「対峙すル」
~~~イチカ~~~
柄にもなく人間関係に悩まされていた。
武闘派女が、分不相応にもゲームなんかにハマったのが原因だ。見たことないタイプの人間と接する機会が増えたからだ。当然中には変なやつもいるわけだ。
躁鬱の激しいやつ。人見知りの激しいやつ。やたら社交的なやつ。夢見るみたいに目をきらきらさせた、大人や子供たち……。
共通言語はゲーム。とにかくどいつもこいつも、寄ると触るとゲームの話ばかりしてた。
ひとりも先のことを考えていなかった。年度末には終わってしまうゲームのことを第一義に考えていた。学業、スポーツ、仕事……すべてを投げ打つ覚悟で、彼ら/彼女らはFLCに打ち込んでいた。
「勉強? 一夜漬けでじゅーぶんっ」
「部活? 辞めちゃった」
「仕事? 辞めちゃった」
──おいそれはさすがにまずいだろ。
あまりの求道者ぶりに引いていると、おかしな男が声をかけてきた。髪をかきあげ歯を光らせ、朗らかな笑みを浮かべ、するりとイッチーの懐に忍び込んできた。ウエディングスーツに身を包み、背景にバラを咲かせてこう言い放った。
「イッチーちゃん。オレと、あの丘の上の教会で結婚式を上げようぜ?」
「──いやそこまでは言われてねえよ!!」
がばりと布団を跳ね上げた。
チチチチ……スズメのさえずりが聞こえてくる。
スウェットが汗を吸っている。びっしょり気持ち悪い。
「……なんて夢見てんだオレは。乙女かっつうの……っ」
ぐしゃぐしゃと頭をかきむしり、イッチーは身悶えた。
夢見が悪かったせいか、その日のイッチー=イチカは燃えていた。暴れたくてうずうずしていた。
そこへ転がり込んできた絶好の相手。伝説のモンスター。世界喰らい。
あのジェイク卿をも倒すほどだ。
当然、相手にとって不足はない。
「来い来い来い来い来ーい!!」
荒々しく叫びながら、世界喰らいに追い突きを打ち込んだ。
上から降って来た牙を横に体を捌いて躱し、体ごと突進してくるのをさらに横っ飛びで躱した。
なにせ図体がデカいから小回りは効かないのではないか。そう思って後方から打ちかかったが、世界喰らいは存外な旋回性能を見せ、「ぎゅるんっ」とただちにイチカに向き直った。
「お、やるじゃん」
しかしイチカは慌てない。
振り向きざまの世界喰らいの攻撃を回避しながら、左の上段回し蹴りを当てた。
交叉――FLC格闘職の受けの技術のひとつ。紙一重で敵の攻撃を躱しつつこちらの攻撃を当てる――捨て身のカウンター技だ。
右、左、上――続けざまの世界喰らいの攻撃に、すべて交叉を合わせた。
着弾した場所から、「しゅうう……」と白煙の上がるエフェクトが立ち上った。
「……おいおいおい、あのコすげえ……!!」
「全部交叉当ててるよ……。そりゃ理論上は勝てるけど、さすがにありえないでしょ……」
「本気でひとりで打ち勝つつもりかよ……!?」
ギャラリーと化した「ヒーローズ・ユニオン」のメンバーが沸く。
一撃でももらえばHPの大半を持って行かれかねない世界喰らいの強烈な攻撃に、1ミリ1秒の誤差も許されない交叉を合わせる。ワンミス瀕死のプレッシャーを、イチカは噛みしめるように楽しんでいる。
「いいねいいね!! この感じ!! ひりつくような感覚!! 最高だぜ!!」
快哉を叫んだ。解放感と全能感に酔いしれた。
「──当たるかよデカブツが!!」
攻撃に対してはすべて交叉。余裕を見つけてさらなる連撃を加えていく。
順突き、逆突き、鉤突き、跳び回し蹴り、跳び膝――。
下方から振り上げられた牙を頭を下げて躱し、同時に下段の回し蹴りを蹴り込んだ。
――リアルのイッチーが修める伝統派空手には、下段への攻撃がない。だから彼女は実際には下段蹴りをしたことがない。
そして、下段回し蹴りには2種類ある。「爪先を走らせる」蹴りと、「鉈のように叩きこむ」蹴りだ。
イチカは前者をイメージしていたのだが、FLCの下段蹴りはすべて後者になる。威力が大きい分予備動作が大きく、隙が出来やすい。イッチーはそのことを知らない。
高度にシンクロしていた――イッチー=イチカの動きに、初めて乖離ができる──
「――ぐうっ!?」
深く蹴り込み過ぎた分、後ろへ飛び退くのが遅れた。薙ぐように振るった世界喰らいの牙が、胸先を掠めた。
触れたところの鎧が溶け、獣人族の白い毛皮が露わになる。防御力が下がり、HPバーががくんと減る。
「イッチーちゃん!?」
「うっせー外野は黙ってろ!!」
心配して駆け寄ろうとするサーディンを一喝する。
「おおーっと!! カンプナトゥ旅団のリーダージェイクさんの代わりに世界喰らいの矢面に立った獣人族の女の子、ついに被弾しました!!」
ガイド妖精のチャコ=とーこのアナウンスがエリア中に響く。
「素早い動きで圧倒してたんで、『おっ、これは……』と思ったんですが、いやー残念ですねー!! なんといっても女の子ですもんねえー!!」
「なんで公式の人が煽るんだよチャコちゃーん!?」
サーディンが悲鳴を上げる。
「けっ、どいつもこいつもうるせえったら……!!」
世界喰らいが溶解液を噴き出すタイミングに合わせて宙を跳んだ。跳び回し蹴りを蹴り込み、そこを足場にさらに跳んで、頭頂部に降り立った。
大歓声の中、イチカは上から見下ろした。手足のない世界喰らいに、この位置を攻撃する手だてはない。
「……黙らせてやる!!」
右拳、左拳、右肘打ち、左鉄槌打ち……死角から頭頂部へ連撃を加えていく。長大な世界喰らいのHPバーはなかなか減少しないが、形勢は甚だ有利だ。
――ゴォウルアアアァアアー!!
声を上げ、世界喰らいが身を揺する。
拳を振り上げていたイチカはたまらずに転がり、落ちる寸前で世界喰らいの毛に掴まった。そのまま毛を縄代わりにしてよじ登っていく。
「──マジかよ!! 落ちてねえぞ!!」
「あのコかっこいいー!! ファンになりそう!!」
「なんかあんなゲームあったなあ……」
一騎打ちを見守るメンバーから口々に賞賛の声が上がる。
青と黒の集中線が世界喰らいに集まる。
「重踏みつけだ!! そいつ、跳ぶでござるぞ!!」
ジェイクが情報を教えてくれる。
「衝撃で振り払おうってか!? 甘え甘え!!」
笑って毛にしがみつくイチカ。
「や、違う……!! それは……!!」
ズドォン!!
世界喰らいが飛び上がり、轟音を立てて着地した。
毛にしがみついていたイチカは落下ダメージと体当たりのダメージをもろにくらい、吹っ飛んだ。
「うえ……っ!? 嘘だろ……!?」
さらに気絶効果までも受け、地面に横たわり――動けない。
「おおーっと!! イチカさん、これは残念!! ゲームのルールをいまいちわかってなかったあ!! 初心者の悲しさ!! ルーキーの甘さ!! 踏みつけ攻撃するモンスターに接していればそうなるってことを知らなかったんですねえ!! いやーアホですねえ!!」
自分がゲームに参加できない鬱憤をぶつけるチャコは、どんどん毒舌になっている。
素直で可愛い元気っ娘というキャラ付けの欠片も残っていない。
「くそ……あの女ぁ!!」
身動き取れないイチカに世界喰らいの巨体が迫る。
――ウウウゥルウウウウゥッ!!
大きく開いた口から無数の牙が覗く。溶解能力のある唾液が滴る――
「ちくしょう……ここまでか!!」
無念と目を閉じたイチカの前に立ちはだかる者がいた。サーディンだ。
「てめえ……チャラ男!?」
「へっへっへー。イッチーちゃん。オレぁまだ無傷なのよ。武装も無事。盾役としちゃあジェイク卿にもイッチーちゃんにも勝てないかもしんないけど、時間を稼ぐぐらいなら……さ?」
「バカか!! あいつのヘイトはオレにあるんだ!! おまえなんか見向きもされねえよ!!」
「知ってる知ってる」
「だったら……!!」
「――こうすればいいっしょ」
サーディンが次にとった行動は、イチカの想像を超えていた。盾を背負い、身を屈め、イチカを抱きしめるように庇い覆いかぶさった。
「肉盾。ね?」
笑うサーディンの背後から、強烈な世界喰らいの連続攻撃が降ってくる。
サーディンは躱さず、すべて背中で受け止めた。
主に唱える者など後衛職を守るために使われる、聖騎士の特技。
「バカやろう!! てめえなんで……!!」
気絶状態回復まで残り3秒、2秒――。
「──好きだからさ。決まってんじゃん」
言い終わると同時に、サーディンのHPは0となった。
しぃんと静まり返ったエリアに、チャコのアナウンスが響く。
「おおおおおおーっと!! これはびっくり!! サーディンさん!! イチカさんに体を張った愛の告白だああああ!! 知ってますか皆さん!? これ生なんですよ!? 生配信!! 全国の人が見てんですよ!? うわあああああああああああ!! 恥ずかし羨ましいー!!」
どっと、メンバー全員が歓声を上げた。ぴゅうぴゅうと口笛が吹き鳴らされる。ぱちぱちと拍手が鳴りやまない。
「な、な、な、な、な……!! こっの……バッカやろう!!」
戦闘不能になったサーディンの体を跳ねのけると、恥ずかしさに打ち震えながら、イチカは立ち上がった。
「知らねえよ!! 知ったことか!! てめえのことなんぞどうでもいい!! おまえらも黙ってろ!! どいつもこいつもうるせえうるせえうるせえ!! オレはオレだ!! 恋とか好きとかそんなの知らねえ!! ……おまえらなんか、成層圏の彼方にでも飛んでっちまえ!!」
激しく動揺するイチカの動きは、明らかにギクシャクとしている。
にやにやと生暖かい視線にさらされながら、彼女は再び世界喰らいの前に立つ。対峙する――。
~~~ハチヤ~~~
「……なあ。あっち盛り上がりすぎじゃねえ? 一応主役はこっちなんだけど……」
ジェイク卿倒れる――からの怒涛の展開に、俺たち3人は圧倒されっぱなしだった。
とくにコルムとアールら女の子組みが興味津々で、きゃいきゃいと盛り上がっている。
「す、す、す、すごいなサーディンは、こ、こ、こんな公衆の面前で……下手したら何千何万ってアクセスがある生動画で……!!」
「いいなあー。ほんっと、あの男の爪の先ほどでも、幸助に思い切りの良さがあったらねえ……」
コルムがじと目で見てくる。
「うるせえし!! サーディン基準で考えるのやめろよ!! あんなの俺みたいなシャイボーイには出来ねえよ!! 無理ゲー無理ゲー!!」
集団戦闘に巻き込まれぬよう、逆側のエリア境界を走っている俺たちの目の前に、ようやく式場である教会が見えてきた。
十字架を頂いた白壁の、いかにも田舎の教会って感じの牧歌的な建物。
その前に――誰かいた。
「なんだ……ありゃ?」
俺は走っていた足を止め、慎重に身構えた。ただのフィールドモンスターじゃなさそうだ。
黒衣を着た人型。サイズで言えば丸耳族の子供に近い。耳付きのフードの奥に隠れて、顔立ちはよくわからない。
「――ま」
万年雪を融かしたような、凛として涼やかな声だった。少年のようにも、少女のようにも聞こえた。年若い者の持つ未熟な声帯の発する音だった。
「――様」
一瞬強く吹いた風が、黒衣のフードを撥ね上げた。
下から現れたのは、十代半ば程度の、まだ幼い猫耳族の少女だった。
美しい造形をしていた。アメリカンショートヘアを思わせる黒い毛並みに白い縞目のパターンが入り、瞳は凍れる湖のような淡い水色。顔の輪郭は丸く小さく、腰や胸はなだらかに丸みを帯び、四肢の先まで続くラインはあくまで優雅。
「う……嘘……だろ……?」
俺はあまりのことに言葉を失い、後退った。
「ハチヤ……?」
「幸助? どうしたのよ? なんなのこいつ」
アールとコルムが不思議そうな顔をしている。
この少女が誰か、俺は知っている。
痛いほどに知っている。彼女と過ごした時間は何時間だろうか。それとも何十時間か。いや――きっとそれじゃ済まないほどに、俺は長い時間を彼女と共に過ごした。
ここではない別の世界で。
ここではない別のゲームで。
「ソブリン……ちゃん」
懐かしい名を呼ぶと、黒衣の少女――ソブリンちゃんの瞳に涙が光った。
「ご主人様……逢いたかったのだ……っ」
しなやかな動作で駆け寄り、飛びつくように抱きついてきた。
猫耳族特有の長いひげが頬に刺さる。耳がぴこぴこと嬉しさを表すように蠢いている。
懐かしい光景だ。尻尾がぶんぶん動いているのも含めて、俺は何度もこの状態を目にした。
いつかアールに話したことがある。FLCじゃない他のRPGで、すごく印象に残ってるキャラクター。弱っちくて鍛え上げるのに苦労した。何度も死んで、諦めそうになって、でもめげずに鍛え上げた。
たくさんいるヒロインをプリンセスに育て上げるゲーム「プリンセス☆ファウンドリー」のヒロインのひとり。
ソブリン・ニャウガンド。通称ソブリンちゃん。
彼女は俺の、昔の嫁だ――。




