「なあ、ヤスパール」
~~~モルガン~~~
「……あら、けっこう元気ね。もっとこう、明日をも知れないみたいなのを想像してたんだけど」
自室で療養しているコデットは、アンバーの話の割には元気そうだった。
ぐるぐると体中に包帯を巻いてはいるが、血色悪そうな顔をしてはいるが、きちんと生きていた。手もあるし足もあるし、羽だって生えてた。周りが心配するほどに元気だった。
(護衛を固めてるってよりは、勝手に飛び出さないよう見張ってるってほうが正しいのかもね……)
屋敷内を厳重に固めている女性たち――全員女性で、変身用の媒介らしきものを手にしている――が、とくにコデットの自室周辺を警戒していることを、モルガンはそのように解釈した。
「おおー? こいつがおまえの師匠か? なぁんだ、たいしてすごそうには見えねえなあ」
あまりに気安く、なんの敷居もないよういコデットが声をかけてくる。
「ちょ、ちょっとコデット様!?」
アンバーが心配するほどだ。
「それは奇遇だね。私も想像よりよっぽどちっこいのが出てきたことでびっくりしてるところよ。あんた、ほんとにひとりで一軍に匹敵するほどの妖精貴族なの?」
「師匠まで!?」
あっはっは、コデットは快活に笑った。
「言うじゃないか。実力もありそうだし、あんたみたいなのならアンバーを安心して預けられる」
モルガンは肩を竦めて微笑んでみせた。
「お互い様ね。私もあなたみたいなのが相手で良かったわ。もっと変なやつに預かられてて、そのせいでアンバーが変な趣味に目覚めちゃったんじゃないかと心配してたからさ」
「変な趣味とはご挨拶だね。遥かな昔からこの地に生きてた生命からの贈り物だよ」
「私の生きてる時代の一部のニッチな層と会わせたら話も合うだろうね。能力自体は一級品みたいだし、なによりそのおかげでアンバーの体が恢復してるみたいだからよかったけど」
「まあでもなんというか……」
モルガンが口の端をにやりと歪めると、
「だな。そんな理屈はさておき……」
コデットも笑い返した。
「――可愛いからいいか」
「――可愛いからいいだろ」
意外な角度から意気投合したコデットと、現状について様々な話をした。
魔法少女の群れに追い立てられた機軍総督ギーラとミスリル機械兵メリダが、手負いになりながらも包囲を破り、いずこかへと姿をくらましたこと。
魔法少女の側にも少なからぬ被害が出て、コデットの護衛にも人数を割かなければいけないため、新入りのアンバー以外は満足に動けないこと。
「アンバーが言ってたけど、地下水道が怪しいってのは本当なの?」
「つーか、それ以外考えられねえ。あれだけの兵隊を直接アタシの庭先に送り込んでくる方法が他にねえ。きっと鎧喰らいどもが手引きしたんだ。あいつら、アタシたちと仲悪いからって……ったく!!」
ぷんすか腕組みするコデット。
「まあNPCがそういうんならそうなんでしょうけどね……。たしかにこの地図見る限りは郊外にまで通じてるみたいだし……ん? これは……?」
モルガンは網の目状に広がる地下水道の地図に目をやると、上方に消えるようにして伸びる道筋に気づいた。
「これって……」
「ああ? なんだそんなことも知らねえのか? 妖精釜ともうひとつ──」
「……なあアンバー」
苦虫を噛み潰したような顔でバド。
「この人がキリエって先輩……?」
「ん? そうだけど?」
「……なんでこの人さっきからオレらのことじっと見てんの?」
茶色のおさげの割烹着姿の娘――キリエはお盆を持ったままにやにやとバドを見ている。
「へえーへえー、これがバド? 大きくなったわねー。そうかそうかー、ちょっと意外な方向に成長しちゃったけど、これはこれで味があるっていうか男らしいっていうかねー。うんうん」
「は、はあそうすか……。オレはあんたのこと覚えてないすけど……」
「いぃーのよー!!」
バシバシ、キリエはおばちゃんのようにバドの肩を叩く。
「バドは大好きなアンバーのことしか目に入ってなかったんだもんねえ!!」
「なっ……!!」
「ちょ、キリエさ……!!」
若いふたりが動揺する。
「でもすごいわよねー!! いかに大好きな女の子のためとはいえ、危険な道中をくぐり抜けて王都まで来るなんて!! しかも地下水道を突破したんでしょ!? やるわね男の子!!」
「や、やめろ!! そんなんじゃねえよ!! アンバーは大切な仲間だから来ただけだ!! 自警団の重要なメンバーだから、オレは団長として……!!」
「うんうん、『大切』で『重要』ね。わかるわー」
皆まで言うなとうなずくキリエが、アンバーの肩をぽむと叩く。
「愛されてるわねえ。アンバー」
「そんなんじゃねえっつってんだろ!! おいアンバー!! おまえからもこの色ボケ先輩になにか言ってやれよ!!」
しかしアンバーは顔を真っ赤にして「ぷしゅうう……」と湯気を上げている。
「そ……そうなんだ……。バドにとってわたしは『大切』で『重要』なんだ……。そうかあ……ふうーん……」
「おいアンバー!? 戻って来い!! そっちは違う!!」
正気に戻そうとバドが肩を揺するが、アンバーは目を逸らしてもじもじしたまま戻って来ない。
「ありがとね、バド。……でもその、すぐには答え出せないから……もうちょっと待って……?」
「おおーいぃ!?」
「……人が真面目にやってるってのに、向こうはなんだか楽しそうねえ」
「な。うちの連中は面白いのが揃ってるだろうが」
自分の手柄のことのように自慢するコデット。
「ごしゅじんさま~? ぼくあのひと~、なんだかすごくみおぼえがあるきがするんですけど~」
ふくちゃんが耳元で囁いてくる。
「ああそれね……」
部屋の片隅で膝を抱えて放心している片手片足のミスリル機械兵。その姿に既視感がある。
「ねえコデット。あれってさあ……」
「んー? そいつか。ヤスパールっていうんだとさ。敵の親玉に見捨てられて置いてかれたんだ。こっちもけっこうな人数がやられたし、とどめ刺してもよかったんだが……なんだかその姿を見てたら気が抜けちまってな……」
「ふうん……」
モルガンは目を細めて値踏みするようにヤスパールを見る。
――ハチヤの傍らにいるアレに似ている。そう思った。
~~~ヤスパール~~~
マドロア近傍のセレンディア火山から産出される、大量の魔素を含有した黒水晶。これを丹念に磨き上げて魂の器とした。
外装骨格、駆動部に至るまでが、硬く粘り強いミスリル銀で出来ている。顔の造作にも一切手を抜かず、最高級の技官や職人を動員した。未来のマドロアを支える貴重な戦力となれるように、丁寧に丁重に創り上げた。
極寒の地の工房の、最重要区画でヤスパールは産声を上げた。
製作に携わったたくさんの中に、彼女――カイがいた。
女の子だった。子供のように小さな体を技官のカーキグリーンの制服に包んでいた。サイズが合うのがなくてぶかぶかだった。腕まくりをして紐をたすき掛けして、ようやく作業ができるくらいだった。
実際、年も若かったのだ。マドロアの士官学校を首席飛び級で卒業した、史上最年少の魔道技官。魂を器に導くための役割を単独で担った天才。
蛇のようにのたうつ金髪を後ろで結わえ、空を映したように青い瞳を楽しげに煌めかせながら、彼女はヤスパールの製作に携わった。
「シシシ」
特徴的な笑い方で彼女は笑った。
魂の器に入ったばかりのヤスパールを覗き込むようにして、親しげに話しかけてきた。
「よーう。どうよ調子は?」
問われても、発声器官の出来上がっていないヤスパールには答えられない。
「そうだな。答えられるわけもないか。まあいいさ。こいつはひとりごとだ」
構わず、彼女は続けた。
「ヤスパール。おまえが起きた時にきちんと生前の記憶が残っているかどうか、アタシには確証がない。残っていてほしいと思うが、どう転ぶかはわからない。魂を同期させるのって難しいんだ。――要はアタシの腕の未熟だ。許せ」
昔を懐かしむように続けた。
「……けっこう長い付き合いだったよな。遅れて士官学校に入ってきたアタシに抜かれるのが許せないって、おまえは死ぬほど勉強してたっけ。事あるごとにライバル視して来て、なにかっつーと勝負を挑んできて、めんどくさいヤツだと思ってたけどさ、でも実は――けっこう楽しくもあったんだぜ? おまえがいてよかったって。おかげで頑張れたって。こっそりそんなことを思ってた。今さら言うなって? そうだな、悪ぃ」
シシシ、と笑う。
「魔法実験中の事故なんてさ……ホントバカだよ。おまえ、あんなに自信満々だったのに」
声のトーンが落ちる。
「……なあヤスパール。アタシは未だに悩んでるんだ。本当は、おまえをあのまま死なせておくべきだったんじゃないか。無理やり機械の体に移してまで生きながらえさせる必要があったのかって。変わり果てた自分の姿に気づいた時に、きっとすげえ怒るんだろうなって。でもさ……」
目元から何かが落ちてきた。球状に磨きあげられた魂の器の表面を流れ落ちた。
「――アタシはおまえに、生きていて欲しかったんだ」
何かが連続で器に当たる。流れ落ちる。
器自体に触感はなく、温度も湿度もわからない。音や角度から、当たったのだろうということを想像するだけしかできない。
でもなぜだろう。ヤスパールにはわかる気がしたのだ。彼女の涙の温度が。感触までも。
「……なあヤスパール」
ヤスパールから体を離した彼女は、目元を赤くしていた。
「悪ぃんだけどさ。これからアタシは、他のヤツのとこで作業することになったんだ。おまえみたいなのを創るんだ。言うなりゃ、おまえの姉妹ってことになるのかな。なんせマドロア最高の魔道技官様であるアタシにしか出来ないことだからな。引っ張りだこなんだ」
シシシ、と笑う。
「つーわけで、しばらくお別れだ。次に会うのはおまえの体が万全になってからだな。そん時はたぶんおまえにはマスターが出来てるんだろうな。んでいろんな作戦に従事して、たっくさん手柄を立ててるんだ。……ほら、おまえが研究に行きたがってたレヴンドール大森林やら大断崖にも行けるんだぜ? よかったな」
なあヤスパール。なあヤスパール……。
寂しさを紛らわすように、彼女は続ける。
「もしマスターがひどいやつで、おまえをいじめたりしたらアタシに言いな。懲らしめてやるから。アタシは、ライバルの窮地を捨て置くような女じゃないからよ――」
その後、彼女の姿を見ることはついになく、いつしか風の噂で妖精たちの王国に亡命したのだと聞いた。ヤスパールの姉妹のひとりを連れて。
――どうして亡命したのか。
――どうしてそれが自分ではなかったのか。
ヤスパールには今もまだわからない。
コデットの部屋の片隅で何百年も昔のことをとめどもなく思い出していると、いつの間にか目の前に長耳族の魔女が立っていた。
名をモルガンといったか、アンバーを育てた師匠ということだったが、ということはこの魔女もあの特殊な衣装を着るのだろうか。
「ねえあんたさ。お姉さんとか妹とか……いない?」
「……ン?」
――言うなりゃ、おまえの姉妹ってことになるのかな。
ヤスパールはかつての少女の言葉を思い出した。
「………………イル」
「いるんだ!! やっぱり!!」
モルガンは妖精と手を打ち合わせてから、腰に手を当てヤスパールに向き直った。
「そういうことなら話は早いわ!! 私の教え子の連れが、ちょうどあんたみたいなのよ!! きっと姉妹なんだと思うわ!! だからあんた、ついて来なさい!! 会わせてあげるから!!」
「……シマイ? ……アウ?」
「なに悩んでんの!? ちょうどいいじゃない、ひどいご主人に捨てられたばっかりなんだから!! あんたはフリーよ!! 自由なのよ!!」
「ごしゅじんさま~。それはあまりにも~」
「いーじゃない!! ホントのことでしょ!? 人質交換に応じず、脱出の時も一顧だにされなかったって、それ完璧に捨てられてんのよ!!」
「……ヤスパール。……ステラレタ?」
――ライバルの窮地を捨て置くような女じゃないからよ。
電光のように、少女の言葉が脳裏を過ぎる。
「ほら~、へこんじゃってるじゃないですか~」
「なんでよ!! ありのままを言ったまででしょ!?」
「それがふつーのひとには~」
「………………イク」
「ほら~あんなにかなしそうに~って、あれ~?」
「ほらね!! 見なさい!! あんなにやる気になって!!」
壁を支えにして起き上がると、ヤスパールは一度、ローラーブレードを音高く鳴らした。
「……ヤスパール。シマイ……アウ」
それはたぶん、ミスリル機械兵として生まれ変わってから、彼女が初めて感じた欲求だった。




