「夜会の準備」
~~~~~アンバー~~~~~
料理方の1日は早い。
日の出より早く起き、眠い目をこすりながら井戸の水で顔を洗い、すぐに煮炊きの準備を始める。
主食はパン。天然酵母によって数日発酵させたパン生地を釜で焼くのが、味にこだわるレイ・ボワル流だ。
副菜はポトフのような野菜スープが多い。王都郊外の畑から収穫したばかりの新鮮な野菜を丁寧に下ごしらえし、香草と共に煮る。
コデットが甘党なので、パイやケーキを焼くことも多い。砂糖にハチミツ、バター、甘くまろやかな香りが立ちこめる厨房は、いるだけで太ってしまいそうになる。
獣人族や巨人族など、胃袋の大きい肉食種のために肉も焼く。兎や鳥なら慣れたものだが、豚を丸ごと焼くのには難儀した。なにせ専用の器具で頭から尻まで貫き通したのをぐるぐる回しながら両面じっくり焼き上げるのだから重労働だ。
汗が噴き出る。肩がこる。手に豆ができる。
調理が終われば大食堂を走り回って配膳し、みんなが美味そうに舌鼓を打つのを眺めながら、料理方全員、隅っこで食事をとる。それが1日に3度繰り返される。
給金も出るし、休みは交代制だが5日おきに一度やってくる。
みんなはその時に外出し、買い物したり遊んだりしているらしいが、アンバーは一度も外出したことがない。
出たくないわけではないが、いまは自制している。
「驚いた。あんたけっこう料理出来るんだねえ。お嬢様育ちのくせに」
ポトフをひと啜りしてから、キリエが話しかけてくる。
「ふふふ。驚きましたか。こう見えても腕には自信があるんです。ロッカさんに……バドのお父さんに教わりましたから」
百人からの分を調理したことはさすがにないが、器具や火や調味料の扱いなど基本的なことは覚えている。育ちのわりにという定冠詞がつくのは悔しいが、まがりなりにも戦力として認められたことが嬉しい。
「ロッカ……バド……ああー」
懐かしそうにキリエは微笑む。
「あの偏屈料理人か。いたなーそう言えば。息子のほうも元気盛りのやんちゃなガキだったっけ」
「いまもやんちゃですよ。まったく手間がかかって困っちゃう」
いかにも大げさに肩を竦めると、キリエは弾けるように笑った。
ふと、キリエは声をひそめる。
「……あんたもそろそろ里心がついて来たんじゃないかい? こっち来てから外出もしてないみたいだし、どうだいたまには。会いたいだろう、その坊やに」
「う……」
完全に見透かした目だった。
アンバーは耳まで真っ赤になりながら、しかし静かに首を横に振った。
「どうしてだい。ちょろっと会いにいくぐらいだったら問題ないんだよ? コデット様はそんな了見の狭いお人じゃないさ。むしろ安心させてやれってぐらい言うだろうよ。そもそもあんたはここが地元なんだろ? 家族はなおさら近くにいるんじゃないか」
たしかにキリエの言うとおりだ。一刻も早く会いたい気持ちは常にある。枕を涙で濡らした夜だって、ひと晩ふた晩じゃ済まない。
手紙だけでなく、直接会って言葉を交わして安心させるべきだとも思う。
けどダメだ──アンバーは首を横に振る。
「みんながわたしの無事をわかっててくれるならそれでいいんです。生きてさえいれば、いつか会える時が来ます。でも今は……ダメです。気持ちがくじけちゃう。みんなに頼りきりになっちゃう。……わたしは弱いから。誰かの陰に隠れちゃうから。一刻も早く魔法少女になって、力をつけたいんです」
「あんた……それじゃあたしと同じ道を……」
「――約束したんです。『絶対あなたたちを助けに行く』って」
――過去の誰かへ、あるいは未来の誰かへ。
アンバーは酒樽の中にメッセージを託した。
同じ境遇にある者たちを見過ごしには出来ない。
自分だけ救われればそれでいいなんてわけにはいかない。
なんとかして足跡を追い、助け出さないと――。
「んっ……」
不意をついて撫でられて、思わず声が出た。
腕ごしに見上げると、キリエが力強く笑っていた。
「オッケー。そういうことならあたしにも手伝わせな」
「で、でもキリエさん……」
「あたしだって同じ村の出身だもの、当然名残り惜しい部分はあるのさ。負い目もあるし……。だからひとりだけで張り切るのはやめにしておくれよ。なあ」
「キリエさぁん……」
急にこみ上げてくるものがあって、鼻をすする。
「おいおい泣くんじゃないよ。まったくあんたは手間のかかる。……ふん、姉さんも同じ気持ちだったのかね」
「お姉さん?」
離れ離れになったまま行方のわからないキリエの姉。
「いまはどこにいるかわかんないけどさ。でももし再会したら、たぶんあたしはあんたみたいに泣いて泣いて……んでたぶん、こうして撫でられるんだ。『まったくあんたは』ってさ」
言いながら自分で笑いだしたキリエにつられて、アンバーも笑った。笑いはとめどなく続いて、みんなが「なんだなんだ」と覗きに来た。
──楽しいお屋敷だった。
仲間はみんな優しいし、仕事は大変だけども達成感がある。
村に帰りたい気持ちは変わらないが、何週間か生活を共にしただけで、すでに第二の故郷といっていいほどに馴染んでいた。
ああ、こういう暮らしも悪くないかな、何度となくそう思った。
「はいはい、ちゅうもーく!!」
コデットが手を叩く音で、もの思いから醒めた。
大食堂の天井近くをホバリングしながら、コデットはみんなを見下ろして告げた。
「――開戦が近い」
「――か」
「開戦だと!?」
「マジでか!!」
「とうとう始まるの!?」
「戦争だって!?」
ざわめきが広がる。
「キリエさん。戦争って……?」
キリエは興奮のためか、頬をぶるりと震わせた。
「ロックラント帝国との戦争だ」
「帝国って……でも戦場は遥か東のほうだったはずじゃ……」
「田舎暮らしじゃわからないだろうね。最近、押しに押されてた。――とうとう、王都決戦が始まるんだ」
「王都決戦……」
ごくりとつばを呑み込む。
「アンバー。悪いね。みんなの消息を探る前にやることが出来た」
「なんで……え? だってわたしたちは……」
アンバーの肩をキリエが掴む。
「妖精貴族コデット・レイ・ボワル卿。有力諸侯を束ねる夜会の主催者だ。王都決戦とあらば参加しないわけがないだろうよ。当然あたしらだって付き従う。なんのための魔法少女だと思ってるんだい。意味なく魔法兵装を使わせてもらってるわけじゃないんだよ?」
「わたしが……戦争?」
急にその言葉の意味がわからなくなった。平和な田舎で過ごしてきたアンバーにとって、戦争という言葉はおとぎ話の中でしか聞いたことのないものだった。
モンスター相手ならともかく、自分が人を傷つける。危害を与える。奪い合う――そんなの、ぜんぜんぴんとこない。
「あんたはいいさ。世話になった期間も浅いし、なにしろ子供だもの。でもここにいる連中は――」
キリエは大食堂に集まった百人にも及ぶ女性たちを見やる。
いろんな年齢の者がいた。いろんな種族の者がいた。中には言葉すら通じない者もいる。
人の数だけ事情があり、事情の分だけ格差は生まれる。
こんなにもわけ隔てのない空間は、きっとこの世界のどこにもない。
「ようしあんたら、コデット様への恩を返す時だよ!!」
「そうだそうだ!!」
「帝国の男どもなんてブッ飛ばしちまえ!!」
「あたしら魔法少女の力を見せる時だよ!!」
拳を振り上げ、忠義心と敵愾心を燃やして熱く盛り上がる女性たち。
気がはやり、すぐに変身しようとする者までいる。
笑い声。歓声。
感情の波がうねり盛り上がり、大食堂を満たす。
「――まぁ待ちな。戦への参加は伝令が来てからだ。それまでは夜会を楽しむ。そいつが伝統だ」
コデットはみんなの顔を見渡し、充分に熱が行き渡ったのを確認すると――にやりと笑った。
「パーティーだ。盛大にぶちかますぞ――」
~~レイ・ボワル卿邸宅・大広間~~
その夜、大広間には数多くのテーブルが用意された。
所狭しと料理が並べられた。
肉、魚、野菜に果物、芸を尽くしたデザート類。たくさんの酒。
料理方は当然の如く大忙しだった。人出が足りないので、掃除方や庭師も動員した。
普段作ったことのないような料理も作った。キリエはじめ先輩たちの指示のもと、右へ左へ忙しく立ち働いた。
一通り出し終え追加に備えていると、先輩たちが「アンバー。あんたちは見てきな。そうそう見られるもんじゃない。キリエも案内してあげな」と勧めてくれた。
お仕着せの割烹着を外し普段着に着替えて、キリエと一緒に夜会の会場へ赴いた。
――楽園がそこにあった。
香り高い美食。酌み交わされる美酒。
大広間を埋めるようにしているのは妖精たちだ。10や100ではきかないような大人数。
蝶の羽根、トンボの羽根、甲虫や鳥の羽根。とにかく小さくて色鮮やかでけたたましくてわちゃわちゃしてて……そんな、天国のような光景がそこにあった。
「すごい……キリエさん……これ……すごい!!」
アンバーは盛んにキリエの服の袖を引っ張って感動を伝えた。
「そうだねえ……あたしも夜会自体は何度も見てるけど、今日のはほんとにすごいや」
キリエも感心したように立ち尽くしている。
単純に数ということなら、王都のメインストリートのほうが何倍も何十倍もいる。
だけどこの密集感にはかなわないだろう。
とにかくいたるところにいるのだ。シャンデリアでブランコしてるの、ランプシェードの中に隠れてるの、カーペットの下に潜って上行く者を転ばしてるの。とにかくひしめき合っていて、動き回っている。アンバーたちの体にも、何度も何匹もぶつかってきた。
「おい姉ちゃん!! 酒持ってこいよ酒!!」
「バカこっちが先だぞ!! おいらは肉だ!! 肉汁したたるステーキがいい!!」
給仕の手も当然足りてない。
ふらふらとしているふたりには、ひっきりなしに注文が飛んできた。
「あ、あのごめんなさい。いますぐ……」
慌ててメモをとろうとするアンバー。
「いいんだよアンバー。こいつらの言うこといちいち聞いてたらきりがないんだから」
キリエはこともなげに言い、うるさい妖精たちを体でかき分けるように進んだ。張り飛ばしたり蹴っ飛ばしたりもした。
「で……でも!!」
「いいから!!」
キリエはアンバーの手を引き、大広間の中ほどまで進んだ。
「ほうら、今日のメインはあっちだよ」
キリエの指さすほうにはコデットがいた。いつもの真っ赤なドレスの上から白銀に輝く鎧を身につけている。戦支度はすでに終わっていた。
すううっ、大きく息を吸い込んでから、コデットは告げた。
「――みんな!! ようっく聞きな!! たったいま、アードバトンのウスラトンカチから伝令が来た!! 戦は形勢不利にある!! 至急救援願いたし!! だとさあっ!!」
コデットが伝令の羊皮紙を読み上げるのと同時に、みんながわっと歓声を上げた。
「おおおおおおおおおっ!!」
「戦だあっ!!」
「おっぱじめようぜえっ!!」
「帝国何するものぞ!!」
「夜会の力、見せてやる!!」
食いかけの肉を一気喰いしようとして喉を詰まらせている者。
呑みかけの酒を一気飲みしてダウンしている者。
練習代わりにチャンバラを初めて得物を天井へ突き刺してしまう者。
いろんな者がいた。大広間全体が武者震いに震えてた。
「……なんか、うちのみんなとリアクションが大差ないですね……」
「たはは……。単細胞ですまないね」
キリエは頬をかいた。
「まあしょうがないさ。あたしらはそのためにいるんだから」
もともとさ、キリエは続ける。
「夜会ってのは伝説の魔女――魔法少女カイが創始したもんなんだ。いつかこの島に危機が訪れた時、力を振るうために戦力を整えてた。勝手気ままな妖精どもを餌付けしてた」
「カイって……。でも……」
「……そうさ。裏切り者の名前だ。妖精ですらない」
かつて全世界を相手に戦を起こした無法の魔女――いや、魔法少女。
アンバーは詳しくない。伝説としてしか知らない。
「でもね。ただの裏切り者じゃあないとあたしは思ってるんだ。そうじゃないと、こういった形が何百年もの後生まで残るとは考えにくい。カイは純粋な目的のために、真心とカリスマを兼ね備えてた。だからこそ多くの人を動かし得た。――もっともこれは、コデット様の受け売りなんだがね……」
「コデット様の……?」
「そうさ。あの人はカイの最後の弟子だもの」
「え……でもカイって……なんびゃ──」
しー、キリエは唇に指をあてた。
「言うんじゃないよ? 年齢のことはさ」
「あう、はい……」
アンバーは慌てて口を噤んだ。
「行くよみんなー!!」
コデットの指揮に従い、全員がぞろぞろと移動し始めた。入り口に向かって動き出した。
と、その足が止まる。
――玄関を塞ぐように誰かが立っていた。
丸耳族の男。歳の頃なら30半ばといったところか。根元の赤い金髪に眼帯、無精ひげがうさん臭さを醸し出していた。
黒のパンツに皮鎧、分厚いコート。腰には黒地に銀の装飾を施した一発銃が2本。
職業は銃士だろうか。
「やーやーやーみなさん!! ごきげんよう!!」
とってつけたような恭しいしぐさで、男は一礼をした。
「世に名高き夜会!! そして夜会の主たるコデット・レイ・ボワル卿にお目見えすることができて、この身は光栄の至りにございます!!」
「……なんだぁ? おまえぇ?」
コデットが腰に手を当てて男を見下ろす。
常とは異なる、殺意ある目だった。
心弱い者なら一瞥しただけで精神を破壊されそうなほどの力がこもっている。
男はしかし、涼しい顔でその目線を跳ね返した。
「……ぬばたまの、遥けき深みより生じた一粒種。人呼んで隻眼のギーラ。もしくは――機軍総督ギーラと申します。以後お見知りおきを」




