「立ち上がル」
~~~蜂屋幸助~~~
刹那ほたるさんに促されるまま立ち上がった。
熱気を帯びた座の視線が、一気に俺に集まる。ついぞ経験したことのない緊張感に喉が渇く。膝が笑う。このまま逃げ出したくなる――。
落ち着けとでも言うかのように、サーディンが俺の尻をぽんぽん叩いた。
勇気づけようとしているのか、涙が拳を握ってぶんぶん首を縦に振った。
イッチーは興味なさげにそっぽを向いてた。
小巻は遠くで正拳を突くふりをしている――ぶちかませ、ってか。
「ご、ご紹介にあずかりました。蜂屋幸助です。えっと……今から話すのは……かなり込み入った話です。それには俺の妖精の……ルルっていうんですけど、まずそいつのことから話さなきゃなりません」
じー……刹那ほたるさんの手元にはデジタルハンディカムがある。このオフ会も、当然個人情報には配慮するにせよ、加工して動画としてアップすることになる。顔はデジタル処理するけど、俺の声が電波に乗る。想像するだけで震えがくる。
一言一言、噛みしめるように訴えた。
「……みなさんは、妖精が自我を持ったらって考えたことありますか?」
「自我?」
「なにそれ……」
つぶやきが拡がる。
はい、と刹那ほたるさんが手を挙げる。
「それはつまり、ただでさえ生きてるみたいにこやかましい妖精たちが、『本当に』生きているのではないかと考えたことがあるかという質問ですか?」
「……そうです」
ある、誰かが答えた。
「あるよ。当ったり前じゃん!!」
「あんなに高度なAI他のゲームでも見たことねえもん」
「そうそう!! この間なんかあたしのテストの予定まで把握してて」
「忠告されたけどぶっちぎって寝たやつだろ、それ」
「うっさいし!! もう!!」
「……!!」
その瞬間の感動は、いわく言い難い。
自分だけだと思ってた。自分だけが特殊で、場違いで、異端なんだと思い込んでた。勝手にどつぼに落ち込んで、恥じいってた。
みんな同じだったんだ。俺と同じ夢を見てたんだ。
伝える場がなかっただけだった。それぞれの閉ざされた世界で、同じことを思ってた。
ぶわり……、感動の塊が体の奥からせり上がってきて、一瞬言葉を失った。
「ふうー……」
落ち着くまで待って、ついでに深呼吸もして、俺は続けた。
「ルルは――本当に意志を持ってた」
嘘つきと罵られても意味不明とバカにされても構わない。
ただ――決して芯だけは揺らがないように、腹のあたりに意識を落とした。
「ある時、あいつは俺の携帯に姿を現した。自分の意志で顔を出して、いらんことまで自由にさんざんわめきたてた。ルルは生きてるんですよーって。最後に大断崖に登りましょーって。──自我を持ったあいつと、俺はいろんなところを旅した。――マダム・ラリーの館って知ってますか? あそこ、垢バンされた人の救済措置のクエストでのみ解放されるんです。――レヴンドール大森林の魔女エンジンを捕まえたことある人いますか? 伝説の魔女カイの騎馬。総ミスリル銀製だけど、見た目は可愛い女の子なんです。ついでにカイも、決して恐ろしげな魔女なんかじゃなく、金髪のロリっ子で……」
思い出は次々と口をついて出た。カイが善で、アードバトンが悪かもしれないこと。カロックの陰謀団が自警団になること。王都の地下水道の鎧喰らいが自我を持ったこと。夜会が機軍総督ギーラに襲われ、妖精貴族コデットが重傷を負って援軍を派遣できなかったこと。妖精釜の冒険。生まれたての妖精たちが絶命砲の弾丸そのもとなって撃ち出されたこと……。
「みんなみんな、あいつが教えてくれた……」
楽しいことばかりじゃなかった。悔しいことも悲しいこともたくさんあった。だけど、どれもこれも忘れることのできない、大切な思い出だ。
「そしてそれが、禍の正体です。すべての鍵を握るのは千眼であり……ルルの自我は、その戦いの中で失われた――」
『……』
みな、声もなかった。ここまでの内容は刹那ほたるさんにも知らせてなくて……だから彼女も、戸惑ったように俺を見てた。
俺はひたすら頭を下げた。
「これをまず信じてください!! その上で協力してください!! 俺とルルの4年間を取り戻すのに、どうか力を貸してください!!」
頭を下げ続けた。14年の人生の中で一番へりくだった。
だけどみんな、互いに顔を見合わせてた。微妙な空気が流れてた。
冷や汗が頬を伝う。よくない流れを感じて、俺は言葉を詰まらせた。
無理もない。
荒唐無稽な話だ。珍妙な筋書きだ。中2男子の妄想乙と言われてもしょうがない。
どうにかしなければいけないのに、どうすればいいのか見当もつかない。エンジンばかりがかかって空回りして、力の行き場がない。だから俺は頭を下げたまま、ひたすら途方に暮れていた。
「――おうおうおう!! てめえら!! なぁに景気の悪ぃ顔してやがる!!」
突然、サーディンのスマホが怒鳴り出した。
「大の大人が揃いも揃ってアホ面さげやがって!! 冒険者ってのはあれか!! てめえの仲間も信用できねえような肝っ玉の小せえ野郎ばっかしなのかよ!! 小僧っ子が頭下げてんのを無視するようなクソどもなのかよ!! 仲間の危機に拳を振り上げられないような腰抜けどもばっかしなのかよ!! だったらやめちまえ!! 冒険者なんぞと名乗るんじゃねえ!!」
液晶に姿を現したのはサーディンの妖精であるピラニアのニアだ。相変わらずグロテスクで凶暴で、歯をガチガチ鳴らして威嚇している。
「あーっと、ごめんごめん。これ、オレの妖精。ハチヤのと同じように、こいつも自我を持ってんだ。つまりルルちゃんもこんな感じになってたってこと」
軽い口調で説明すると、サーディンはスマホを持ちながら座の中を見せて歩いた。
「うわきっも……」
「でもすげえな……なにこれ、アプリ? こんなの知らないんだけど」
「いや……にしてもやたらリアルな……」
まだまだ半信半疑な人が多い中、サーディンは刹那ほたるさんのノートPCを借りて自分のアカウントでFLCにログインした。
スマホの中のニアは当然ゲーム画面の中に移り、さっきと同様に騒ぎ立てた。
「本物……みたいだな……」
「嘘でしょ……妖精が自我を持ってるって? マジで漫画じゃん」
「……でもおまえのとこあんなこと出来る? うちの妖精だってかなり喋るほうだけど、あそこまで好き勝手には喋らないよ?」
「おおおおおお……!!」
誰かが唸り声を上げた。
「──羨ましい!!」
ジェイク卿だ。最初の挨拶に失敗して以来どんよりと落ち込んでいたのだが、ニアの挙動を見ていきなり復活した。立ち上がり拳を握った。
「拙者は羨ましいでござる!! うちのトトコちゃんにも同じ機能が欲しいでござる!! 自由に会話して、いちゃいちゃしたいでござる!! なんで貴様のようなイケメンのとこに降臨して、拙者のとこへは来てくれないのでござるか!! 不公平でござる!! 不平等でござる!! 人種差別反対!!」
ジェイク卿はサーディンを憎々しげに睨み、ビシィッと指を突きつけた。
……へっ、サーディンは小馬鹿にするように笑った。片手を腰に当て、ジェイク卿を見下ろした。
「――愛が足りないんじゃないか?」
ぴしり、場の空気が凍った。
「あんたの……いや、あんた『ら』の愛が足りない。だから妖精が自我を持たない。簡単な理屈じゃん。オレたちふたり以外に見たことないんだったら、それはあんた『ら』の愛の程度が低い」
ぴしぴしぴしっ、人の形をした氷塊にヒビが入った。
――言ってはいけない言葉だった。それだけは言ってはいけない言葉だった。刹那ほたるさんいわく重度のマゾっ子たちは、成分表のほとんどを妖精への愛情によって埋められている。パラメータを極振りしている。それだけは絶対誰にも譲れない、超超デリケートな部分なのだ。
その愛を、積み重ねを疑われたら――バカにされたら――どうなる?
「オレは愛してきたぜ? そこのハチヤもそうだ。起きてる時も寝てる時も、ずっとずっとFLCのことを考えてた。サービス終了が決まってからは、最後の瞬間までどうやって過ごすか、それだけを考えてた。なのにあんたら……『いまだに』そんなとこにいるの?」
「――うっがあああああ!!」
ジェイク卿を押しのけるようにして、刹那ほたるさんが声を上げた。髪を振り乱し、顔を真っ赤にして地団太を踏む様には、さきほどまでの冷静な司会進行役の面影はない。
「てめえこのイケメン!! 言いたいこと言いやがって!! ――ああ!? 私の愛が足りない!? てめえ私の部屋見て言ってんのか!! 私がどんだけセイクリッド様にイカれてるか知って言ってんのか!! 壁と言わず床と言わず、スクショを引き延ばしたやつを張り巡らして、あげくには自作のフィギュアまで作っちゃって!! タペストリーまで作っちゃって!! 抱き枕まで作っちゃって!! ママには怒られるし!! 妹にはキモがられるし!! パパにはこっそりため息つかれるし!! ――花咲く乙女の思春期の色々を犠牲にして貢いできたんだよ!! 4年間を捧げてきたんだよ!! それをてめえ――言うに事欠いて、私の愛が足りないだあ!? っざっけんなああああああああああああああああああああ!!」
「そうだぁ!!」
誰かが叫ぶ。
「あたしの愛を、てめえごときが計ってんじゃねえ!!」
誰かが立ち上がる。
「おれの嫁になんてことを言ってくれてんだ!!」
勢いは止まらない。
次々と――立錐の余地もないほどプレイヤーたちが立ち上がり、腕まくりし、サーディンをにらみつける。罵倒する。
あわや大乱闘──の気配を読んだイッチーが好戦的な笑みを浮かべつつ前に出る……のを敏感に察したサーディンが、体を間に入れて止めた。そのまま刹那ほたるさんと真っ向から対峙する。
「……そんだけ愛が深いならさ。『自我を持った妖精』を信じられないわけがないっしょ。……なあ、ハチヤの言うこと信じてやりなよ。全部とは言わない。あんたらが一度は見た夢の分だけ信じてやりなよ。とりあえずは次のクエストを一緒に、さ。そしたら案外、セイクリッド様も自我を持つかもしんないぜ?」
「――せ……セイクリッド様が……!?」
口元に手を当て動揺する刹那ほたるさん。
サーディンが「タッチ交代」ってしぐさをした。
俺は無我夢中で声を張り上げた。
「ゲームデザイナーである烏塚恭二……さんから協力の約束を取り付けました!! 特殊クエスト……つーか、けっこう有名で、みなさんにとっては馴染みのあるやつかもしんないんすけど……!! とにかくそれを手伝ってください!! 攻略の模様は公式サイトでアップされます!! そういうのいやな人もいると思うけど、ご協力ください!! その結果、みなさんの妖精が自我を持つか持たないかまではわかりません!! 約束もできません!! でも俺は……他ならぬこの俺は……!! そうやって勝ち得た!! それだけは事実です!! だからってんじゃないけど……どうかみなさん、お願いします!!」
そこが限界だった。
自分以外の誰かがしてくれることの重さに耐えきれなくて、俺はその場に膝をついた。
知らなかった。
世の中がこんなにも温かいものだって。
こんなにも情けなくて弱っちい俺に、こんなにもたくさんの人が味方してくれるだなんて思わなかった。
だから俺は、生まれて初めて、こんなにも大勢の人の前で泣いたんだ……。
居酒屋には大人たちだけが残ってオフ会の続きをやり、俺たち子供は追い出された。
「……もう寒い時期だなあ」
9月の終わり。もう秋だ。夜になるとすっかり肌寒くて、息を吐くとほんのり白い。
照れ隠しでマフラーを深く口元に巻いて歩く俺の背中を、小巻がバシンと叩いた。
「幸助!! やったじゃん!! かっこ良かったよ!!」
「へ? へ、ウソ……ホント?」
「ホントだよ幸助くん!!」
涙は顔を真っ赤にして興奮している。
「よくあんなに大勢の前で言いたいことが言えたね!! わたしだったら絶対無理!! 緊張で心臓が止まっちゃう!!」
「サンキュ……で、でもなあ、ありゃあほとんどサーディンとニアの手柄みたいなもんだし」
あのふたりがいないと、たぶんあそこまでは綺麗にまとまらなかった。
「はあー? なぁに言ってんのおまえ?」
頭の後ろで手を組んで、呆れ顔のサーディン。
「ありゃあ純然たるおまえの手柄だよ。おまえのルルへの愛情と、今までの積み重ねが生きたんだ。そうでなきゃ、あんな面倒なやつらがすんなり言うこと聞くもんかよ」
「……にしてもおまえのは煽りすぎだけどな」
「へちゃむくれのご主人にしてはよくやったぜ!!」
これはニア。
「はっはー。そゆこと。自信持ちなあるじ様」
サーディンにがしがしと頭を撫でられ、なんというか……お世辞にしたって照れてしまう。
「ところでさ……あのコはおまえのじゃないんだろ?」
サーディンが不意に声をひそめ、耳打ちをしてきた。
「は? あのコ?」
サーディンの目線を追うと、小巻とじゃれ合う……というか組み手をしているイッチーがいた。
「──あのコのアドレス、教えてくんない?」
「え、ちょ、マジかよ……。おまえ……趣味悪くない?」
「えー、いいじゃんあのコ。いまどき見ないぜ。あんなに純粋なコ」
「純粋……純粋な格闘バカではあるけどな……。つーかおまえと何歳差だよ? 完全にロリコンじゃねえか」
「はあ? いいじゃん。今すぐどうこうってわけじゃねえし。も少ししたら合法になるし」
「も少しのスパンが数年単位なんですがそれは……」
「――おまえさあ」
ガシッ、サーディンが無理やり肩を組んできた。勢いで股間に手を伸ばしてきたので、それは全力で避けた。
「それでもオスなの? 生えてんの? こんだけ綺麗どころを周りにはべらせておいて、そんな奥手じゃ、きっと手ぇぐらいしかつないだことねえんだろ? もったいねえ」
「は、はべらせてるわけじゃねえし……!!」
……キスまではある。とは言わない。
サーディンは俺のこめかみを指でつついた。
「……あのな。言っとくが、青春なんてものすごい短い期間でしかないんだぜ? FLCみたいなもんだ。いつかみんな歳くって大人になって、つまんねえことしか言わなくなる。効率ばっか重視して、攻略法のわかるクエストしかやらなくなる。PT編成や個人のスキルばかり気にして、喜んで無茶するやつなんかいなくなる。明日のことばかり気にして、夜遅くまで話し込むやつすらいなくなる。学校? 仕事? 誰が上手い? 誰が下手? リアルが大事? ――知ってるよ、んなもん。じゃあ逆に聞くけどな。今はどうでもいいのかよ? このオレとの時間はどうでもいいのかよ? 放っておかれたやつはどうなんのよ? オレとそいつとおまえの仲は、その程度のものだったのかよ?」
「……」
「オレもそいつも、おまえと旅をしたかったんだ。おまえと話をしたかったんだ。それだけでけっこう楽しくて幸せで……他には何もいらなかった――」
それがわがままだということを、たぶんサーディンは知ってる。自分本位の意見だってことを知った上で言ってる。だからサーディンは、誰に対しても後腐れのない、戦争イベント専門の戦争屋になったのだ。サーディンのいう『やつ』も『そいつ』も、すべて『妖精』に変換できる――だからこそ、ニアは自我を持ったのだ。
コツン、俺の頭を小突くと、サーディンは言った。
「なーにを悩んでるかは察するよ。それがくだらねえ悩みだってこともな」
「……くだらなくねえよ」
「いーや、くだらねえのさ。答えは簡単なんだ。大事にするのはいつだっておまえ自身じゃねえ。この一瞬の女の子の気持ちだ」
「……だからこそだろ。慎重に……冷静に……」
「それがバカだって言ってんの。恋愛ってのは理屈じゃねえの。もっとこう、内から来るもんなんだよ。衝動的なもんなんだよ。たとえばこう――」
サーディンは「すううう……っ」と深く息を吸い込むと、手を口に当ててメガホンを作った。
――イッチーちゃああああん!! 好きだ!! 一目惚れだ!! オレとつき合ってくれええええ!!
『――!?』
突然の行動に、誰もが動きを止めた。
パナシュとメイルーが、血相変えて飛んできた。
「て、てめえこら!! バカ兄貴!!」
「何言ってんだサーディン!! あーしらというものがありながら!! なにを中学生相手に告ってんだ!!」
「――あああー!? 言っちまった!! ついつい本音が漏れた!! やっべええ!! 逃っげろおおおぉ!!」
まったく悪びれていないサーディンは、大げさな動作でたったか走り出した。
硬直しているイッチーに、「あとでメールするから、答えを聞かせてねー!!」とにこやかに手を振ることも忘れずに。
「……!!」
頬をひっぱたかれたような気持ちになった。
サーディンはたぶん、見本を見せてくれたのだ。
ほんとに好きになったなら、小難しいこと考える必要はねえって――ただただ力のかぎり、叫ぶんだって。
「幸助……? あいつ、なにあれ? 本気なの?」
「幸助くん……? サーディンさんって……柿崎さんのこと……?」
小巻と涙はひたすら戸惑っている。
「おいハチコー!! な、なんだあのチャラ男は!! あ、あ……あいつバカじゃねえのか!?」
イッチーは顔を真っ赤にして怒っている。
ポケットで携帯がぶるぶる震えた。
見ると、とーこが「用事が終わったらすぐうちに来て、ご飯作って!!」と怒りのメールを送ってきてた。
「あああああああっ……もう!! どいつもこいつもこいつもどいつも!!」
頭をかきむしった。
「――勝手ばかり抜かしやがって!!」
そしてどうしようもなく気がついた。自分がどれほどみんなに支えられて生きてきたのかってことを。
ここまでお膳立てされなきゃ動けないなんて……俺はホント、ガキなんだなあって思うんだ。




