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最果てのクロニクル~サヨナラ協定~  作者: 呑竜
妖精戦争

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66/118

「戦うために生まれた」

 ~~~~~ブロミー~~~~~


 戦士として生まれた。戦うべく宿命づけられた。同族よりHPが高く攻防に抜きん出ているのは、ブロミーがそう役割づけられたからだ。

 選ばれたことを誇りに思っていた。一族の代表として胸を張っていた。

 最初のうちは。

 基本攻撃の付加属性として備わっている、相手の武装を剥ぐ能力。シンプルかつ合理的なこの能力が、ブロミーの評価を変えた。

 曰く――。

「変態スライム」

「妖怪鎧脱がし」

「制作者エロゲのやりすぎじゃね?」

「悪意しか感じられないモンスター」

「あの通りだけは避けて通るわ」

「なぜ防具屋のそばに配置したし」

 様々な悪評がたち、鎧喰らいの名は地に落ちた。

 力の弱い幼生体のみを狙って狩る「スライムいじめ」なる行為が各地で散見されるようになると、ブロミーは一族内でも肩身が狭くなった。固定ポップであり、王都の目抜き通りに出現するブロミーは悪目立ち過ぎるのだ。

「ブロミー先輩(笑)まぁた行くんすか?」

「いい加減マイナスにしかならないのわかってますよね?」

「あんたのせいでうちの子がいじめられてるのよ!!」

「ブロミーくん……見損なったわ!! これだけみんなが苦しんでるのに……!!」

 心ない声が、わりかし繊細なブロミーのハートを砕く。

「うう……みんなひどいよ……。ボクだって好きでやってるわけじゃないのに……!!」

 行動規則オーダーブックに従ってるだけなのに、それはみんなわかってるはずなのに、当たり所が欲しくてブロミーをバッシングしてくる。

「もう疲れた……旅に出たい……」

 弱音を吐きながら、ブロミーは今日も地下水道から通りに這い上がる。

 

 ぐにゅぐにゅ……のそり。

 マンホールからいきなり現れたブロミーを見て、女キャラが悲鳴を上げて逃げ惑う。男キャラが唾を吐きながら距離をとる。ぽかんと口を開けた子供を母親が抱きかかえて逃げていく。かしましい妖精たちがこっちを指さして笑っている。

「ボクだって好き好んでこんなことしてるわけじゃないんだから、そんなに怯えないでよぅ……」

 ブロミーの話す言葉は、当然だが同族以外には通じない。モゴモゴ、ゴワゴワ。音にするならそんな風にしか聞こえない。

「衛兵だ!! 衛兵を呼べ!!」

「鎧喰らいだ!! こいつ……いったいどこから!!」

「たすけてーおかーさーん!!」

 口々に疎まれ嫌われ、警戒の声を発せられる。

「もうやだ……みんな嫌いだ……」

 鎧喰らいは、相手にするには割に遭わない敵だ。経験値が高いわけでなく、良いドロップ品が手に入るわけでもない。高レベル冒険者にとっては相手するまでもなく、低レベル冒険者にとっては厄介な相手過ぎた。

 ここ数か月、まともに相手にされてすらいないのはそのせいだ。


 今日何度目になるかもわからないため息をついていると、不意に横合いから声をかけられた。

「――おう。そこのおまえ」

 最初、それが自分のことだとは思わなかった。きっと自分の向こうに誰かいて、そいつに声をかけているのだと思った。「え? ボク? 相手してくれるの?」などと調子に乗って振り向けば、それこそ「おめーじゃねえよバカ。うすらハゲ」と罵倒されるに違いない。バカでもハゲでもないけど、これ以上罵られるのはイヤだった。

 すっかり卑屈な気持ちに支配され、あてどもなくそのへんを這い回ろうと思っていたブロミーの目の前に、声の主が立ちふさがった。

「おめーだよおめー。聞こえねえのか? 耳ついてんのか?」

 獣人族の女だった。白豹ベースなのか、銀白に輝く綺麗な毛皮だった。鎧などは無きに等しい。胸と腰元を覆う布。あとは手甲と脛当てをつけている程度だ。

闘女バトルレディ……だよね……)

 物理攻撃の、しかも打撃攻撃を得意とする前衛職。ブロミーら鎧喰らいを天敵とする職業クラスだ。

 他に仲間がいるのかと思って周りを見ると、長耳族の魔女ウィッチがひとりいた。しかし自分の探し物に夢中で、こちらに参戦してくるようには見えない。

 女――キャラネームはイチカ――は、バキボキと拳を鳴らした。 

「ね、ねえお姉さん……ボクとやっても不毛だよ? 無駄というか無益というか……」

 親切心で言ったのだが、当然の如くイチカには通じていない。

「なんだごちゃごちゃとうっせーな。男なら腹をくくってかかってこいよ」

 通じていない……はずなのだか、絶妙に通じている?


 ブロミーが戸惑うよりも早く、イチカはつっかけてきた。

 飛び込むように踏み込み、前足側の拳を体ごとぶちこまれた。

 ドシン、強烈なインパクト音が響く。

 追い突きだ。始まりにして終わり。初歩にして究極の一撃とされる。FLCでは「鬼突き」と呼ばれる。出が早く、近距離ながら移動技をも兼ねる。闘女の基本技である。

 しかしブロミーには通じない。ゲル状の体がぶるんと震え、物理的な衝撃を全体に拡散しつつ吸収する。

 ブロミーはがっかりした。イチカの攻撃は音のわりにたいしたことなかった。他の物理プレイヤーに比べれば威力は高いが、しょせんその程度。打属性の物理攻撃など、どれだけ絶妙なタイミングでぶち込まれても、痛くも痒くもない。

 まったくの無策で挑んできたのだ。

 ブロミーは失望のため息を漏らした。

「……へえ」

 イチカは自身の拳を見つめて少し驚いたような顔をしていたが、すぐに気を取り直すと、火の出るような猛攻を開始した。


 右の前蹴りで距離を測り、半歩踏み込んで拳を連打してくる。小細工は一切ない。渾身でミートし、体重を乗せてくる。会心の一撃を繰り出さなければダメージが通らないことを知っているからだ。

「『烈火猛虎』!!」

 拳が炎のような気を纏い、一発一発の物理ダメージが上昇する。手数の多い闘女の得意技だ。

 ちらりと見ると、妖精あいかた土妖精ドワーフは瞑目したまま何もしない。攻撃も援護もない。ほとんどただの置物だ。

「そんなことしたって全然効かないよ……? 妖精もなにんもしてくれないみたいだし、もうやめたほうがいいと思うよ?」

 気を遣ってしまうほどに無駄な努力だ。

「『龍頭ドラゴンヘッド』!!」

 合わせた双掌が、黄金に輝く龍と化す貫き手の技。打属性攻撃が突属性になり、ブロミーの体にズブリと突き刺さる。

「……へえ、こっちか」

 手ごたえの変化に、イチカがにやりと笑う。


「むむむ……意外とやるなあお姉さん……」

 HPにはまだまだの10乗くらい余裕があるが、この女は油断できない。気を引き締めたブロミーは、相手を早く諦めさせるためにもと、攻撃パターンのモードを一段階上げた。

「……ちょっと本気出すからね」

 伸ばした触手の先を幾本にも枝分かれさせた。細くした分ダメージは減るが、当たる面積は増える。

 でかいフォークをぶん回すように、思いきり側面から薙いだ。

 イチカはバックステップでこれを躱す。

 ブロミーはすかさず間合いを詰め、触手をもう一本伸ばして蚊を叩く時の要領で左右から挟撃した。

 イチカは後方へは下がり切れず、やむなく上へ跳んだ。

「『三叉矛トライデント』!!」 

 さらに一本追加した触手を、イチカの頭上から叩きつける。空中にいる以上、これは避けようがないはずだ。

「どうだぁ!!」

 ブロミーは直撃を確信するが、イチカは不適に笑った。

「『天空翔破』!!」

 イチカの全身を気が覆う。本来ならばジャンプ攻撃用の技だが、空中での姿勢制御を上手く活用すれば、短距離の飛行技としても使える。後方へ大きく滑空し、ブロミーの攻撃を躱した。

「な、ななな……!!」

 言葉を失うブロミーに、イチカは着地しながら笑いかける。

「――ははっ。おまえ……いいなっ!!」

 

 戦いは長く続いた。

 激しく動き回る彼らの戦いはイリヤーズの目抜き通りだけでは納まらず、露店を騒がし、住居を駆け抜け、塔の上へ登り……いつの間にか地下水道へ潜り込んでいた。

「なんでだよお姉さん……。なんでそんなに頑張れるの……?」

 地下水道の中は当然狭い。ブロミー一匹いれば他にはほとんど隙間がない。障害物もなく、イチカにとっては身の置き場に困る、やりづらい戦場のはずだ。

「なのになんで……なんで躱せるの……?」

 縦横に触手を振るうが、すべて躱される。攻撃をかいくぐって懐に入り込まれ、着実に打撃を加えてすぐに距離をとられる。追撃をしようにも届かない。驚くほどの敏捷性だ。

 ならばと壁際に追い詰めても、三角跳びの要領で脱出される。

「なんでだよぉ!?」

 必死になればなるほど当たらない。攻撃は単調になり、見透かされる。だがブロミーにはわからない。ここまで肉薄されたことがないからだ。たいがいのプレイヤーは諦め、あるいは他の攻撃方法に切り替えるからだ。肉弾戦にこだわる必要がないからだ。FLCのサービス開始から今まで、こんなプレイヤーはいなかった。

「――なんでそこまでこだわるの!? 仲間を呼べばいいじゃん!? 意地にならないでよ!!」

 仲間の魔女を呼べばいいのだ。そうすればこの無益な勝負に終わりがくる。そうすれば、そうすれば……。


 ――ほんとに、終わらせたい?


 ふと浮かんだ疑問に、ブロミーは驚く。考えてもみなかったことだ。戦いは苦痛でしかなかった。貶され、蔑まれる存在でしかなかったブロミーにとって、戦いは常に罰のようなものだった。

 それが……今は楽しいのだ。にこにこと笑いながら拳を振るい躍動するイチカとの、ほぼ無限とも思えるような戦闘の繰り返しが楽しくてたまらないのだ。

「いいな!! いいぞいいぞ!! もっと来い!! どんどん来やがれ!!」

 イチカは笑いながら殴ってくる。たまにブロミーの攻撃が頬を掠ると、「よっしゃ!! いまのは良かった!!」と思い切り褒めてくれる。褒めながらお返しに、強烈な一撃見舞ってくる。

「は……はは……っ」

 不思議な感覚だ。一瞬の油断も出来ない戦いの最中なのに、爽やかで涼やかで、思わず笑ってしまう。

「ねえ、ねえ!! ボクはいいの? これでいいの? こんなボクを認めてくれるの……? ねえお姉さん!!」

 細切れに問いかける。言葉はもちろん通じない。だけどイチカはまるでそれとわかっているかのように、にかっと少年のように笑った。

「ああ? うっせえよ!! いちいち騒ぐな!! 戦いを楽しめよ!! おめえは強いんだからよ!!」

「じーん……!!」

 言葉にならない。ブロミーは感激に打ち震えた。


 いつの間にか、戦場は鎧喰らいたちの巣にまで入り込んでいた。地下水道の奥の奥。王都郊外へ流れ出る下水の管が無数に床に穿たれた、ただただだだっ広い空間だ。

「ブロミー!? なんでここまで!?」

「早くやっちまえよ!!」

「こいつ……なんて無能だ!! こんなとこまで連れて来やがって……!!」

 そこかしこから大小の鎧喰らいたちが湧き出てくる。突然の闖入者ちんにゅうしゃに驚き、皆で囲んでやっつけてしまえと騒ぎ立てる。

「うるさいうるさい!! うるさーい!!」

 普段はおとなしくて反論などしたことのないブロミーが、突然キレた。

 鎧喰らいたちはぎょっとして動きを止めた。

「な、なんだブロミー……。急に……」

「うるさいからうるさいって言ったんだ!! これはボクの戦いなんだから、手を出さないでよ!! 邪魔しないでよ!!」

 鎧喰らいたちは顔を見合わせる。

「みんなはいつも傍観してただけじゃないか!! いつもいつもバカにして、文句ばかり言って!! ボクは……ボクはみんなのために戦ってたのに……!!」 

 はち切れんばかりにブロミーは主張する。

「手出し無用だよ!! みんなは引っこんでてよ!! ボクはもう、自分のためだけに戦うんだから!!」


「ブロミーよ……」

 ちょっとしなびた感じの鎧喰らいが、衆を代表して出て来る。

「長老……」

 かつては一族最強の戦士だった長老ならわかってくれる。ブロミーは愁眉しゅうびを開いた。

「おぬし……人にたぶらかされたな……?」

「………………え?」

 聞き違いかと思った。でも長老は笑ってなかった。

「長老……どういうことですか!?」

 誰かが問う。

「その女を見よ……」

 長老の指し示す方向では、イチカが一時戦闘を中断し、腰に手を当てて周囲を警戒している。

「……傷の量じゃよ」

「おお……!!」

「なんと些少な……」

「ほぼ無傷ではないか!!」

 長老はうなずく。

「戦っているフリ……じゃろ?」

 長老の目が鋭く光る。

「な……何言って……!?」

「経験豊かな戦士であるおぬしが、闘女如きにこれほど手こずるわけがあるまい。戦いと見せかけて引き込む手筈といったところじゃろ? 狙いはなんだ? 一族の宝か」

「そ、そんな……。そんなことするわけないよ!! ボクはこの村の戦士だよ!?」

「一人前の戦士が魔法の援護も妖精の助けもないただの闘女に手を焼くわけがあるか。バカも休み休み言え」

「だからそれは……!! 長老はこのお姉さんの戦いぶりを見てないから……!! ホントに速いんだ!! ボクの攻撃なんか掠りもしないんだから!!」

 長老は、ふうと重いため息をついた。

「この期に及んで腹をも括れぬか。なんと惰弱な……」

 残念じゃ。

「皆の者。かまわぬ。処断せよーー」

 長老が出した合図と同時に、皆が一斉に跳びかかってきた。

 狙いは――イチカとブロミー。


「――お姉さん逃げて!!」

 咄嗟に叫んだが間に合わなかった。凄まじい数の鎧喰らいが十重二十重に取り囲み、一斉に襲い掛かってきたのだ。どうしてたまろうか。イチカの姿は波に呑まれるように消えた。

「お姉さん!! ……お姉さん!!」

 ブロミーは必死に進んだ。イチカを助けようと、さっきまで仲間だった者たちの間に体をねじ込んだ。

 一体や二体だったらそれでなんとかなったかもしれない。だが圧倒的な物量に阻まれた。一歩も前に進めない。

「こいつ……なにしやがる!!」

「裏切り者め!!」

 少なくない攻撃を被弾するが、ブロミーは一顧だにしない。

「逃げて!! お姉さん!!」

 手を伸ばしても届かない。声だけしか届かない。ブロミーは必死に叫んだ。イチカがやられるところは見たくなかった。格闘のエキスパートが、なんの芸もない集団に体積で重量で押しつぶされる。それだけは嫌だった。

「ごめんね、お姉さん!! こんなの汚いよね!! ずるいよね!! 謝るから!! 頼むから!!」

 届け。そう念じた。

「だから逃げて!! ――お願い!!」


 ――……逃げるぅ?


 声が聞こえた。

 鎧喰らいたちの中から聞こえてきた。

「……え? ……え?」

 ブロミーは耳を疑った。

 ドン!! ドドン!!

 炸裂音が響いている。殴打する音だ。物理の奏でる効果音だ。

「……お姉さん?」

 ドドドドン!! ドドン!!

 炸裂音は徐々に多くなる。周囲を圧するように高まる。

 鎧喰らいたちの戦列が崩れ始めた。内部から押し返されるように、じわじわと後退していく。

「――お、おい。なんだこいつ……」

「冗談だろ……?」

「前のやつ、圧力を緩めるな!! 攻撃が手ぬるいぞ!!」

「バカ言え!! こっちは必死だぞ!? こいつが早すぎるんだ!!」

「離れろ!! くっつきすぎだ!! このままじゃ同士討ちが……!!」

 ――ドカン!!

 包囲の一角が崩れた。内側から弾き飛ばされるように、二、三匹まとめてぶっ飛んだ。

 ざわざわ、ざわざわ……。

 鎧喰らいたちが思わず包囲を解いた。この奇跡のような人間から距離をとった。

 フレンドリファイアを避けるためでもある。だがそれ以上に恐れていた。びびっていた。こんな人間は初めてだった。

 イチカが立っている。足を前後に大きく開き、どっしりと身構えている。着衣が多少乱れているが、HPはほとんど減っていない。

 これだけの数に囲まれているのに、表情に悲壮感はない。恐怖も緊張もない。ただただ、戦女神の化身のように立っている。

「おう、なんだおまえ。喋れたのか」

 イチカは、疑いようもなく明確に、ブロミーに向けて言葉を発した。

「他のやつの言ってることはよくわからんが、なんでだかおまえの言ってることはよくわかるな。オレたちは似てるのかもしれねえ。――おまえ、戦士だろ? ならごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ。逃げるんじゃねえ。戦え。戦って死ね。これ以上に明白なことはねえだろうが」

 言葉が通じた!! 届いた!!

「……うん!! ……うん!!」

 うなずいた。首肯した。ブロミーは認めた。

「ボクは戦士だ。ボクも戦う。こんな理不尽なんか……こんなの、こんなの絶対認めてなんかやるもんか!!」

 鎧喰らいとして生まれたこと。忌むべき子として蔑まれたこと。根拠の希薄な疑いで罰せられようとしているすべてを、ブロミーは拒絶する。

「お姉さん、ボクを連れてってよ!! ボクを……ボクを仲間にしてよ!! ボクは旅に出たいんだ!!」

「おう!! ついて来い!!」

 イチカは破顔した。

「そうと決まったら、まずはこの包囲を突破することだな。おいおまえ……」

「ブロミーです!!」

「よしブロミー!! おまえに背中を任せる……血路を開くぞ!!」

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