは微かに頬を染めながら、俺の指先に触れた。
小さな声で、でもたしかにこう言った。
「…………………………………………………………………………ぁぃ」
~~~~~~
たくさんのことが起こった。ゲーム内で、リアルにおいて。
それらはちょっとした前後をおいて、でもたて続けに起こった。
最初に沸いたのは、当然というかネットだった。
結婚イベントの生配信を俺視点で見ていた視聴者たちが騒ぎ出した。
「おいこいつ……マジでやりやがったぞ!!」
「ありえねえ!! さっきの公開告白ですらヤバかったのに、こっちはマジで妖精に告白してんじゃんw」
「これ生配信なんだよなあ……」
「いーじゃん!! 感動的だよ!! リアルとゲームの融合だよ!!」
「いやいやいや無理ですからw二次元とは結婚できませんからw」
「ゲーム脳乙だわwさwすwがwにwこれはありえねー」
「アンチスレはやめて、リアル妖精ハチヤくん(14)を生暖かく見守るスレを立てようぜ!!」
次はヒーローズ・ユニオンだ。
世界喰らいとタイマンを続けるイチカはさておき、トレインの処理を続けていた彼ら/彼女らが呆然と教会を見つめた。
「こ……これはさすがに意外な展開でござるな……」
「はあ!? なんでよ!! 私にはわかってたよ!? 私だって現実世界の有象無象なんかより、唯一無二のセイクリッド様を選ぶもん!!」
「いや……そりゃあ拙者もそうでござるけども……」
「はあああ!? なにその生ぬるい返事!! あんた、愛が足りてないんじゃないのお!?」
ソブリンちゃんに魅了されたまま、トレインの中で幽鬼のようにうろつくアールとコルム。
「ホントウニハチヤハヤサシイナア」
「……あんた、ものすごい棒読みになってるわよ?」
「ソンナコトナイヨ?」
「はいはい、戻ってきなさい。だいたいあんたね、諦めが早すぎんのよ」
ふたり揃って教会を見やる。
「――少なくともあたしは、これで諦めるほど素直な性格してないのよね」
「ボ……ボクだって……!!」
ソブリンちゃんとエジムンドは、共に最強の一撃を繰り出し、交錯するようにすれ違った。
「ほっほう……なかなかこれは……思い切った決断をされましたね……」
エジムンドの被っていた仮面に、乾いた音をたててヒビが入る。それはやがて大きくなり、ついには仮面の四分の一を崩壊させ、エジムンドの素顔を晒した。
「……さて、レイミア様にどう説明したらよいものか」
「――くっ、あの女……!! させるものか!! すぐにもとって返して……!!」
踵を返そうとするソブリンちゃんの手元にはしかし、ハンマーがなかった。
「な……っ!?」
エジムンドの一撃により、ハンマーは宙高くを舞っていた。くるくると縦回転し、遠くの地面に落ちた。
ソブリンちゃんの支配から外れたことにより、モンスターたちの支配が解かれた。
知能程度の低い単純なモンスターは目標を見失い暴れまわるだけだが、知能ある連中は違った。
手を見つめ、体を見下ろし、そして――いままで自分を操っていたソブリンちゃんを憎々しげな目で睨んだ。
「あいつだ……」
「あいつが我らを操った!!」
「憎き奴め!!」
「逃がすな!! 殺せ!!」
ヘイトが高まったトレインの矛先が、教会でもハチヤでもなく、ソブリンちゃんへと向かう。同じく魅了を解かれたアール、コルムの身は未だ、その衆の中にある。
怒涛の中にあって、ひとりまっすぐにハチヤの姿を追っていたラクシルの目は、驚くべきものを視認する――
「……マスター!?」
~~~ハチヤ~~~
「あっははは!! 行くぞルル!!」
「あいあい!! あるじ様!!」
教会のドアを勢いよく開いて、俺たちは笑い合い、もつれ合うようにしながら外に出た。
ドン、と大きな音をたて、祝砲が打ち鳴らされた。
青空いっぱいに、「コングラチュレーション!! ハッピーウエディング!!」の文字が描かれた。
クエストクリアだ。遠くエリアの端で、世界喰らいの姿が宙に消えていくのが見えた。
「おいおいおいおまえら!! なんだこれはなんなんだ!? いったいどういうことだ!?」
ルルの腕に、女の子の人形が抱かれていた。金髪でボンテージファッションの、魔女っ娘の人形。やたら目つきの悪いそいつが、抗議するように手足をばたばた動かした。
「てめえルル!! なんでアタシを外へ連れ出しやがった!!」
「ええー? だってカイさん。出たそうにしてたから……」
「してねえよ!! これっぽっちもしてねえよ!! アタシはあそこでよかったんだよ!!」
「ええー? でも、生き残ろうとしてたじゃないですか。中でも外でも一緒なら、絶対絶対、外の方が楽しいですって」
「それとこれとは別だろうが!! なんでこんな……」
「……カイ? カイっておまえ……だってこれ、人形じゃん」
会話に割り込んだ俺を、カイはものすごい目でにらみつけた。
「はああ!? 人形でなんか文句あっか!? アタシが人形であることで、おまえになにか迷惑かけたか!? ――いいか? アタシはな、かの偉大なる魔女、カイ様の似姿だ。器に魂を同期させる実験の過程で産み出された存在だ。カイ様本人には遠く及ばねえが、その残留魔力はてめえら木っ端どもなど束になっても叶わねえほどの……っておまえ、人の話聞けよ!! さっきからどこ見てんだよ!!」
……すうううぅうっ。
俺は息を吸い込み、思い切り声を張り上げた。
「――ラァクシィィィィィィィィィル!!」
ズシャアアァァァァッ!!
トレインの中から神速で抜け出したラクシルが、瞬間移動したみたいに俺の傍でブレーキをかけた。
盛大に土煙が上がる。
金属筒の髪が横へなびいた。
慣性に全力で体を引っ張られながらも、ラクシルは目を離さなかった。
「……ア……ア」
人形のカイに、視線が釘付けになっていた。
「バカな……ラクシル……なんでここに……」
カイのほうも、驚きに言葉を詰まらせていた。
俺はルルの手からカイを受け取り、ラクシルに向かってひょいと投げた。
「……ア」
ラクシルは呆然とカイを受け取り、そっと抱きしめた。
「……マスター」
それは俺に対しての言葉だったのだろうか。それともカイに対しての言葉だったのだろうか。
わからない、でもひとつだけ確実なことがあった。
彼女らの「縁」が、数百年ぶりに繋がった。
姿形は変わってしまったけど、魂だけはきっと、巡り会うことが出来た。
――だから邪魔はすまい。水入らずの時間だ。
「ルル。行くぞ」
「……あるじ様?」
眼前にはトレインが迫っている。先頭には、いまや追われる側となったソブリンちゃんがいる。
「たぁすけてくれえええええ!! ご主人様ー!!」
涙をちょちょ切れさせながら、必死でこちらに向かってくる。
「ちょっとあるじ様……? 変なこと考えてませんよね……?」
ルルが険悪な声を出す。
「ふっふっふっ……」
俺は腕組みして瞑目した。
「ちょっとちょっと……本気ですか?」
「――全部、助ける」
目を開くと、にこやかに断言した。
「俺はもうひとりじゃないんだ。ラクシルやカイがいる。コルムやアールやイチカやバクさんやママさんやシショーがいる。ここにはいないけど、モルガンやマヤやふくちゃんやバランタインがいる。ヒーローズユニオンのみんなも強力な味方だ。何よりルル。おまえがいる――」
「……っ」
「おまえ、前に俺に言ったことがあったよな? 無力な自分が惨めかって。地べたを這いずるだけの自分を変えたいかって。俺は答えたよ。悔しいし惨めだ。そんな自分が嫌だって。変わりたいって。だからさ、変わるんだ」
そして俺は一歩を踏み出す。
「ちょ――」
ルルが止める暇もないくらいあっさりと、なんの迷いもなく剣を抜いた。
「みんな聞け!! ヒーローズユニオンは、これよりソブリンちゃんと共闘を開始する!! 当面の目標は、眼前のトレイン討伐!! 島全体で起こるという禍への対処!! 否やは言わせねえ!! だって俺たちはヒーローでありヒロインであるからだ!! 正義の味方はいつだって、弱きを助け、強気をくじくのがお仕事だ!! なあみんな!! 大好きな妖精の手前、かっこ悪いことはできねえだろう!? だったら立て!! 剣を抜け!! 杖を構えろ!! 特技で、魔法で、すべてをぶっ飛ばせ!!」
俺の言葉にどんな反応が返ってきたのか、正確なところは覚えていない。
ただ、どっと沸いたのを覚えている。
大歓声とトレインを背に負うように、ソブリンちゃんがこちらに向かってくる。
「任せろ!! ソブリンちゃん!!」
「ご主人様あああああああぁ!!」
擦れ違いざま、俺はトレインの先頭部分に目がけて剣技を叩きつけた。
「――回転剣旋!!」




