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最果てのクロニクル~サヨナラ協定~  作者: 呑竜
妖精戦争

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65/118

「人中の虎」

 ~~~~~蜂屋幸助はちやこうすけ~~~~~


 市の総合体育館に来ていた。格技場で空手の大会があるとイッチーが言っていたのを思い出したからだ。

 いざ顔を出してみると、イッチーは意外な顔をしていた。こんな暑い盛りの昼下がりにひとりで見に来るとは思わなかったのだろう。

 俺自身も不思議な気持ちだった。朝がた家を出る時にはまったくそんなつもりはなかったのだ。


「まあいいや、優勝すっから見て行きな」

 にっと野性的な笑顔を見て、ああ来てよかったなと改めて思った。ここのところとくに人間関係で気を遣う場面が増えていたので、いい意味でのルーズさに救われた気がした。

 ひな壇状の観客席の一番上に腰を落ち着けた。夏休みの昼間の総合体育館の観客席のほとんどは、体育会系の人たちとその家族で埋まっている。俺のように単独の客はほとんどいない。たまにいても、散歩中のじいちゃんが涼んでいるくらいだ。


「俺、わかったんだよじいちゃん。ラブコメに登場する男主人公って、実は大変なストレスを抱えてるんだって。可愛い女の子が周りにいて、けっこうな勢いでアタックしてきて、それがうらやましいと思ってた。幸せそうだなあ、いいなあと思ってた。でもそうじゃないんだよ。選択を迫られるのって辛いんだ」

「……ああ~?」

 完全にボケてるじいちゃんは、俺の言葉に首をかしげた。

「全部を受け入れられるならそれが一番いい。でもそんなわけにはいかないんだ。人間にはもって生まれた器があってさ、表面張力を超えた分は垂れて流れて、最後は器自身を押し流すことになるんだ。相手がいいコだからこそ、それって辛いんだ」

「……うあを~?」

 加齢によるシミの浮き出たじいちゃんは、チワワみたいにつぶらな瞳を俺に向ける。

「わかんねえかな~? ……ま、俺にもわかんねえんだけどさ……」

 俺は頬杖をつきため息をついた。


 ――率直に言って、逃げてきたのだ。

 少女協定ガールズ・プロトコルの影響もあってか、最近はとーことるいのアプローチが激しさを増している。今し方も、とーこの家でふたりに囲まれていた。携帯の中からルルが騒いでた。

 ゲームをする、掃除をする、お茶を淹れる、おやつを作る食べる、そんななんでもない出来事のひとつひとつが、人生の重要なイベントのように彼女らの気持ちを煽り立てるらしく、そのつど板挟みになった。たいそう辛かった。

 贅沢な悩みと言われればそうかもしれない。爆発しろと言われれば承服せざるを得ない。

 でも待ってくれ。言い訳をさせてくれ。

 この世のどんな美味だって、胃袋の限界を超えては食べられない。

 涙は爽やかな甘さの中に苺の酸味がきらりと光るショートケーキ。とーこは宝石みたいに色とりどりのフルーツやナッツが詰まったパウンドケーキ。ルルは香ばしいシナモンの効いたフワッフワのシフォンケーキ。それぞれに違った味わいがあって、それぞれに美味しいのだけど、一度に全部は食べられない。無理をすれば胃にもたれるし胸焼けもする。恋愛スキルに一切ポイントを割り振ってこなかった中2男子には手に余る。

 だから俺は逃げ出した。晩飯の買い物をしてくるといって外に出て、流れ流れてここまで来た。ひっじょーに情けない話だけども。


 どんな顔して帰ろうか。時間がたてばたつほど言い訳は難しくなる。帰宅拒否症とかテレビじゃ言ってたよな。

「はあ……どうすっかな……」

 とめどなくため息をつきながら、俺は格技場の中央に目を向けた。ちょうどイッチーの試合が始まるところだった。


柿崎かきざき先輩頑張ってー!!」

市子いちこー!! ぶっ飛ばせー!!」


 会場のあちこちから声援が飛ぶ中、イッチーはゆったりと構えた。

 空手着に身を包み、手にはサポーター、頭にはヘッドギアのような防具を被っている。長い髪は後ろに結わえている。表情に覇気が満ち、いつもより凛々しく見える。

 開始の合図とともに、イッチーは雷光のような速さで相手の懐に飛び込んだ。前足側の拳を体ごと相手の腹にぶちこむと、対戦相手は冗談みたいにぶっ飛んだ。慌てて審判が試合を止める。

「なんだあれ……強っ……」

 しかし審判はイッチーではなく相手へポイントを与えた。

 ……ん、なんでだ?

 首をひねっていると、ボケてたじいちゃんが突如しゃんとして教えてくれた。

「……当てすぎたら……いかん。引かねえと……」

 しゃ、喋れたのかこの人……。

「引かねえと……殺しちまう……」

「そんな怖い話なの!?」

 聞くと、じいちゃんは「んーんー」と目を細めてうなずいた。

 たしかに頭に防具もつけてるし拳にサポーターもつけてるし、俺の想像以上に空手ってのは安全に配慮してるみたいだ。


 対戦相手は苦しそうに腹を押さえながらなんとか立ち上がり、審判に促されて身構えた。

 イッチーは再び飛び込んだが、さっきみたいに思い切り打ち込んだりはしなかった。当てたらきちんと引いていた。

 対戦相手は完全に腰が引けていて、もはや相手にならなかった。たて続けにポイントを奪取して、イッチーは初戦を突破した。

 

 都下最強を自負するだけあって、イッチーはさすがに強かった。矢のような飛び込みと、炎のような連打連打また連打で、相手を次々沈めていく。

 初戦の初撃が脅しとして効いていてるのか、みんな及び腰だったのも勝因だ。

 そうか、あれには威嚇射撃的な意味もあったんだな……。


 瞬く間に決勝戦。今度の相手は防御も堅く体力もあり、心も強く強烈なカウンターも兼ね備えた難敵だった。

 今までの戦い方が通じないと知るや、イッチーはいきなりギアチェンジした。無闇やたらとつっかけず、相手の間合いぎりぎりの位置に慎重に身を置いた。

 基本は最初に見せた前足と同じ側の拳での突き(あとで聞いたところ、追い突きというらしい)による単打。コンビネーションを使う時は反撃を受けないような体勢で打ち終わることを徹底した。出入りも速い。相手が反撃しようとした時にはすでに遥か遠くでステップを刻んでいるといった具合だ。 

 普段のキャラからは想像も出来ないアウトボクサーみたいなクレバーな戦い方で、仮にも決勝戦まで来た相手に、つけ入る隙すら与えないパーフェクトな勝利を納めた。


「おー、見たかハチコー!! 予告通りの完封勝利だ」

 試合が終わって頭の防具を脱いだイッチーが、俺のところへやって来た。結っていた髪をほどいて、得意満面、サムズアップをしている。

 胸もデカいし顔だちも派手だし、イッチーの姿はひときわ目立つ。周囲の観客が指さしたり写メ撮ったり、握手してもらおうかなんて囁き交わしてたりする。

「おおすげえな!! 空手の試合って初めて見たけどマジすげえ!!」

「はっはっはっ!! そうだろそうだろ!!」

「あのイッチーが頭よく見えるなんてな!!」

「……おい殺すぞ」

「マジすいません」

 胸ぐらを掴まれてすごまれたので、素直に謝る。

 

「あんたら、なにバカやってんのよ……」

 声のほうを見ると、小巻こまきがあきれ顔で腰に手を当てていた。ショートパンツに袖なしのシャツという肌の露出の多い格好だ。さすがは現役陸上部員、むき出しになった部分はすべてくまなく小麦色で、色っぽさより子供みたいな活発さのほうが強く目立った。

「い、いいところにっ。小巻姐さん助けてください」

 三下っぽく助けを求める。

「……誰がいつからあんたの姐さんになったのよ」

「やだなあ姐さん。俺はいつでも姐さんの下僕のつもりでいやしたぜ? ヘヘヘヘヘ……」

「なんかキモイ……」

 取り入る俺を心ない言葉で切り捨てる小巻。

「ま、いいわ。市子、あんたはいったいなにしてんのよ?」

「おまえこそなにしてんだよって感じだが……。ふん、おまえにゃ関係ねえよ。ハチコーとオレとの問題だ」

 イッチーは俺を離すと、憎々しげに小巻をにらみつけた。決勝戦の相手にぶつけたよりも強い敵意だ。

「関係あんのよ、残念ながら。朱里あかりさんから頼まれてるから」

 小巻は実にめんどくさそうにかぶりを振った。

「幸助がいじめられてたら助けてあげてねって」

「誰がいじめたか」

「……自覚ないあたりが終わってるわね」

 バチバチバチッ。

 俺を巡って激しく火花を散らす2人。うわ……なにこれ、俺めっちゃお姫様ポジじゃん……。


 そうこうしてるうちに、周りが騒ぎ出した。

「……ねえあれ、小巻さんじゃない?」

「わ、ほんとだ。吾妻あづま先輩だ。引退したって聞いたけど……」

「武者修行の旅に出たんだっけ。オレより強いやつに会いに行くって……」

「現役の時は柿崎先輩でもかなわなかったしね……」

人中じんちゅうの虎と、虎殺しね」


 不名誉なレッテルに憤るふたり。

「あ・い・つ・ら~……」

 拳を握る虎殺しさん。

「……殺す。ぶっ殺す」 

 拳をバキボキ言わせる人中の虎さん。


「……でもなんか様子おかしくね?」

「なんか話してるね」

「関係あるとかないとか言ってたけど……」

「……それって修羅場ってことじゃね?」

「え……あっ。あのひとりで応援に来てた男の人!?」

「人中の虎にまさか男が出来るとは……」

「そういえばさっき、顔ちかづけてこしょこしょしてるの見た……」

「それだ!!」

「――それじゃねえよ!!」「――それじゃないわよ!!」

 

 ~~屋外~~


 外に出ると、焼けつくような日差しが降り注ぎ、一気に汗が噴き出した。

「あぢぢぢ……。ちくしょう、も少し涼んでたかったなあ……」

「……言っとくけど、あたしのせいじゃないからね」

 まだ怒りが収まらないでぷりぷりしてる小巻。

「たいがいおまえらが悪いと思うぞ? 無実の一般人相手に殴りかかるとか」

「……道着着てるやつは一般人にカウントしないもん」

 ぶうたれる小巻。

「道着着てない人もいたぞ」

「……一般人になりすましてたんでしょ」

「……おまえはどこのベトナムで戦ってるんだよ。なに軍曹なんだよ」

「ふん、だ」

 イッチーは大会主催者に捕まり、俺たちよりも長い説教を受けてるところだ。

「そもそも俺まで怒られるのわけわかんないけどな。純然たる被害者なのに」

「あんたがひとりでこそこそしてるから悪いんでしょ? 自業自得よ。因果応報よ」

「こそこそもなにも、イッチーの応援しに来ただけだろ!?」

「――武田さんがいるのに他の女と、ってことよ」

 ぎろり、にらみつけてくる小巻の眼力にたじろぐ。

「や、べつに涙とはつき合ってるわけじゃないし……まだ」

「まだ、ね」

 トゲのある言い方。

「……最近のあんたさあ、ちょっとチャラすぎない?」 

「ちゃ、チャラい!?」

 死ぬまで絶対に言われないだろうと思ってた単語トップレベルなんですけどそれ。

「……武田さんと一緒に帰ってると思ったら、別の学校の女子と遊んでたりさ……」

 ……とーことのことか。

「見てたのか……」

「――誰よあれ?」

「だ……誰でもいいだろ!? おまえには関係ないじゃんか!!」

 説明するには事情がこみ入りすぎてる。めんどくさくなった俺は、思わず強い返答をしてしまう。

「関係……ない?」

 即座に怒鳴り返されるものと思っていたのに、まったくその気配がない。

 ちら、小巻を窺うと、わなわな震えていた。うつむいて、強く唇を噛んでいた。

 やべ……殴られる!!

 思わず身構えたが、いつまでたっても攻撃はこない。

 顔を上げた小巻は、顔を真っ赤にしていた。

 怒りなのか羞恥なのか、あるいはそれ以外のなにかなのか、まったくわからなかった。ただひたすらに、衝動につき動かされるように小巻は叫んだ。

「そうよ!! 関係ないわよ!! あんたがどうなろうと知ったこっちゃないわよ!!」

 激している。そう表現するのが正しいだろうか。

 感情のままに小巻は拳を握り、俺を見る。

「勝手にすればいいのよ!! いろんなところで女を作って!! あっちへふらふらこっちへふらふら、ただれた生活おくってればいいのよ!! あたしは気にしないわ!! だって……だって、ただの幼馴染だもん!!」


 ~~~~~柿崎市子~~~~~


 柿崎家のPCは居間にある。3人いる体育会系兄貴の中で、唯一の知能派であるしゅんの持ち物だ。

「……なんだよ市子。まーたやってんのか? ゲーム」

「おまえが空手以外のことにこんなにハマるのって初めてだよなー」

「それ以前にこいつがキーボードが打てること自体がびっくりだよ俺は」

「まあまあ、いいじゃないか。これからはパソコンの時代だ」

 俊が声をかけ、たくが感想を述べ、ひでは自らを省みず、きよしは娘の成長を喜んだ。

「んーんー」

 居間の隅の座布団にちんまりと正座し、目を細めてうなずいているのは祖父のたけしだ。イッチーの師匠にあたり、妖精あいかたであるシショーのネタ元でもある。

「うるっせえよおまら。黙ってろっての。いまいいとこなんだからよー」

 適当に答えを返すと、イッチーは再びFLCに熱中した。


 その敵は、いままで見たことのない姿形をしていた。大きさはSUV車1台分くらい。丸くぶよぶよと弾力に富み、巨大な煮こごり……に見えなくもない。

 その敵は、鎧喰らい(アーマーイーター)と呼ばれていた。体の一部を変形させ攻撃してくる。受ければ鎧の耐久力を減らされる。捕まれば体の内側に取り込まれ、身動きがとれなくなる。

 目がどこにあるのかわからない。骨や関節といったものがないのでどこから攻撃が飛んでくるかわからない。常に全周囲に警戒を払わなければならない。攻防含めいやらしい敵として、プレイヤーからは煙たがられる存在だ。


 ――おもしれーじゃん……。


 ダメージも通りづらい。外縁を叩くだけではかすり傷にもならない。

 芯を打たねばらない。煮こごりでいうならば、透かして見える具材の部分。人体で言うならば急所の部分。そこだけはダメージを吸収できない根幹の部分。

 右追い突き、左逆突き、右中段回し、同じく上段、対をずらして攻撃を躱し、体を回転させてのバックブロー。流れるように上段回し――。

 何度も打つ。何度も叩く。何度も蹴る。でも鎧喰らいは死なない。HPの減少速度は緩やかで、攻撃意志も軒昂で、時折予測のつかない角度から鋭い攻撃を飛ばしてくる。

 下手に触れば鎧を溶かされるので、手で捌くわけにはいかない。実戦みたいに相手の攻撃を叩き落とすなんてわけにはいかない。読みと、体の移動。間合いの取り方。それだけで対処しなければならない。

 ぶるり。背筋に震えが走った。

 歓喜だ。

 生身の人間相手だったら必要な「加減」がいらない。拳を引かなくていい。腰を入れていい。全体重を乗せていい。しかも相手はただのサンドバッグじゃない。ミット打ちともまた違う。全力で反撃して来る油断ならない敵だ。

 解放感が身を包んでいた。ゲームの中の話ではあっても、「本気を出して戦っている」というのが嬉しかった。今この瞬間、イチカは幸福感に満たされていた。


「――ははっ。おまえ……いいなっ!!」


 声に出して笑っていた。イチカは笑いながら殴っていた。


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