「待ってろ」
死者が生者を羨むように、幼生体は妖精を羨むものだ。
全き肉体。
冒険者との絆。
旅することの楽しさ。
戦闘の緊張感。
ログアウト後の寂寥感。
妖精の持つどれひとつとして、彼らには/彼女らには与えられていない。
手を伸ばして望んでも、声を嗄らして叫んでも、ついに得られることはない。
未熟な存在として、できそこないとして、彼らは/彼女らはこれからもこの先を、大空洞でくすぶり続ける運命にある。
サービス終了のその日まで――。
だから恨むのだ、嫉むのだ。
もとは同じ釜でかき混ぜられていた妖精たちの成長を、幸福を、呪わずにはいられないのだ。
かつては仲間だったからこそ──。
血と肉の螺旋の中で、無骨で無情な渦巻きの中で、共に儚くかそけき未来を夢見てた仲間だったからこそ――おまえだけを幸せにさせはしない――そう思うのだ。
~~~~~ハチヤ~~~~~
翌日のことだった。
なんせあんなことのあったあとだから、誰もがそれ以上ゲームを続ける気になれずお流れになった──その翌日のことだった。
妖精釜を目指して大空洞を進んでいた俺たちは、意外な敵に苦しめられていた。
俺、アール、サーディン、パナシュ、メイルー。
軽戦士、尼僧、聖騎士、司祭、精霊使い。
前衛2名、後衛3名。
職業的な偏りもなくバランス良好。レベルもカンスト。連携も抜群。
でも苦戦していた。
敵が強いわけじゃない。
数は多いけど、圧倒されるってほどじゃない。
単純に相手が悪い。
──妖精の幼生体。
彼らは/彼女らは、成長する前の子供であり、手足の長さも羽根の有無も、髪や瞳の色も、それこそ性別すらも定まっていない素体たちだ。
大空洞の至るところに存在して、こちらを見つめては笑って、指さして――そういった、ある種のモブだと思ってた。イノセントな癒しキャラだと思ってた。まさか通りがかった俺たちに襲いかかってくるとは思わなかった。
そんな話、聞いたことがなかった。ネットにだって流れていない。強力なモンスターと戦う難関クエストだとしか書かれていない。
あるいは忌避したのかもしれなかった。詳細に語ることを。
その行為の、存在の禍々しさ故に……。
「──ちくしょうマジかよ!! こいつらまさかのモンスター扱いなのかよ!!」
上から横から飛来する幼生体の攻撃を剣で弾く。
「ううううううぅ……!!」
ルルは泣きそうな顔で範囲攻撃魔法を唱え、幼生体を追い払っている。
着弾させず「追い払って」いる。
「同族相手なんてやだよぉ……!! あるじ様ぁ……!!」
気まずくて後ろめたくて、俺たちは幼生体たちを攻撃できないでいた。基本鈍感なサーディンですら、剣先の鈍りは隠しきれない。
システム上の問題じゃなく、主にメンタルの問題で。
彼らの/彼女らの、心の叫びを聞いてしまったから……。
──いいなあ!! おまえたちは!!
──なあ、そこを変わってくれないか!?
――なあ、そこを譲ってくれないか!?
──おれだって/ぼくだって/あたしだって/わたしだって──!!
――大人になりたいんだよ!!
──旅に出たいんだよ!!
──自由になりたいんだよ!!
──おまえは十分楽しんだだろ!?
――十分すぎるほど生きただろ!?
──このままここで、永遠にくすぶってろって!?
――羽ばたき方も知らないまま、じっとしてろって!?
――歯を噛みしめたまま、黙って見てろって!?
――そんなの不公平じゃないか!!
――ひどいよ!! ずるいよ!!
――なんでおまえだけなんだよ!!
──変われ変われ変われ!! そこをどいて明け渡せ!!
──変わらないなら、殺してやる……!!
青く静かに燃える炎のような情念。自由への渇望。
それがひたすらに怖くて、俺はびびっていた。
そしてようやく察した。ルルたちがここへ来たがらなかった理由。おじけづく理由。
あれは、こういうことだったんだ……。
「サーくん!! 後ろから3匹!!」
「……ちっ!!」
サーディンの剣が1匹を捉え、一撃で沈める。
返す刀でもう1匹──と振り回した剣は、しかし見当違いの方角へ逸れた。
「耳元で悲鳴とか反則だろうが……!!」
耳をふさぎ、ぶつぶつ文句を言ってる。
悲鳴……聞こえたのか……。やだなあ……。
手にかけたくないなあ……。
「ママ、こっちだ!! この中に……!!」
アールは咄嗟に神護を唱えて物理防御フィールドを張った。
術者専用の専守防衛魔法である神護。物理しか防げないが、かなりの効果があり、実際、幼生体の攻撃程度ではかすり傷ひとつつかない。
育つ前の白紙状態なので幼生体は魔法が使えず、つまり神護さえ張っていれば無敵といって差し支えない。MPが切れるまでは。
神護がなくなった瞬間、幼生体の攻撃が殺到する。
パンチ、キック、引っかきに噛みつき。イノセントな攻撃の数々は、実際のダメージ以上にきついはずだ。
パニックホラーものの映画さながら、普段は無害な小動物や昆虫の「大群」に捕食されるのだから。
もちろんアールにそんな思いをさせるつもりはないけれど、この状況を打開できるいい案が思いつかない。
どうすりゃいいんだと頭を捻っても、むなしく時間だけが過ぎていく。
「ううううううぅ……!!」
涙でいっぱいのルルが、俺の胸に飛び込んできた。
「もうやだぁ……!! 帰ろうよぅ……!! あるじ様ぁ!!」
限界に達したのか、ルルは大泣きしながら顔を擦りつけてくる。
「ハチヤ!! こいつはキリがねえぞ!!」
大量の幼生体を捌きかねたサーディンが、パナシュ、メイルーと一緒に近寄ってきた。
「いったん退却して、隠密して再突入しようぜ!?」
「……だな。まあ……その前にこれをなんとかしなきゃ脱出もなにもねえんだが……」
憂鬱な気持ちで辺りを見渡す。
数匹からスタートした幼生体との戦闘は、リンクにリンクを重ね、いまや数十匹……下手したら100匹を超える大規模なものになっていた。
全員が全員まんべんなく周囲を囲まれていて、単純に逃げるということは出来そうにない。
てことはやるしかないのか。この数を?
力ずく? 強行突破?
100匹分の断末魔を聞くのか?
……冗談だろ。おい。
――その時だ。
1本の矢がびょうと飛来して、今まさに俺に飛びかかろうとした1匹を撃ち倒した。
矢はさらに2本、3本と飛来し、本数分の幼生体を撃ち落とした。
「ハチ!! 待たせてすまない!!」
「──コルム!!」
弓を構えて走って来るのは、紛れもなくコルムだ。
──来た!! 戻って来てくれた!!
「コルム……!!」
目の前まで駆け寄って、俺は初めて、何を話すか考えていなかったことに気がついた。
「──ごめん!!」
謝ったはいいが、そのあとが続かない。
じぃんと胸にこみ上げるなにかを、上手く言葉にできない。
伝えるべきなにかの正体を知らない。
「ハチ!! 話はあとだ!! 今はこいつらを捌くのが先だ!!」
コルムは叫びながら、一本につき一匹、確実に撃ち落としていく。
その挙動に、一切の淀みはない。
「おまえ……よく冷静でいられるよな……」
「……? 何がだ?」
コルムは不思議そうに首をかしげる。
「何っておまえ……こいつら妖精の……」
「――モドキだろ? 妖精になってない。なる前の」
「いや、そりゃそうだけどさ……」
「敵は倒す。それだけだ」
迷いない声音。ブレない心。
……なにこの人。超男前なんだけど。
「だいたいさ、ハチ。おまえ、この程度でくじけてる場合じゃないんじゃないか?」
「この程度って……どういうことよ」
「だっておまえ。これからどこへ行ってなにするつもりだったんだよ」
「そりゃあ妖精釜の蓋を開けて……あ――」
「だろ?」
コルムはこともなげに笑う。
……そうだ。その通りだ。
妖精釜の蓋を開けると、妖精側の勢力が増える。
だがそれは、同時に大量の幼生体を生み出すことに繋がる。
それこそ、こんな数なんか目じゃないくらいに。
やり場のない悲しみを抱えた生き物が、無数に大量に、この狭い空間に敷き詰められる。
100匹じゃすまない。1000匹。あるいはそれ以上の悲しみの群体……。
――おれは/ぼくは/あたしは/わたしは/おでは/おいどんは/ミーは/あちしは/うちは/あーしは……!!
――みんなみんな、幸せになりたいのに!!
――みんなみんな、自由になりたいのに!!
――なんでどうして、おまえらだけが……!!
「……!!」
ぞくりと、背筋に寒気が走る。
「──でも決めたんだろ? このゲームを突き詰めるために、あらゆることをやるって決めたんだ。どんなに辛くても、恨まれても、戦うって決めたんだ。だったらさ、泣き言なんか言ってる場合じゃないだろうよ。笑ってるフリして剣を振るんだ。強がって、痛みに気づかないフリして暴れまくるんだ。それしかないだろうよ」
そう言って、コルムは気安く俺の胸を小突いた。
「――だろ? 親友」
「……さすがコルムだな。おまえはホントすげえよ」
俺の親友はすげえ。最高だ。
誇らしさで胸が熱くなる。じんわりと、体中に血が巡る。
その通りだ。こんなところで悩んでる暇なんてない。
ありがとう。思い出させてくれて。
ありがとう。気づかせてくれて。
「……ごめんルル。しばらくの間目を閉じてろ。耳も塞いでろ。一切合切、なにものも記憶するな。忘れちまえ」
「あるじ様……?」
ルルの声が震えてる。
「──糸目、戻って来たんか!?」
パナシュとメイルーが、コルムに親しげに話しかけている。
え、なんであのふたりが……?
「ああ。待たせたな」
「迷いはなくなったんか!?」
「おう!!」
「で、いつよ!? いつやんのよ!? 今度こそ、さすがに決めるんだろ!?」
「今すぐだ!!」
『かー!!』
謎のやりとりでテンションマックスになっているふたり。
「な、なあコルム……。おまえいつからあのふたりと仲良くなったんだ?」
「話せば長い話なんだけどさ……」
俺の質問にコルムが答えようとしたその時。
「──はっはっはー!! 真打ちの登場だ!!」
ブロミーに跨がったイチカが、鼻息も荒く参戦して来た。
「遅いぞイチカ!!」
コルムが言うと、
「しゃあねえだろうが、こちとらこぶつきなんだ!!」
イチカが答える。
傍らではブロミーがゴワゴワ蠢き、たぶん何事かを話している。
イチカはバシンと拳を打ち鳴らし、ブロミーの背を蹴って宙を舞った。
「あとは任せろ!! おまえはおまえの用事を済ませちまいな!!」
幼生体の群れのど真ん中に着地すると、さすがイチカというか、相手がなんであるとか関係なく、いつもどおり好き勝手に暴風のように暴れ回った。
ブロミーもあとを追い、巨体を揺らして戦っている。圧倒的な物理耐性を生かして、他のメンバーへの攻撃を代わりに受けてくれてる。
「サンキューイチカ!!」
コルムはイチカにサムズアップを返し、くるりと俺に向き直った。
サンキューイチカ……だと……?
「い、イチカとも仲直りしたのか……?」
あんなに馬が合わなかったのに……。
「拳で語ったんだ」
コルムは事もなげに述懐する。
「え、拳? 戦ったの? 斥候と闘女で?」
「どっちも闘女で、だ」
自分で言って自分でウケてるコルム。
「はあ? なあ、なに言ってんだよコルム……。なにがあったんだよ……。おまえさっきからずっと変だぞ?」
「こ、壊れちゃったんでしょうか……?」
顔中疑問符だらけにしてルルと見つめ合っていると……。
「──なあハチ。オフ会しようぜ」
俺を見るなり、コルムは唐突に提案してきた。
「……へ? ん? お、オフ会? お、おう。そりゃかまわんけど……。願ったり叶ったりというか、俺のほうがお願いしたいくらいだけど……」
サーディンの言う通り、コルムとは色々わかり合わなければと思ってたとこだ。
実現したら最高だと思ってた。
だけどなかなか勇気が出なくて、切り出せない話題だった。
「よっしゃ。で、いつやる? コルムは東京住みだよな? 今度の週末なんかいいかなと思うんだけどどうだ? ……場所はどうすっかな。ふたりの家の中間地点なんかどうだ? ちなみにコルムの家って……」
「――場所はハチの家でいい」
「え? 俺の家? そりゃ俺にとってはいいけどさ……おまえの家って……」
「――日にちは今日だ。今すぐだ」
「きょ、今日!? や、バカ、無茶言うなよ!! いくらなんでも……」
「無茶じゃないさ」と確信めいた口ぶりでコルム。
おいおい。本気で今日のコルムはおかしいぞ? 冴えてるを通り越して預言者めいてる。
「──なあ、ハチ。窓は開いてるか?」
「ん? 窓? 心の窓とか社会の窓とかそういうの?」
混乱しすぎてて、わけのわからん返答をしてしまう。
「バカ。そういうんじゃないよ。実際の窓さ。おまえの部屋の、道路に面していない窓。オリーヴグリーンの遮光カーテンがかかってるやつ」
「開いてるけど……え? なんでおまえがそんなこと知ってんの?」
コルムは「……ふふん」と不敵に笑うと、まっすぐ俺を指さした。
~~~~~蜂屋幸助~~~~~
──今すぐ行く。おまえに会いに行く。だから待ってろ。
HMDを外した。
怪談ものの映画を見た時みたいに、俺は思わず窓を見た。
来るわけないのに。いるはずないのに。
心のどこかで「もしかしたら」と思ってしまって、目が離せなかった。
ガラガラガラ、ピシャッ!!
カーテンの向こうで窓が開いた。
誰かがそこに立っていた。
シルエットだから具体的にはわからなかった。
でも誰かがそこにいた。
「──え、え。ウソだろ……!?」
声が上ずる。
「わっ、た、と、と──」
体勢を崩したせいで椅子が1回転しそうになり、慌てて背もたれに掴まっった。
「はーっ。はー……っ」
すんでのところでバランスをとって荒い息を吐く。
シャッとカーテンを開けた音に気づいて慌てて顔を上げると、そこにいたのは小巻だった。
「なんだ小巻か……」
安堵とがっかりが半々のため息をつきかけて――息が止まった。
いつもの小巻じゃなかった。
いつものラフな格好じゃなかった。
よそ行きのサマーワンピースを着てた。薄い黄色で、ところどころフリルや花の飾りがあしらわれてた。
髪の毛も普段のままではなくきちんとセットされていて、唇にはうっすらリップまで塗られてた。ほとんどすっぴんしか見たことがなかったから、それだけでもドキリとさせられた。
だが何より俺を驚かせたのは。その表情だ。
いつになく真剣で、いつになく思いつめたような表情で、小巻はそこに立っていた。俺をじっと見つめてた。
まるで女の子みたいな表情だった。
もちろん女の子であるのは知ってるんだけど、小癪なことにかなり可愛い部類の女の子なのは知ってるんだけど、今まで小巻がそんな表情をしたのを見たことがなかったから、なんだか俺は、ずいぶん焦ってしまった。
「よ、よお……」
間に耐えかねて、自分から声をかけた。
「……どうした? こんな夜ふけに」
「……うし!!」
小巻はしばしの逡巡のあと、気合を入れるようにぴしゃりと自分の頬を叩いた。
せっかく小奇麗な格好をしていたのに台無しだ。
そう思ったが、そういった勇ましいしぐさがあまりにも小巻に似合いすぎていて、つっこむ気が起きなかった。
俺が思う限り小巻とは、つねにどこまでもそうあるべき人間だったから。
「あたしが……」
言いかけて、小巻はいったん言葉をひっこめた。
にっ、と無理やり口角を吊り上げ、男らしい笑顔を作った。親指で自分自身を指さした。
「――オレが、コルムだ!!」
………………………………………ん?
………………………………………あ?
………………………………………はい?
「――っなんだとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ!?」




