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最果てのクロニクル~サヨナラ協定~  作者: 呑竜
妖精戦争

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82/118

「パラダイス・ロスト」

 ~~~ハチヤ~~~


「――千眼サウザンド!!」

「また会ったな小僧!!」

 俺の呼びかけに、男は――千眼は笑った。

「よぉくはるばるここまで来たなあ!! お言いつけを守ったことをまずは褒めてやるよ!! 偉い偉ーい!!」

 小馬鹿にしたようにぱちぱち手を叩く千眼。

「意外と早かったなぁ!? それとも才能か!? 死の臭いにでも引かれて来たか!? 因果なもんだよなあ!! まあしかたねえか!! ヒーローの定めってやつだ!! 筋書きには逆らえねえんだ!! 辛いよなあ!!」

 あーはっは!!

 千眼は体をのけ反らせて笑った。


「シナリオ通りだって!? はん、構うもんか!! だったらおまえはここでおしまいだろ!! 悪役ヴィランはヒーローに滅ぼされる運命なんだ!! 言っとくが、前と違ってこちとら戦力充分だ!! てめえの悪行もここまでだぜ!?」

 俺は剣を振り回して吠え猛る。

 戦力充分ってのは嘘じゃない。レベルカンストしてるのが複数いるし、消耗もしてない。

 何よりカロックの村での時と違って、今はラクシルが呼び出せる。機動力がダンチだ。大空洞内は飛び回るに充分なスペースもない。無限の高さにいるんじゃない限り、俺の剣はやつに届く。


「いいのかよぉおまえ!? 変身が解けちまってるぜえ!?」

 言われるまでもなく気づいてた。叫んで剣を振り回した瞬間、外套の効果は消えた。俺の姿が露わになった。

 釜の蓋に手をかけている漕ぎ手もこちらに気づいた。驚愕の呻き声を上げている。

 だけど遅い。手遅れだ。

「いいんだよ!! もう釜の蓋は開いたんだ!! 妖精たちの羽ばたきは、もう誰にも止められない!! こんなとこで何してんのか知らねえけどさ!! 全部いまさらだ!! おまえが何をしようとしたところで、すべて手遅れだ!!」


「あー、はっはっは!!」

 千眼はしかし、余裕で笑った。

「ばっかじゃねーのおまえ!? 『妖精たちの羽ばたきは、もう誰にも止められない(きりっ』じゃねええぇんだよ!! それすら俺様ちゃんの策の内だって気づかなかったか!?」


「………………は?」

 策の内……だと?


 千眼は腕組みし、ゆっくりと焦らすように言葉を紡ぐ。

「王都決戦で敗北した妖精側の勢力を増強するために妖精釜を開ける。なるほどそれ自体は自然な流れだ。アードバトン直々の正式なミッションだ。だがおかしくはねえか? 『どうして』妖精側は負けた? この世界ゲーム、どこまでいったって戦争は決着がつかないように出来てる。どんなに一方的に見えたって、必ず『天秤』の働きがすべてを制御するようになってる。初戦で負けるのはおかしいんだ。理屈に合わねえ」

 天秤……?

「なんだよそれ……」

「知らねえか!? まあ無知蒙昧なヒーローさんじゃしょうがねえか!! だが無い頭を振り絞ればよお、この状況が理屈に合わねえことぐらいはわかるだろうが!!」


 たしかにおかしな話だった。本拠地に近いほうが戦闘は有利。それが戦争イベントの大前提だったはずだ。だからこそ両勢力の争いは膠着するのだ。どこまでいっても決着はつかないように出来てるのだ。

 なのに王国が初戦でいきなり大敗北を喫したのは、俺の暴走……もあるけど、それ以前の問題として来るはずの援軍が来なかったからだ。あのままいっても、援軍の差分で帝国に押されて負けてたはずだ。

 だから援軍の出元である夜会サバトに何かあったのではないかと俺は推理してた。

 だけどミステリパート攻略は時間がかかりそうだし、即効性のある妖精釜の蓋を開けることを優先とした。一刻も早く戦況を動かすにはそれが最善だと思ってた。ちょうどよく千眼からのドロップ品であるこの外套もあったし――


 ──ちょうどよく千眼からのドロップ品であるこの外套もあったし。


「……選ばされた? 開けさせられた? おまえが全部……仕組んだことだってのか?」

 パチン、千眼が指を弾いた。

「そのとおーり!! 忌々しいことに、その釜はプレイヤーにしか開けられないようになってんだ!! 俺様ちゃんじゃあダメなんだ!!」

「だ、だけどなんのためだよ!! 妖精釜を開けることそれ自体はプラスにしかならないはずじゃねえか!! 策もなにもあったもんかよ!!」

「あー、はっはっは!! おまえは頭が固えんだよ!! 固すぎんだよ!! 自分だけのカードで勝負してんじゃねえよ!! 俺様ちゃんのカードを見な!!」


 言うなり、千眼は外套の下から何かを取り出した。

 斑模様の袋だった。それこそ妖精釜すべてを覆い尽くすほどの大きさの袋だ。


 妖精釜に変化が起きた。

 ぼごんぼごんと泡の弾けが大きくなった。水面がうねりを帯びた。透き通った光とともに、何かが水底から浮上してくる。

 浮上してくるのは妖精だった。羽根が生え、手足や顔が形成されたばかりのやつらが、我先にと水面を割り飛び出してくる。

 

 ――やった!! 地上だ!!

 ――光が見えたぞ!!

 ――ようやく飛び出せるんだ!!

 ――もうこんな場所にいなくていいんだ!!


 間欠泉が噴き出すように、マグマが噴出するように、妖精たちが羽ばたいていく。色とりどりの輝きを帯びながら、色とりどりの衣装に身を包んでいる。歓喜の声を上げながら飛び出していく。大空洞の出口へと向かっていく。


 飛び立った瞬間のそいつらを千眼はしかし、端から袋に回収していく。何百か何千か、漏れはあるもののかなりの量を受け止め呑みこみ、丸々と大きく膨らんだところで口を閉じた。

 抵抗する術はなかった。わけもわからぬまま、妖精たちは嚢中のうちゅうに納められた。


「千眼!! おまえ……妖精たちをどうするつもりだ!?」

 もごもごと袋が蠢いている。内からもがく妖精たちの手や足の形がよくわかる。


 千眼はうるさげに顔を歪めながら、俺を見た。

「あるツテから教えてもらったんだけどさあ!! ――絶命銃パニッシャーって知ってるか!? 機械都市マドロアの極秘技術だ!! 命を弾丸にするんだってよ!! 痛い苦しい辛い死にたくないって気持ちを撃ち出すんだってよ!! なんともおっそろしーことを思いつくよなあ!?」

「命を……弾丸に……!?」

 背筋に寒気が走った。

 リアルで膝が震えた。

 俺は慌てて大空洞を見渡した。

 どこまでも広く真っ直ぐで、ライフリングのような溝まで刻まれたここは、まるで巨大な銃身のようじゃないか――? 


「おー!? 察しがいいねえ!! そーうだよ!! 大空洞自体を銃身に見立てるんだよ!! いや砲身とするんだよ!! 巨大な絶命砲とするんだよ!!」

「ば……バカ言え!! そんなことしたらいったいどうなると思ってんだ!! その先にはだって……王都があるんだぞ――!?」

 レイ・ボワル禁漁区。王都郊外にあるレイ・ボワル卿のご領地の先には王都西門がある。その先にはもちろん王都があって、そこには多くの冒険者やNPCがいて、日々の営みを刻んでて……。

 絶命砲とやらがどれだけのものなのかは知らない。だが生命そのものを力に転換する技術なのだとしたら、すさまじいものになるはずだ。単純にいまあの袋の中に閉じ込められている妖精たちのHPやMPやSPを合計するだけだって、その威力はきっと想像を絶する。


「間違ってもそんなことさせられるかよ!! ――来い!! ラクシル!!」

「……ン」

 カイのメダリオンを掲げて呼びかけると、神速で魔女エンジン・ラクシルが現れた。

騎乗形態モード・オーバーライドだ!!」

「……ン」

 俺に命令に応じたラクシルは、髪の毛代わりの金属筒を連結させ一枚の板状に延伸させて座席とした。プレイヤー数人を乗せて運べる、ラクシルのスピードをもっとも生かせる形だ。


 座席に飛び乗りながら、俺はルルに手を差し出した。

「行くぞルル!!」

「……へ?」

「おいルル!! ……ルル!?」

 ルルは差し出した俺の手を見ていた。ラクシルの背に跨った俺の手を。だけどそれがなんであるかわからないかのように呆然としている。

「う……あ……う……?」

 満足に言葉すら喋れなくなっている。困惑コンフュージョン? 恐慌テラー? とにかくなんらかの状態異常だ。


「――くそ!! ふくちゃん……はいねえか!! ――アール!! ママさんに頼んで『慈母の祈り(マザーズ・プレイヤー)』を!!」

「わ、わかった!! ハチヤ!!」

 状況についていけてなかったアールが、あたふたとママさんに指示を出す。

 歌姫ディーバの慈母の祈りは、名前は違うけれど吟遊詩人バード七面鳥の競演ターキーズ・コンテストと同じ効果を持つ。筋力や俊敏性などの戦闘向けのステータスが上昇するのはもちろんだが、不安を消し睡眠状態から覚醒させ、戦意をも高揚させる副次効果ある。恐慌を上書きし、さらに戦力を増強させる、一粒で二度おいしい歌だ。

 これさえ聞けばルルの恐慌は消え去る。

 共にラクシルに騎乗し、千眼と戦うんだ。袋に囚われた妖精たちを救い出すんだ――。


「――やだ!!」


 唐突に、ルルは叫んだ。

 何が嫌なのか一瞬わからなかった。俺はただ驚いてルルを見た。

「やだ……やだ……やだ……そんな歌聞かせないでよ!! 歌を聞いて恐怖が消えるなんて……そんなのやだよ……!!」

 頭を抱えている。全身を震わせている。

「おい……どうしたルル!? 落ち着け、大丈夫だ。そんな状態異常すぐ回復するから……!!」

「――!?」

 ルルは傷ついた目で俺を見た。

「状態異常……回復……? こんなに怖いのに……怖くて泣きそうなのに……歌を聞いたらすぐ回復するなんて……むしろ勇気凛々だなんて……それじゃまるで、機械みたいじゃないですか……!! ルルに心がないみたいじゃないですか……!! 存在自体が嘘みたいじゃないですか……!! あるじ様までそんなこと……」

「え、いや……俺は別にそんな……」

 すっと、ママさんがルルの隣に移動する。手を胸に当て、歌唱体勢に入っている。

「やめてくださいよママさん……!! 後生……ですから……!!」

 ルルは耳をふさいでうずくまった。

「やだやだやだやだやだ……!!」


 俺は慌てて手を振り遮った。

「――ちょ、ママさん待って!! ルルの様子がおかしい!! アール!! 中止だ!! 頼む!!」

「え、ええ!? ダメ!? だ、だってもう、止まらないよぉ!?」

「――いやだあ!! やめてくださいよお!!」

 アールの指示は間に合わない。ママさんの呪歌は発動してしまう。

 透明な波のようなエフェクトと共に、母親のような優しい歌声が辺りに広がる。

 嫌がるルルの体にも、容赦なく染み込んでいく。


「――歌で癒やされる程度の感情たぁ悲しいねぇ!?」

 こちらのやり取りに気づいてか、千眼は大口開けて笑ってる。

「でもしかたねえかあ!? 紛い物だもんなあ!? 俺様ちゃんもおまえも、しょせんはゲームの中の作り物に過ぎねえんだもんなあ!? しょーがねえぜえ!! 諦めようぜえ!! 長いものに巻かれてさあ、せいぜい感情のあるフリしてようぜえ!? ご主人様を好きになってさあ!! それが自分の本当の気持ちだと思い込んでさあ!!」

「違う違う違う違う!! ルルの気持ちはルルのだもん!! 誰かに命令されてこうなったわけじゃないんだもん!!」

 ルルは必死に否定する。

行動規則オーダーブックを無視するんじゃねえよ!! ああ!? 考えてもみろよ!! おまえを創ったのは誰だ!? 誰にそうするよう仕向けられた!? ……わかったろうが!! おまえの意志なんかそこに欠片もねえんだよ!! ホントに生きてるみたいに勘違いくれてんじゃねえよお!!」

「違う……違う……もん……」

 ルルの体から強張りがとれていく。声から生気が消えていく。瞳から光が失われていく。


「――てめえは黙ってろ!! くそっ、ラクシル頼む!! あいつを追い払え!!」

「……ン」

 ラクシルは騎乗形態を解除した。金属筒の一本一本からレーザーのようなものを発射しながら、上空にいる千眼に攻撃をしかけていく。


「……ルル!! 大丈夫か!?」

 俺はルルの肩を掴んだ。正面から覗き込んだ。

 死んだように縮こまっていた瞳孔――そこには今や、明白な光がある。元気の源が宿っている。

 だけどそれはママさんの歌の効果だ。ステータスの上書きによるものだ。


「――!!」

 腹の底に、冷たく重い後悔があった。

 俺はルルの嫌がることをしたのだ。あのルルが、涙を流して懇願するほど嫌なことを。




「――あっれー? どうしたの? あるじ様~?」




 先ほどまでの悲痛な顔など忘れたように、能天気な声でルルは言う。濡れている自分の頬に気づいて、可愛らしく小首を傾げる。

「なんか濡れてますね~? なんでしょうね? 室内なのに雨でも降ったんですかね~?」

 ふふふふふ、天井に手を向け、ルルは笑う。

 

「――誰だ……おまえ……?」

 思わずつぶやいた。

 口からするりとこぼれ出た。


「ええ~? ルルですよ~? あるじ様の妖精あいかたのルルですよ~。やだなあ、忘れちゃったんですか~?」

 ひっどーい、と腰に手をあてるルル。


「――!!」

 ルルじゃなかった。ルルに似てる別の何かだった。

 語彙が少なすぎた。稚気ちきがなかった。

 ルルならもっと気の利いた反応を返すはずだ。もしくはとんでもない斜め上の答えを返してきて、俺につっこませるはずだった。

 これじゃただのNPCと変わらない。十把一からげのそいつらと変わらない。


 こんな他人行儀なやり取りあいつとしたことあっただろうか?

 いや……あるのか……。

 ずいぶんと昔の話だ。それこそFLCを始めてすぐの頃だ。組んだばかりの俺たちは、そういえばこんなやり取りをしてた。すぐに打ち解けて、波瀾万丈で無茶苦茶なやり取りをするようになったけど。

 でもたしかに最初はこうだった。その期間が短すぎて忘れてた。


 ――初期化。

 そんな単語が頭に浮かんだ。人間だったら記憶喪失。機械だったら初期化。電子配列の強制リセット。


「嘘だろ……」

 呆然とつぶやく。ぺたりと地面に尻もちをつく。

「あっれ~? どうしちゃったんですかあるじ様~? こんなところで転んじゃって~」

 けらけらけらけら、子供のように無邪気にルルは笑う。


「ハチヤ!! どうした!?」

「コースケ!! なにやってんの!? 千眼が――」

 アールとコルムが口々に俺の名を呼ぶ。危険が近づくのを教えてくれてる。


 遠く向こう。ライフリングの始点。

 俺たちの手の届かない空中で、千眼が何かをしている。

 妖精たちの詰まった袋を手でこねて、一抱えもある弾丸状に成型した。金属製のハンドキャノンの先端に取り付けていた。

 絶命砲だ。そういえば大空洞ごと絶命砲にするとか言ってたっけ。


 絶望は溝を走り、徐々に加速し、すべてを呑みこむ洪水となるだろう。

 途中にいる俺たちは、当然諸共に撃ち抜かれる。

 動かなきゃ、そう思うが動けない。


 ラクシルやイチカ、サーディンたちは千眼の行動を妨害しようと攻撃を仕掛けている。

 アールとコルムはなんとか俺を引っ張って立たせようとしている。

 だけど俺は……俺はルルを抱きしめたまま、ただ座り込んでいた。


「ルル……おいルル……!!」

 後頭部を撫でさする。耳元で呼びかける。何度も何度も。「あの」反応を期待して声をかける。

「ん~? どうしたのあるじ様~。ふふふ。変なの~」

 ルルはにこにこ微笑んでる。

 俺の腕の中で、この世に不安などないかのように笑っている。 




 ――瞬間、世界は光に包まれた。

 絶命砲の光だ。無数の妖精の絶望を源とした破壊の光だ。

 大音響が上がった。

 誰の言葉も聞こえない。叫びも祈りも届かない。

 俺たちに出来ることはもはやなにもなかった。

 無力さを噛みしめながら、ただ滅ぶのを待っていた。 



 ――王都が半分灼けたという。

 多くのNPCと、戦争イベントのために集結していたプレイヤーたちを根こそぎにしたその日の災禍は、ネットではカラミティと呼ばれるようになったという。

 



 ……だけどどうでもよかった。

 俺はその日、もっと大事なものを失ったのだから。


 共に話してきたこと。

 共に旅してきたこと。

 共に積み重ねてきたすべてを。


 ルルはもう……覚えていなかったんだ――。

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