「見上げル」
~~~ルル~~~
外界と隔絶された空間に、多数のキャラクターが投げ捨てられていた。雑多なゴミを適当に放り込んだように、かつては冒険者の相方だった妖精たちが無造作に打ち捨てられていた。
他の相方を作り直した、アカウントを捨てた、飽きた疲れた――様々な理由でいなくなったご主人様に捨てられた妖精たちが、そこには積み重ねられていた。
彼ら/彼女らは、主に顧みられなくなった存在だ。だから動きに力はなく、瞳には精彩がない。話しかけても答えはない。揺り動かしても反応はない。ただの抜け殻。
妖精たちの数が定期的に減っていく。
増えるのでなく、減っていく。
そのことにルルが気づくまでに、けっこうな時が流れた。
「……おう。おまえ」
「へ?」
「おまえだよ、おまえ」
「ん……? ルルのことですか?」
ひさしぶりにかけられた声に、ルルは驚いた。誰も意志持った者などいないと思っていた。
身を起こす気力が起きず、目だけをそちらに向けた。
人形だった。サイズはルルより小し大きいくらいか。
関節が丸く、口の下に縦線が2本入っている。
髪は金髪だった。蛇のがのたうつようなくせっ毛だった。
目は青かった。湖水の深淵を湛えたような色だった。
小さな体をボンテージファッションに包んでいる。
荒い口調でまくしたてるように話しかけてきた。
「そうだよ。おまえだよ。おまえしかいねえだろうが。他に口のきけそうなやつはよ。あ? バカか?」
「はあ……まあ……」
どこかで見覚えがあるような気がしたが、ルルには思い出せなかった。すべての記憶が曖昧で、ぼんやりしている。全身がだるく力が入らず――急にどうでもよくなった。
「……ほっといて下さいよ。ルルは眠いんですから」
ふて寝するように横になると、人形は深いため息をついた。
「……ちっ、おまえもか。たまに話せるやつが来たと思えば……。どいつもこいつも生きることに興味ないって顔しやがって。まあどうでもいいけどな。なんせアタシは死んじまったご主人様の似姿。捨てられたおまえらとは格が違うんだ。アタシはたとえひとりでも、生き残る」
「……生き残る?」
人形は天井を見上げた。ごごごご……重い何かが迫るような音が聞こえてくる。
「そういえば……なんの音です? これ」
「おまえの知ったこっちゃねえよ。どうせ死ぬんだから。いなくなるんだから。興味を持ったってしかたねえだろうが」
「はあ……まあ……」
ぞんざいな扱いがムカついたが――急にどうでもよくなった。
ルルは横になったまま、天井を見上げた。
縦に長い長方形に区切られた空間。壁も天井も、すべて灰色だった。
無数のキャラたちが山と積み上げられているせいで、床は見えなかった。その頂上に、ルルは寝ていた。
人形はルルに興味を失ったようにかぶりを振ると、床を掘り始めた。無数のキャラたちを堀り返し、潜るように沈んでいく。
「なにやってるんです……?」
「生きることに興味のないやつに教えてやる義理はねえな」
「そうですか……」
ルルは――急にどうでもよくなって、再び天井を見上げた。
空から何かが降りてくる。そんな気がした。
黙って眺めていると、そいつは現れた。
デカいショベルカーのアーム、というと正しいだろうか。とにかくそういったものだった。天井の一部に線が入って割れ、そこから重々しい音とともに下降してくる。
「あらら……こりゃまた……」
ショベルは鎌首をもたげ、ゆっくりとゆっくりと降りてきた。
先端をキャラたちの中に突き刺していく。
ゾリゾリ、ゴリゴリ。
遠慮会釈のない破壊音があたりに響いた。
キャラたちは粉々に粉砕され、細かな塵となって消えた。
塵となったキャラたちを抱え掬い上げるように、ショベルは上に上がっていった。
「あらららら~……」
行き先はわからない。でもロストしたのだろうとルルは思った。システム処理の問題だ。不要なデータを削除したのだ。その結果としてロストした。
しょせん電子の塊である自分たちだ。むしろそれが普通だ。ただ電子の海に帰るだけだ。
だからそのこと自体に疑問はなかった。
――ル。
誰かの声が聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう。
だってここには誰もいない。人形と自分以外に、喋れる者はひとりもいない。
「……なあおまえ」
人形が再び話しかけてきた。
自分自身で堀った穴に体を埋め、顔だけを覗かせていた。髪の毛先に、ロストしたキャラたちの衣服や手足の名残りがこびりついている。
「なんですか?」
「いや別に……」
人形はそれきり口を閉じ、穴から這い上がると面倒くさげに寝そべった。
そんなやりとりが数時間おきに続いた。
ショベルが来るたびに人形は穴を掘って回避し、ルルは特に何もせずそれを見ていた。
益体もないやりとりだが、いつしかルルは、それを待ちわびるようになっていた。
何もすることのないそこでは――穴の底では、他に楽しみがない。
「……おまえ、運いいな」
しみじみと人形は言った。
「そうですか?」
ルルとしては、特別何をしているわけでもないつもりなのだが。
「まあどうでもいいんですけど……」
あのショベルに当たったら、自分もロストするのだろう。塵となってかき消えて、そのあとゲームの一部となるのだろう。
――ル。
また声が聞こえた。
誰の声かはわからなかった。
不思議と懐かしい声だった。
じんわりと胸を震わすような、ずっと聞いていたくなるような声だった。
「……おまえ、泣いてるじゃねえか」
ひさしぶりに人形に話しかけられた。
頬を拭ってみると、たしかにそこに水分を感じた。
「泣いて……ますね。なんでですかね……?」
わからなかった。自分という存在がなんだったのか。どうしたかったのか。どうするべきなのか。何もかもわからない。知人も友人の顔も思い出せない。誰に呼ばれているのか想像がつかない――あれ?
「ルルが……呼ばれてるんですかね?」
人形は呆れたようにため息をついた。
「知らねえよ。おまえの名前だったらおまえが呼ばれてんじゃねえの?」
「ルルを……誰が……」
なんとなく手のひらを見た。電子の塊。創られた存在。不要になったから打ち捨てられた――
誰に? 自問してもわからなかった。
人形は肩を竦めた。
「ったくしょうがねえやつだなあ。しゃあねえ、しばらくつき合ってやるか」
「別に頼んでないですけど……」
人形はシシシシシ、と特徴のある笑い方で笑った。
「はっ、だろうな。アタシの知り合いにもそんなやつがいたよ。頼んでねえ、そんな気ねえ、ほっといてくれ。そのくせ本当にほっといたら拗ねてむくれてよ。本当にめんどくせえやつだった」
でもな、人形はあぐらをかき、昔を懐かしむような目をした。
「楽しかったよ。そいつといた頃は楽しかった。何百年って人生の中のほんの数年だけど、もっとも幸せな時期だった。それだけは間違いねえ」
「はあ……長生きなんですね」
「そいつはさ。お姫様だったんだ。北のほうの寒い国のお姫様。万年雪に閉ざされた山脈を背後に負う国の。だからか、肌は真っ白だった。髪の毛は白に近い金色。目は宝石を磨いたような青。綺麗でさ。国内外問わず、常に求婚され続けてた」
「……」
「ずっと無視してたけどさ、別に興味がなかったわけじゃねえんだ。むしろ興味津々だった。しょうがねえだろ。年頃だぜ? 興味持つなってほうが無理な話さ」
「……んで、その人は結婚したんですか?」
人形のもったいぶるような口調に焦れて、ルルは自分から問いかけた。
「お、興味が出てきたか?」
「別に……」
シシシシシ。人形は笑う。
「いいさいいさ。おまえは似てるよ。アタシの友人にさ。そいつはだけど――死んじまったんだがな……」
「……死んだ?」
人形はゆっくりとうなずいた。
「そうさ。ある冬のことだった。寒い国の冬だから、なおさら寒い日のことだった。あいつは自殺した。高い高い塔の上から飛び降りた」
人形は寒さに耐えかねたように震えた。肩を揺すった。
「理由は簡単さ。父親が結婚を強行した」
「……それだけで?」
人形の目が、束の間怒りに燃えた。
「は? それだけ? そんな簡単な問題じゃねえよ。あいつには好きなやつがいたんだ。なんてことねえ平民出身の丸耳族の男だったけどさ、身分は銃士だったか。いずれにしろたいしたことねえやつだったけど、それでもあいつにとっては特別な存在だったんだ」
「……どうして好きになったんです?」
「どうして? 知らねえよ。そんなことは知らねえ。人を好きになるのに理由なんか必要ねえだろう。おまえには必要なのか?」
「別に……」
ルルにはわからない。
「……まあ、正確にはアタシにもわからねえけどよ。でもあいつは好きになったんだ。だけど望まぬ結婚をすることになった。……よくある話さ。駆け落ちしようとしたけど、そいつは来なかった。約束の場所に来なかった。以上、おしまい――」
シシシシシ、人形は笑い、体を投げ出すように横になった。
「くだんねえ話を聞かせて悪かったな。年くうと話ばかり長くなっちまて困るよな」
「はあ……別に。ところで人形さんは」
「カイでいい」
「カイ……カイ?」
「ん? どした?」
「いや……どこかで聞いたような……」
ルルは首を傾げた。いつかどこかで聞いたことがあるはずなのだが、どうしても思い出せない。
「まあ有名人だからな。伝説の魔女なんて呼ばれたこともあったっけ。もっとも今のアタシは――」
「伝説の魔女カイ……………………ラクシル?」
「――!?」
人形は――カイは驚いて飛び起きた。
「な、なななななっ!! なんでおまえがその名前を!?」
四つん這いのまま走るように、凄い勢いで迫って来る。
「わわわわわ、な、なんです!?」
カイは驚くルルに顔をくっつけるように近づいてきた。
「答えろ!! なんでおまえがその名前を知ってるんだ!?」
「え……だって、え……? ルル、なんか言いました?」
「言っただろうが!! ラクシルって!!」
逃がさないというように、胸倉を掴んでくる。
「ラクシルは……さまの……スレイブで……」
「スレイブ!? あいつ、誰かマスターを見つけたのか!? 契約を交わしたのか!?」
「契約……約束……協定――?」
――筋金入りのペットジョブ好きで、女の子に振り回されるのが大好きで、重度のマゾ気質な○○○様にこれほど向いてるゲームはないですよ~。
――もうすぐFLCが終わっちゃうんだよー!! もう○○○様と会えなくなっちゃうんだよー!!
――魔法生物カッコ美少女を廃屋に連れ込んで押し倒して、なんの礼節ですか!! どこの国のやんちゃな辞書に載ってる言葉ですか!!
――ねえ○○○様――悔しいですか? 無力な自分が惨めですか? たかが数列の集まりに過ぎないモンスターに勝てず、地べたを這いずるだけの自分を変えたいと思いますか?
――……ルルがいなくなっても、○○○様の人生は続くんですよ。そのことに今さらながらに気づいたんです。
――ルルはやっぱり!! ○○○様のことが好きなんだもん!! 誰にもとられたくないんだもん!! 物わかりのいいふりなんてできないんだもん!!
――それじゃまるで、機械みたいじゃないですか……!! ルルに心がないみたいじゃないですか……!! 存在自体が嘘みたいじゃないですか……!! ○○○様までそんなこと……
――やめてくださいよ……なにやってんですか……。そこはルルの場所じゃないですか。なんで奪おうとしてんですか……○○○様は……ルルの……ものなのに……
――やだ……やだぁ……!!
──助けて……○○○様ぁ!!
「あ……あ……ああ……っ」
「――お、おいどうした?」
体が震える。
こみ上げてきた。
心の底の底に封印していた記憶が一気に蘇ってきた。
懐かしい思い出だ。
あの人と過ごしたおかしくも麗しき日々。
涙とともに、怒涛のように押し寄せた。
大好きなあの人――
――ルル。
たしかに聞こえた。どこからかあの人の声がする。
ルルは上を見上げた。ショベルの降りて来る場所。唯一の外界との接点。そこから声が聞こえてくる。
「――ルル」
また聞こえた。
「――あるじ様!!」
気が付いたときには叫んでいた。
翅を震わせ、全身に力をこめ、肺の中の空気を残さず吐き出すように名を呼んだ。
そしてルルは――すべて全部、思い出した。




