「そしてアンバーは語り出す」
~~~~~モルガン~~~~~
時間が止まった。
そう錯覚するほどの間があった。
誰もが言葉を紡げなかった。見つめ合ったまま硬直していた。
アンバー・グラスロック。12歳。丸耳族の少女。
金髪碧眼で色白。コンパクトな体型。お嬢様育ちの品の良さと田舎暮らしの元気さをハイブリッドさせた、まばゆいような美少女。カロックの村のアイドル的存在。そこまでは以前と変わっていなかった。
問題は衣装だ。モルガンの記憶が正しければ、彼女は銀の聖印と白絹の法衣を装備していたはずだった。モルガンが買い与えた品だった。決して、こんな派手な魔法少女みたいな恰好はしていなかった。
――そう、問題はそこなのだ。
彼女を変身させた鳥頭の杖。アクの強い名乗りとキャラ付け、ちょっと信じられないぐらいの運動能力と「物理」攻撃力……。
「なにがあんたをそうさせたの……?」
「――違うの!! 師匠!!」
アンバーは顔を真っ赤にしてしゃがみこんだ。
「これは……これはわたしの望みじゃないの!! 決して好きでやってるわけじゃないの!! やんどころない事情があって……!!」
「……誰かにやらされてるの?」
「違うの!! わたしが自分で……」
「自分でやりたくてやってるの……!?」
「違うの!! やりたくてやってるわけじゃなくて!! やらなきゃいけないからやってるの!! でも強制じゃなくて……!! うう……うううっ!!」
「アンバー……」
両手で膝を抱えこみ、少しでも露出を少なくしようと頑張るアンバーの肩に、大きな外套がかけられた。
「バド……なの……?」
振り仰いだアンバーの瞳に映るのは、こちらも想像もできないほどに変貌したバドの姿だ。
節くれだった手足。落ち窪んだ左の眼窩と、目玉の代わりにちらつく鬼火。樹皮人として、動く樹として成長を始めたその姿に、かつての少年の面影は薄い。
「……!!」
アンバーは息を飲んだが、若草色の髪の毛と、まだ無事な右目の輝きを見て、落ち着きを取り戻した。
「オレはご覧のとおりだ。おまえのほうも色々あったんだよな……。わかるぜ? 生きるって辛いよな?」
「バドぉ……」
アンバーが涙ぐむ。
「だから気にすんなって。おまえがどんなどぎつい趣味を持ってようが、オレは気にしないから。どーんと受け止めてやるからさ」
「──バぁドおおおおおおおぉ!?」
「あらあら……」
必死になって否定するアンバーを茶化して遊ぶバド。
ぽかぽかパンチをするアンバーと、頭を抱えて逃げ回るバド。
鳥頭の杖を振り回すアンバーと、真剣に逃げ始めるバド。
見た目はだいぶ変わってしまったけど、ふたりの間の空気感は昔のままだ。
「よかったですね~。ごしゅじんさま~?」
つんつんつん、ふくちゃんがお腹をつっついてくる。
「ん……そうね」
モルガンはひさしぶりに屈託なく笑った。
アンバーはその後もしばらく魔法少女の衣装に身を包んだままだった。けっこう気に入ってるとかそういうわけでは決してなく、単純に時間が経たないと消えない仕様なのだと力説していた。
圧倒的な攻撃力と防御力、運動能力の向上の代償は、恥ずかしい見た目だけではない。
厄介なのが、とくに何もしていなくても多大なMPを消費し続けることだ。MP豊富なアンバーですら、効果時間が過ぎた時にはヘロヘロで、ひとりで歩くことすら困難な状態になっていた。
「けっこう不便だなそれ……よっと」
元の簡素な衣服だけの姿に戻ったアンバーを軽々と背負ってやりながらバド。
「ありがと。見た目も恥ずかしいし、ほんとは着たくないんだけど……なによその目?」
「いやなんでもない」
「何度も言うけど、好きでやってるわけじゃないんだからね? あの名乗りもポーズも、マジックワードでしょうがなくやってるだけんだからね?」
「ソウイウコトニシテオクヨ」
「……殺すわよ?」
ぎゅうぎゅうとバドの首を締め上げるアンバーだが、鳥頭の杖の効果がきれた今はただの非力な少女にすぎず、バドを苦しめるほどのパワーは出せない。
「……しかしおまえ、けっこう派手に動き回ってたみたいだけど、体のほうは大丈夫なのかよ?」
地上に向かって地下水道を歩きながら、バドは背に負っているアンバーの具合を心配して訊ねる。
「杖のおかげ……なのかな? かなり調子いいの。咳も熱も出ないの。全部まとめてどこかへ飛んで行っちゃったみたい」
拍子抜けしたような顔でアンバー。
「治った……てことか?」
身体強化の副次効果……ステータス異常の回復、と考えれば納得はいく。
「まだ安心は出来ないけど……当面は心配なさそう……かな?」
アンバーは頬に指をあて首をかしげる。
「……そうか。いや、治ったならいいんだ。レフのやつも喜ぶ。もちろんオレもだけど……」
「……うん」
照れくさそうなバドを見て、アンバーは嬉しげに微笑む。
「……」
モルガンも嬉しかったが、一緒になって喜びたかったが喜びきれず、黙っていた。
もし杖の力が一時的なものだった場合、アンバーは一生杖を手放せないのだ。
生涯現役の魔法少女なんて、悪夢以外の何ものでもない。
「ちなみにレフのやつには村の守りを任せてる」
「村の?」
「そりゃそうだろ。自警団なんだから」
「自警団……ふふ、そうだね」
アンバーの目に、大人びた郷愁が宿る。
「すげえ行きたがってたけどな。リーダーの留守を預かるやつがいなくてどうするんだって叱り飛ばしてやった」
威勢よく腕をぶん回すバドの背に、アンバーはぴったりと張りつく。
「……目に浮かぶね。あ~あ。早くレフに会いたいな~」
「すぐに会えるさ。ここからそんなに遠くねえ。あっという間だ」
「うん……でもね」
アンバーの声のトーンが急に落ちた。
「わたしまだ、帰るわけにはいかないの」
「あ? なんでだよ」
「さっき言ったでしょ? わたし、夜会を襲撃した犯人を追ってるの。この杖もそのために借り受けたんだから」
「そう、それだよ。聞きたかったんだ。なんでおまえがそんなことを……」
「──妖精貴族レイ・ボワル卿。わたしがこっちでお世話になってた方が、襲撃事件の被害者なの」
「……妖精貴族?」
聞き慣れない単語に、モルガンは首をひねる。
アンバーの説明によると、妖精貴族やらなになに卿というのは力ある妖精に与えられる呼び名らしい。魔力が強いとか剣術が巧みとか、そういった売りを評価した一代限りの尊称なのだとか。
「レイ・ボワル卿は魔法で身体強化して物理で殴るのを得意技としてて。だからその……」
力を宿した杖を借り受けたアンバーにはああいうことが出来る、というわけか。
アンバーが言葉を濁したので、モルガンは察した。
「しかしいったいいつの間にそんなことになってたの? あんた。千眼……が成りすましてたワイナールに浚われたはずなのに……ってなんだかややこしいけど」
ワイナール・ヒムンダール=千眼。カロックの村の土妖精の料理人にして酒場経営者。地ワインの製造販売流通を行う傍ら、多数の子供を誘拐し売り捌いていた男──自我と敵意を併せ持った悪役NPC。
アンバーの行方を探し求めたモルガンたちが最初にやったのは、地ワインの流通ルートを虱潰しにすることだった。
結局のところ成果は上がらず怪しい痕跡は見当たらず、「王都へ来い」との千眼の言葉を信じるしかなかった。
だからここでアンバーで出会えたのは偶然で幸運で、ちょっぴり間抜けな話だ。
「救われたの。コデット様に」
「……コデット様?」
「あ、ごめんなさい。正確にはコデット・レイ・ボワル卿というの。尊称なんてガラじゃないって。コデットでいいって言ってくださったの。垣根のない、気安い人よ」
誇らしげに語るアンバー。よっぽどその人物に心酔しているらしい。
「……一応聞いておくけど、女性よね?」
「コデット様が? うん、なんで?」
「……別に、ただなんとなく」
ちら、とバドの様子を窺うと、あからさまに胸を撫で下ろしている。
「大人にはいろいろ気遣いが必要なのよ。あんたたちお子様と違って」
「……ふーん?」
アンバーはわかったようなわからないような微妙な表情になった。
「んで、あんたはどういういきさつでそのコデット様とやらに救われたの?」
「えっと。話すと長いんだけど……」
ぽつぽつと、アンバーは語り出した。
モルガンたちと離れ離れになったあとのこと。
魔法少女たちの元締め、コデット・レイ・ボワル卿との出会いを……。




