「暴れル」
~~~ジェイク~~~
大暴れする世界喰らいの攻撃は、速く重い。まともにくらえば、FLC一強固な物理耐性を誇る聖騎士でも、即座にHPを削り切られる。つまりまともに受けないこと、受けたとしても真正面から受けない技術が必要となる。
受け流しは、FLCの盾術の基本にして極意だ。彼我の位置や距離関係を意識し、タイミングよくコマンド入力することで、被ダメージを極限まで減衰させることができる。受け流されたモンスターは怒り、さらにヘイトを上昇させる。
必然、敵の攻撃を受け止めターゲットを引きつける盾役は、受け流しの成功率をもって実力を判断される。それはよくパーリング・サクセス・レート(PASR)という数字で表される。
ジェイクのPASRはゲーム開始期より9割5分を下回ったことがない。100回攻撃を食らったとして、5回しか直撃をもらわない。妖精たちの迷惑スキル発動によるトレインに襲われたり、突如周囲を敵に取り囲まれたりといった不測の出来事の多いFLCにおいて、これは驚異的な数字だ。
ジェイクを操るハンドルネーム「ジェイク卿」はオタクな見た目の通り、運動にはまったく縁がない人生を送って来た。学校の持久走は毎回最下位。止まっているサッカーボールを蹴り損ねて転んだり、キャッチボールの球を顔面で受けるというギャグのような行為を繰り返し生きてきた。
運動に対する恐れや苦手意識が骨の髄まで染みついている。自分の生身の肉体ほど信用できないものはこの世にないとすら思っている。
だがFLCでは違う。ゲームの世界での彼は超人だ。思った通りに体が動く。正確に、迅速に。持ち前の驚異的な集中力がまた、そこに拍車をかけた。
4年間、盾役として前線に立ち続けた。強力な攻撃力を持つモンスターや、目にも留まらぬ早業を仕掛けてくるモンスターと幾たびも対峙してきた。多対一の経験も無数にある。
実力は信用を生み、彼の周りには人が集まった。
ギルド「カンプナトゥ旅団」は彼をリーダーとしたガチガチの戦闘系ギルドだ。
サンドラ湖底の深淵に棲む巨大魚。マルス砂漠の遺跡に棲む双頭の巨大蠍。パリンサック塔に棲む巨大竜――。
数多の難敵を葬って来た。サービス終了に伴い、もう半年もすれば離れ離れになる仲間たちと。
「よりによって、伝説の世界喰らいとの戦いが公式で生配信されるとはな……くくくくく、ちょうどよい!! ちょうどよいではないか!! 拙者らの実力を存分に見せつけてくれる!! 主役はハチヤ殿ではなく、拙者らだ!!」
直接の戦闘経験こそないが、音に聞こえた世界喰らいとの対戦だ。自分たちの名を売る絶好の機会を逃す手はないと、ジェイクは武者震いに震えた。
「マイロード!! 左です!!」
「うむ!!」
「次は右下方からです!!」
「なんの!!」
「マイロード!! お見事です!!」
ごつい金属甲冑で頭から爪先まで身を固めた妖精・トトコちゃんが声援とともに軽い回復魔法を唱えてくれる。
凄まじい集中力で世界喰らいの連続攻撃を受け流し続けるジェイクだが、被ダメージはどんどん蓄積していく。
――ちい、威力が強すぎるでござるな。
受け流す合間に強力な斬撃を繰り出す。過度にトトコちゃんにヘイトがいかないように、擦り減ったHPは極力自身の回復魔法で大きく回復する。非の打ちどころのないメイン盾の戦い方だが、消耗具合が並のモンスターを相手にした時とは全然違う。
他からの援護なしでは、そう長くは保たない。
「――おうおっさん!! い~い戦い方するじゃねえか!!」
そう言いながら隣に並んだのは獣人族のイチカだ。オフ会でも話題になった自我を持ったモンスター、鎧喰らいのブロミーも連れている。
「誰がおっさんか!! 拙者はまだ24歳でござる!!」
「うっそだろ……!? あのチャラ男と同じ歳……!?」
「絶句するのをやめるでござる!! 拙者はぴちぴちの……」
――グルォラアアァアアアア!!
「マイロード!! 後ろです!!」
トトコちゃんが危険を告げてくる。
青と黒が入り混じったような光の集中線が、ジェイクの後方に──おそらくは世界喰らいの体に集まっている。特殊技発動のエフェクトだ。
――突進? いや、違うでござるな……。
突進時のエフェクトは黒だった。
黒は闇を司る色。青は水や空。世界喰らい自体が闇の属性。ということは――。
ズドォンッ。
強く重く、踏み込むような音──。
「上かっ!!」
後ろも見ずに横へ跳んだ。
意外な身軽さで宙を舞った世界喰らいが、圧倒的な自重を武器にしての踏みつけ攻撃を行って来た。さっきまでジェイクがいたところに、クレーターのような深い穴が空く。
「重踏みつけか。危ないところでござった……」
ダメージの大きさはもちろんだが、直撃をもらえば気絶状態になってしまう。1分から30秒の間無防備になり、すべての被ダメージが倍になるところだった。
ひゅう。
イチカが口笛を吹いた。そのまま世界喰らいに攻撃しようとするのを、サーディンが全力で止めた。
「ちょちょちょ……!! ダメだってイッチーちゃん!! オレらにはオレらの役割があるんだから!!」
「ああ? なんでだよ。こんな強そうなやつ目の前にして逃げるとかあり得ねえだろ」
ちっちっち。
サーディンは人差し指をゆらゆら振った。
「こいつは一騎打ちだ。男の戦いに横やり入れんのは野暮ってもんだぜ?」
「一騎打ち……そうか、一騎打ちか――」
男らしいフレーズを聞いて、イチカははっと打たれたような表情になった。
「そうか。悪いことしたなおっさん。続けてくれ」
「だからおっさんでは……」
「でもおっさんが死んだら次オレな?」
まったく物怖じしない口調のイチカに、ジェイクは笑ってしまった。
「……ふん。抜かしよる。これしきの敵におくれをとるような拙者ではないわ。永遠にそなたの出番は回ってこぬぞ?」
「言うじゃねえか。だったら次はおっさんと戦うだけだ。約束だぜ? 楽しみにしてるかんな」
小さな男の子のように快活に笑うイチカを見送りながら、ジェイクは束の間、懐かしい思いに浸っていた。
(拙者らも昔、あんなやりとりをしていたでござるな……)
強敵に挑み無残に打ち砕かれても、そのことが逆に面白くて笑っていたあの頃。イノセントな記憶。
――「……ダメだ。あいつ、強すぎでござる」
――「無理無理。無理ゲー」
――「いやおまえら弱カスくんたちには無理かもしれんけど、オレならいけるぜ?」
――「じゃあおまえがやってみろよ!!」「でござる!!」
そのほとんどはゲームをやめ、今では連絡もとれなくなっているけれど、もしかしたら今日、この生配信を見ていてくれるかもしれない。
「――拙者はひとりではない。散っていった仲間たちのためにも、彼らの思いに報いるためにも、ここで負けるわけにはいかんのだ」
気合を入れ、世界喰らいに向き直った。
同時に、鋭い牙が上からきた。
迷わず盾を跳ね上げる。
ガツンという手ごたえ――一瞬だけ、黒と赤の集中線が見えた。
「ぬうっ!?」
やばいと思ったが、もう遅い。
牙と牙の間から大量の粘性のある液体が流れ落ちてきた。盾にかかり、「じゅうっ」と溶けるような音をたてる――溶けるような――溶けるような……?
「盾が……溶けるだと!?」
愛用のヒーターシールドから煙が上がっている。粘つく溶解液が、ヒーターシールドの金属部分を溶かしている。
喰らい系のモンスター特有の攻撃だ。鎧喰らいなら鎧を、世界喰らいなら……。
――世界を、つまりなんでも溶かす?
ぞわり、背筋を震えが走る。
ふと見れば、ロングソードにも溶解液が絡みつき煙を上げている、攻撃力が目に見えて減っている。
「くっ……なんということか!!」
ヒーターシールドを放棄し、アイテムパックから代わりのカイトシールドを取り出し装着した。
代わりの装備ということはつまり、属性耐性付きなどの特殊な装備を除き、ほとんどの場合低レベル帯の装備だ。つまり、単純に性能が落ちる。防御力が落ちる。
『カンプナトゥ旅団』のAチームと『ミルキークイーン』のAチームが体勢を整えてこちらに向かってきた。
「みな、気を付けるでござる!! こいつは――」
危険な能力の存在を知らせようと大声を上げかけ――ジェイクは凍り付いた。
世界喰らいが体を大きく膨らませ「溜める」動作をしている。閉ざされた口に、赤と黒の集中線が集まっている。
「まさか――装備劣化技の……範囲攻撃!?」
――ドッパアアアァンッ!!
世界喰らいの口から大量の溶解液が放出された。突然のことで、チーム全員が避けようもなく被弾した。ジェイク自身も頭から被った。
剣が、盾が、鎧が――武装を溶かされたメンバーが悲鳴を上げる。
防御力の無い盾役をペーパーナイトなんていってバカにするが、まさか強制的にその状態にさせられるとは……。
「回避盾!! 回避盾はおらぬか!? ――忍者がふたりしかいないだと!? なんで今日に限って……!!」
ジェイクは奥歯を噛み締めた。
本来なら、状態異常系の特殊攻撃を得意とする相手に対するのは回避能力に長けた忍者の役割だ。聖騎士とは違い、相手の攻撃を避けることでターゲットを維持する盾役だ。
いないわけではない。事実、カンプナトゥ旅団にも忍者は複数いるし、ジェイク自身だって忍者になることは出来る。
だが、自分の雄姿が公式で配信されるということで、みんなガッツリ目立つ武装の出来るごつごつ系の盾職を選択していた。
「おぬしら目立とうとしすぎなんでござる!! なんで忍者がふたりしかいないんでござるか!!」
「ジェイクさんも人のこと言えねーって!! 自分だって忍者出来るくせに聖騎士じゃんか!!」
「せっ、拙者は純粋に勝率を考えてでござるなあ……!!」
「ジェイクさん後ろ!!」
「――ぬうああああっ!?」
「リーダー!?」
「ジェイクさーん!!」
手持ちのすべての武装を溶解されたジェイクが世界喰らいの猛攻の前に成すすべなく戦闘不能に陥ると、途端にヘイトが不安定になった。
すぐに他の者が盾役を買って出るが、盾技が使えず鎧もない裸同然なので、一発一発の被ダメージが恐ろしく高い。その盾役を回復することで今度は回復役のヘイトが高まり狙われることになる。世界喰らいの矛先は揺れに揺れ――戦列が崩れ――戦闘不能者が続出する。
戦闘不能から回復した者は一定時間衰弱状態になる。HPやMPが10分の1まで減少し、とても戦闘には復帰出来ない。
ジェイクもすぐさま復活させてもらったが、指揮することしか出来ないでいる。
「回避盾で時間を稼いでいる間に『ドグラマグラ特攻隊』と『死神の手』で状況を整え、ピンポンするでござる!! 『りる☆りら楽団』及び『ポイズンフィッシュ』はそのサポートに当たれ!! 戦闘不能者が衰弱状態から回復するまで持ちこたえるでござる!! 盾チームの生き残りは別個にまとまり装備をかき集め、とにかく盾役に集中して装備させて新たなチームを作るでござる!!」
ピンポン、というのは強力な魔法や遠隔攻撃を当ててモンスターのヘイトを一気に高めるという行為を交互に繰り返し、2点間でピンポンのようにモンスターをやり取りする技術だ。
遠隔攻撃者/術者が直接被害に晒されるため、かなり難度の高い技術だが……。
「やるしかない……でござるな」
ジェイクは歯噛みした。
「──回頭したぞー!! ハチヤたちのほうに向かってるぞ!!」
イベントでポップしたモンスターは、イベントの主役を狙うよう調整されている。他へのヘイトが低くなれば、自然、ハチヤたちが危険に晒される。
「行かすなでござる!! タゲを維持!!」
「でももうMPが……!!」
「代わりの装備なんてもうないぞ!!」
回避盾役の忍者がふたり、慌てて世界喰らいの前に立つ。
「おわっ!! なんだこいつ!! でかいくせに速すぎるって!!」
「バカ!! 避けろって!! 回避盾がなに直撃もらってんだよ!!」
「おいおまえ……迷惑スキル……っ」
「やべえあいつ、極限状況強制転移持ちじゃねえか!!」
「退避!! 退避ー!!」
プレイヤーのHPが一定値を下回ると半径6キャラ分の範囲内にいるPTメンバーごと強制転移させる「極限状況強制転移」。別名「PTブレイカー」が発動した。忍者がひとりと重戦士がふたり、僧侶がふたり、いきなりエリア外にぶっ飛んだ。
「――ざっけんなよオレひとりかよー!!」
残った方の忍者が悲鳴を上げる。自分ひとりしか回避盾がいないというプレッシャーと、世界喰らいと対しているという重圧が動きを鈍らせ、次々と被弾していく。
「えいくそ!! 誰か!! ――誰かおらんのか!!」
焦れて大声を上げるジェイクの傍を、のそりと大きな影が通り過ぎた。
~~~イチカ~~~
「――へっ、なんだよおっさん!! 結局やられてんじゃねえか!!」
戦闘不能状態のジェイクの傍を、ブロミーの上にあぐらをかいたイチカが通り過ぎる。
「ってことは満を持してオレらの出番ってことだな!! なあブロミー!!」
心底嬉しそうに、ぴしゃぴしゃ、平手でブロミーを叩いた。
「う、うん!! そうだねお姉さん!!」
「びびった声出してんじゃねえぞブロミー!! 丹田に気ぃ入れろい!!」
「ん? うん? 丹田?」
「あー……まあおまにはなさそうだな……あれだ。どっか体の中心に力入れろってことだよ」
「う、うん!! わかった!!」
「よっしゃ!! いい返事だ!!」
ブロミーを拳でゴツンと叩くと、イチカはひらり、宙を舞った。
「行くぞおらあああああ!! 『天空翔破』!!」
イチカの体を気が覆う。ライダーキックのような跳び蹴り技だ。
ズドンッ。
イチカの足裏が世界喰らいに命中し、重い音を発する。
「な、なんだこいつ……?」
「なにをいきなり飛び込んで来て……うおっ!? 鎧喰らいのご主人か!?」
イチカは周囲の声を無視し、着地すると同時に連続攻撃を繰り出した。
右の順突き、左の逆突き、右の中段回し蹴り。腰の入った強烈なコンビネーションをヒットさせる。
「ちっ……こっち向きやがれ!!」
しかしヘイトが足りない。世界喰らいはこちらを向かず、あくまでハチヤのほうに向かおうとする。
「させないよ!!」
その前に立ちはだかったのはブロミーだ。小山のような体を膨らませ、威嚇する。
――ググルァアアアッ!!
世界喰らいは迷いなく、牙をブロミーの体に突き立てた。
「……ううううううっ!?」
「ブロミー!?」
ダメージの大きさに悲鳴をあげるブロミー。粘性のある鎧喰らいの表皮が、世界喰らいの溶解液で溶かされている。防御力が減り、被ダメージが増える。
「ま……ける……もんかあっ!!」
ブロミーは構わず触手を繰り出した。溶解能力のある先端で攻撃し、世界喰らいの装甲を溶かしていく。
防御力の下げ合い。モンスターの格としても、まるでお話にならないが……。
「――いまだ!! お姉さん!!」
「よっしゃ!! よくやったブロミー!!」
防御力の下がった世界喰らいに、イチカが再び連続攻撃を当てる。先ほどとは威力が違う。ヘイトの乗りが違う。
――ウウルゥウウウッ!?
ようやく世界喰らいの矛先が変わった時には、ブロミーのHPはほとんどからっぽになっていた。
「おまえはよくやったぞ!! 下がってろ、ブロミー!!」
「う、うん……お姉さん。あとは任せたよ……?」
しおしおと体を小さくすぼめ、人間大にまで縮んだブロミーを、他のメンバーたちが介抱する。
「すげえなおまえ!! よくやったよ!!」
「すげえすげえ!! マジでモンスターが味方してくれたよ!!」
「いかん!! なんかオレ超感動してる!!」
「わたしもうスクショ撮った!!」
わいわいとねぎらいの声をかけている。
「……ふん、おまえの相手はこのオレだぜ?」
睥睨する世界喰らいに中指を立て、イチカは凄んだ。
「ちょちょちょ、ちょっとイッチーちゃん!! どうするつもりなんだよ!?」
隣に立ったサーディンが、慌てた様子で告げる。
「無理だって!! ジェイク卿にも無理だったってのに!! 闘女が何をするつもりなんだよ!!」
「躱す」
「はあ!?」
「回避盾ってんだろ? それやるよ。全部躱しゃあ負けはない」
「いやいやいやいや、何言ってんの!! 本職忍者だって無理なのに……!! ってうおおお!?」
ふたりの間を引き裂くように、世界喰らいの攻撃が降って来た。
イチカは軽やかに後方へ跳び退り、左半身になって身構えた。
にっ……と不敵に笑う。
「……ただ回避するだけってのはつまんねえな。全部躱して、全部当てる。ぶっ殺す――」
「うっそだろお……?」




