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最果てのクロニクル~サヨナラ協定~  作者: 呑竜
妖精戦争

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75/118

「生きててくれてよかった」

 ~~~~~アンバー~~~~~


 コデット・レイ・ボワル卿のお屋敷は、王都イリヤーズの中心部にあった。さすが有力者だけあって、立派なお屋敷だった。

 アンバーが生まれ育ったグラスロックの本宅だって相当な大きさだが、これにはかなわない、素直に感心した。


 屋敷には多くの住民がいた。

 すべて女性だった。獣人族、小人族、巨人族もいた。

 召使い、料理人、庭師、門番。あらゆる業務に分け隔てなく、彼女らは活躍していた。

 聞けば、多くはコデットに救われた者たちとのことだった。

 性差別で不当な扱いを受けていたの、帝国の奴隷だったのを解放されたの。

 アンバーのような境遇の者も少なくなかった。


 みんな、新入りのアンバーに優しくしてくれた。

 傷口に薬草を擦り込んだり、手を怪我しては食べにくかろうと食事を食べさえてくれたり、日のあたるところへベッドを移動してくれたりもした。

 家族や村のみんなに無事を伝える手紙を書くと、すぐに早馬を出してくれた。

 ありがたさで胸がいっぱいになった。


 自力歩行できるようになり屋敷の中をうろついていると、不思議な光景を見かけた。

 庭の一角で皆が杖を構え、不思議な踊りを踊り、歌を歌っていた。

 アクの強い名乗り──無駄の多いステップ──破廉恥な衣装──

 希望の光を――愛の力を弓につがえ――ハッピーシューターレインボウ――

「――!?」

 見てはいけない邪教の儀式を見てしまったような気になって、慌てて柱の陰に隠れた。


「お、アンバーじゃねえか。なーにやってんだこんなとこで?」

「──!?」

 肩に手を置かれた。

 振り向くと、コデットが優しげな笑みを浮かべていた。

 背筋に寒気が走った。


「ち、ち、ち──」

「ん? どした?」

「違うんです!! 別に覗こうとして覗いたんじゃないんです!!」

「あー? ああ。いいぜ別に。見られて困るもんじゃなし」

「わ、わたしが困るんです!! わたし……こういうのには素養がないというか、耐性がないというか……!!」

「んー? 別に耐える必要なんかないだろうが。みんなでやれば楽しいぜ?」


「み、みんなで……!?」

 コデットは何もない空間から杖を取り出した。片腕くらいの長さの、渡り鳥の頭をあしらった杖。

 アンバーは反射的に後退った。

「そうだよ。当然、おまえもやるだろ?」

 下がったぶんだけ詰め寄られた。

「いや……っ。やです……やりたくないっ!!」

 涙目で首を横に振るアンバーの手に、とうとう鳥頭の杖が押しつけられた。

 ふと気がつくと、みんなが十重二十重とえはたえに周りを取り囲んでおり──もう、逃げられる雰囲気じゃなかった……。


 ――繰り返しますが、逃げられる雰囲気じゃなかったんです。

 アンバーは眉間に皺を寄せながら回想を続ける。


「レ・ゲナム・テ・モラム・ト・リす……ト・リセイル。 あ……愛する気持ちを胸に秘め、じゃ、邪悪を力で……」

 ある日のことだった。

 常識と羞恥と義務感の狭間で戦いながら、自室でマジックワードを練習していると、ノックもなくコデットが訪れた。

「おーうアンバー。やってるな」

「――こ、コデット様……い、いまの聞いてました!?」

 詠唱を中断し、慌てて鳥頭の杖を背中に隠す。


「あ……おまえそんなことすると……」

「――え? ……あ、ふああっ!?」

 突如、背後で光が膨れ上がった。

 それは杖の先端から発していた。

 ただの装飾だと思っていた鳥がくちばしを開いた。


 ――起動アクティブ


 二重音声で言葉を発する。

 同時に、2羽の光の鳥の化身となって飛び出た。

 鳥は光速で旋回し、アンバーの体をぐるぐる取り巻いた。

 元あった衣服と取り換える形で、魔法の糸により編まれた衣装をまとわせていく。


 それだけならいい。ちょっと恥ずかしいけれど、みんなと同じような衣装をまとうのにすぎない。

 問題は背中で逆向きに発動したことだ。マジックワードが中途半端に唱えられたことだ。


 ――ぴちぴちぴちぴちぴちぴちっ。


 淡く光を発するタイトな生地が、アンバーの体を締め上げる。本来ならあるべきでないところに魔法力を具象化していく。


「いたたたた……痛い痛い痛い!!」

 ブーツとタイツを「両手」に履き、スカートを「逆さ」に履き、チビティーを「膝に」着た。鳥の髪飾りが「すねの肉」を挟んだ。

「痛い痛い痛い!! ほんっとに痛い!!」

 立っていられずたまらず倒れ、涙ぐんで髪飾りをとろうとするが、両手にブーツをはめていては何もできない。


「助けてコデット様!! これとって!!」

 助けを求めるが、当のコデットは大爆笑していて話にならない。

「あっはっは!! あーっはっはっは!! おっまえ!! やっぱり面白いやつだなアンバー!!」

 パチパチと手を叩いて笑っている。

 その間も、鳥の髪飾りの留め具は容赦なくアンバーの脛肉を挟み続ける。

「ううー……!? うううーっ!? この……この人って……!!」

 憤るがどうにもできない。


 なんとかブーツを外そうと必死になっていると、脛から急に圧迫感がなくなった。

「あ、あれ……?」

 顔を上げると、どこかで見たような女性が立っていた。

 アンバーのことを優しく見下ろしていた。


「女の子がそんな恰好するもんじゃないよ」

 ベッドの上から毛布を取ると、アンバーの胸にかけてくれる。

 女の子のデリケートな部分がむき出しだった事実にいまさらながら気づいて、顔が真っ赤になった。


「まったくコデット様にも困ったもんだ」

 いまだに笑い転げているコデットを呆れて見ながら、女性はアンバーの体を拘束していた衣装を脱がせて着直させてくれた。


「落ち着いたかい? ひどい目にあったね」

 ベッドの端に座ったアンバーに、女性は笑いかける。

 20歳くらいだろうか。茶髪のでっかいおさげと人懐っこいはしばみ色の瞳。色濃く散ったそばかすに見覚えがあった。

「あ、ありがとうございます……あの……どこかで……?」  

「ふふ。そりゃあ覚えてないだろうね。ずいぶんと昔のことだもの」

「昔……」 

「覚えてないかい? 村はずれのハミの樹の下に住んでた……」

「村はずれの……ハミの樹……あ!!」

 閃いた。思い出した。忘れかけていた記憶が蘇った。

「マウザーさんとこのキリエさん!!」

 当たり、女性――キリエは破顔した。


 ――生きてたのよ、キリエさん。家族全員、亡くなられたと思ってたけど……。

 アンバーは震えるように言葉を紡ぐ。


 村はずれのハミの樹の下に小さな小屋を建てて住んでいたマウザー一家は、変り者で有名だった。

 夫婦と娘ふたりの4人家族。ほとんど村に顔を出さなかった。

 徹底した自給自足で、コミュニティを必要としなかったということもあるのだろう。どれだけ誘われても水を向けられても、寄合いに参加しなかった。

 ろくに名前も知らなかった。顔だってうろ覚えだった。

 下の娘のキリエだけは違った。ある時期までは村の子供たちと積極的に遊んでいた。まだ小さいアンバーとも、何度か顔を合わせたことがある。


「……あたしらもさ、ワイナールに攫われたんだ」

「……ら?」

「あたしと姉さんもってこと。父さん母さんはやられちまった。あの日、あの夜……ワイナールに……!!」

 ぎり……、キリエは奥歯を噛み締める。


 マウザー一家は急に村から姿を消した。

 誰に挨拶をすることもなく、家族4人全員が消息を絶った。

 なにせ没交渉の家族だったから、いなくなったことに気が付くのに時間がたった。

 気が付いた時にはすでにふた月が経過しており、以来消息は不明のまま。

 テルメルクの森のモンスターにやられたのではないかと噂されていたのだが……。


「姉さんも途中までは一緒だったんだけどさ。……っても隣の樽でってことだけど、いつの間にかどこかで別れ別れになった。コデット様に救われた時にはあたしひとりだけになってた……」

「キリエさん……」

「あん時のあたしは子供だったからさ……。力もなかったから、何もできなかった。でも今は違う。最近ようやく魔法少女になれるようになったんだ。……あたしはあんたみたいに素質ないからさ、数年かけてようやくってとこ」


 アンバーはびっくりした。

「わたし……素質あるんですか……?」

「当たり前だろ。裏返しとはいえ、いきなり起動はしないもんさ。いまもきちんと具現化してるし。なにか素質みたいなもんがあったんだろ? あるいは唱える者(スペルキャスター)でもやってたか」  

「唱える者……あ」

「ま、あの寂れた村でそんなのになれるわけないだろうけどさ」

 キリエは肩を竦める。


「あ、あの……」

 師匠についたこと。バドやレフと結成した自警団のことを話そうと口を開いたアンバー。

 それより先に、キリエが謝ってきた。

「――ごめんな」

「え? あ、はい? なんで謝るんです?」

 自分が何をされてるかわからず、アンバーは目をぱちくりさせた。

「本当だったら、一刻も早くこのことを告げるべきだった。あたしたちはワイナールにやられたって。あいつは悪人だから、そのままほっといたら他にも犠牲者が出るって、なんとかしないとって」

「……!!」


 後悔の滲んだ声で、キリエは謝罪を続ける。

「だけど出来なかった。――怖かったんだ。いくらコデット様がいるって言っても、あたしは小さい子供だった。いつワイナールの追手がかかるかわからない、また攫われるかもしれない、そしたら今度こそ助からない。そんな風に妄想しては、毛布をかぶって震えることしか出来なかった。そうこうするうちに魔法少女のことを知って、修行を始めた。なかなか上手くはいかなかったけど、いつか魔法少女になれたら復讐しようと思ってた。家に帰ろうと思ってた。思ったままずるずる時間がたって、ここまで来た。もう何年になる? 魔法少女って年齢じゃなくなっちまった。わかってるよ、言い訳だって――」

 自嘲気味にキリエは笑う。

「カロックの村から新しいのが来たって知って、正直びびってた。どれだけ罵られるだろうか、殴られるかもしれないって思ってた。でも勇気を出して来てよかった。あんたが生きてて……そりゃあ、こんなとこにいるのがいいことなわけはないんだけど、でも……」


 ――生きててくれてよかった。


 キリエは血を吐くように呟いた。


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