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最果てのクロニクル~サヨナラ協定~  作者: 呑竜
マダム・ラリーの館
8/118

「フラグしかない」

ハチヤ 軽戦士ライトファイター35LV 丸耳族

 ルル 司祭ビショップ25LV

 迷惑スキル:諸人もろびとこぞりて。近くに一定数、もしくはレベル以上のモンスターがいて、プレイヤーが戦闘状態になければ、強制的にトレインを誘発させる。


 コルム 斥候スカウト35LV 丸耳族 

 バクさん 聖騎士パラディン25LV

 迷惑スキル:極限状況強制転移エクストリーム・ジョウンター。プレイヤーのHP(生命力)が一定値を下回ると、半径6キャラ分の範囲内にいるPTメンバーごと強制転移させる。


 マヤ  女騎士レディナイト20LV 小人族 

 バランタイン 騎士ナイト 14LV

 迷惑スキル:ライオン騎士ナイト。プレイヤーが戦闘状態になく、かつプレイヤーより強いモンスターがいれば、強制的に戦闘状態に入る。


 イチカ 闘女バトルレディ 5LV  獣人族 

 シショー 鉄鍛冶アイアンスミス4LV

 迷惑スキル:一意戦心。プレイヤーのHPが半分以下になった時にしか動かず、ひとたび動き出したらMPを消費し尽くすまで止まらない。


 アール・オブリス 尼僧ナン5LV  兎耳族 

 ママ 歌姫ディーバ4LV


 モルガン 魔女ウィッチ3LV 長耳族 

 ふくちゃん 吟遊詩人バード2LV

 ~~~~~3人~~~~~


「まあ……!!」

「おお……!!」

「……ふん」

 来訪者の訪れを覚知した3人のリアクションは、それぞれに違った。

 館の女主人はただただ感激に打ち震え、執事は女主人の喜びに同調し、女主人の娘は変えられぬ運命の始まりを呪った。


 ――彼女らはNPCだ。プレイヤーの操作しないシステム側のキャラクターだ。指定された特定のゾーンでプレイヤーを待ち受けるという意味では、テーマパークのキャストに似ている。幾千のキャストの中の、たった3人。

 彼女らが他と違うのは、人気のないクエストの担当だということだ。いや、人気のないという表現では生ぬるい。存在すら一部の者しか知らない。訪れた者の数――サービス開始から4年経った今でもなおゼロ。ニッチでロンリーなクエストの構成要員だった。


 彼女らがルルと同じく魂の保持者ホルダーとなったことは、けっして幸運とは言い難い。なまじ自我を持ってしまったせいで、彼女らは余計に苦しんだ。時間と孤独が、万力のように彼女らの胸を締め上げる日々が続いて、続いて――そして今、唐突に終わりを告げた。


「なんと喜ばしい…。サービス開始から4年……。もう、出番などないと思っていましたのに……」

 よよ、と嬉し泣きに泣き崩れる女主人の姿に、執事は涙を禁じ得ない。

「ラリー様……おいたわしや……」


 アカウント停止者への特定条件下における恩赦条項。それを望む者たちだけに開示される救済クエスト。

 逆に言うなら、その者たち以外には彼女らの存在は明らかにされない。たとえばサービ終了までにクエストに挑戦するプレイヤーがひとりも出現しなければ、彼女らの姿はついに人目に触れることすらなく、電子の屑として打ち捨てられる。


 4年越しの念願叶って純粋に喜ぶ女主人と執事に対し、娘は面白くない顔をしている。長耳族の――森の深淵に住むエルフのような美しい娘がぶすっとねて、頬杖をついている。

「……どうしたの、レイミア?」

 見た目はさほど変わらないが、遥かに年上の女主人が声をかける。

「だってお母様。どうせわたくしたちは、悪役ヴィランじゃないですか。出番が来たとして、頑張って演じたところで、冒険者様方に蔑まれ憎まれる定めじゃないですか。……嫌よ私。そんなの。やる気になんてなれない。まして喜ぶなんて……」

「レイミア……あなた……」

「お嬢様……」

 女主人は答えに窮し、執事は微かに眉をしかめ、今しばしの時を待つ――。


 ~~~~~ハチヤ~~~~~


 マダム・ラリーの館は、ヴィンチの街郊外の森の中にある3階建の石造りの洋館だ。

 普段は近づいてもイベントはなく、扉にカギがかかっている。だが天候が吹雪になると、一定の確率で窓に灯りがちらつくという噂がある。雪狼の遠吠えに混じり、女性のすすり泣く声が聞こえるともいう。

 何がトリガーになっているのか、そもそも館に入れるのか、昔からの謎だったんだけど……。


「……アカウント停止措置者に対してのみ解放されるクエスト専用の館だったのか……。なんてニッチな……」

 館の1階は、2階まで吹き抜けのホールになっている。コルムが付けた灯明ライトの魔法が投げかける明かりの中、俺たちは館の主の到着を待っている。


 毒々しいほどに赤い絨毯。壁を彩るガーゴイルの石像。調度品も禍々(まがまが)しい形のものばかりだ。吹雪の音が反響し、それが女性のすすり泣きのように聞こえ、とても居心地が悪い。

 じっとしていると、俺のキャラが体に降り積もった雪を払った。ルルも頭を振って雪をけている。これらはコマンド入力を必要としないオートモーションだ。FLCにログインしながらなにもせず観賞用にしている層がいるっていうのもうなずける。芸が細かい。


「よし、探検行くぞ、マヤ!!」

「お、おう!! イチカ!!」

「おい待ておまえら」

「なんだハチコー」

「なんだハチコーっ」

 おまえこそなんだ。


「もうすぐイベント始まるからここにいろ。あとでワケわかんなくなるぞ」

「はあ~? そんなのおまえが聞いとけよ、だりいなあ」

「学校の授業じゃねえからこれ」

「じゃ、プリントもらっとけ」

「だから授業じゃねえから。ってか仮にプリントあっても見ないだろおまえ」

「…………」

 イチカは黙って俺を見た後、

「おい妹、キャッチボールしようぜ」

 手近にあった壷をぶん投げて、廊下の端と端でキャッチボールを始めた。

「おおーい!! 話を聞けー!!」


「ったく、あいつら……!!」

 毒づきながらホールに戻ると、モルガンがアイテムリストを開いて先ほど手に入れたアイテムを確認している(自動的にバックパックをごそごそするモーションになる)。

「……なにやってんですかね先生は」

 この人をひとりにしておくと不安しかない。


「さっき貰ったアイテムの売値を確かめたくて、ネットのデータと比較してたところ」

「なんで売る気満々なんだよ!!」

「……なんで?」

 首を傾げる。いや不思議そうに聞くなよ。

「NPCがくれたってことはクリアに必要なアイテムだってことでしょ、売っちゃだめでしょ?」

「だって明らかに消耗品っぽいし、そしたらハチヤくんが余分に持ってそうでしょ。分けて貰えば得するじゃない」

「な……なんでそこまで人の力を頼りにできるんだこの先生は……!!」


 ちなみにさっき手に入れた云々というのは、マダム・ラリーの館に入る前に接触してきたNPCのことだ。

 サリュと名乗る兎耳族の女の子が、館へ向かったまま戻って来ない兄の行方を探して欲しいとのことで、PTメンバー全員に身隠しの秘薬をくれた。

 身隠しの秘薬は名前の通りの透明化の薬で、服用時にはモンスターの目にも妖精やプレイヤーの目にも映らなくなる(ドミニオン・オブ・ミニオン。通称DOMと呼ばれるプレイヤー間戦争では、透明化したキャラ同士のバトルが繰り広げられることが多い)。店売りでもそれなりに安く、生産スキルでも大量に造れるため、値段としては二束三文だ。

 だからまあ冒険者のたしなみとして持ってるのは当然だし、モルガンの指摘は正しい。正しいのだが、たいした儲けになるわけでもないのだ。それは調べてわかってるなのに、この人はせこせこ儲けようとする。


「なんでこの人は金持ちのくせに金の亡者なんだろうなあ……」

「現実のお金は私が手に入れたわけじゃないもの」

「そりゃそうだろうけどさあ……」

 けろっとしていうことじゃねえよ。少なくとも。


「畜生、まともなやつがいない……」

 疲れきって来客用のソファのほうを振り返ると、コルムとアールが座っていた。コルムはバクさんの背中を撫でたり普通にしてるけど、アールはそわそわきょろきょろと落ち着きがない。


「……どした? アール」

 声をかけると、アールがばっと勢いよく俺の方を向く。目が爛々と輝いている。

「――ハチヤ」

「ん? うん?」

「この状況はあれだ。クローズドサークルだろう」

「ん? ああそうか……言われてみりゃあ……」


 窓の外に目をやると、雪は一層激しさを増していた。雪片が窓の桟に張り付き凍りつき、視界がほとんど通らない。ちょうど夜に差し掛かったところで、今から外へ出るのは自殺行為。つまり外との連絡はつかない。何があっても助けは来ない……みたいな状況だ。

 クローズドサークルっていうのは「吹雪の山荘」ものや「嵐の孤島」ものみたいな、災害あるいは人災によって登場人物たちが広い意味での密室に閉じ込められた状況を指すミステリ用語で、この状況にはぴったりだ。


「雪に閉じ込められた密室で起こる連続殺人。まさに吹雪の山荘じゃないか」

「う、うん。まだ起こってないけどな」

 アールはゆらぁりと立ち上がり、がしっと俺の肩を掴んだ。目が怖い。

「……起こるに決まってるだろう。いやこの状況でむしろ起こらないでどうする!?」

「ごめんなさい!?」

「ということはボクの出番だ!! ははははは、皆、大船に乗ったつもりでいたまえ!!」

 拳を握り高笑いを上げるアール。

「ハチの友達ってさ……」

 コルムが微妙な顔をしている。

 おい俺のせいみたいなトーンやめろよ。


「――お客人」

「おわああぁあああ!?」

『きゃああぁあああぁ!?』

 ボソリ、いきなり後ろで囁く声が聞こえ、俺は全力で前に飛びのいた。


「な、な、な、な!?」

 振り返ると、執事服に身を包んだ老人――エジムンドさんが立っていた。

 年の頃なら60か70か。歳の割に背は高く肉付きも良く、背筋もぴんと伸びている。総白髪で髭が長い。刻まれた無数の皺は、加齢のせいというより長い死闘と苦悶の末に出来たもののように見える。歳を重ねた傭兵が執事になったらこんな感じかな、と思える老人だった。 


「……さすがエジムンドさん。迫力ある登場の仕方ですね。参考になります」

「メモるなメモるな」

 そういう熱心さはいらん。料理番組をメモする主婦かおまえは。

「あるじ様にいつでも新鮮なトラブルをお届けするのがわたしのお役目なのですよ」

「新鮮なお野菜をお届けしたいみたいに言うのはやめようか」

 主婦かおまえは。


「でもお仕事ですから」

「適度に手抜いてよろしい」

「けっこう抜いてるつもりなんですけどねえ……」

「抜いてあれなの!?」


「――お客人」

『あ、はい』

「お部屋の用意が整いましたのでご案内させていただきます。お食事は1階の食堂で。落ち着いた頃に私がお部屋まで皆様をお迎えに上がります。ちなみに、ご自分の意思で勝手に館の中をうろつかれた場合、お命の保証はできかねます――」

「なにそれ怖い」


「と、いうわけで。部屋割りを考えようか」

 勝手放題に騒いでいたメンバーを召集して、俺はそう切り出した。


「部屋は2人部屋が3つ。3階にひとつ。2階にふたつ」

「大部屋で雑魚寝とかでいいんじゃねえのか?」とイチカ。

「ここ合宿所とかじゃないんで」

「大部屋はございません。すべて2人部屋となっております」

「ですよねー」

 エジムンドさんは少し離れたところで影のように佇立している。

 イチカはだらしなくソファに寝そべり、マヤは床に座り込んで壺をいじっている。

 ふくちゃんを抱っこしたモルガンが、

「部屋割りはそんなに重要なの?」

 素朴な疑問を切り出してきた。

「はっきり言って、一番のキーですね」

 ちら、とエジムンドさんを見るが、相変わらず、彫像のように身じろぎもしない。


「PTを分散させるってことは、戦力を分散させるってことです。FLCではわりとあるんですが、分散したメンバーに孤立戦闘させるんです。ここの戦力配分を間違えると総崩れになる」

「ふうん……」

「孤立して、ひとりひとり消えていくメンバー……。館の暗がりを徘徊するモンスター執事……」

 不吉なことを勝手に想像して身悶えているアール。……とりあえず実害はないので放っておこう。


 ちなみに今のPTの戦力

 ハチヤ 軽戦士ライトファイター35LV 丸耳族

 ルル 司祭ビショップ25LV

 コルム 斥候スカウト35LV 丸耳族 

 バクさん 聖騎士パラディン25LV

 マヤ  女騎士レディナイト20LV 小人族 

 バランタイン 騎士ナイト 14LV

 イチカ 闘女バトルレディ 5LV  獣人族 

 シショー 鉄鍛冶アイアンスミス4LV

 アール 尼僧ナン5LV  兎耳族 

 ママ 歌姫ディーバ4LV

 モルガン魔女ウィッチ3LV 長耳族 

 ふくちゃん 吟遊詩人バード2LV


 となる。低レベルの直接戦闘系や魔法戦闘系のキャラは役に立たないが、補助や回復魔法の使い手は、レベルが低ければ低いなりになんとかなる。

 なら……こうか?

 ハチヤ:イチカ

 マヤ:アール

 コルム:モルガン

 前衛としては物足りないマヤとバランタインをアールとママで補助し、なんでもできるコルムとバクさんのコンビをふくちゃんが補助する(モルガン? 誰それ)。イチカは近接戦闘特化すぎるのでレベル上がらないとあんまり存在意義がない。俺とルルが全力で頑張りつつ、シショーの援護があればという感じか。


「えー。おまえと一緒かよ」

 めっちゃ不満そうなイチカ。

「はいそこー。好き嫌い言わない」

「マヤくん。よろしく頼む」

「あ、アール。よろしくっ」

「あー。マヤの浮気者ー」

「えっ。……うううっ?」

 にやにやしながらイチカ。本気で困った様子のマヤ。

「はいそこー。人の妹で遊ばない」

 コルムとモルガンは「あ、どうもー」とまだぎこちない感じで接している。

「お客人、用意はできましたかな?」

「あ、はい」

 先導するエジムンドさんの後ろにぞろぞろとついて行く皆。俺は一番後ろを歩きながら、館の間取りを頭に叩き込んでいく。合流までの時間をなるべく短縮したいからな。

 そもそも戦闘がなければいいんだけど、あんなもの(身隠しの秘薬)をくれた以上は望み薄かな……。

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