「モルガンが仲間になりたそうにこちらを見ている」
~~~~~ハチヤ~~~~~
20代半ばの女性だった。黒いとんがり帽子と、裾を引き摺らなければ歩けないような深緑のローブを身につけていた。武装は杖が1本。ということは魔女なのだろう。背が高く肌は白く、長い黄金色の髪の毛の間から、特徴的なとがり耳が突き出ていた。
長耳族は知力に秀で、MPも多く、唱える者に向いている。ふくちゃんも吟遊詩人で、MP回復の呪歌を使えたりと有能で、選択肢としては悪くない。
……そこまではな。
「……なぁにやってんですかねこの人は」
石壁に手をついて、俺は大きくため息をついた。目の前には鉄格子があり、中に件の人物がいる。
キャラ名はモルガン。顔はモザイクで隠されている。「ふさわしくない、映すべきでない」というFLC側の配慮によるものだ。アカウント停止期間の1ヶ月間、先生のキャラは、この牢獄の中で幽閉されて過ごすことになる。
「しかたないじゃない。あのコたちが可愛すぎるのが悪いのよっ!!」
「いや開き直り過ぎでしょう。弁解の余地なく一片の曇りもなく全面的にモルガンが悪いですよ」
「うう……っ、そんなこと言ったって……!! 体が言うことを聞かなくて……!!」
さめざめと泣き真似をするモルガン。
「……不覚にも気持ちがわかります」
「おまえらは少し理性って言葉を勉強するといいと思うよ?」
「あるじ様!? そんなひどい!!」
「だいたいひどい目に遭ってるのは俺なんだがね……」
モルガンに、ショートソードの腹を鏡代わりにして自分の顔を見せてやる。
「……はっ、こ、これは!? 私の顔が!?」
「気づきましたか……それがモルガンのやったことに対するペナルティです。これから一ヶ月間、あんたの顔は誰にも見えません」
「な……なんですって……!?」
口元に手をあてぷるぷると震える先生。
「ごしゅじんさまかわいそう……」
「うう……ふくちゃん……。ああ……可愛い!!」
先生は泣き崩れるふりをしながら格子越しにふくちゃんを抱きしめる。絵面がシュールすぎてなんかもうひどいな、なんだこれ。
「とにかくですね。モルガン。俺らが手伝うことで、1ヶ月が5日間にまで縮まりますから、それで我慢してください」
するとモルガンは露骨にがっかり声で。
「えー、そんなもん? すぐ終わらないの? ちょーだるいんですけどー」
「失礼なリアクションだなおい!?」
「ハチの先生って正直だよな……」
戦慄するコルム。
「欲望に忠実に生きる!! それが私のモットーなの。学校での私は仮の姿。これが本来の私なのよ!!」
ぐぐっと拳を握りながら力をこめて宣言する先生。どや顔……してるんだろうなー。たぶん。見えないけど。
「……いろいろ残念でごめん。コルム」
「気にすんなハチ。オレもこのクエストやるの初めてだし興味はあるから」
「……ハチヤもコルムもやったことがないのか?」
意外そうにアール。
「長くプレイしてる2人なら一度はあるかなと思ってたんだが」
「ああ。だって考えてもみろよ。それにはアカウント停止されるようなファンキーな身内がいなきゃならないんだぞ?」
「なるほど……」
「頑張った割には報酬も少ないしな。アカウント停止期間短縮って本人しか得しないし。1年が1週間とかなら頑張り甲斐もあるけどさ」
正直、自業自得でもあることだしなあ。
「出来れば見捨てたいってのが本心なんだが……」
みんなで先生のほうを見ると、先生は口を開き、「内心書に響くわよ」と一言。
「うわあ……この人最悪だ……」
「ふん、そんなもん知るか」
余裕で腕組みをしているイチカ。シショーも腕組みしているが、これはデフォだ。
「ああ……。イチカさんはもう底辺ですもんね……」
「はああ? ばっか。オレは成績なんて小っさいものにとらわれて生きてねえんだよ」
「とらわれるほどのものがもともとないですもんね」
「……おいおまえ、今からオレん家来い」
「まあまあハチヤもイチカも。モルガンの冗談だから。そんなことするわけないだろう」
アールがとりなす。
先生はうつむき、それから力強く顔を上げた。
「……私にはやらなければならないことがあるの。その為なら、神だって敵に回して見せる……!!」
「……俺今、生まれて初めて神様ごめんって思った」
「この人って……」
アールもさすがに絶句する。
「おねがいします~。ごしゅじんさまをたすけて~」
ふくちゃんが胸の前で手を組み合わせ、涙ながらに訴えてきた。
いややるつもりではいるんですけどね。ただモチベーションの問題でね。
「ああ……私のかわいいふくちゃん……!! いますぐここを出てもふもふしたい……!! ぺろぺろしたい……!! もみもみしたい……!! 口癖になるほどあらぬ言葉を連呼させたい……!!」
「……再犯の可能性あり……なんだよなあ……」
……報われないなあ、ふくちゃん。
――ピコーン。
と、これはクエストの発生音だ。
クエスト名:「ONE FOR ALL ALL FOR ONE」
内容:アカウント停止プレイヤーと共に行動し、指定の場所へ向かうこと。その間、PTメンバーはアカウント停止プレイヤーのペナルティを等しく課されるものとする。
報酬:アカウント停止プレイヤーの停止期間を短縮する。最大PT人数分の1にまで期間を短縮することが出来るが、0にはならない。
「おー、なんだこりゃ。いきなり変なのが出て来たぞー?」
「イ、イチカ。これクエスト! OKを選ぶ!」
戸惑うイチカの脇でぴょんぴょこ跳ねてるマヤ。あのコンビはいつも隣にいるな。頭の中身がシンプルだから波長が合うのか?
「ふむふむ。クエストを受諾するかどうかってことか。これがその報酬と内容? ふうーん」
興味津々のアール。顔をくっつけるようにママも覗きこんでいる。可愛い女の子がしてくれるなら羨ましいシチュエーションだが、泣き女なので呪われているようにしか見えない。
コルムの手が俺の肩を叩いた。
「どうしたハチ? 面白い顔して」
「いや面白い顔はしてねえよ。変な顔って言うとこだろそこは」
「あ、それがデフォかすまん」
「そういう意味でなら話が違うよっ!? いやそうじゃなくてさ、なんつーか……この内容の最後の部分……」
「んん? あー……これはもしかして……そういう意味か?」
コルムの顔がひきつる。興味なさげに寝そべっているバクさんの尻尾が、ペシリと床を叩いた。
ペナルティを等しく課される。
その意味は、牢獄を出るとすぐにわかった。
~~~~~
ヴィンチの街は北の果て大断崖の足元にある。高地で豪雪地帯で、林業以外に基幹となる産業はほとんどない。
そのくせそれなりに人口がいて街が賑わっているのは、大断崖への登り口があるからだ。
キティハーサにおいての大断崖は、いわば聖地メッカみたいなもので、信仰と巡礼の対象になっている。頂上へたどり着ける者はいないので、あくまで中腹の神殿までだが、巡礼同行のサービスも行われている。巡礼者のための宿屋や土産物屋に食事処などの施設も充実している。つまり、大断崖を中心に生まれた観光の街なのだ。
当然住民のサービス精神は旺盛で、雰囲気も明るく賑やかで、往来には常に笑い声が満ちている。
――のだ。いつもは。
「――やっぱりこういうことか」
俺たちが牢獄から一歩外へ出ると、往来から笑いが消えた。住民や観光客がひそひそ囁き交わし、敵意に満ちた視線を向けてくる。それはまるで、極悪犯罪者を前にした者のような反応だ。
俺はステータス画面を開き、外見(APP)の値を調べた。恐ろしいことにマイナスになっている。
キティハーサにおけるAPPは、見た目の美醜プラス名声というふたつの意味合いを兼ねている。
名声は、クエストの達成やモンスターの討伐など、キティハーサのために貢献した度合いを表すものだ。APPが高ければ住民の反応も良くなり、店での買い物の値段も安くなるなどいいことづくめ。反面、APPが低いと住民の反応も悪くなり、買い物でもふっかけられる。
APPの上下は、基本的には先にも挙げたクエスト達成やモンスター討伐の成功不成功によって行われる。応用的には犯罪だ。PK可能でNPCをも攻撃できる設定なので、積み重なってAPPがマイナスになり、犯罪者になることがある。犯罪者になれば牢獄に囚われ、あるいは街に入れなくなり、先生のように顔面モザイクをされることもある。
「あ、あるじ様ぁ……」
住民の様子に不安になったのか。ルルが俺の頭にしがみついてきた。
難しい理屈じゃない。犯罪者と一緒に居れば、犯罪者でない者も悪く見られる。先生もいまやモザイクを解かれて素顔が露出しているけれど、一度広まった噂は容易く消えない。そういうことなのだ。
街のマップを開くと、目的地が朱書きの丸で囲まれていた。ヴィンチの街の外れ。森に分け入った先にある「マダム・ラリーの館」だ。
往来を進むと、モーゼの十戒さながら、住民たちがざっと脇へどけた。
うわあ……。
警戒、敵意、恐怖。様々な負の感情をまぜこぜにしたような黒いオーラが満ち満ちていた。
子どもの泣き声。唾を吐く音。舌打ち……。あれ、石持ってる人いないか……?
この中進むのかよ……。
「ハチ」
「ハチヤ」
コルムとアールの声がハモッた。ふたりは一瞬「ん?」と顔を見合わせる。
「大丈夫だ。オレがついてる」とコルム。
「任せたまえ。このボクが力になろう」とアール。
「おまえら……」
それぞれのやり方で発破をかけてくれるふたりに、俺は一瞬ぐっときた。
ひとりは皆のために。皆はひとりのために。
けっこういいシナリオなんじゃないか? ここだけとれば。