「言葉だけじゃ分かり合えない」
~~~~~イチカ~~~~~
イチカが多くの鎧喰らいを相手に無双出来たのには、いくつかの理由がある。
ひとつには「受け技」の存在だ。
FLCでは、回避運動をキャラの移動キーで行い、受けをコマンド入力制にしている。
コマンドは3つ。
それぞれ金剛。流水。交叉である。
金剛はいわゆるクロスアームブロックだ。交差した腕でダメージを軽減する技だ。相手の大技を耐えるときなどに使われる。
流水は合気道などに見られる捌きの技だ。敵の攻撃にタイミングを合わせて捌き、体勢を崩すことによってスタン状態にさせる。
交叉はいわゆる交叉法。敵の攻撃に対して前に出て、これを弾いて逆にこちらの攻撃を当てる、能動的なカウンターだ。
出せば確実に効果をあげる金剛と異なり、流水と交叉にはリスクがある。操作のタイミングが合わないと、逆にクリティカル扱いのダメージをもらってしまう。
タイミングもシビアで難しく、熟練者でもなかなか百発百中とはいかない。
しかしそれらのリスクは武道を歩むイチカにとって親和性があり、馴染みやすいものだった。
リスクなしで得られる勝利などない。
明確なスタンスに彼女は立っていたからだ。
もうひとつは人間的なスペックの問題だ。
受け技に必要な、類い希なる反射神経と動体視力、集中力。
小さい頃から伝統派空手という高速戦闘の中に身を置いていた彼女には、それをなさしめるだけの下地があった。
かてて加えて、対する敵だ。
鎧喰らいの攻撃はバリエーションが少ない。2本の触手プラス特殊技としての「三叉矛」、「呑みこみ」しかなく、起こりがわかりやすいので避けやすい。
防具を融かす付加効果は触手の先端にしかなく、ダメージ判定も先端にしかない。ということはつまり、懐に飛び込んでしまえばいい。
懐に飛び込む、入り身になるという動きは格闘技全般における基礎的な動きだが、これもまた、イチカの得意とするものだった。
「行くぞおらあ!!」
目の前の一匹につっかける。
触手の1本目を避け、2本目を流水でいなした。
バランスを崩した鎧喰らいは他の個体にぶち当たり、混乱を生じさせた。
2匹目が触手を伸ばしてくるのに交叉を合わせ、カウンターで一撃加えた。すかさず2発目が飛んでくるが、これにも交叉を合わせた。
「三叉矛」が飛んできた。
特殊技には交叉を合わせられない。体を回すように回避し、バックブローを当てて疑似的にカウンターとした。
3匹目が右から、4匹目が左からくる。
流水の連発で、どちらも捌いた。バランスを崩した4匹目に数発加え、蹴り込んだ足を踏ん張って、宙高く飛んだ。
一瞬遅れて、5匹目6匹目7匹目の「呑みこみ」が、さっきまでイチカがいたところに殺到した――4匹目が呑みこまれ、辺りに悲鳴が満ちた。
「なんだこいつ……!!」
「全部カウンターで切って落とした!?」
「当たらねえ!! 無理だこんなの!! 勝てるわけがねえ!!」
「バカ!! 逃げるな!!」
誰かが叱咤するが、鎧喰らいたちはすでに腰が引けている。イチカの無双ぶりに対処するすべがない。
「慌てるな!! しょせんは物理打撃!! わしらには通じん!!」
長老の声に、皆は冷静さを取り戻した。
「そ、そうだよな? なんと言ったって、俺たちの体に普通の打撃が通じるわけがない……」
「当たり前だろ? 天然の柔軟表皮だ。破ろうったって破れるものじゃない」
「さっすが長老。かつて一族最強と言われた戦士だぜ……」
皆が口々に褒めそやす中、ひとりブロミーだけは不敵に笑っていた。
「――ふふふ、どうかな? みんな、平和ぼけしすぎなんじゃないの!?」
ブロミーの触手が伸びる。一匹の鎧喰らいの表皮に命中し――物理打撃を防いでいた柔軟な表皮を融かした――。
「うわあああああああぁ!?」
表皮を剥かれたところへ、イチカがすかさず蹴りを打ち込んだ。
物理耐性のなくなったところへ、強烈な一撃が命中した。
ダメージは、それまでの比ではない。
ドン、ドドン。立て続けに連撃を見舞うイチカ。
順突き、逆突き、回し蹴り――。
表皮にかまけて防御の技術を学んでこなかった鎧喰らいには、イチカの連撃を防ぐすべがない。
突き放そうと触手を放つが、すべて交叉を合わされた。
「だ、誰か、助けてくれえええええぇ!!」
助けを求めるが、皆遠巻きに距離を置いて、あえて火中に飛び入ろうとはしない。
悲鳴が鳴りやむと同時に、鎧喰らいは戦闘不能となった。
「よーっしゃ、いいぞブロミー!! その調子でどんどんいけ!!」
「うん!! ありがとうお姉さん!!」
ブロミーの触手がどんどん伸びる。鎧喰らいたちの表皮に、端から穴を開けていく。
「やめろおおお!! 俺の表皮を剥がすなああぁ!!」
「ブロミーさん!! やめて!!」
「同族だろ!? 仲間だろお!?」
「なんで人の肩なんか持つんだよお!?」
同族たちの命乞いを、しかしブロミーは一顧だにしない。
「うるさーい!! 先に仕掛けてきたのはそっちじゃないか!? ボクがいくら言っても聞かなかったくせに!! いまさら同族だなんだと虫がよすぎるんだよお!!」
頑ななブロミーの様子に説得を諦めた鎧喰らいたちは、一斉に撤退を開始した。
「だめだ……逃げろ……!!」
「に、逃げるってどこへだよお!?」
「どこだって知るか、そのへんの穴にでも潜り込んじまえ!!」
体の小さな鎧喰らいはどこへでも逃げ延びることができる。だが大きなものはそうはいかない。大人になるほどどうにもならない。水管に詰まってしまって入れない。
必然、体の大きなものたちはひとつの方向へと動き出した。
王都郊外、カラバル平原へ通じる抜け道へと――。
「――どうするの!? お姉さん!!」
ブロミーがイチカに指示を求める。
「はあ~? バカかおまえ、オレたちにケンカを売っておいて、無事に済ますわきゃねえだろ!?」
「たち……? うん……うん!! そうだよね!!」
ブロミーはイチカに仲間として受け入れてもらったことが嬉しく、何度も何度もうなずいた。「そうと決まれば答えはひとつだ――」
蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う鎧喰らいたちの背を追いかけるように、イチカは宣言した。
「皆殺しだぁー!!」
~~~~~ハチヤ~~~~~
「……んで、こんなことになってんの?」
俺は大きなため息をついた。
妖精釜に入った直後だ。後から追いついてきたイチカは、一匹の大きな鎧喰らいを連れていた。
ちょっと信じられないことだけど、意志を交わしているらしい。
「単独行動してどこで暴れるかと思ったら、地下水道へ入って無双して、鎧喰らいと心を交わした?」
「ああ」
「皆殺し宣言なんかしちゃったあげく、大きな集団を追いかけてたらいつの間にか地上に出てた?」
「ああ。そしたら一気にみんなやられちまったからさ、肩透かしくらった気分だぜ」
獲物を失ったことが勿体ないみたいな表情で語るイチカの傍らでは、巨大な鎧喰らいがぐわんぐわんと蠢いている。
「よろしくおねがいします。ボク、ブロミーって言います。だってさ」
「え? いま喋ってた?」
「喋ってたぞ? おまえらにゃわかんねーみたいだけどな」
ぐわんぐわんごわんごわん。
鎧喰らいの――ブロミーの動きが激しくなった。
……言葉? ボディランゲージ? うーん……。
「こう見えても一族一の戦士です。みなさんの盾になれると思います。だってさ」
「肉体言語……みたいなもんか……?」
もうわかんねえな、これ。
「ほんとーに拳で語り合った仲みたいですねえ……」
ルルはしっかりと俺を盾にしながらイチカとブロミーのことを見ている。
「おいハチヤ」
話しかけてきたのはサーディンだ。
「……おめえマジかよ。鎧喰らいとPT組むつもりか?」
「俺とおまえがPT組むご時世だからな。正直もうなんでもありだろ」
お手上げ、と万歳する。
「まあPTてーか、システム上はただ単にモンスターが勝手について来てるだけだがな」
「それじゃ、いつ攻撃されてもおかしくねえじゃねえか!!」
「されたら反撃すりゃいいじゃん」
「おめえ……いつからそんな脳筋キャラに……」
「行き当たりばったりなところは昔からですよー。それよりあるじ様。あっちをなんとかしないと」
ルルはため息とともに俺の髪の毛をぐいぐい引っ張った。
髪を手綱扱いするのはやめなさい。なんだねルルくん。
指示されたほうを見ると、アールとコルムが俺を見ていた。
アールがブロミーを敬遠する理由は生理的嫌悪感からだ。
先の戦いの時、アールは他の個体とはいえ鎧喰らいに捕まり呑みこまれ、法衣を滅茶苦茶にされた。本気で軽いエロゲみたいなことをされたのがトラウマになっているようで、いまもブロミーから大きく距離をとっている。
だけどこいつは真面目で真っ直ぐで、健気な頑張り屋さんなので、
「ボクは……ハチヤがいいって言うなら……」
新調した法衣の袖を引っ張ってから顔を上げると、
「ちょっとやだけど……でもがんばるよ。がんばるっ」
ぐ、と可愛らしくガッツポーズをしてくれた。
コルムのほうはそう簡単にはいかなかった。
「――危険だ。絶対に許可できない」
コルムはいつでも弓を討てるように構えたまま、ブロミーを睨みつけている。
「いつ背後から攻撃を受けるともかぎらないんだぞ?」
「そんなことしないって言ってるぞ?」
とイチカ。
「そんなの、なんの根拠もない」
コルムは一蹴する。
「ああ?」
「あんたが言ってるだけだろ? そう聞こえてる気がするだけだろ? そう思いたいだけなんじゃないのか?」
「おまえ……オレが嘘ついてるってのか?」
ぶるり……っ、イチカの声が震える。
「そうかもしれん。騙されてるだけなのかもしれん。オレにはわからない」
「なあコルム。ラクシルやバドを見ろよ。本来だったらどっちも仲間になるようなキャラじゃないだろ? ブロミーだって同じじゃないか」
「違う」
俺の仲裁を、コルムはしかしはねつけた。
「こいつはただのモンスターだ。ラクシルはカイの遺した魔法の工芸品で、バドは人の親に育てられた樹皮人だ。根拠がある。ストーリーがある。こいつにはなにもない。ただのモンスターだ。人間の敵だ」
「コルム……?」
どうしてそこまでコルムがブロミーを警戒するのか、俺にはわからない。
「……なーるほど。よぅくわかった」とイチカ。
「おまえ、オレだからつっかかってくるんだろ? 前からオレのこと気に入らねーみたいだったもんな? な、そうだろ?」
たしかに、PT加入当初からコルムとイチカの仲は良くなかった。
いきなり戦闘になりかけたことを覚えてる。
その後もふたりが話したり協力したりしてる姿を見たことはない。
馬が合わない。ソリが合わない。
俺自身、ふたりに仲良くなってもらおうと試みたことは何度もあったのだが、ついぞ成功したことはない。
「違う。危険だからだ。この妖精釜はFLCの中でもトップクラスの危険地帯だ。地雷原の真っ只中を、何するかわからないやつと行動するのはごめんだ。危険度で言ったら、それこそ迷惑スキルなんてメじゃない」
ストーリーを追うことに興味を示さない普段のイチカだったら、ここで退いていたかもしれない。
「あ、そ。じゃあオレは他でてきとーにやってるわ」で済んだかもしれない。
だけどいまのイチカはちょっと違う。ブロミーという仲間を得て、そいつに責任を感じてる。
先輩と後輩の関係? 師匠と弟子の関係?
わからんけど、蔑ろにはできない何かを抱えている。
「だから出てけって? いやなら他で時間つぶしてろって? はっ――」
鼻で笑うと、イチカは拳を固めて身構えた。
「やーだね。力ずくでも居座ってやる」
「……やってみろ」
コルムは弓をイチカに向けた。
「おいおいおい!! なにやってんだよ!!」
一触即発のふたりの間に割って入った。
「イチカ、拳を下げろ!! コルム!! おまえも弓を引けよ!!」
イチカに背を向け、コルムに歩み寄る。
イチカよりもコルムのほうが、話しが通じやすいはずだ。
肩を抱き、声をひそめる。
「……なあコルム。いったいどうしたんだよ? おまえらしくないぜ」
「……オレらしくない?」
コルムは暗い瞳で俺を見ている。
「そうだよ。いつものおまえなら、快活に笑い飛ばしてくれるじゃんか。『おう任せろ』、『心配すんな、オレがついてる』って、そう言ってくれるじゃんか」
「……」
「いたらないところだらけのダメダメの俺をフォローしてくれる兄貴だろ? コルムはさ」
「……兄貴?」
「今回も頼むよ。イチカのことを信じてやってくれ。ブロミーだって……まあ何言ってるかわかんねえけど、信じてみようぜ。ルルやふくちゃん、レイミアにエジムンドにマダム・ラリーにバド、レフ、アンバー。ニアだって自我を持ってるご時世だ。鎧喰らいが持ってたっておかしくないだろ?」
『……』
何も言わないでいるコルムに、みんなの視線が突き刺さる。
「………………オレが悪役かよ」
うつむいたコルムが、小さくつぶやく。
「……コルム?」
ぐわっ、と勢いよくコルムが顔を上げた。
「――オレはみんなのためを思って言ったんだぞ!? みんなが危ない目に遭わないように!! 無事帰って来れるようにって!! なのになんで、そいつの肩を持つんだよ!! ぽっと出のモンスターを仲間に入れようなんて思うんだよ!! そいつのどこをどう信用しろっていうんだ!? みんな楽観すぎだろ!! もっとちゃんと考えろよ!!」
「コルム……」
ぎり、歯を軋らせる音が聞こえる。
「なんだよ……なんでそんな目で見るんだよ!! オレ間違ったこと言ってるか!? おまえがしなきゃいけないことをオレがしてるだけだろ!? 本来ならおまえがすることだぞ!? PTを危険に晒すな!! 仲間を死地に送り込むな!! これ以上無駄死になんかさせんなよ!! もうゲームであってゲームじゃなくなっちまってるんだ!! 戦闘不能時帰還地点に戻ってはいやり直し、じゃないんだよ!! いいかげんそのことに気づけよ!!」
「コルム……!!」
「離せよ!! オレは悪くないだろ!? オレはおまえのために……いつだっておまえを想って……!!」
――もうヤダ!!
耳をつんざくような大声で、コルムは叫んだ。
「わかったよ!! もういいよ!! うんざりだ!! オレは抜ける!! オレが抜ける!! あとは勝手にしろよ!!」
そうして、コルムはPTを抜け、俺の前から姿を消した――。




