「挙式すル」
~~~ハチヤ~~~
名もなき小さな教会。
それは王都近郊のローラナ山中にある。
モンスターのレベルが低く数が少なく、レベル上げには向かないが、とある重要イベントの舞台となっているため、訪れる人は後を絶たない。
結婚イベント。
他の多くのオンラインゲームにおいても、そして人生においてだってそうであるように、FLCにおいても重要なウエイトを占めるイベントだ。
気の合った男女が、時に同性が、結婚の契約を交わし指輪を交換する。
おまえのものは俺のもの、俺のものはおまえのもの。結婚したふたりはアイテム欄と資金を共有し、この世のどこにいても会話を交わせるようになる。PTを組んでいる時は互いに能力が向上し、特殊技が使えるようになる。
ゲームの特性上、プレイヤー同士だけじゃなく妖精とも結婚できるようになっている。アイテム欄や会話に関する優越はないが、能力向上や特殊技に関しては、プレイヤー同士のそれより使用頻度が高い分、意味合いが増す。そのせいか、むしろプレイヤー同士よりもプレイヤーと妖精とのカップルのほうを多く見る。
だけど俺とルルは結婚していなかった。
能力的な側面はさておいて、恥ずかしかったのだ。
自分の創り出した存在と結婚するという痛々しさが先に立った。
今となってはその考え方すらも、ルルを傷つけていた遠因なのかもしれないけども。ともかくふんぎりがつかなかった。
「まさかその俺が……なあ」
純白のスーツ姿になった自分を見下ろし、俺はしみじみとつぶやいた。
結婚イベント用のウエディングスーツだ。この前のオフ会で知り合った職人さんから作ってもらったものだ。
ちなみにその人は俺の分だけじゃなく、アールとコルムの分も作ってくれた。1着でもけっこういい値段するはずなのに3着無償で。「職人としてのアピール」なのか「ただのご祝儀」なのかはわからないが、ともかくありがたい話だ。
「……ふん、なかなか似合ってるじゃないか。馬子にも衣裳というべきか……まあまあ、悪くはないな」
アールがいかにもツンデレっぽく、頬を染めながら褒めてくれた。
「サンキュ。おまえも似合ってる。可愛いよ。アール」
ぼん、アールの顔から蒸気が噴き出た。
「か、可愛いだと……!? き、き、き、キミ……!! そんな言葉をレディ相手に軽々しく扱うもんじゃないぞ……!? ぼ、ボクだってレディの端くれではあるわけだし……!! そ、その!! か、勘違い……しちゃうじゃないか……。これはあくまでクエストなんだからな……。ルルくんのためなんだから……。他意はないんだから……」
ぶつぶつぶつぶつ、アールは恥じらい消え入りそうにつぶやいた。
彼女が着ているのは、ウエディングドレスと聞いて一般的にイメージするようなひらひらしたロングスカートタイプではなく、ヒップラインのよくわかるショートパンツタイプだ。兎耳族特有の丸い尻尾が強調される作りになってて、すごくいい。同じく職人さんに作ってもらったリラのコサージュも、兎耳に映えててすごくいい。わかっておるな、おぬし、という感じ。
うむうむ。うむうむ。
腕組みしてうなずく俺に、どん、コルムが肩をぶつけてきた。
「……なーにをエッチな妄想してんのよ?」
「え、なにおまえエスパーなの!?」
「……やっぱりか」
じと目でにらみつけてくるコルムは、これはもう男性キャラなのでどうしようもなく、ウェディングスーツを着ていた。傍から見れば、俺かコルムがアールを取り合っているようにしか見えまい。
「……お、おまえも似合ってるぜ? 可愛い……よ?」
「――殺す」
リアルで拳を握った音が聞こえてきて、俺はあわててコルムから遠ざかった。
「だ、だってしょうがないじゃんか。おまえが性別男を選ぶから悪いんだろ!? 俺だって男キャラと結婚したくなんかないわ!!」
「それこそしょうがないでしょうが!! むう……なぁんで男性キャラはウェディングドレス着れない設定になってるのかなあ!?」
「そりゃあもう……考えるまでもないだろうよ……」
むくつけき男のウェディングドレス姿なんて、誰も見たくないからだ。
「へいへいへーい!! ハチヤくーん!! おっ元気ー!?」
やたらハイテンションで声をかけてきたのは、小人族のバロンウッドを操る刹那ほたるさんだ。職業は万能の魔法使いである司祭。魔法に長けた小人族らしい選択だが……。
意外だったのはバロンウッドが男キャラだったことだ。男……というか老人キャラ。真っ白ふさふさな髪と髭に、顔面から下半身までを覆われている。何をしても地肌が見えない。さながら動くモップみたい。
一方、妖精であるセイクリッド様は黒髪のクール系執事みたいなキャラで、こっちはイメージ通りなんだが……。
「刹那さん……まさかの老人キャラなんすか……」
「老害キャラじゃよー!! ひゃっはー!! 姉ちゃんええケツしとるのうー!!」
アールの尻を触りゴムまりのように弾んで逃げていくバロンウッドを、セイクリッド様が「……仕方ないですねえ、老害は」と舌打ちしながら捕まえ、襟首を掴んで猫みたいに確保した。
「ごめんよー、セイクリッド~。老い先短い老人の楽しみなんじゃよ~」
「……ちっ」
忌々しげに舌打ちするセイクリッド様。
花の乙女の4年間を捧げたというだけあって、実に年季のいったやり取りだ。
しかし暴走エロ老人×クール系執事か……。美少女キャラ×クール系執事でないところになんというか、闇みたいなものを感じるのだが……。あれか? 深く踏み込まないほうがいいやつか?
「やーやーやー。モテモテだねハチヤくん」
セイクリッド様に捕獲されたままの格好でバロンウッド。
「兎耳ボクっ娘と年上のあんちゃん系男子を侍らせるなんて」
「……そのフレーズに違和感を感じてないのが地味にすごいっすね」
侍らせる云々に関しては弁解しない。この状況はどう見てもそうとしか見えないからな。
「……私も忘れないでほしいわね」
ポワン。パツッ。パツッ。
泡が生じ弾けるようなエフェクトとともに、一匹の妖精が姿を現した。
宝石みたいにきらきら光を反射する橙色の瞳、風になびく桃色の長髪、頭にちょことんと王冠を載せ、ピンクホワイトのロングドレスに身を包んでいる。
チャコは、FLC公式が用意したガイド妖精だ。プレイヤーキャラクターというよりもNPCに近い役割で、とーこが操作し、そのまま声を当てている。
「……私だって、本来ならそこにいるはずの人間なんだから」
自分が俺との結婚イベントに参加できないことを不満そうに腕組みしている。
「おいとーこ。キャラキャラっ」
俺は慌ててつっこみを入れた。
チャコはアードバトンの娘で、元気溌剌しっかり者の妖精姫という設定になっている。そんな態度はとらない。あと、公式の妖精がプレイヤーと結婚はしない。
「……なんだか仲間外れみたい」
公私混同の狭間でぷうと頬を膨らませたチャコは、まっすぐ飛び上がると、空からフィールドに集まったプレイヤーたちに呼びかけた。
プレイヤーたち――この前のオフ会で正式に結成される運びとなった新ギルド「ヒーローズユニオン」の面々だ。
新ギルドとはいってもあくまで寄り合い所帯だ。普段から行動を共にするわけではなく、所属元のギルドや個人の活動には負担をかけない範囲で、こうして公式のイベントを戦う必要がある時だけに召集される、イベント専用ギルドなのだ。
リーダーはジェイク卿、サブリーダーは刹那ほたるさん。以下60名の猛者たち。みんな今夜が初陣ということで気合が入っていてる。
「やー!! みんな、ようこそようこそー!!」
チャコはぱっと両手を広げ、きらきら笑顔を浮かべ、ロリボイスを全開にした。
「良き晴れの日!! 良き風の日!! 遠路はるばるご臨席していただき、まことにありがとうございます!! 本日の結婚イベントの主役はこの人、ハチヤくんです!! お相手は兎耳族のアールさんと丸耳族のコルムくん!! なんでふたりなの? とか、なんで片方が男性なの? とか色々疑問は尽きませんが――」
「むしろそれがいい!!」と誰かが茶々を入れるのに、プレイヤーたちがどっと沸く。
「訓練されたマゾっ子のみなさんは先刻ご存知でしょうが、このイベントは少々特殊でございまして――」
台本を用意してるのだろう。チャコはスムーズに説明していく。
フィールド入り口からスタートし、最奥の教会内の「宣誓書」にふたりのプレイヤーが名前を記載し、宣誓する。それが結婚イベントの終了条件なのだが、そこに至るまでが「少々」特殊だ。
まずフィールドが縦に長い。スタート地点から教会まで作物の実っていない畑が続いていて、遮蔽物が一切ないところを走破しなければならない。
フィールド固定のモンスターは弱いのでそれ自体はいいのだが、問題はイベントを発生させた直後、スタート地点にイベント用モンスターがポップすることだ。そのモンスターを倒すか、攻撃を躱しながら宣誓するのが基本路線だが……。
このモンスターがランダムなのだ。FLCに登場するモンスターのどれかが完全にランダムにポップする。餅丸みたいな雑魚であればいいが、ゴルガリの魔塊クラスのレジェンドモンスターだと、個人ではとても手におえない。
今日はわざわざ公式が整えてくれた場なので、相当派手なのが出現することが予想される。
俺はフィールドを見渡した。
抜けるような青空の下、ヒーローズユニオンの仲間たちが剣を構え槍をかい込み、杖を携えて強化魔法をかけ合い、その時を待っている。かつてない規模の集団戦と、何が出てくるかわからない緊張感に、みんな昂ぶり、盛り上がっている。
彼ら/彼女らの援護のもと、俺たちはゴールを目指すわけだ。
コルムかアール。ふたりのうちどちらか。どちらでも上手い位置取りが出来た方と。ようは早い者勝ちだ。
「ボク……がんばるよっ」
アールは拳を握りしめ、
「……」
コルムは無言で腕組み。じっと教会を見つめている。
このイベントの成否がイコールというわけではないのだが、ふたりとも非常に気合が入っている。
俺だって気合が入っていないわけじゃない。烏塚恭二との約束では、今日のこのイベントを成功させれば、ルルの記憶を戻してくれる手はずになっている。
――また、ルルに会える。
「んん~? どうしたの? あるじ様~?」
俺の視線に気づいたルルが小首を傾げる。
ウエディングスーツを着ていることへのツッコミも嫉妬もない、そのことが純粋に悲しい。
「なんでもねえよ。……ま、がんばろうぜ」
「うん!! がんばろ~!!」
「ではハチヤくん。元気よく行ってみよーっ!!」
チャコの台詞とともに、空中にクエストボードが現れた。
クエスト名:「誓いの儀式」
内容:愛するプレイヤーとともに、教会内の宣誓書にサインし、宣誓すること。
報酬:永遠の愛。
……報酬を考えたやつ。ちょっと来い。
恥ずか死にしそうになりながら、俺はクエストを受諾した。
……ポウ。
遠く離れた畑の真ん中に、突如、蛍光紫の巨大な六芒星が出現した。
「何が出るかな♪ 何が出るかな♪」
お昼の番組で特大のサイコロを振る時のような独特の節回しで歌い出したチャコに、プレイヤーたちが唱和する。
『何が出るかな♪ 何が出るかな♪』
六芒星は輝きを強め、天をつくような紫色の光の柱が屹立する。
「レジェンド級はダメダメ♪」
『レジェンド級はダメダ……』
盛り上がっていたお祭り気分のプレイヤーたちが一斉に凍り付いた。
――俺は見た。
六芒星からのそりと這い出た「そいつ」の姿を。
小山ほどの大きさの毛むくじゃらの球体。
目が無い。
耳も鼻も手も足もついてない。
無数の牙を持つ巨大な「口」のみがついている。
「わ――」
この世の生まれた時から存在し、一切の感覚器官を持たず、飢えのみにて喰らい進む化け物。
村をひと呑みにし、街を喰らい、国すらも齧りとるとされる化け物。
巨体に似合わないスピードと圧倒的な攻撃力で、数多のプレイヤーを葬り去ってきた化け物。
最強にして最恐の化け物。
いわく、出会った瞬間に死亡確定。
いわく、完全な設計ミス。
いわく、テストプレイぐらいしろよ。
いわく、まあ、FLCだしな……(諦観)。
「世界喰らいじゃねえか!!」
俺は全力で叫んだ。叫びながら横っ飛びにアールとコルムを抱きかかえて転がった。
さっきまで俺たちがいたところを、世界喰らいが駆け抜けた。手足がないので、巨体を滑らすように移動してる。それなのに驚くほど速い──。
「うわー!?」
「ぐあっ!?」
ふたり。レベルカンストしている熟練冒険者がひと呑みに呑まれた。
もぐもぐ咀嚼されたのちペッと弾き出された。HPはともに0。戦闘不能。
「マジか……」
「一撃だぞ……」
誰かが呆然とつぶやく。
戦慄と動揺が拡がる。
「皆の衆!! 落ち着くでござるー!!」
大声で呼ばわったのはジェイク卿のキャラだ。長耳族の聖騎士で、その名もジェイク。白銀の鎧に身を包み巨大な盾と長大な剣を携えた、いかにもメイン盾な感じの人。
「『カンプナトゥ旅団』Aチームは速やかに戦線を構築!! BチームはAチームの補助をしつつ、世界喰らいの動線を作り誘導せよ!! 彼奴のダッシュ攻撃は即死技だから気を付けろ!! Cチームは『ミルキークイーン』Bチームと合流、戦線を魔法で援護せよ!! ミルキークイーンAチームはカンプナトゥ旅団Aチームと2ローテーションで戦線の維持!! 動線が完成次第、カンプナトゥ旅団Bチームも含め3ローテーションで時計回りに回せ!! とにかく戦列に穴を開けるな!! 『ドグラマグラ特攻隊』及び『死神の手』はヘイト管理を厳にしつつ、動線の完成に協力せよ!! 遠隔攻撃および大魔法で世界喰らいのHPを削れ!! 『りる☆りら楽団』Aチーム及びBチームは二手にわかれ、唱える者たちのMP回復に努めよ!! 『ポイズンフィッシュ』は戦闘不能者の速やかな復活、及びすべての不測の事態に備え対応せよ!! 本作戦は以後、『ローリングクレイドル』と呼称する!! ――各自奮励努力せよ!!」
素早く的確な指示のもと、みな一斉に動き出す。とはいえ、すぐに戦線が整うわけじゃない。それまでにあと何人やられるか……。
暗い気持ちになっていると、ジェイクはごろごろと暴れまわる世界喰らいの正面に立ちはだかり、恐れる様子もなくまっすぐに剣先を突きつけ宣言した。
「――それまでの間、貴様の相手は拙者が務める」
――か……かっけえええー!!
「なんだあの人、めっちゃかっこいい!! 正直あり得ないかっこよさ!! どこの主人公だよ!! 男だけど惚れるわ!! ファンになるわ!!」
盛り上がる俺。
オタクの見本みたいな中の人の存在を忘れるほど、気合の入ったロールプレイだった。
「あー……うん、そうだね……かっこいいね……」
「まあ……それでいいと思ったらいいんじゃない? あんた的にはね」
やたら温度差のあるアールとコルム。
「なんでだよ!! かっこよかっただろジェイク卿!! あれこそ男のロールプレイだよ!!」
「ハチヤはああいうの好きなんだな……うん、学習した」
「やめろよ!! 勉強とかすんなよ!! 俺のこと面倒なやつみたいに扱うなよ!!」
「オレらへの指示だけ適当だったような……」
ごわごわ蠢くブロミーの上で仁王立ちしているイチカが首を傾げる。
「正解だよイッチーちゃん。オレら『ポイズンフィッシュ』は独立愚連隊だからさ。でっかい歯車の中では動きづらいっていうか、自分らの判断で勝手にやれって言われたほうが活躍しやすいんだ」
「独立愚連隊か……ふうーん……」
サーディンの説明に、イチカはまんざらでもない顔をした。
「つーか、いつの間におめえはうちらのギルドに参加してんだよ」
「仲間にした覚えはねーんだけどなー」
「オレだってねえっつの!! こいつが勝手にPTに加えやがったんだよ!!」
いつの間にか新加入? していたイチカと、パナシュ、メイルーらが言い争いをしている。
「……あのふたり、上手くいってんの?」
コルムが俺の耳元で意外そうに囁く。
「ん~……とりあえずメアドは教えてやったよ。そのあとは知らねえけど、一緒にゲームぐらいはしてるみたいだ。……どうせイッチーのことだから、サーディンに上手いことノセられてんじゃねえかなあ? 独立愚連隊、なんて言葉のチョイスもそうなんだろうし。ほら、男の子ってああいうフレーズ好きじゃん? イッチーのメンタルって男の子とたいして変わらんし」
「なんか……すごくよくわかる気がするわ」
瞑目するコルム。「はは……」と力なく笑うアール。
「ま、いいさ。向こうは任せて、俺たちは逆から行くぞ?」
俺たちは別個に行動を開始した。
世界喰らいの行動範囲をフィールドの半分に固定し、お手玉のように盾を回して戦線を維持。その間に俺たちは反対側の際を走り抜ける。
単純な、でも効果的な作戦だ。
ラクシルっていう切り札もあるし、ちょっとやそっとのアクシデントだったら問題なく対応できる。
相手が世界喰らいじゃなかったらな……。




