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最果てのクロニクル~サヨナラ協定~  作者: 呑竜
マダム・ラリーの館
9/118

「PT分割」

 ~~~~~ハチヤ~~~~~


 マダム・ラリーの館は3階建てだ。ホール、食堂、厨房のある1階。館の主人であるマダム・ラリーの居室と客室のある2階。エジムンドさんの執事部屋と客室のある3階に分かれている。

 内装は木製で、ところどころわざとらしい染みがある。ひとりでに閉まる扉や風もないのに揺らめく燭台の明かり、不思議な形で膨らんでいるカーテンなど、雰囲気を盛り上げるための小道具で一杯だ。


 先を行く執事のエジムンドさんは、うるさい俺たちをまったく気にせず、終始ニコニコと笑顔を浮かべたまま、この館の来歴について問わず語りに語り続けている。

「先代様が亡くなられた時にはすでに旦那様は旅先で亡くなられており、ラリー様が後を継ぐこととなりました。ラリー様は生まれつきお体が弱く外に出るのもままならず、旅の方が来られるとそれはもうお喜びになられて……」


「なー。おっさん」

 イチカが空気も読まずに喋りかける。

「怪しげな地下室とかないのかよ」

「ございません」

「女の悲鳴が聞こえるとかさあ」

「ございません」

「夜中に動き出す鎧とかは?」

「ございますが動きません」

「ちぇー。つまんねーの」

「ご期待に添えず、申し訳ございません」


 ううむ……イベント会話を中断してなおスムーズにプレイヤーに反応するあたり、エジムンドさんもルルと同じく自我を持っているようだ。

 しかしそうなると疑問がある。前に保持者ホルダーである理由についてルルに尋ねた時、あいつは愛の深さだと答えた。だけど今回のケースで愛じゃないことが明らかになった。だってエジムンドさんとはこれが初対面だから。おそらくはこのクエストだけの限定キャラに、いきなり愛される理由がない。 


「可憐で賑やかなお嬢様方をお連れになって下さって、ラリー様もさぞやお喜びのことでございましょう。感謝いたしますよハチヤ様」

 こいつ……お世辞まで使いやがる……!!

「可憐ですって!! あるじ様!!」

「はっ、どうせオレは賑やかなほうなんだろうな」

「いえいえ、イチカ様も大層お美しくてらっしゃる」

「おーい!! 聞いたかよハチコー!! お美しいってよ!! いやーわかってるなおっさん!!」

「痛い痛い痛い!! 殴るのやめろイチカ!! お世辞に決まってんだろ!! だいたいおまえ獣のくせに!! ――おい、違う意味で殴るのやめろ!!」


 イチカにぼこぼこ殴られながらも、なんとか目的地にたどりついた。

「お、ここか。っておい。なにこれ屋根裏部屋じゃん!!」

 狭く斜めに切られた天井。申し訳程度の寝台には藁。明かり採りの窓にびっしりこびりついた雪。隙間風びゅうびゅう。

「名作劇場とかで恵まれない主人公が寝る場所じゃん!! 寒くて母親との温かい日々とか思い出すやつじゃん!! 他の部屋と落差ありすぎじゃねえ!?」


わたくしの部屋も似たようなものでございますが……」

 エジムンドさんがぽつりとつぶやく。マジすか待遇悪すぎないすか。

「――よもやご不満でも?」

「あ、いや……」

 それを言われちゃうとさあ……。

「ご不満でも?」

 ずずいとどアップになるエジムンドさん。

 近い近い!!

 元傭兵(妄想)の顔面ズームとか誰得なんだよ!!


「わかった!! わかったからごめんてば!!」

 なんとかなだめると、

「それでは私はこれにて」

「あ、ちょ、ちょっとエジムンドさん!! まだ話が!!」

 エジムンドさんは構わず、颯爽と去っていく。でも途中で一度だけ振り返り、

「先ほども申し上げましたが、努々(ゆめゆめ)、出歩こうなどと思われませんように、命の保証はできかねます。つい先日も忠告を無視されおひとりで歩き回られたお客様がいらっしゃいましたが……」

 言いかけてやめ、すたすたと歩き去って行った。

「おいどうなったんだよ!! 最後まで言って行けよ!! めっちゃ気になるだろ!?」

 

「――さっすが、いい仕事しますねえエジムンドさんは」

 ルルが、さも感心というふうにため息をつく。

「おまえも見習ったほうがいいよ?」

「仕事ぶりでは負けてないと思うんですがねえ」

「悪い意味でな」

「与えられた役割を忠実にこなしているという意味ではむしろ上かも!?」

「あーもう!! なんでこんな設定にしちゃったかなー!!」


「……ぐー」

「寝るなイチカー!!」

 目を離した隙にいきなり藁の寝床にもぐりこんでいるイチカ。どんだけ寝坊助キャラなの!? なんなののび○なの!?

「えー? おっさんが迎えに来るの待ってりゃいいんだろ? 起きてる必要ねえじゃんか」

「ふっ、素人め」

「……ああ?」

「訳もわからぬ憐れなイチカくんに、親切に教えてあげよう。推理物とかホラー物で真っ先に死ぬやつはな。単独行動するやつだ。中でも部屋でひとりで寝てるやつなんかとくに確率が高いな」

「……なんか来たら倒せばいいんだろ?」

「野蛮人かおまえは!! 自分の実力考えてもの言えよ!?」

「勝つよ。オレ強いから」

「なんなのその自信!?」

「むしろ負ける方が難しい。道場の先輩や兄貴たちとだって互角なんだからオレは」

「リアルと一緒にするな!!」


 そういやこいつ空手娘だったっけ。あ、でも。

「……小巻には勝てないんだったっけなぁ。得意分野でも」

「ぐっ、てめえ……!!」

 小巻は今でこそ陸上部だが、小学校の頃はイッチーと同じく町の道場に通ってたことがある。同い年の女子がほとんどいなかったこともあって2人はよく組手をさせられていたんだけど、本当に一度もイッチーは勝ったことがないらしい。毎日毎日トラウマレベルで、圧倒的大差でぼろぼろにされていたそうだ。

 なんかの機会にその光景を納めた写真を見たことがあるのだが、きらきら笑顔の小巻が涙と鼻水でぐじゃぐじゃのイッチーを、正拳を腰だめにして追い回している瞬間の一枚だった。あれはひどい。恨み骨髄に達しても無理はない。


「いまだったら負けねえんだよ……」

 ぎりぎりと歯ぎしりの音が聞こえる。グシャ、というのはリアルで缶でも握りつぶした音だろうか。

「ゲームの中でのおまえとこの館の敵はさ、イチカ。小学校時代のおまえと今の小巻ぐらい力の差がある」

「な……!!」

 よほど衝撃だったのか、イチカは硬直したまま動かない。

 ……ふ、苦い勝利だった。


「……あ~るじ様の意地悪ぅ」

 ルルの引いたような声。

「うっせーよ。しょうがねえだろ、イッチーを大人しくさせるにはあれしかないんだよ」

 そういう意味では扱いやすいともいえるか。……ん? あれ?

「人の古傷をえぐって行動をコントロールする……。なんか……やってることがモルガンさんみたいですねえ……」

「いま俺も同じこと思ってた。……これが大人になるってことなのかな……」

 高笑いを上げるモルガンと、その隣で同じことをする自分自身の姿を想像してしまった。

 大人になるってことは、汚れていくってことなんかな……。


 ~~~~~コルム~~~~~


「――なんか噂されてる気がする」

「……まあ、いろいろな意味で噂されてそうですよねモルガンさんは」

「可愛いコがしてるんだったらいいな!! 嬉しいな!!」

「ごしゅじんさま~くるしいです~」

「ごめんねふくちゃん!! でも浮気じゃないのよ!! 私がモテるだけ!! モテることが罪なの!! 私は悪くないの!! 心はいつもあなたと一緒よ!!」

「いたいです~」

「……身体は別のとこにあったりするわけだよね……」

 コルムは対面のベッドの上で繰り広げられている見苦しい光景から目を逸らしてため息をついた。


 傍らのバクさんが、長い頭を膝に乗せてくる。

「……ありがとうバクさん」

 顎の裏をかいてやると、嬉しそうに尻尾を振る。リアルで飼っている犬のチコにも同じことをしてやると、同じリアクションをとる。


「あいつはなにやってんのかな……」

 PTメンバーのリストには、メンバーのキャラ名と、最大HP/MP/SPバーと現在のHP/MP/SPバーが表示されている。スカイプを使った直接会話は距離が離れていると使えない。テキストを使ったPTチャットでやり取りするしかないのが面倒だ。

 マップを開くと、互いの位置が光点で確認できる。ついでに見取り図も表示されるのが普通だが、館の地図を取得していない今は、大まかな階数と座標しかわからない。     


「…………」

 ゲーム開始からずっと、PTを組む時はいつも一緒に行動していたので、ハチヤ以外の人といることに違和感がある。ハチヤが他の人といることに、微かな痛痒つうようを覚える。


 ――PTチャット――

 ハチヤ:おーい、コルム。

 コルム:なんだ、ハチ。

 ハチヤ:そっちはどうよ。部屋。

 コルム:なかなか広いよー。そっちは? 

 ハチヤ:狭いなんてもんじゃないよ!! 名作劇場の悲しい主人公レベルのひどさだよ!!

 コルム:はは、そりゃ見て見たいな。

 ハチヤ:アールのほうはどうだ?

 アール:おかげさまで不満はないよ。マヤくんがキーボード苦手みたいだから、マヤくんの分はボクが打つよ。

 ハチヤ:悪いな。頼むわ。うちも俺が打つよ。イチカはあれだから。

 コルム:ああ……。

 アール:ああ……。

 コルム:うちもオレが打つかな。

 ハチヤ:なんで? 先生は?

 コルム:違うことに夢中みたいだから……。

 ハチヤ:ああ……。

 アール:ああ……。


「――ひどい噂されてる気がする!!」

「チャット画面ぐらい見ましょうか……」

 額に手を当てため息をつく。


「ところでコルムくんはさ」

 急に声をひそめる先生。内緒話のトーン。

「え? はい?」

「ハチヤくんとは長い付き合いなんでしょ?」

「まあそうですね……ものごこ……あ、いや。ゲーム開始初日からですから、ちょうど4年ってとこですかね」

「彼って、浮いた噂ないの?」

「う、浮いた噂?」

 思わず声が上擦る。

「いや~、現実の友人には言わなくても、ゲームの中の人には言ってるかもしれないじゃない。『俺、学校で好きな人がいてさ~』とか」


「さあ……。いない……んじゃないですかね……?」

「……そう。そこまでは知らないってことね」

「ですね……。でもなんでそんなことを?」

「弱みを握るためよ」

「……は?」

「人の弱みとなるデータを握って、いいように操るためよ」

「ちょっ……あのですねモルガンさんっ」

 なぜか誇らしげに胸を張っているモルガン。いまの発言のどこに人間として自信を持てる場所があったのかわからない。


「……知ってたとしても教えませんよ。そんなプライベートな情報」

「あら頑な」

「それが普通です。親友ですから」


 ――PTチャット――

 ハチヤ:おーい、コルム。

 コルム:あ、ごめんごめん。見逃してた。なに?

 ハチヤ:これからの行動方針としてさ、積極的に身隠しの薬を使おうって話なんだ。

 アール:わざわざサリュがくれたんだからな。

 コルム:うんわかった。んで?

 ハチヤ:さっきエジムンドさんを尾行してみたらさ、下の階に向かったんだ。

 コルム:3階に執事室があるっていってたっけ。そこじゃないと。

 アール:食事の支度か女主人のところだろう。む、マヤくんがお腹が減ったと言っているが。

 ハチヤ:うん黙らしといて。んでだな。エジムンドさんの迎えは順番に来ると思うんだ。

 コルム:2階のアール(東端)、オレたち(西端)、ハチヤ(3階)ってことかな。

 ハチヤ:たぶん。で、歩く速度を考えると、3階の俺が探索に行って戻ってくるぐらいはできると思うんだ。階段をうまく使って行ってこようかと。

 アール:イチカくんは置いておくと。

 ハチヤ:まあ……危ないし……。ぶっちゃけ何するかわからないし……。

 アール:館内の地理は把握してるのか?

 ハチヤ:階段が東西両端にあることはわかった。エジムンドさんの行動さえ察知できればやれると思う。足音が聞こえたら教えてくれ。

 コルム:オッケー。

 アール:任せろ。


 ~~~~~アール~~~~~


 チャットを終え、るいはふうっと息を吐いた。

 普段は冴えない自分が、ゲームの中で変わっていくのに気付く。実際にこういう状況に陥ったらガタガタ震えて何もできないだろうに、このアールという女の子は、置かれた状況に興奮している。

 ミシミシと軋む家鳴りの音、吹き荒ぶ風と雪、どこかのドアを閉める音。暗闇の中から冒険者たちを見つめる目――それこそが自分の戦場だという風に密かににやける、ちょっとこじらせちゃった感じの女の子。これぞまさにヒロインだろうと、淡い変身願望を重ねる。


「アール。大丈夫かー? 眠いのかー?」

 ベッドに座っていたアールの膝を、マヤがぽんぽんと叩いてくる。


「……ん? ああ、じっとしてたからか。ありがとうマヤ。でも大丈夫。眠くはないよ」

「ふん、マヤ様はお優しい方なのだ。貴様のような庶民が寝落ちしてモンスターに襲われないよう気遣ってらっしゃるのだ。ありがたく思え」

 自分の事のように誇らしげなバランタイン。

「庶民て」 

「こら!!」

 マヤがバランタインを叱りつける。  

「ダメでしょ!! しょ、初対面の人に、し、失礼なこと言って!!」

「ははあっ、申し訳ございませんマヤ様!!」

 突然怒られ、バランタインは慌てて片膝を突く。

「めっ!!」とマヤが追い打ちをかける一連の流れがとてもユーモラスで、アールは思わず笑ってしまった。

「ふふっ、なんだか女王様とその騎士みたいだな」

 笑われた意味がわからず「んー?」と小首をかしげるマヤ。

 主従関係を肯定されたことが嬉しくて「わはははは、そうだろうそうだろう!!」と得意げに高笑いをあげるバランタイン。


 小さなコンビの軽妙なやり取りは、長年連れ添って来た熟練さを感じさせる。

 蜂屋の言ってたことは本当なのかもしれない。このやり取りは、本気で中に人がいなければ実現できない。この光景を失うぐらいなら、たしかになんでもやろうっていう気になるかもしれない。


「マヤは偉いな。ちゃんと悪いことを悪いと叱ることができて」

 マヤとの会話が楽しくなってきて、少し水を向けてみる。

「なかなかできることじゃないよ。中学生でも。たぶん大人でも」


「おぃによく叱られるから……。真似したの……」

 途端にうつむういていじいじとし出すマヤ。

「おまえ寝落ちするから毛布かけろとか、好き嫌いするな野菜食えとか、魚食えとか学校行けとか……」

「……学校、行ってないのか?」

「う、うん。だってすぐに気分悪くなるし……行っても友達いないからつまらないし……」

「……まだ、具合がよくない?」

「かなりいいんだけど、まだ病院行ってる……」

 小学校の時、蜂屋と涙は同じクラスだった。だから、蜂屋が入院している妹の面倒を見るために毎日病院通いしてることは知っていた。

 頻度が短くなって、ふたりともこうしてゲームなんかしていて、常に元気に大騒ぎしてるから、てっきり治ったと思っていたのだが……。    


「ヤサシイムスメ……」

「ありがとう。ママ」

 首筋に絡みつくママの腕を撫でる。


 復活したマヤは、ぱっと顔を上げると、

「でもね。今は病院も週1回でいいし、平気なの!!」

 希望に満ち満ちた声を出した。

「毎日ゲームやって、みんなと遊ぶの!!」

「……はは、毎日はどうなんだろうなあ」

 声が引きつる。


 毎日学校も行かずにゲーム三昧とか、ちょっと将来が心配になる。

(でも、幸助くんだったらちゃんとしてあげられるかな……)

 2人の実生活を想像して、きちんとお兄さんをしている幸助の姿を勝手に思い描くと、自然と笑みがこぼれた。


 ――ギシリ。


 遠くから、誰かの足音が近づいてきた。

 はっとして、チャット画面のログを見た。


――PTチャット――

 ハチヤ:じゃあ探索してきまー。

 コルム:行ってらー。


 5分前の出来事だ。どこまで行ったかわからない。戻れる距離であればいいのだが……。

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