「生きててくれてよかった」
~~~~~アンバー~~~~~
コデット・レイ・ボワル卿のお屋敷は、王都イリヤーズの中心部にあった。さすが有力者だけあって、立派なお屋敷だった。
アンバーが生まれ育ったグラスロックの本宅だって相当な大きさだが、これにはかなわない、素直に感心した。
屋敷には多くの住民がいた。
すべて女性だった。獣人族、小人族、巨人族もいた。
召使い、料理人、庭師、門番。あらゆる業務に分け隔てなく、彼女らは活躍していた。
聞けば、多くはコデットに救われた者たちとのことだった。
性差別で不当な扱いを受けていたの、帝国の奴隷だったのを解放されたの。
アンバーのような境遇の者も少なくなかった。
みんな、新入りのアンバーに優しくしてくれた。
傷口に薬草を擦り込んだり、手を怪我しては食べにくかろうと食事を食べさえてくれたり、日のあたるところへベッドを移動してくれたりもした。
家族や村のみんなに無事を伝える手紙を書くと、すぐに早馬を出してくれた。
ありがたさで胸がいっぱいになった。
自力歩行できるようになり屋敷の中をうろついていると、不思議な光景を見かけた。
庭の一角で皆が杖を構え、不思議な踊りを踊り、歌を歌っていた。
アクの強い名乗り──無駄の多いステップ──破廉恥な衣装──
希望の光を――愛の力を弓につがえ――ハッピーシューターレインボウ――
「――!?」
見てはいけない邪教の儀式を見てしまったような気になって、慌てて柱の陰に隠れた。
「お、アンバーじゃねえか。なーにやってんだこんなとこで?」
「──!?」
肩に手を置かれた。
振り向くと、コデットが優しげな笑みを浮かべていた。
背筋に寒気が走った。
「ち、ち、ち──」
「ん? どした?」
「違うんです!! 別に覗こうとして覗いたんじゃないんです!!」
「あー? ああ。いいぜ別に。見られて困るもんじゃなし」
「わ、わたしが困るんです!! わたし……こういうのには素養がないというか、耐性がないというか……!!」
「んー? 別に耐える必要なんかないだろうが。みんなでやれば楽しいぜ?」
「み、みんなで……!?」
コデットは何もない空間から杖を取り出した。片腕くらいの長さの、渡り鳥の頭をあしらった杖。
アンバーは反射的に後退った。
「そうだよ。当然、おまえもやるだろ?」
下がったぶんだけ詰め寄られた。
「いや……っ。やです……やりたくないっ!!」
涙目で首を横に振るアンバーの手に、とうとう鳥頭の杖が押しつけられた。
ふと気がつくと、みんなが十重二十重に周りを取り囲んでおり──もう、逃げられる雰囲気じゃなかった……。
――繰り返しますが、逃げられる雰囲気じゃなかったんです。
アンバーは眉間に皺を寄せながら回想を続ける。
「レ・ゲナム・テ・モラム・ト・リす……ト・リセイル。 あ……愛する気持ちを胸に秘め、じゃ、邪悪を力で……」
ある日のことだった。
常識と羞恥と義務感の狭間で戦いながら、自室でマジックワードを練習していると、ノックもなくコデットが訪れた。
「おーうアンバー。やってるな」
「――こ、コデット様……い、いまの聞いてました!?」
詠唱を中断し、慌てて鳥頭の杖を背中に隠す。
「あ……おまえそんなことすると……」
「――え? ……あ、ふああっ!?」
突如、背後で光が膨れ上がった。
それは杖の先端から発していた。
ただの装飾だと思っていた鳥が嘴を開いた。
――起動。
二重音声で言葉を発する。
同時に、2羽の光の鳥の化身となって飛び出た。
鳥は光速で旋回し、アンバーの体をぐるぐる取り巻いた。
元あった衣服と取り換える形で、魔法の糸により編まれた衣装をまとわせていく。
それだけならいい。ちょっと恥ずかしいけれど、みんなと同じような衣装をまとうのにすぎない。
問題は背中で逆向きに発動したことだ。マジックワードが中途半端に唱えられたことだ。
――ぴちぴちぴちぴちぴちぴちっ。
淡く光を発するタイトな生地が、アンバーの体を締め上げる。本来ならあるべきでないところに魔法力を具象化していく。
「いたたたた……痛い痛い痛い!!」
ブーツとタイツを「両手」に履き、スカートを「逆さ」に履き、チビティーを「膝に」着た。鳥の髪飾りが「脛の肉」を挟んだ。
「痛い痛い痛い!! ほんっとに痛い!!」
立っていられずたまらず倒れ、涙ぐんで髪飾りをとろうとするが、両手にブーツをはめていては何もできない。
「助けてコデット様!! これとって!!」
助けを求めるが、当のコデットは大爆笑していて話にならない。
「あっはっは!! あーっはっはっは!! おっまえ!! やっぱり面白いやつだなアンバー!!」
パチパチと手を叩いて笑っている。
その間も、鳥の髪飾りの留め具は容赦なくアンバーの脛肉を挟み続ける。
「ううー……!? うううーっ!? この……この人って……!!」
憤るがどうにもできない。
なんとかブーツを外そうと必死になっていると、脛から急に圧迫感がなくなった。
「あ、あれ……?」
顔を上げると、どこかで見たような女性が立っていた。
アンバーのことを優しく見下ろしていた。
「女の子がそんな恰好するもんじゃないよ」
ベッドの上から毛布を取ると、アンバーの胸にかけてくれる。
女の子のデリケートな部分がむき出しだった事実にいまさらながら気づいて、顔が真っ赤になった。
「まったくコデット様にも困ったもんだ」
いまだに笑い転げているコデットを呆れて見ながら、女性はアンバーの体を拘束していた衣装を脱がせて着直させてくれた。
「落ち着いたかい? ひどい目にあったね」
ベッドの端に座ったアンバーに、女性は笑いかける。
20歳くらいだろうか。茶髪のでっかいおさげと人懐っこいはしばみ色の瞳。色濃く散ったそばかすに見覚えがあった。
「あ、ありがとうございます……あの……どこかで……?」
「ふふ。そりゃあ覚えてないだろうね。ずいぶんと昔のことだもの」
「昔……」
「覚えてないかい? 村はずれのハミの樹の下に住んでた……」
「村はずれの……ハミの樹……あ!!」
閃いた。思い出した。忘れかけていた記憶が蘇った。
「マウザーさんとこのキリエさん!!」
当たり、女性――キリエは破顔した。
――生きてたのよ、キリエさん。家族全員、亡くなられたと思ってたけど……。
アンバーは震えるように言葉を紡ぐ。
村はずれのハミの樹の下に小さな小屋を建てて住んでいたマウザー一家は、変り者で有名だった。
夫婦と娘ふたりの4人家族。ほとんど村に顔を出さなかった。
徹底した自給自足で、コミュニティを必要としなかったということもあるのだろう。どれだけ誘われても水を向けられても、寄合いに参加しなかった。
ろくに名前も知らなかった。顔だってうろ覚えだった。
下の娘のキリエだけは違った。ある時期までは村の子供たちと積極的に遊んでいた。まだ小さいアンバーとも、何度か顔を合わせたことがある。
「……あたしらもさ、ワイナールに攫われたんだ」
「……ら?」
「あたしと姉さんもってこと。父さん母さんはやられちまった。あの日、あの夜……ワイナールに……!!」
ぎり……、キリエは奥歯を噛み締める。
マウザー一家は急に村から姿を消した。
誰に挨拶をすることもなく、家族4人全員が消息を絶った。
なにせ没交渉の家族だったから、いなくなったことに気が付くのに時間がたった。
気が付いた時にはすでにふた月が経過しており、以来消息は不明のまま。
テルメルクの森のモンスターにやられたのではないかと噂されていたのだが……。
「姉さんも途中までは一緒だったんだけどさ。……っても隣の樽でってことだけど、いつの間にかどこかで別れ別れになった。コデット様に救われた時にはあたしひとりだけになってた……」
「キリエさん……」
「あん時のあたしは子供だったからさ……。力もなかったから、何もできなかった。でも今は違う。最近ようやく魔法少女になれるようになったんだ。……あたしはあんたみたいに素質ないからさ、数年かけてようやくってとこ」
アンバーはびっくりした。
「わたし……素質あるんですか……?」
「当たり前だろ。裏返しとはいえ、いきなり起動はしないもんさ。いまもきちんと具現化してるし。なにか素質みたいなもんがあったんだろ? あるいは唱える者でもやってたか」
「唱える者……あ」
「ま、あの寂れた村でそんなのになれるわけないだろうけどさ」
キリエは肩を竦める。
「あ、あの……」
師匠についたこと。バドやレフと結成した自警団のことを話そうと口を開いたアンバー。
それより先に、キリエが謝ってきた。
「――ごめんな」
「え? あ、はい? なんで謝るんです?」
自分が何をされてるかわからず、アンバーは目をぱちくりさせた。
「本当だったら、一刻も早くこのことを告げるべきだった。あたしたちはワイナールにやられたって。あいつは悪人だから、そのままほっといたら他にも犠牲者が出るって、なんとかしないとって」
「……!!」
後悔の滲んだ声で、キリエは謝罪を続ける。
「だけど出来なかった。――怖かったんだ。いくらコデット様がいるって言っても、あたしは小さい子供だった。いつワイナールの追手がかかるかわからない、また攫われるかもしれない、そしたら今度こそ助からない。そんな風に妄想しては、毛布をかぶって震えることしか出来なかった。そうこうするうちに魔法少女のことを知って、修行を始めた。なかなか上手くはいかなかったけど、いつか魔法少女になれたら復讐しようと思ってた。家に帰ろうと思ってた。思ったままずるずる時間がたって、ここまで来た。もう何年になる? 魔法少女って年齢じゃなくなっちまった。わかってるよ、言い訳だって――」
自嘲気味にキリエは笑う。
「カロックの村から新しいのが来たって知って、正直びびってた。どれだけ罵られるだろうか、殴られるかもしれないって思ってた。でも勇気を出して来てよかった。あんたが生きてて……そりゃあ、こんなとこにいるのがいいことなわけはないんだけど、でも……」
――生きててくれてよかった。
キリエは血を吐くように呟いた。




