「激怒すル」
~~~蜂屋幸助~~~
「どーん」
涙と抱き合い感極まっているところを、横合いから蹴飛ばされた。脇腹に靴先が刺さった。容赦のない一撃だった。
「痛だだだだだだ……!!」
もろともに倒れた涙は、驚いた表情で蹴り主を見上げている。
蹴り主──とーこは、不機嫌そうに腕組みし、俺と涙を交互に見下ろした。
「……ふん、約束通り順番守って来てみれば。なにこれ? 自分が協定とか言ってたくせに、抜け駆けしようなんて。せっこい女」
「うう……ち、違うもんっ。これはその……流れというか」
涙はもじもじしながら俺をチラ見した。
「幸助くんのほうから……その……」
「ほぉう……」
とーこがゆっくりと首をめぐらす。
「いや待て!! 違う!! 違うんだとーこ!! これはそういったいやらしい意味でした行為ではなくだな!! 涙をなんとかしようとしたわけではなく!!」
「違うんだ……」
「こら涙!! しょんぼりするのをやめなさい!! これ以上状況をややこしくしない!!」
じゃないと俺が死んじゃうから!! とーこが悪魔みたいな顔してるから!!
「と──」
ぐい、と腕を引っ張られ立たされた。
とーこだ。不機嫌極まりないオーラを出しながら、強い力で俺の腕を引く。
「痛だだだだ、痛い痛い。腕痛いっ。いったいどこ行くんだよ……」
涙を置き去りにして、ついでに小巻も摩耶も捨ておいて、とーこはずんずん歩く。
林を抜けたところに1台のタクシーが停まっていた。
「パパとママが、娘を救いに行くのよ――」
強く強く、宣言した。
タクシーに乗り込むなり、とーこは俺のほうに寄って来た。腕をとり、ぎゅうぎゅうと体を押し付けるようにしてくる。
ドアととーこに挟まれ、正直かなり苦しい。胸が当たるとかどうとかこうとうか考える余地もないほどだ。
「ちょっと痛……あ、いやなんでもないです」
怒っていらっしゃるみたいなので、刺激しないように努めた。
「ちなみにさ、救いに行くって行ったっていったいどこへ……」
行き先を聞いたが、完全に無視された。
俺たちを乗せたタクシーは見る間に加速し、街並みを抜け都心部へと入った。料金メーターの数字に胃を痛め出した頃に、その建物に着いた。
古めかしい7階建てのビルの3階と4階。窓ガラスに「㈱@トリッパー」の文字が見える。
「マジかよ。ここが@トリッパーの本社?」
ゲーム業界のパイオニアとして昔から有名だった@トリッパー。どんな構えのとこなんだろうと思っていたら、雑居ビルに入居してるこんないかにもな中小企業だったとは……。
まあこのご時世だし、自社ビルどーん鏡張りばばーんってなあ難しいんだろうけどさ……。
狭いエレベーターを上がって4階に着くと、とーこはいきなり事務室に入った。
受付の女性がびっくりする目の前を、「河野時子よ。烏塚恭二に面会するわ」と暴風のように突破した。
さすがゲーム会社というか、普通の会社の事務室とは雰囲気が違った。各種ゲームの告知ポスターやグッズ類、直接ゲームとは関係のない個人のフィギュアやぬいぐるみなんかがあちこちに飾ってあった。事務員さんもきちっぴしっとはしてなくて、大人しい人が多かった。
そんな中をずんずん突き進むとーこと俺は、ものすごく目立ってた。
「……お、おい、大丈夫なのかとーこ?」
「なにが」
「いやだっておまえ……部外者じゃないの? いきなり人の会社にこんなずかずかと入っちゃって……」
「烏塚恭二の許可は得てるわ」
「許可あるんだ……って烏塚恭二!? マジかよ。超憧れの人なんだけど!! 『ガラスのファミリア』とか『プリンセス☆ファウンドリー』とか、名作RPGを次々世に送り出した人だぞ!? RPGゲーマーなら知らないやつなんかいないってレベルの人だぞ!? マジで会えるの!? ――やばい盛り上がって来た!!」
「憧れ……」
とーこはひとつの部屋の前で立ち止まると、うろんな目で俺を見た。
「じゃあ、それは今日で終わりね」
「うげ……なんだこりゃっ」
すさまじい部屋だった。事務室内もたいがいすごかったが、レベルが違った。
ロボットがたくさんいた。犬に猫、鶏型。介護用や愛玩用の、いわゆる「家族として」のロボットだ。ご主人のリアクションを学習し成長し、それぞれのご家庭なりの個性を持ったロボットになるのが売りのやつが、何十体となくそこにいた。ほとんどパニックホラー。気持ち悪いを通り越して狂気を感じるレベル。
「わん」
「にゃー」
「きゅー」
「コケーコッコ」
ロボットたちは、部屋に入って来た俺たちを見て、一斉に声を上げた。
ギーガーギーガー、駆動音を立ててこちらへ歩み寄って来る。走り寄って来る。足元にすり寄る。匂いを嗅ぐ。ぶるぶる震える。飛び跳ねる。吠えたてる。ぷいとそっぽを向く。リアクションもそれぞれだ。
「やー、どーもどーもトキリン。ようこそようこそ~」
ロボットの群れの中に埋もれるようにしたデスクから、男が満面の笑みを浮かべて立ち上がった。
以前雑誌記事で見たままだ。丸メガネに無精ひげ、よれよれのシャツに伸び放題の長髪。周囲の視線など屁とも思わないゲームの求道者、烏塚恭二その人だ。
「来てくれて本当に嬉しいです」
にこやかに烏塚さんが差し出した手を、とーこは無視した。
烏塚さんは傷ついた様子もなく目を細めたまま、俺を見た。
「……あー、この男の子が、例の……?」
「は、はじめまして!! 俺、蜂屋幸助って言います!! 烏塚さんさんの出したゲームは全部プレイしてます!! どれもこれも最っ高に面白いです!!」
「ん~……あっそ」
烏塚さんは興味薄そうに耳をかくと、足元にいたロボットを一匹持ち上げて俺に差し出した。
「えっと……あれ?」
どう反応していいのかわからず、とりあえず受け取った。
犬型のロボットだった。コギーだろうか。腹と口回り、頭頂までが白。他は茶色。毛並みや呼吸音、鼻の濡れた感じも妙にリアルだ。
「ロボット……好き?」
最初、それが俺に対する質問だとは思わなかった。それほどにそっけなかった。
「え? あ、俺? は、はい。好きっす!!」
「犬……好き?」
「へ? ああ、そりゃもちろん!! 昔は犬飼ってましたし!!」
「……どっちが好き?」
「どっちが……? いやあ……そりゃあどっちも……」
「……犬みたいなロボットと、ロボットみたいな犬だったら?」
「ええ~? いや、だから……どっちがどうとかじゃなく……」
烏塚さんは俺の腕に抱かれるコギーを指さした。
「それ……生きてるよ?」
「――うええっ!?」
あわてて取り落しそうになったが、お手玉のようにしてなんとか持ちこたえた。
落とされそうになったコギーは「ウォン!!」と抗議の鳴き声を上げた。妙にリアルな爪を俺の腕に食い込ませ、身をよじって逃げた。ロボット群の中にまぎれ、警戒するように俺を見た。
「あだだ……いや、マジで……? いや……違う。生きてないっすよ。ロボットだこれ」
烏塚さんは「ひひ」と陰気に笑った。
「正解」
デスクの上に乗っていた1匹の猫型を無造作に払い落とすと、自分がそこに腰掛けた。
払い落とされた猫型は、ロボット群の中に落ち……る寸前にくるりと回転して着地した。
「……どうやって見分けた?」
「どうやって……? そりゃあもう肌感とか体温とか目つきとか……あとは……ああ、そうだ。わざとらしかった」
「わざとらしい……?」
興味深げに目を見開く。
「犬っぽい動作を再現しようとするあまり、演技っぽくなっちゃってるんです。リアルで犬を飼ったことがある人ならわかると思うけど、犬ってこんなにも犬犬しい動きは意外としないもんなんです。もっと適当っていうかファジーっていうか動きに遊びがあるっていうか……」
「犬犬しい? 犬犬しいか。はっ、こりゃーいいや!!」
烏塚さんは弾けるように笑った。
「トキリンが彼に執着する気持ちがわかったような気がします。たしかに彼は面白い素材だ」
とーこは「ふん」と鼻を鳴らし腕組みした。
「当たり前よ。私の恋人だもの」
「ちょっととーこ……正確には……」
恋人未満だろうが、と訂正しようとしたが、そんな隙はなかった。次の烏塚さんの発言に、俺は強い衝撃を受けた。
「彼の妖精も、この分だとかなり面白い素材なんでしょうね。なんと言ったかな。ああそうそう、ルル」
「――知ってるんですか!? ……ああそっか、とーこが……」
とーこは俺を見ていた。どことなく憂いを帯びた目を向けていた。
「トキリンの頼みとあらば断われませんからねえ。お手伝いしますよ。ええ、ええ。ひきこもりをひきずり出せばいいんですよね?」
「本当ですか!? 助かります!! 良かった!! 烏塚恭二さんその人が手伝ってくれるなら最高だ!!」
一気に盛り上がった。お鷹さんのいう「権限」の問題が、これでさくっと解決した。
「――ただし条件がみっつ」
烏塚さんは指を3本立てた。
「ひとつについてはすでにトキリンの承諾を得ています。もうふたつは簡単だ。ゲーマーならゲームで解決せよってことで、特殊クエストのクリア。及び動画のアップが条件です」
「……動画をアップ?」
突然出てきたフレーズに、思考がフリーズする。
「動画。知りませんか? ほら、よくあるでしょ。自分が作成した動画をネット上で共有するサービス」
「知ってますよ!! 動画もアップも知ってますよ!! でも……なんでそんな……俺のプレイを流して何が……」
「……正直言いまして。僕はまだ、FLCの存続を諦めていないんです。そのために打てる手をすべて打とうと思ってる。禍の影響で最近注目を集め始めているところでもありますし」
「だからなんで俺の……」
「――自我を持った妖精が自我を失い、それをプレイヤーが取り戻すなんて、なかなか感動的じゃあないですか」
烏塚さんの目の端がぐにゃりと歪んだ。笑った……のだろうか。
「うんうん。お涙頂戴の、いい筋立てです」
……ん?
「解離性健忘に解離性同一性障害か。しかし、よっく考えたもんですねえ」
……んん?
「妖精の人格インターフェースがフリーズした時に、原因ごとダストボックスに突っ込んでデフォルトに戻す。バックグラウンドの基本の処理システムなんですが、これをそういう風に受け止めてくれるとは……いやはや、なかなか想像力豊かなことで……」
「ダストボックス……? 想像力豊か……? あんた……何言ってんだ……?」
「……あれあれー? わっからないかなー? 中学生にはまだまだ難しいでちゅかねー」
小馬鹿にした口調で、烏塚さんは続ける。
「製作者としては嬉しい誤算といったとろこですがねえ。え? ゲーム内のNPCが自我を持った? あっははは、そんなことあるわけないでしょう。ゲームはゲームですよ。そんな風に見えるだけです。そんな風に思いたいだけです。実際には自我なんてない。高度なAIが『いる』風に見せてるだけですよ。さっきの犬型とは違って、見分けられないだ──」
「――いるよ!!」
俺は堪らずに口を挟んだ。
「ルルはそこにいるよ!! いたんだよ!! たしかに俺の隣を飛んでたんだよ!! スマホの中で喋ってたんだよ!! 怒ったり泣いたりしてたんだよ!! 拗ねたり笑ったりしてたんだよ!! あのコギーとは違うんだ!! もっと複雑で、もっと繊細な存在なんだよ!! 触れられなくたってわかるんだ!! 感情が内から出てるんだ!! あいつには魂があるんだよ!! そんな作り物と一緒にするんじゃねえよ!!」
「さっきの言い方を拝借させてもらうなら、妖精妖精してないってとこか? まるで人間みたいだって? ……はっ、くっだらねえ」
烏塚さんの言葉が突然粗野になった。あるいはこれが素なのかもしれない。
「いねえもんはいねえんだよ!! 他ならぬオレがそう言ってんだよ!! ないものをあるように見せかけてんだ!! めちゃめちゃ努力してそれを成し遂げたんだよ!! 造物主たるこのオレが!! ──生きてる!? そこにいた!? 知った風な口きくんじゃねえよ!! 気持ち悪ぃこと抜かしてんじゃねえよ!! そんなことがあるわけねえんだよ!!」
「……てめえ!!」
「――こーくん!!」
殴りかかろうとした俺の腕を、とーこが必死に抱き止めた。
「止めんなとーこ!!」
勢いでとーこにまで怒鳴りつけてしまってから、はっと我に返った。
「ごめん……とーこ」
@トリッパーの入居している雑居ビルを出て、少し歩いた。
「いいの。ああなるのはわかってた。こーくんを連れていったらどうなるかって」
わかってたのに……、とーこは肩を落としうつむいた。
「だからごめんなさい。連れてくるべきじゃなかった。私だけでくるべきだった」
「何言ってんだ。そんなわけにいかねえだろ。これは俺の問題だ。俺が行かないでどうするんだ」
「私の問題でもあるわ」
とーこは顔を上げ、俺を見た。
「こーくんと私と、ルルの問題。家族の問題――」
とーこがポケットからハンカチを取り出して俺の頬を拭った。
そうされて初めて、自分が泣いていたことを知った。
いまだ拳を強く握っていたことも、膝ががくがくと震えていたことも、その時になってようやく気がついた。悔しいと涙が出るんだってことを、今さらながら思い出した。
「……大丈夫よ。こーくん」
とーこが俺を抱きしめた。そっと、労わるような抱きしめ方だった。万事につけ力任せな普段のとーことは違った。長い黒髪から、優しく甘やかな香りが漂った。
「私の家族は、私が守る。絶対誰にも、壊させない」
耳元で囁くように、とーこは宣誓した。
俺は知ってる。
とーこのお袋さんは、とーこが小さい頃に家を出て他の男と一緒になった。
とーこの親父さんは仕事人間で、たったひとりの娘も顧みずに海外を飛び回っている。
莫大な遺産を継ぐ資格のあるとーこは、親族内でも浮いていて……。
だからとーこにとって、家族という言葉は強い強い意味を持つ。
中学2年生のくせにパパとかママとか。傍から見ればおままごとの台詞にしか聞こえないかもしれないが、とーこにとっては違うのだ。それは盤石で侵しがたく、揺るがしがたい言葉なのだ。
「……そういえばとーこ。さっきの3つの条件ってやつ。おまえが承諾したもう1つってなんだ?」
「FLCの公式アテンダントになること」
「……公式アテンダント?」
とーこは俺から離れ、背を向けた。
「FLCの魅力を伝えること。ブログの開設。つぶやきの発信。動画共有サービスへのアップロード。それらを声優河野時子として、全力で支援すること――」
「それらっておまえ……どれもこれも、おまえが一番やりたがらない類の活動じゃないかよ」
顔出しすらNGだったくせに。
「やりたくはないわ。でもやる」
とーこは後ろ手に手を組んで空を見ている。夕暮れの空を、数羽の鴉が横ぎった。
「声優アイドル活動はもともとやるつもりで動いていたし。ちょうどいい機会だわ」
「……俺のため、か?」
俺のせいで、とーこは喋りたくないことを喋り、着たくないものを着るのか?
「そんなのやめ――」
「ね、こーくん」
とーこはくるりと振り返った。ととん、と軽くステップを踏んで俺から距離をとった。
「ダメよ。わかってると思うけど、私は頑固だから。――たとえ殺されたってヤメないわ」
俺の手の届かないところで、とーこは言った。少し憂いを帯びた目をぎゅっと細めた。それはまるで、笑えないのに無理に笑おうとしているかのようだった。
「とーこ……」
「ね、こーくん。お願いだからそんな顔しないで。前に言ってくれたじゃない。『泣くなとーこ。おまえが泣いたらじーちゃんが悲しむだろうが。悲しませたくないなら、精一杯笑ってろ。笑えなかったら俺を頼れ。俺がいつでも笑わせてやるから。おまえが世界のどこにいたとしても、必ず見つけ出して笑わせてやるから。だから泣かずに待ってろ――』って」
だからお願い。笑わせて。
「……っ!!」
とーこの頼みに、俺は笑みを返した。人を笑わせるなら自分から、そう思って笑顔を作った。
だけどやっぱり上手くいかなかった。顔をしかめただけに終わった。
「ふふ、ダメねこーくん、そんなんじゃ。罰として、今日はふたりともが上手く笑えるようになるまで一緒にいること」
差し出されたとーこの手は細く指が長く、綺麗だった。日焼けを知らないような白い肌に、夕陽が赤みを与えている。
促されるままに手をとる。柔らかく温かかった。
生きてるんだ。唐突にそんなことを思った。
俺たちは生きている。細胞を燃やして動いてる。
じゃあルルはなんだ? なにで動いてる?
魔素か? 天然自然の生命力か?
答えは出ない。出ないまま――しかし俺は、ルルの実在を信じた。




