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最果てのクロニクル~サヨナラ協定~  作者: 呑竜
妖精戦争

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71/118

「ずっと嘘をついていた」

 ~~~~~蜂屋幸助はちやこうすけ~~~~~


 コルムと初めて出会ったのは、イリヤーズの裏路地だった。 

 突如崩れた宿の残骸の中から命からがら這い出した俺に、手をさし伸べてくれたのがコルムだった。


 互いに歳が近くて、ログイン時間も似てた。

 ──俺たちはすぐに仲良くなった。

 笑いのツボも似てて、興味を持つ対象もそっくりで。

 ──どこへ行くにも欠かせぬ相棒となった。

 偶然だと思ってた。神様も粋な計らいをするもんだなと思ってた。

 ──まさかそれが……。


「なんでおまえ……そんなことを……?」

 声が擦れる。うまく言葉にならない。

 なんでこいつは。どうしてそんなことを。

 疑問ばかりが沸いてくる。

 だってそんなの変じゃないか。

 だってそんなのおかしいじゃないか。

 俺はいつもここにいたのに。

 おまえはいつもそこにいたのに。

 なんでそんな、回りくどいことをするんだよ……!!


 ワンピースの裾を握ってもじもじする小巻。

 ほんのり顔が赤くなっている。

「心配……だったから……」

 ぼそぼそ。

「……え? 誰が?」

「――あんたがよ!!」

 小巻は声を荒げた。

「だってそうでしょ!? いくら摩耶まやちゃんが心配だからって、自分まで一緒になってあんなにガリガリに痩せちゃって!! 病人みたいになっちゃって!! 食べろって言っても食べなくて!! 息抜きに遊びに行こって言ったら『そんなことしてる場合じゃないんだ』って怒っちゃって……!!」

 ああ……。

「『そんなこと』って何よってあたしがキレて!! そしたらあんたもキレ返して来て!! だからグーで殴って逃げて!! ――あれは悪かったと思うけど……!!」


「……」

 なんとなく頬をさすった。

 小巻が泣きながら殴ってきたことを覚えている。すんげえ痛かった。歯が折れて血が出たんだった。

 あれはいつのことだったか……たしか小学校の……。

 具体的には思い出せない。 

 でもそうだ。あれからなんだ。小巻と喋らなくなったのは。俺たちが親友じゃなくなったのは……。

 

「……最初は謝ろうと思ったの。でもなかなか切り出せなくて、まごまごしてるうちに朱里あかりさんからFLCの話を聞いて……。最初はイタズラのつもりだった。ちょっと遊んだら正体明かして、改めて……ごめんって謝るつもりだった。──でもできなかった。あんたがあんまり楽しそうにしてるから。幸せそうにしてるもんだから。そんなあんたの顔をもう少し見てたい、もう少しこうしていたい。もう少し、もう少し……繰り返してたら、いつの間にか後戻りできないとこまで進んでた。毎晩毎晩嘘を重ねるうち、リアルで話すのが苦痛になった。罪悪感をごまかしたくて、たぶんすごくひどいことを言ったりもしたと思う。ホントにごめん……」


「……」

 コルムとは毎晩会ってた。朝になるまで語り合ったこともたくさんある。

 優しくて頭がよくて侠気があって……。

 朝なんて来なければいいと思ってた。目が覚めたらすべては夢になりそうな気がしてたから。

 こんな友達二度とできないと思ってた。だけど実際には傍にいた。

 いつもそこにいたのに、俺が気がつかないだけだった。


 んく……っ、小巻の喉から音が漏れ出す。それはたぶん感情の溢れる音。


「ホント……ごめん。こんなあたしで。──嘘だったんだ。コルムなんていなかった。全部嘘っぱち。偽物。幻影。──……さっき、あの幼生体のことをモドキなんて言ったりしたけど、それはあたしのほうだった。友達モドキ。友情モドキ。いいやつモドキ。愛情モドキ。……全部嘘。……嘘だったの。嘘でごめん。ねえ……がっかりした? ……軽蔑した? いまさらダメだよね? 気持ち悪いよね……? 嫌いになったよね……?」


 ――ぺたり、小巻は床にへたりこんだ。


「ごめんね? あたし……ホントにあんたのことが心配だったんだよ。――好きだったんだ。好き

だから傍にいたかったんだ。嫌われても……疎まれてもいいって……。ずっとずっと……それだけは……ホ、ントだった……ん、だよお……!! 幸……助ぇ……!!」

 

 ――最後は言葉になっていなかった。


 小巻が泣いていた。

 あの小巻が泣いていた。

 強くてすばしっこくて頭がよくて冷静で。クラスの人気者で親連中や先生からの受けもいい、最強無敵の女子中学生。俺にはもったいない幼馴染。

 それが泣いていた。

 子供みたいにボロボロ涙を流してた。


「……っ!?」

 衝き動かされるように抱きしめていた。

 へたりこむ小巻を正面から抱き寄せた。

 小巻は息を呑んで驚いていた。


 俺自身も驚いていた。

 なんでこんなことをしてるのか、自問するけど答えは出なかった。

 ただ愛おしかった。

 圧倒的に愛おしかった。


「……っ!!」

 頬が熱い。耳が熱い。

 それは俺の熱だろうか。小巻のものだろうか。

 わからないけど、小さな頭がすぐ傍にあった。

 香水だろうか。いい香りがうなじから立ちのぼってた。

 緊張でくらくらする。 


 小巻がおずおずと、俺の背中に手を回してきた。

 強く抱きしめ直すと、その分だけ抱きしめ返してきた。

 サマーワンピースの薄さを改めて感じた。薄い布越しに、小巻の女の子が溢れてきた。

 胸の柔らかさを感じた。太腿の質感を感じた。

 全身から、全体から、隠しきれない女の子が漂ってきた。

 みっちりとみっしりと、肉体を押し付け合う行為。

 原始的な求愛行為。

 それらは麻薬のように俺の心を蝕んだ。


「おまえ……ホラーとかグロ系の映画嫌いだったのに……」

「……頑張って全部観た」

「アニメとかラノベだって小馬鹿にしてたのに……」

「……それも全部観たし読んだ。けっこう面白いのもあったよ……?」

「平日夜も遅くまでログインしてたけど、部活のあとって眠かったり疲れてたりするんじゃないのかよ……?」

「……根性だけはあるんだよ、あたし」

「ゲームの中で……おまえのこと悪く言ったことある……」

「……いいよ。許すよ。リアルじゃあたしのほうがひどいことたくさん言ったもん……」

「なんで……そんなに……?」

「……言ったでしょ? あんたのことが好きなの。昔から、ずっとずっと――。あんたのためならなんだってできる。なんにだってなれる。理想の友達だって、恋人だって、天使にだって、悪魔にだってなってやる。いつだって、そう思っていたんだから……」


「……っ」

 何かが胸につかえた。


 ――知ってた。たぶん、昔から。


 いつも一緒にいた小巻。

 どこへ行くにも傍にいた小巻。

 その目がどこに向いているのか知っていた。

 だけど関係を壊すのが怖かったから黙ってた。鈍感なふりをしてた。コルムに詳しい身の上を聞かないように、どこまで踏み込んでいいのかわからなかったから……。


「俺はこんなにびびりでヘタレなのに……」

「……知ってたよ。知ってた」

 小巻の手が、俺の後頭部をあやすように優しく撫でる。


「なんだよちくしょう……!! なんでそんなに……そこまで俺のことを……!!」

 涙腺が決壊した。あとからあとからあふれ出た。

 でも両手がふさがっていたから拭えなかった。流れるままに任すしかなかった。

 小巻の頬がもぞもぞと上下に動いた。拭ってくれようとしたみたいだけど、ハンカチじゃあるまいし、その試みはうまくいかなかった。ただ涙を共有しただけだった。

「……やーい、泣いてやんの」

「うっせえよ……!! バカ……!! 小巻ぃ……!!」


 しばらくの間、俺たちは抱き合ってた。

 なにをするってわけじゃなく、優しく静かに話をしてた。


 昔のことを話した。

 ふたりでどこへ遊びに行ったか。

 どんな悪さをしたか。

 チコが死んだときのこと。

 新しいチコは元気か。

 コルムとして遊んでたときの思い出。

 ――たくさんの冒険。

 ふたりの間にあった空白を、それは急速に埋めていった……。

 

「……あ。窓、締めなきゃな」

 ふと、まだ窓が開いていたことに気が付いた。

 こんだけ大騒ぎしたあとじゃ遅いかもしんないけど、一応世間体みたいなのもあるわけだし……。


 立ち上がろうとしたが、小巻は動こうとしない。

「……もう少しこのままじゃ、だめ?」 

 小巻の口から初めて聞いた、おねだりするような声――女の子の声。

 すぐ傍に吐息を感じてドキリとして、思わず表情を窺った。

 ――大きな瞳が濡れている。頬がほんのりピンク色に染まっている。ぷるんとした唇が、吸い込まれそうなほど怪しく蠢いた。

「あたし……もっともっと、あんたと一緒にいたい……」


「……っ!?」


 胸を何かが刺し貫いた。

 心臓が急速に波打ち始めた。

 バクンバクンバクン……!! バクンバクンバクン……!!

 酸素を寄こせ、血液を送れ、体中が騒ぎ始めた。


 答えを返せないでいると、そっと小巻が目を閉じた。唇を突き出すように差し出してきた。

 ……キスをしたことはある。とーことだ。

 でもあれは事故というか、向こうからしてきたことだった。避けようがなかっただけだ。

 でもこれは、形はどうあれ俺からすることだ。ぜんぜん意味が違う。

 小巻との今後の関係性が変わってくる。

 

 ――これはまずい。これはまずい。これはまずい。なんていうかまずい。絶対いけない。


 だけど逃げ場がなかった。肉体的に密着しすぎていたし、精神的にも追い詰められていた。

 衝動のようなものが俺を動かそうとしていた。

 大瀑布の頂上から全力で落下しようとしていた。


 ――受け入れろ。キスしてしまえ。減るもんじゃなし。

 ――突き放せ。絶対やめろ。勢いですると後悔するぞ。


 俺の中の天使と悪魔が戦ってる。


 ――いい女じゃないか。尽くしてくれるし、いい嫁になる。

 ――そこが逆に怖いんだろ。尻に敷かれる未来しか見えん。


 終わらない。千軍万馬を率いた戦いは、決着がつかない。


 小巻が微かに顔をしかめ、急かすように身をよじった。

「いいんだよ……? ……あたし。もう覚悟は出来てるんだから……」

「……!?」 

 男らしい女の子の声に、俺の体の制御は完全に奪われた。

 わだちに車輪が巻き込まれるように、ゆっくりとゆっくりと、小巻の唇に近づいていく――。


「――あるじ様ー!!」

 大きな声が携帯から聞こえてきた。

 液晶画面に大写しになったルルが、拳をぶんぶか振り回して怒っていた。ぷんぷんだった。


「――あるじ様の浮気者!! バカ変態エッチ!! 今すぐその手を離しなさい!! その女から離れなさい!!」


 ぱっと小巻が顔を離す。

「うっさいわねあんた!! これはあたしと幸助の問題よ!! 口を出さないで!!」

「うるさくないですー!! ルルとあるじ様の問題でもあるんですー!! 絶対あんたの好きにはさせませんー!!」

「へっへーん。言うだけなら自由よねー? でもだからなにー? 何ができるのー? あんたはしょせん携帯の中から出てこれないでしょ? あたしがこうするのを止められる?」


 言いながら、小巻の指が俺の唇を指で挟んだ。

「こ、こまひ……!?」

「ぐぬぬぬぬぬ……!!」

「ほうらー。キスするよー? しちゃうよー? 悔しい? ねえどんな気持ち? いまどんな気持ち?」

「おぉのぉれぇー……!!」

 切歯扼腕するルル――その表情が、不敵に歪む。

「へっへーん。騎兵隊のご到着ですよー?」


 家のチャイムが連打された。

 隣の部屋から「はーい!! はーい!!」と元気よく摩耶が迎えに降りていった。


 少しして階下から、「おおおー!? とーこだー!! るいもいるー!!」と大騒ぎする声が聞こえてきた。

 ドタドタと階段を駆け上がる音が続く。

 騎兵隊の突撃ラッパが聞こえてくる。


「ルル……おまえ……!?」

 状況説明を求めた俺に対して、ルルは喉を掻っ切るしぐさをした。

「悪・即・斬ですよー。あぁるぅじぃ様ぁー……!?」

 地獄の底から響いてくるようなおどろおどろしい声で、ルルは俺の不貞を訴えた――。


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