「彼女には勝ち目がない」
~~~ルル~~~
モテるという感じの人ではなかった。
四六時中自分の趣味に没頭してて。友達も、異性すらも二の次で。
およそモテるような人ではなかった。
そのはずだった。だからこそルルの「好き」は加速した。「保護欲」が高まった。自分だけのあるじ様。自分がいなければダメな人。いい人なのに、誰も認めてくれない可哀想な人。そう思ってた。
なのに――。
彼にはいまや、恋人候補が複数いた。ルルを除いた3人。とーこ、涙、小巻。それぞれにぞれぞれの魅力を兼ね備えた女の子が3人。
彼女らは、きちんと彼の良いところを知っていた。誰もが見落としがちな彼の美点――優しさ、真剣味、好奇心、無邪気さ――少年期特有のすべてを知っていた。だから次々と告白し合い、いつの間にか協定を結ぶまでになった。
いわく、抜け駆けの禁止。
いわく、期日の厳守。
ルルは知っている。それらがすべて、彼女らの必死な心根が結ばせたものだということを。
勝者になるために、少しでも良い結果を得られるように心を砕いた結果なのだということを。
そのうえで確信している。自分には一番勝ち目がないことを。
だってルルには、肉体がないのだから――。
電子の生み出した泡沫のような存在なのだから――。
簡単な話だった。それぞれの美点欠点を挙げていけばいい。単純な加減計算ではないにしても、人間の男の子である以上譲れない部分があるはずなのだ。それはたぶん、どうしたってその一点にいきつく。
抱き寄せる。キスをする。その先にある行為のすべて――。
彼もいつか必ずその矛盾にいきつく。高度なブレインコントロールインターフェイスや、どう見ても本物にしか見えない完全義体の出来るまで、それは絶対に解決しない。性衝動は本能に基づいたものだから。子孫を残そうという原始理念に基づいたものだから。
――どうしたルル? もうすぐ妖精釜だぞ?
――ようやく俺の秘策のお披露目だからな。
――目をばっちり開けてようっく見とけよ? あるじ様の一世一代の大舞台なんだから。ってそいつぁさすがに言い過ぎかもしれんけどな。
あはは、照れながら頭をかくハチヤ。
彼と少女たちの距離は、今も確実に縮まり続けている。
それはゲーム内でも、リアルにおいても。
あまりにもダメ子ちゃんすぎて父性本能を発揮させられてしまうとーこ。
あまりにも健気すぎてついつい抱きしめてしまいそうになる涙。
すべてを兼ね備えている小巻。
──そう、彼女はあまりにもすべてを兼ね備えていた。
少年性、気配り思いやり、外見の美しさ、共に戦ってきた記憶。汗や涙を流してきた記憶――。
とーこや涙にはないものだった。彼女らはしょせん外様だから。あとから参加してきた者だから。
今後どれだけFLCに習熟したとしても、世界観を知悉したとしても、絶対に得られないのが記憶だ。
戦った経験。共に見た光景。語り合った感想。積み重ねた数字のすべて――。
同時にそれだけが、ルルの唯一絶対のアドバンテージだった。だったのに……。
「ぶっちゃけあれでしょコースケ。その……『名を騙る者の外套』ってさ」
「ああ? なんだよ」
「あったじゃん。いつだったかFLCのバージョンアップでさあ。あれを元ネタにして使うんでしょ?」
「――あ、わかった? 魔の7.15事件?」
「そうそれ。全部のNPCが機械兵になったバグ。話かけたらアクティブになって襲いかかってくるっていう」
「あったなー。見た目は普通なのに、思考回路だけが機械兵っていう鬼現象」
「あの時のあんた、傑作だったわよ? 『あんぎゃあああー!?』って。漫画でも見たことないような叫び声」
「うっせーよ。しかたねえだろ。さすがにあれはひどい不意打ちだったんだ」
「ふふ、その外套使うんでしょ? 成りすますんでしょ? 何かに」
「まあ理屈的にはその通り。さすが古参」
「わかるってーの。あんたってば思考回路が単純なんだから」
「ちぇ、でも何に変身するのかまではわかんねーだろ?」
「まあそこまでは……」
「へっへー。じゃあ俺の勝ちだ。アードバトンだよ。絶対正義の妖精王アードバトン。釜の漕ぎ手が唯一逆らえない存在」
「ほっほーう? あんたにしては考えたわねえ」
「にしては、は余計だよ」
――けらけらと笑い合うふたり。
――肩を叩き合い親愛の情を示すふたり。
――その口は今にも愛を囁きそうに見える。
――その腕は今にも互いを抱き寄せそうに見える。
「――やめてくださいよ……なにやってんですか……」
ルルはつぶやく。
「そこはルルの場所じゃないですか。なんで奪おうとしてんですか……」
小さな声だった。誰にも聞こえないようなボリュームだった。
「あるじ様は……ルルの……ものなのに……」
誰にも届かない言葉だった。願ってもかなわない夢だった。
――ああ……あああ……!!
ルルは頭を抱えた。突如すさまじい頭痛に襲われた。万力で締め上げられるようなものすごいやつだ。
何かが身を苛んでいる。
何かが心を蝕んでいく。
その正体を、ルルは知っている。
ずっと抱えてきたある不安に起因する。
──やだ……やだぁ……!!
──助けて……あるじ様ぁ!!
~~~ハチヤ~~~
みんなの注目を浴びる中、外套をかぶった。頭からフードをかけ、瞑目し、呪文を唱えた。
「『我は騙る者なり。僭称せる者なり。その言葉はすべてになり得る。すべてを騙し得る。王の言葉であるからこそなり。かつて世界に君臨せし、万能の王の似姿であるからこそなり――我が名は、アードバトン――』」
ぽわわわん。
軽いBGMと煙のようなエフェクトと共に、俺の姿は変化した。
身長が縮んだ。体重がいきなり減った。
メルヘンチックな妖精に変化した。手足も体も、顔のパーツの細部に至るまでが優しい丸みを帯びた。
緑のゆったりしたローブと白木の杖を持っていた。長い髪の毛も髭も、すべてが白く染まっていた。
まん丸いお祖父ちゃんの妖精。王国のアイドル的存在。見た目とは裏腹の、この世界における正義の象徴……。
「おおー。すごいなハチヤ」
感心したような声を出すアールをコルムが手で制する。
「別にすごくないわよ。FLC側の仕様だもん。幸助本人に任せたら、わけわかんない画伯の絵みたいになってるわよ」
「ふふ。なるほどな」
「想像つくでしょ? あいつ、美術は2なんだもん」
くすくすと笑い合うふたり。
「……ちぇ、言ってろっての。思いついたことが偉いんだよ」
べー、と舌を出すと、俺は妖精釜があるエリアに足を踏み入れた。ちょっと遅れて、PTメンバーもついて来る。アール、コルム、イチカ、サーディン、パナシュ、メイルー。
モルガンたち一行は後から合流すると言ってた。なんでもラクシルの姉妹? を連れてくるとかいう眉唾な話だったが、はたしてどうなることやら。
「おい……ルル?」
アードバトンの似姿の内側に取り込まれたルルは、神妙な顔をしている。
……いや、そんな生易しい状態じゃなかった。
ぶつぶつとつぶやいて爪を噛んでいた。
話しかけてもこちらを見ていなかった。
困惑? 恐慌? それらに類する状態異常にかかっているように見えた。
だが声をかける暇もなく、手を差し伸べる余地もなく、エリアは移動した。
移動した瞬間には状況が変わっていた。
俺らはいきなり、釜の漕ぎ手の真後ろに出現した──。
「げ――」
思わず漏らしそうになった声を慌てて引っ込めた。
サーディンにチョップされた。
アールに腕を掴まれた。
隣家の小巻が壁をドンと叩く音が聞こえた。
釜の漕ぎ手。要は巨人だ。ギガンテスやらサイクロプスやら、ああいった感じのやつだ。
肌は薄い緑色。筋骨隆々の肉体を申し訳程度の布で覆っている。角など余計な突起物は生えていない。顔の造作も、目玉がひとつと口ひとつといういたってシンプルなものだ。
余計な装飾のない分デカさ強さが際立つ。あの大木みたいな足に蹴られたら星までぶっ飛ぶだろうなと想像すると、背筋が寒くなる。正体がばれたら一撃だ。
漕ぎ手は休憩中だったのか、釜を前に座り込んでいた。
釜自体も当然でかい。直立した漕ぎ手よりは小さいが、それでも十分なサイズだ。炊き出しに使ったら全プレイヤー分含めてもまだ余りそう。
見た目は魔女の大釜みたいな感じ。コウモリの羽根とかマンドラゴラの根とかが煮込まれてそうなやつ。今は蓋が閉まっていて、端っこから微かに湯気が上がってる。ぐつぐつと何かの煮える音が聞こえる。
「うう~……?」
漕ぎ手は俺たち一行に気が付くと、大儀そうに立ち上がった。
ズシンドシン、ちょっと身動きするだけで地鳴りがする。
立ち上がった漕ぎ手は、黒く大きな櫂を手にしていた。
……あ、やっぱり武器なんだあれ。
「お、おいっ。ふざけんなハチヤてめえ、見とれてないで早くなんとかしろよ(小声」
「ちょ、ちょちょちょ……ハチヤっ(小声」
サーディンとアールが耳元で必死に囁いてくる。小巻はやっぱり壁ドンしてくる。
「まあ待て、落ち着けおまえら」
みんなを手で制すると、俺は一歩前に出た。
櫂を手にした漕ぎ手と向き合う。
「うう~? あああ~?」
漕ぎ手は身をかがめ、至近距離から俺の顔を覗き込でんくる。
……ば、バレたか?
いやいや、負けんな。成りきれ。
大丈夫だ。オープニングでもそうだったじゃないか。漕ぎ手はアードバトンの子飼いの部下だ。主人の命令には逆らえない……はずだ。
うほん、せき払いすると、俺は告げた。
「あーあー。わしじゃ、アードバトンじゃ。久しぶりじゃのう釜の漕ぎ手よ」
アードバトンってあんな話し方だっけ、というひそひそしたツッコミは無視して、俺は続ける。
「時が来たのじゃ。来てしまったのじゃ。ロックラント帝国の攻勢の前に、いまや王都は風前の灯火じゃ。今こそ釜を開けるのじゃ。さあ漕ぎ手よ。我が子らを解き放て――」
「うう~? あああ~?」
漕ぎ手は人の背丈ほどもある目をきょろきょろと動かした。
ゆっくりと噛みしめるように俺の言葉を反芻すると、のそりと立ち上がり振り返った。
櫂を片手に、もう片方の手を釜の蓋にかける。
――イエス!!
俺はリアルでガッツポーズをした。
みんなもひそひそと喝采を上げている。
漕ぎ手が蓋を持ち上げる。
ぶわり、大量の蒸気が溢れ出た。
もくもくと煙り、大空洞を覆い尽くした。
「なんだこりゃ、前が見えやしねえ……!!」
毒づきながら手で水蒸気を払った。
――晴れた視界の先に、そいつはいた。
妖精釜の遥か上、天井のぎりぎりのところに浮かんでた。
黒いビロード地の長衣の腰を金鎖で緩く縛り、金糸の刺繍の入ったフード付きの外套を頭から被っている、中肉中背の男。
男はフードを脱ぐと、醜悪な顔を晒した。小指ほどの小さな目玉の集合。顔面だけ百目。その名を俺は知っている。忘れるもんか。あいつは俺の仇敵だ――。




