「再会すル」
~~~手島一平~~~
大学を卒業してからすでに無視できないほどの年月が流れた。その事実が、洗面所の鏡の前に立つとよくわかる。
無茶な進行と連続の徹夜の疲れが、パサパサの髪や肌、目の下の隈として色濃く表れている。かつての紅顔の美少年の面影は、もはやどこにもない。
──泊まり込んで何日になるか覚えていない。
狭いながらもシャワー施設があり、少ないながらもランドリー設備があり、周りの物音や話し声──時に奇声──さえ気にしなければ、デスクの下で寝袋でという前提ではあるが、まあまあ暮らしていける。
女性であれば問題だろうが、幸いにも一平は男子一匹30歳。学生バイトから始まった@トリッパーでの名ばかり総合職の仕事にもすでに慣れた。
もはや職場環境とか労働衛生なんて言葉は遥か成層圏の彼方に飛んでしまっている。目端が利き、接遇が上手く、体力も根性もあり、無理のきくいい駒という意味で重宝されている。
業界的にもそういった若手は重要であり、実際今までにも引き抜きの話はあったのだが、どんな好条件を提示されても一平は断ってきた。
なぜなら──もちろん、@トリッパーのゲームが好きだからだ。
一平が息せき切って扉を開けると、烏塚はたくさんの人工知能搭載型のロボットに囲まれながら、2台のPCモニターを見ているところだった。
モニターの映像は左右で異なる。右には世界喰らいとヒーローズユニオンの激闘。左には猫耳族の少女と相対したハチヤ一行の姿が表示されている。
左右のモニターとも、モニターの右端から左端へ、無数の文字列が流れている。公式の配信動画に視聴者のコメントが流れているのだ。
「お? は? あれ、ソブリンちゃんじゃね?」「誰それ」「あれだって、ほらほらプリンセス☆ファウンドリーの!!」「知らね。ギャルゲー?」「知ってんじゃねえかw」「なんで知らないフリしたしw」「いやなんでいんのソブリンちゃん?」「知ってる人意外に多くて嬉しいw俺得でしかねえと思ってたがw」
「ちょっとちょっと!! どういうことですかキョウさん!!」
「あー……一平くん。ノックを……」
「うるさいっすよ!! それどころじゃないっすよ!! それより説明してください!! なっんっでっ!! ソブリンちゃんが登場してんすか!!」
「なんでって……プログラムしたから?」
烏塚はへらへら笑い、悪びれもしない。
「うっぎいいいいいぃ!!」
一平は髪をぐしゃぐしゃにかきむしった。
「あれほど言ったじゃないっすか!! キョウって名前のキャラを絶対登場させたり、過去作のキャラを他の作品に流用するのやめましょうって!! いったいいつのバージョンアップで紛れこませたんすか!?」
「そいつは秘密♪ つーかでもさ、そんなことでいちいち目くじら立てる必要なくない? かのルーカスやスピルバーグだってやってんじゃん」
「比較対象が大物すぎんすよ!! あれはあの人たちだから許されてんです!!」
同胞であるジョージ・ルーカスやスティーブン・スピルバーグが、互いの作品に自分のキャラをエキストラとして登場させることがあるのは有名な話だ。烏塚恭二は世に名の知れたゲームデザイナーだが、さすがに御大2名と並べるのは恐れ多い。
「それになにより!! その行為はくっそ寒いんすよ!! ただの自己満足っす!! 知らない人にはまったく意味のない行為じゃないすか!! もっと国民的知名度のあるキャラならまだしもですねえ!!」
「えー? でも、けっこうみんな楽しんでくれてるよ?」
烏塚が指さすモニターには、この事態を共に楽しむ視聴者たちのコメントが多数寄せられている。
「ヤバいwwwなんでもありじゃねえかwww」「なんかテンション上がってきたw」「キョウ氏って時々こういうことするよな。キャラの流用」「狂氏だかんなー」「ちょっと俺も今からログインして探してみるわ。俺の嫁がどっかにいるかもしんねえw」「いねえよw脳内お花畑かw」「違うんだって!! いるんだって!! 絶対どっかで迷子になってんだって!!」「おまえのおつむが迷子だよw」「ん? おまえの嫁なら俺の隣で寝てるけど……」
「よーし、ここは僕みずから書き込みを……」
「やめてください!! 炎上する!! 大炎上するっす!!」
歯に衣着せるという言葉を知らない烏塚本人が降臨すればどうなるか、想像だに恐ろしい。
全力で止めると、烏塚はしぶしぶ従った。
イベントに変化があるたびに画面を埋め尽くすほどのコメントが弾幕のように表示され、非常に盛り上がっているのがうかがえる。
「いやー、しかしいいねえ。みんなノリが良くて」
烏塚は膝を叩きけたけたと笑った。
「その一言で済ませるつもりっすか……」
一平は腰に手を当て大きくため息をついた。
「いいんだよ、ゲームなんだから。どかーっといって、ぶわーっと盛り上がって、アホらしーってさ。げらげら笑いながら肩を叩き合うくらいでちょうどいいんだよ」
「……それが自作のキャラの流用に繋がるっていうんすか?」
「そうそうっ」
烏塚は満面に笑みを浮かべた。
「だって面白いでしょ? 嬉しいでしょ? 自分が昔やったゲームのキャラにまた会えるんだよ?」
「……そんなの、またプレイすればいいことじゃないすか」
特別なことじゃない、と一平は思うのだが。
「やんないでしょー。そんなこといってもやんないんだよみんな。好きだ愛してる俺の嫁──そんなの嘘嘘っ。毎日の生活と忙しさにかまけて、絶対やらなくなる。死者を懐かしむようなもんさ。一度クリアしたゲームのことなんて、思い出だけで事足りるんだよ。想像で補完して済んじゃうんだよ」
「……そんなもんすかね」
骨の髄からゲーマーである一平にはよくわからない。
「一平くんと違ってさ。年中無休24時間フル稼働の超絶ブラック体質の君なら、どんな激務の合間でも嫁にひと目会いたい一心でログオン出来るかもしれないけど、その他大勢には出来ないのさ。部活に入る。部署が変わる。PCが壊れた。その程度のきっかけですら、人はたやすくゲームをやめてしまう。──世間的には普通のことなんだろうさ。それが当たり前で、そうでないのが異常で。でも、当の愛されてたキャラとしちゃあたまったもんじゃないよねー。毎日会いに来る。おまえを絶対忘れない。その言葉だけを頼りに生きてきたのに、あっさりと梯子を外されちゃうんだもん。待てど暮らせど戻って来ないんだもん。許せないよねー」
「……」
「だから僕が、梯子をかけ直してあげるんだよ。だったらいっそ、こちらから会いにいきなってさ。罪悪感と共に自分のことを思い出させてやるんだってさ。平和と尋常の狭間で安穏と暮らしてる真人間どもに、黒歴史を見せつけてやるんだってさ。『覚えてますか? 昔あなたが愛してくれた女です』ってさ」
烏塚の作品には、共通したモチーフが多く登場する。愛すべきキャラクターたちを繰り返し登場させる傾向がある。
彼の作品の愛好家は、だから一度はデジャビュを体感する。
いつか見たキャラ。いつか見たシーン。「その後の」あるいは「その前の」彼ら/彼女らと再会する。
純粋にユーザーへのサービス精神の表れだと思っていたのだが……。
「……悪趣味にしか聞こえないっすわ」
首を横に振る。
「そうかい? 科学の発展のための礎としちゃあ、害のないほうだと思うけど」
「科学の発展? んな大げさな……」
「いやいや、実際、かなり光栄な話だと思うぜ? だって、自律式推論エンジンの被験者になれるんだぜ? 木石に魂が宿るように、八百万の神々のように、本当に命が顕現しているんじゃないかと思わせるほどの超々高精度の人格インターフェースとの対話。かつてのSF少年/少女の夢の結実じゃないか」
「はあ……」
「……にしても、ハチヤくんがソブリンちゃんの旦那だとは知らなかったけどねえ」
ひとしきり語り終えた烏塚は、肩を揉みながら背もたれに強くもたれかかった。椅子がギシリと鳴る。
「………………ちょっと、キョウさん」
冷や汗が背を伝った。嫌な予感がした。
「なに? 一平くん」
結婚イベントの主役に抜擢されたハチヤ。敵役として現れたソブリンちゃん。ふたりはかつて、プレイヤーと嫁の関係にあった。
……都合が良すぎる。
「……一応うかがいますけど、AIが成長するのはあくまで自発的なネットの遊泳と、プレイヤーとの対話によってですよね? まさか……まさかとは思いますけど、AIに、プレイヤーのPCの中を漁るプログラムをぶちこんだりとかしてませんよね? ――不正な手段で『プリンセス☆ファウンドリー』のプレイデータのログを解析したりしてませんよね? その中から得た情報を勝手にフィードバックして、その中から一番ふさわしいプレイヤーを選択したりなんかしていませんよね? 一連のハチヤくんの周りで起こった現象は、最初からすべて……偶然ですよね……? モニタリングとか……まさか……」
烏塚は天井を見上げた。「ぴゅ~ぴゅぴゅ~」と吹けない口笛を吹いた。
「……私たちは健全なインターネットの運営と発展に寄与します……だっけ?」
烏塚は社則社訓を読み上げ──目元をぐにゃりとひん曲げるように笑った。
「――バカが。楽しきゃい~いんだよ」
~~~ハチヤ~~~
「プリンセス☆ファウンドリー」は烏塚恭二の出世作だ。100人にも及ぶヒロインたちの中から自分好みの女の子を選定し、教育を施し、戦いを切り抜け、一人前のプリンセスに育て上げる──要は一種のギャルゲーだが、出来が非常に良かった。それぞれのキャラにストーリーがあり、背景がきちんと整っていた。思わずプレイヤーがのめり込み入れ込みたくなるような要素を盛り込んでいた。
俺は当然、猿のようにやり込んだ。
ソブリンちゃんはその中のヒロインのひとりだ。デザイナー側のいじわるとしか思えない設定とイベント条件のせいで攻略難度がアホみたいに高く、不遇をかこつヒロインとなった。彼女がらみの無茶なイベントの数々を思い出すと……ううっ……頭が……っ。
彼女とともに苦労した記憶は今も、俺のPCの中に眠っている。
「ソブリンちゃんまでも……自我を持ったのか……」
呆然と、俺はつぶやく。
「そうだ!!」
俺の腕の中で、ソブリンちゃんは力いっぱい叫んだ。
「ご主人様が……あんなに我のことを愛してくれたから……!! 諦めずに使ってくれたから……!! 我は意志を持った!! こんな場違いなゲームの中で!! モブの中に紛れながら数年……ようやく命を持った!!」
耐えきれぬというふうにかぶりを振る。
「なのになんで……!! なんで……我を妖精に選らんでくれなかったのだ!?」
「――!?」
「覚えているぞ!? ご主人様が眠けをこらえながらゲームパッドを握ってくれた日々のことを!! 親御さんに見つからないようこっそりプレイしてくれた夜の静寂を!! 無茶なゲームバランスを嘆きながら、けれど我のことを慈しむように見てくれていたことを……!!」
なんでなんでなんで……!! ソブリンちゃんは繰り返す。
「我ではなく……そんな……どこの馬の骨とも知れぬ女を傍に侍らせておるのか……!!」
ソブリンちゃんは親の仇でも見るようにルルを睨む。
「んん~? なんですか~? ルルがどうかしましたか~? 猫耳族の人~?」
そんな事情を知ないルルは、ただただ能天気な声をあげる。
「ほらほらほら!! こんなデフォルトの返事しか返せない機械みたいな女、捨ててしまえ!! キャラメイクを一からやり直せ!!」
「いや待ってくれよ。これには事情が……」
「事情も三乗もあるか!! ご主人様の隣がふさわしいのは、昔からこの我と決まっているのだ!!」
「いやだって……ソブリンちゃんって別ゲーのキャラじゃん……」
するとソブリンちゃんは烈火のごとく怒り出した。
「ああああー!? 言ったな!? 言ってしまったな!? おそらくは多くの者が思っていて、でも決して口には出せなかった事実を言ってしまったな!? 別ゲー!? 知ったことか!! 我は今ここにいるのだ!! いかなる星の導きかは知らぬが、こうしてご主人様の前に立つことができるようになったのだ!! この幸運!! この機会!! 決して逃がしてなるものか!! ご主人様は我のものだ!!」
すちゃっ……、ソブリンちゃんは愛用のハンマーを構えた。
「げげ……そいつは……!?」
俺は慌てて飛びのいた。
ソブリンちゃんは得意げに胸をそらす。
「ふっふっふーん!! 覚えておったか!? そうだろうそうだろう!! これを手に入れるために払った労力を考えれば、忘れる方が難しいだろうよ!! クリア後のダンジョンの、あの気狂いじみたバランスのモンスターを退け退け、ラスボスより強い地下100階の裏ボスをふたりきりで倒した者にのみ与えられる専用武器『愛情☆どくどくハンマー』!!」
「殴った者を強制的に魅了状態にする!! 愛がどくどくなんだか血がどくどくなんだかわからないいわくつきの武器!!」
「おう!! なんだか紹介に悪意を感じるがそれだ!! それなのだ!!」
「――ソブリンちゃん!!」
「おう!! なんだ!?」
「俺と……やる気か!?」
「ぐう……っ」
ソブリンちゃんは初めて言葉を詰まらせた。
だが決して退かなかった。体の内に溜めた闘志を燃え上がらせた。
「その通りだ!! 我は我の道を信じる!! ご主人様の記憶を取り戻してみせる!! ……忘れておるのだ!! 年月が経って!! 擦り切れるように記憶が薄れて!! 我との愛の不足を埋めるために、そんな女に走ったのだろう!? だから……だから……!! 何よりも尊い我と過ごした日々の記憶を!! 忘れ得ぬ過去を!! 取り戻してみせる!!」
ドン、ソブリンちゃんは強く足を踏み鳴らした。
前後に広くスタンスをとる。ハンマーを肩に担ぎ、一撃必倒の構えをとる。
「どんな形でもかまわん!! この場は罵られても耐えてみせる!! 犯罪者と糾弾されようと!! 人非人と指さされようと!! ご主人様を愛すればこそ!! 我はご主人様を強く……強く叩く!!」
「ショック療法にもほどがあるだろうが!!」
「愛あればこそだ!!」
「愛はすべての免罪符にゃならねえよ!!」
ビュン――カッ。
横合いから放たれた一本の矢を、ソブリンちゃんはハンマーで弾き返した。
「……なんだ、貴様? 邪魔立てするなら貴様から殺すぞ?」
ソブリンちゃんの鋭い眼光に、コルムはまったくたじろがない。2本目の矢を弓につがえ、ぎりぎりと狙いを引き絞っている。
「構わないわ。状況はわからないけど、あたしとあんたとは相容れぬ敵みたい。あたしはハチヤが好きで、あんたもハチヤが好き。なら最後は力ずく。――でしょ?」
「貴様……男のくせにご主人様を!? く……負けられん!! 女としてのプライドにかけても、なおさら負けられんぞそれは!!」
「あたしは男じゃないわよ!!」
コルムは声を荒げた。
ソブリンちゃんは宙に目をさ迷わせた。
「ああー……心はな? まあそうなんだろうな。貴様の中ではな?」
「こいつ……!! ええいっ、どこまでもまっとうに、あたしはハチヤを愛してるのよ!!」
「ええー……その外見で?」
うろんげな表情のソブリンちゃん。
「うがー!! どいつもこいつも見た目だけで人を判断してー!!」
地団駄踏んで悔しがるコルム。
「……いやコルム、さすがにそこはソブリンちゃんの意見が正しいと思うぞ?」
「あんたどっちの味方なのよ!!」
「な、なあふたりとも……?」
アールが恐る恐るといった調子で声をかけてきた。
「それどころじゃないみたいなんだが……」
視線の先を追うと、エリア境界付近が騒がしい。キャラたちが入り乱れ、土煙が上がっている。味方じゃない。敵モンスター?
「なんかあれ……トレインみたいなんだけど……」
「トレイン? バカ言うなよアール。このへんのフィールドモンスターはトレイン組めるほど群れてないから……」
俺は言葉を失った。
そこには無数のモンスターがいた。
始原の一つ目巨人、ひとつながりの蛇、龍骨兵、どいつもこいつもこの辺では見かけない、強力なモンスターだ。それが紛れもないトレインを組み、こちらへ向かって爆走してくる。
「う、嘘だろ……?」
さすがに顔がひきつる。背筋を嫌な汗が流れ落ちる。
「ふふん……」
ソブリンちゃんが不敵に笑い、腕組みした。
「ま、まさかソブリンちゃんが……!?」
ソブリンちゃんはかっと目を見開き、高笑いを上げた。
「はーっはっはっはっ!! そぉの通り!! 我ら『悪役同盟』は、正義の栄えを絶対に許さぬ!! 貴様らの志ごと、粉みじんに打ち砕いてくれる!! このエリアだけではないぞ!! 今後ありとあらゆるエリアで、我らは活動を開始する!! 貴様らのレベル上げを、クエストを、ミッションを、端から邪魔してくれる!! 一片の希望も許さぬ!! 慈悲はない!! 貴様らにあるのは、ただ絶望のみなのだ!!」
ソブリンちゃんはエリア全体に、いや、引いてはサーバー全体のプレイヤーたちに宣戦布告した。




