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最果てのクロニクル~サヨナラ協定~  作者: 呑竜
妖精戦争

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「まるで生きているみたい」

 ~~河野時子かわのときこ~~


 ゲーム会社最大手「トライアル」のオフィスビルの一階にいた。喫茶スペースでマネージャーの坂崎さんとふたり、コーヒーを飲んでいた。

 さすがにコンシューマゲーム最初期からゲーム業界に鎮座ましましている会社だけあって、あらゆるものが大きくデザイン的にも洗練されている。社員も全員カジュアルな私服で、交わす言葉もどこかフランクだ。


 でもとーこは嫌いだ。

 そういったものが嫌いだ。

 組織に所属するものが嫌いだ。

 右にならえを繰り返しているだけのくせに、いかにもって顔しておさまっているのが嫌いだ。

 ただの好き嫌いの問題だ。

 割り切ることが必要なのは知ってる。

 稼ぐために、生きるために、みんなどこか無理をしている。

 着たくもない服を着て、喋りたくもない言葉を喋り、信じたくもないことを信じてる。

 ……そして自分もたぶん、例外にはなれないのだ。


「……ほんとのほんとに、いいの?」

 坂崎千夏さかざきちなつさん(40)が念を押すように聞いてくるのに、とーこは今日何度目かのため息を返した。

「いいって言ってるでしょ? もともと坂崎さんがやれやれって言ってたんじゃないですか。顔出しやらアイドル活動やら」

「そりゃそうよ!! あなたこんだけ顔がいいんだもの!! スタイルもいいし!! 声優プラスアイドルとして活動すれば絶対成功するわ!! あたしが若かくてあなたみたいだったら絶対にそうしてるわ!! 今出してるCDだって、売上だって倍増どころの話じゃ済まないわ!! 次の仕事だってひっきりなしよ!!」

「はあ……」

 いつも思うことだが、坂崎さんは地声がでかい。元声優で現マネージャーという経歴だからある程度はしかたないのだが、公共の場所ではもうすこしボリュームを抑えられないものだろうか。


「だからやるって言ってるんですよ。顔出しOK。アイドル活動も全部やる」 

「で……でもどうして!? どういう心境の変化なの!? あんなに頑なに拒否してたのに!!」

 嬉しさ半分怖さ半分、といった顔で坂崎さん。

「養わなければならない人ができたんです」

「は? え? 養う? あなた、ご両親とも健在よね?」

 坂崎さんは頬に手をあてまじまじととーこを見た。

 太い眉、えらの張ったインパクトのある顔立ち。

 決して美形ではないし声優としても鳴かず飛ばずだったらしいが、情に厚く思いやりのあるいい人だ。時にとーこを励まし、悪いことをしたら叱ってくれるいいマネージャーだ。とーこにとっては本当のお母さんみたいな人だ。

「……母親はいません」

「あ、ごめんなさい。そういえば複雑なご家庭だったわね。じゃ、じゃあお父さんのお体になにか……?」

「父もいたって元気です。海外から帰って来ません。中学生なので当然ですが、私はまだ養われてる身です」

「あ、ごめんなさい。でもじゃあ誰を……」

「――運命の人です」

「……ん?」

 坂崎さんの表情がピシっとこわばる。

「言ったことありませんでしたっけ。小さい頃に生き別れてた運命の人。あの人に再会できたんです。彼は私と違って家事全般が得意なので、将来的に彼には家にいてもらって、私が稼ぎに出ます。大丈夫です。絶対に苦労はさせません」

「……ああ、うん。ちょっとあなたとは話し合う必要がありそうね」

 坂崎さんは額に手をあて、頭痛をこらえているように沈痛な面持ちになった。



「……もうっ。せっかくやる気になってるんだから、おとなしくやらせてくれたらいいのに……」

 幸助こうすけとの将来設計を考えると自分が働かざるを得ず、そういった意味でやる気になった旨を申し出たのに、坂崎さんは困惑するばかりだった。

 最初から最後まで自分の責任で決めることなので別に誰かの許可が必要なわけでもないのだが、小学生の頃からさんざん世話になってきた彼女にだけは理解してもらいたい。できれば喜びを分かち合いたい。

 トライアルとの打ち合わせのため席を外したまま戻って来ない彼女を、とーこは待ち続ける。

「あー……暇……」

 ひとりきりで待つ喫茶スペースは退屈極まりない。幸助や摩耶まやがいればいいのだがそういうわけにもいかないし、スマホをいじる趣味もない。ルルがとーこのスマホに出張してきてくれればいいのだが、世の中そんなに上手くはいかないらしい。


「――失礼、河野時子さんですか?」

 突然かけられた声にいらっとして、険のある目を向ける。

 そこにいたのは30後半ぐらいの男だった。指紋汚れの目立つ丸メガネ。無精ひげ。手入れのされてない長髪。よれよれのシャツに綿パン。

 どこからどう見ても冴えない風貌だった。首から入館証を下げてなければただの不審者にしか見えない。


「……そうですけど、どこかで会ったかしら?」

 警戒しながら反応を窺う。

「ああ失礼。僕はこういうものでして……」

 差し出された名刺には。「㈱@トリッパー専務取締役 烏塚恭二(からすづかきょうじ)」と書かれていた。

「烏塚さん……」

 頭の中の「どうでもいいもの」箱の中を探る。しばらくごそごそすると、ようやく出てきた。

「たしかFLCの……ゲームをくれた……?」

 FLCに搭載する声の仕事をしていた時に、何度か会ったことがある。向こうはとーこのことがお気に入りらしく、事あるごとに話しかけてきていた。

 幸助以外の男性に興味のないとーこは素気なくあしらい続けたが、烏塚はなかなかしつこく、メールや電話を繰り返し送って寄越した。坂崎さんの抗議のおかげで以後は音信不通となっていた。最後にFLCのスターティングセットをくれたのだったか……。


「そうです!! その烏塚恭二です!!」

 心底嬉しそうな顔をしながら、烏塚は断りもなくとーこの対面に座った。

 とーこはあからさまに顔をしかめて身を遠ざけたが、烏塚は微動だにしない。そもそも気づいてすらいない様子だ。鈍感、というか自分のことしか見えていないタイプなのだろう。

「やー、どうですか!? その後、FLCプレイしてくれてますか!?」

「……あー、はい。最近になってぼちぼち……」

 幸助や摩耶と一緒に遊ぶツールとして大活躍している。


「そーですか!!」

 烏塚はバン、とテーブルを叩いて身を乗り出してきた。

 あ、まずった。そう気づいた時には遅かった。

「いやー良かった!! 僥倖ぎょうこうです!! 幸せの極みです!! あなたのような知名度ある方にプレイしていただけるだなんて、製作者として光栄の至りです!!」

 興奮気味に拳を振り回している。

「はあ……でも、かなり最近ですし、そもそもサービス終了が決まってからの話ですし……」

 なるべく話を膨らませたくない。だがあまりにも素っ気なくすると逆恨みされるだろうか。こういう大人への対応は難しい。

「関係ないんですよそんなこたぁ!!」

 バァン、感情が昂ぶったのか、烏塚は頬を真っ赤にしてまくし立てた。

「あなたがやってくれるってことが大きいんです!! 世間的に認知されてる人がプレイしてくれてることがでかいんです!!」

「はあ……」

「これで多少なりとも、トライアルに対して有効な取引材料ができました!!」


「取引……材料?」

 なんの話だろう。

「そーなんです!! FLCのサービス終了を差し止めるために、僕は頑張ってるんです!!」

「差し止める……? だってもう、決定したことなんですよね?」

 FLC開発元の@トリッパーは、相次ぐユーザー離脱や資金提供者との交渉に苦しみ、サービス終了を決定した。会社自体も解体し、以後はトライアルに各部門ごと分離吸収される手はずになっている。

「決定!? そんなもんはねえあなた、どーとでもなるんですよ!! この業界、知名度がすべてだ!! 世間の評価がすべてを決する!!」

 唾が顔にかかりそうだ。こめかみに浮いた血管が切れそうだ。

 ちょっとこの人はおかしいのかもしれない。

 とーこは顔をしかめて体を遠ざけた。


「面白ければいいんです!! 客が集まればいいんです!! 僕はそのための仕掛けをあの作品にたくさん詰め込んだ!!」

「はあ……仕掛け……」

「まず妖精あいかたがよく喋る!!」

「言わなくてもいいことまでね……」

「妖精が自由に動く!!」

「迷惑かけられることが多いけどね……」

「妖精が可愛い!!」

「主観の問題ね……」

「妖精がまるで生きているみたい!!」


「それは――」

 たしかにその通りだ。ルルのように自我を持つに至ったものまでいる。

 だけど烏塚は知っているのだろうか。FLCの現状を。妖精たちが本能の赴くまま、プレイヤーに話かけてきていることを。


 とーこが同意したと感じたのか、烏塚はさらに勢いづいた。

「ですよね!? あなたもそう感じるでしょう!? まるで生きてるみたいだって、そう思うでしょう!?」

「う、うん……だけど……」

「よかった!! 狙っていた通りだ!!」

 ぱちん、烏塚は自分の手のひらに拳を打ち付けた。


「――狙い……通り……?」

 その言葉の意味を理解するのにしばらくかかった。

「まるで生きているみたいなのが……狙い通りってこと……?」

 思わず声が震えた。

 それは彼女たちの誰もが気がつきながら、あえて見て見ぬふりをしてきた疑問のひとつだ。


 ――ルルは本当に生きているのか?


 そんなことが出来るわけがなかった。

 あんなに精巧なプログラムが組めるわけなかった。

 あんなにファジーな対応が出来るわけがなかった。

 だからみんな信じてた。信じようとしてた。

 奇跡なんだって思い込もうとしてた。

 でももしそれが可能だとしたら?

 純粋に科学技術の発達の結果だとしたら?


 ――こーくんはいったい、なにをやらされているんだろう……?


「そーです!! そーなんです!! いやートキリンが話の早い人でよかった!!」

 感極まった、というように烏塚は自らの体を抱く。

「僕はねえ、昔から、人工知能の研究をしてたんです!!」

「人工……知能……?」

「わかります!? 人間と同じように考え、同じように喋る知能!! それこそ誰にも見分けのつかないほどの高性能の!! あの時は出来なかった!! 資金もなく、技術も発想に追いついてこなかった!!」

 烏塚はひとり語りに語り始める。

「量子コンピュータの民間実用化以来、すべてが変わった!! ひと昔前のスパコンなんて目じゃない超並列コンピューティング能力で、多くの未解決の問題を解決した!! それこそ人工知能の問題がそうだ!! ガラティア、ホムンクルス、オートマタ!! 神話の昔から、多くの人工生命体が模索されてた!! それらを成し遂げるには何を置いても圧倒的な計算力が必要だった!! 量子コンピュータがそれらをすべて成し遂げた!! 自律式の推論エンジンを完成させた!! エキスパートシステムの完成を見た!!」

 完全にひとりの世界に入った烏塚の演説は止まらない。

「パトロンの意向で、僕はFLCの世界を構築した!! 多くのボットに命令した!! 自動的にネットに接続しろと!! あらゆるテキストを映像を収集せよと!! ご主人の望むような情報を学習せよと!! それらを不自然なく扱えるようになれと!! 神話に民話に現代語劇に!! 多くの動画配信サイトやブログやSNSに!! 様々なデータベースに際限なく接続し、パターン学習し、存在としてシームレスになれと!! それこそ実際に生きてるみたいに!! ――でも問題があった!! 量子コンピュータをもってしても、任意の情報の選択には時間がかかった!! 不自然さを感じさせないレベルになるまでは数年単位の時間が必要だった!! 4年もたてば、さぞやいい感じに調教出来ていることでしょうねえ!!」


「そ……それって……」

 ぶるりと、背筋に寒気が走った。

 盤石だと思っていた足場が崩れていくようだった。

「お? なんですか!? 心当たりがありますか!? 『生きてるみたいに話す妖精』に心当たりがありますか!? そいつぁーよかった!! 光栄の至りです!! あなたを錯覚させるに至ったその人格インターフェースを褒めてあげたいです!!」

「人格インター……っ。じゃ、じゃあルルは……」

 烏塚が食いついてきた。

「ルル!? ルルっていうんですかその妖精は!? 紛い物は!? 生きてるように見せかけた紛い物は!?」

「ち……違う!! ルルは生きてる!!」

 とーこは激しくかぶりを振った。一瞬でも烏塚の言葉を信じかけた自分を恥じて赤くなった。

「何が違うんです!? あなたにその判断がつきますか!? ルルが生きてるのかどうか、判断するに足る材料がありますか!?」


「できるわよ!!」

 とーこはがばりと立ち上がった。烏塚と真っ向から対峙した。

「彼女には感情があるもの!! 泣いたり笑ったり怒ったり!! ――恋だってするもの!! こーくんが落ち込んでたら慰めるし、他の女に目移りしたら嫉妬するもの!! ……自分の大好きな人を私に譲ろうとしたりするもの!! そんなこと……機械にできるわけないじゃない!! ルルは……ルルは……!!」

 烏塚は鼻で笑った。

「なぁに言ってるんですか!! 恋愛が一番簡単じゃないですか!! 多くの駄作者が書き連ねたテキストからそれらしい言葉を抽出すればいいんですよ!! 組み合わせればいいんですよ!! 世界の中心で愛を叫んで看取ってくれる恋人へ涙のメッセージをおくればいいんですよ!! ちょろいちょろい!!」

 とーこは一歩後退った。懸命に首を横に振る。

「そんなことない!! そんなわけないじゃない!! そんな上っ面だけの言葉が、あんなに突き刺さるわけないじゃない!! ルルは……だって……生きてるんだから……っ!!」


 ――うちのあるじ様と、本気でパパママの関係になる気はないですか?

 ――ママはルルの産みの親ですから。他の誰でもない、もっともルルに近い存在ですから、だからルルとしては、そうなってくれると嬉しいんです。最後の最後に、ほっとしてこの世を去ることが出来ると思うんですよ。


 いつかのルルの言葉が脳裏をよぎる。

 優しい声が耳朶じだを打つ。

「……!!」

 胸が詰まる。目頭が熱くなる。

 上手く反論できないことが悔しくて、いつの間にか、とーこは泣いていた――。


 声を荒げ意見をぶつけ合うふたりに、さすがに周りが騒ぎだした。遠巻きに成り行きを見守る者の中から、警備員を呼びに走る者が現れた。

 その様子に気づいた烏塚は肩を揺するように低く笑った。

「まあ初歩のチューリングテストには合格ってことですかね」

 眉をひそめるとーこに説明してくる。

「わかんないですよね。人工知能の程度を計測するための命題ですよ。目隠しした状態で被験者に人間や人工知能と対話させ、見破られなかったら勝ち。その機械は充分に知的である。充分に人間的である。そういったテストのことです。――ねえ、わかります? そいつは、そのルルという妖精を人間的であると判断する材料はどこにありました? あなたは『見破ることのできなかった被験者』じゃないんですか? 本当にそいつは――自我を持っているんですか?」




「――大丈夫? 時子ちゃん」

 肩が激しく上下している。鼓動がおさまらない。

 坂崎さんに寄り添われて帰る道すがら、なおもとーこは、自分の中を吹きすさぶ感情に翻弄されていた。

「おかしな男に捕まったわね。ごめんね、わたしがあなたをひとりにしたから……」

「いいの。別に……」

 公園で一休みすることにした。がっくりとベンチに座り込んだとーこのために、坂崎さんは飲み物を買いに走ってくれた。


「……はあっ」

 大きく息を吐いた。まだ暑い夏の終わりの夕暮れ。冷たい汗が頬を伝って落ちた。

「ねえ……ルル……」

 ぽつりとつぶやく。

「あなたは……」

 その問いかけに答える者はいない。


 ――あなたは……ホントにそこにいるの……?  

 


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