「まさかの共闘」
~~~~~ハチヤ~~~~~
戦争の終盤で、両軍は疲弊していた。本来ならどちらにも増援のNPCが来る時間帯なのに、妖精側にだけは来なかった。だから妖精側は押されていて、主役級NPCであるオデッサのHPは0になる寸前だった。
戦争に参加するNPCには、一定以上のダメージを受けて敗北すると、ステータスが「負傷」状態になり、しばらく戦場に出てこれなくなるという設定がある。
ラクシルの「神秘の砲塔」の強烈な一撃は戦場を貫き、薙ぎ払った。さながらマップ兵器のように敵味方を消し飛ばした。誤算だったのは、その中に戦闘不能寸前のオデッサも混じっていたことだった。
オデッサを失った妖精側は、タイミングよく増援を加えた帝国側になすすべなく蹂躙され、敗北した。敗戦国である妖精側には一切の追加ポイントが入らず、一律同額の配分となってしまった。決着つかずで、俺たちの勝負は痛み分けに終わった。
「どうすんだハチヤこのやろう!! とんま!! 間抜け!! ボケナス!!」
古風な罵倒の言葉を操るのは、サーディンの妖精のニアだ。ニアなんて可愛らしい名前をしてはいるが、ニアはニアでもピラニアのニアだ。アマゾンに住む人喰い魚がモチーフの、なんともグロテスクな妖精なのだ。
「……おまえのとこの妖精は相変わらずだよな。見た目も口の悪さも」
「おめえんとこもたいがいだぞ? ああなるの『知ってて』範囲魔法ぶっ放すとか、相変わらず尋常じゃねえことしやがる」
「なんだなんだこのやろう!! こんなへちゃむくれと一緒にするない!!」
「いやあ……ルルもさすがに海の食べ物と同じ扱いされるのはイヤですねえ……」
「ああー!? なんだてめえやんのかこの!!」
「うっさいですよ!! あと生臭いです!! 歯ぁ磨いて出直して来てください!!」
ぎぎぎぎ……!! にらみ合うルルとニア。ちなみにピラニアは淡水魚だが。それはさておき、非常に困った事態になっていた。
「まさかオデッサが負傷するとはなあ……」
重い事実にがっくり落ちこむ。
「けっこうな『重症』ってアナウンスが流れてたから、下手すると戦争期間終了するまで出てこねえぞありゃ」
お手上げ、というように万歳するサーディン。オデッサが出陣できないときは代わりに副官のメガネっ娘リマールが出ることになっているのだが、学究肌で戦闘に不向きな彼女にベルゼルガの相手が出来るとは思えない。騎兵戦が敗れれば戦況はいきなり不利になる。歩兵戦列が初っぱなに蹂躙される。そうなればこのあとも負け戦が続くのは確定的に明らかだ。下手すると王都陥落まである。
「やっぱ俺のせいか……?」
よかれと思ってやったんだがなあ……。
「だから普段から言ってるでしょ? 勢いだけで突っ走っちゃダメなんですよあるじ様~」
「『ほんとに困ったコねえ』みたいに言ってるけど、おまえのせいも半分くらいはあるんだからな!?」
「ええ~。せめて9:1ぐらいでしょ?」
「それで譲歩したつもりなのが怖いよ俺は……」
むなしい争いをいつまでしててもしかたない。なんとか打開策を探さないと。このままじゃ、王都陥落の一級戦犯になってしまう。
「何かないか何かないか……」
見渡すと、徒労感が募ったパナシュとメイルーは「疲れたー」、「マジだるいー」と地面に倒れ込んでいる。アールは溶かされた服を眺めてしょんぼりと肩を落としている。イチカと生き残りの鎧喰らいは、殴り合った末に友情でも芽生えたのか、面と向かって何事かを話している。……話、通じるんだ?
「――ハチ。どうも変だぞ」
ちょっと見てくる、といって終戦後のフィールドを走りまわって情報収集していたコルムが、いぶかしげな顔をして戻ってきた。
「妖精側の援軍が来た形跡がない。他のPTにも聞いて回ったけど。誰ひとり見ていないみたいだ」
思い返す。両軍の疲弊が一定以上になると送られてくる増援。帝国側のアナウンスはあったはずだが、妖精側のはなかった。
「……帝国側のは来てたよな?」
確認すると、コルムはこくりとうなずいた。
「ああ。タイミング的には両軍に来てておかしくなかったし、オデッサが倒れた以後も来ないのはさすがにおかしい。下手するとこれは、援軍の出元に何かあったのもしれない……」
「援軍の出元ってたしか……」
「夜会だ」
「夜会か……」
俺とコルムの会話に、サーディンが割り込んできた。
「おいおいおい、おめえらなに言ってんの? 意味わかんねえよ」
「今コルムが言ったろ? 援軍が来なかったって。援軍の出元の夜会で何かがあったのかもしれないって」
サーディンは焦れたように拳を振り回した。
「だからなんだよそれ。そんなイベント聞いたことねえぞ?」
「帝国側の援軍を来させないように出来るのは知ってるだろ?」
「あったりまえだ。こちとら生まれ落ちての生粋の戦争屋だぞ? 知らねえわけがあるか。そんなの、帝国側の待機陣地に乗り込んで援軍NPCを討てばいい」
「同じだよ。同じことをされたら妖精側の援軍もなくなる」
「だからそれを誰がやるってんだよ!! 向こうに冒険者はいねえんだぞ!? 誰がクエストをこなすんだ!!」
「そりゃもちろん悪役NPC――」
言いかけて、俺は初めて、サーディンらが「その存在」を知らないことに気が付いた。説明しなきゃ通じない話だった。そりゃそうだ。
めんどくさいけど言わなきゃ納得してくれそうになかったので、俺はいままでの経緯をサーディンに説明した。ルルの自我の目覚め、マダム・ラリーの館の幽霊トレイン、レヴンドール大森林でのゴルガリの魔塊との激闘、カロックの自警団の崩壊、逃げた千眼と、未だに行方のわからないアンバー……。
「――ということ。以上、説明終わり」
俺が終わりを告げると、サーディンは大きく息を吐いた。
「……すげえことになってたんだな……」
「あれ? 意外だ。信じてくれんのか?」
もっと頭ごなしに否定されると思ったけど。
「信じるも信じねえもねえよ。ニアもそうなんだ」
「………………マジで?」
意志持つピラニアとか完全にホラーな生き物だな。
「ああ!? なにガンつけてくれてんだコノヤロー!!」
まじまじと眺めてたら、「シャー!!」と歯を剥き出しにして威嚇された。……うん。いつも通りに攻撃的で取り付く島もなかったから気がつかなかったよ。
「マジマジ。まるで意志があるみたいに喋るようになりやがった。よっく聞けば、自我があるんだと。オレたちは戦争屋だから、おめえが出会ったようなのには出くわしてねえんだけどよ、NPCの中にはやっぱ変な動きをしてるのがいるんだ。……やっぱ、この間の大規模バージョンアップの影響なのか?」
「わかんね。だけど何かがいるんだ。妖精王アードバトンは絶対正義の存在じゃない。千眼って悪役がいて、そいつがいろいろ暗躍してて、俺たちはそいつを追って王都に来た」
「その剣も、さっきの魔女エンジンも、その過程で手に入れたってことか……」
「そうだ。こんなバカげた威力の剣、見たことあるか? 魔女エンジンが味方になるなんて、一度だって噂に上ったことないだろ? ――あの日以来、すべてが変わった。妖精と同じようにNPCも意志を持ってる。隠しシナリオも想像以上にたくさんあるみたいだ。これから先は、何が起こってもおかしくない」
がしがしぼりぼり、サーディンは頭をかきむしった。
「あーちくしょう!! めんどくせえことになってんなー!! これじゃおちおち戦争もしてられねえ!!」
サーディンは強い目を俺に向けた。
「わかった!! オレも協力してやる!!」
「………………え?」
「だから言っただろ!? 協力してやるって!! オレも妖精釜を開ける手伝いをしてやる!! んで、無事終わって妖精側に有利な戦況になったら、そん時改めて決着をつけてやる!!」
サーディンとの共闘。これには俺もコルムも、パナシュもメイルーも驚いていた。
「本気か……ハチ!?」
「マジかよさーくん」
「ありえなくねー?」
口々に疑問と不満を述べる皆を、しかしサーディンは一顧だにしない。
「オレは戦争をするためにここにいる。王都が落ちれば戦争どころじゃねえ。負け戦は趣味じゃねえ。可能性があるならなんでもするってことだ。オレたちの闘争のために」
「サーくんかっけえ!!」
「マジ惚れ直すわー!!」
ふたりが褒め称えるのをうさんくさげに見ていたコルムは、俺の耳元でぼそりと囁いてきた。
「……いいのか? 本気でこんなやつと組む気なのか?」
コルムの心配はもっともだ。俺たちとサーディンはいままでさんざん敵対してきた。正確には一方的に向こうから絡まれてきただけだが、かなりうざったい存在だったのはたしかだ。戦ってばかりで、手を組むなんて想像したこともなかった。
「自分の楽しみを守るためならなんでもする。その考え方には納得できる」
「……オレたちと同じだから?」
うんむ、大きくうなずくと、コルムはしばらく俺を見つめたあと、呆れたようにため息をついた。
「……はあ。しかたない。リーダーがそう言うなら従うだけさ」
~~王都近郊・レイ・ボワル禁猟区~~
妖精貴族――レイ・ボワル卿の治める広大な敷地の奥の奥。一切の侵入、狩猟の禁じられたエリアの奥に、その扉はある。
重く堅牢な、巨人族でも出入りできそうな巨大な鉄の扉。渦巻く風のようなレリーフは、羽ばたく妖精の羽根をイメージしているのだとか。このダンジョンの最下層から妖精たちが飛び出てくるのだと思うと、なんだか感慨深いものがある。
「ううう……まさか本当にここに戻るハメになるなんて……」
ルルは怯えきっていて、俺の頭から離れようとしない。
「ううう、うっせえへちゃむくれ!! い、いいいいちいちびびってんじゃねえぞ!!」
強がっているが、ニアの声も震えている。
バクさんも尻尾を垂れさせて座り込んでいるし、ママさんはアールの背中に隠れている。他の妖精も似たり寄ったりだ。するとこの奥にあるものは、すべての妖精たちにとって共通の恐怖の対象なのだろうか。
俺は眼前の扉を見上げた。人の頭ほどもある丸い把手に手をかける。
「ふん……どいつもこいつもびびりやがって!!」
もうひとつの把手に手をかけたのはサーディンだ。
「うつむいてんじゃねえぞてめえら!! 要は胎内めぐりみてえなもんだろうが!! 屁でもねえぜ!!」
サーディンの発破で、みんなが顔を上げる。声がでかくて押しが強くて、およそ迷いというものが感じられなくて、なるほどこいつはリーダー向きなのかもしれない。一時期は大規模クランを束ねていただけのことはある。ずっとコルムとふたりだけでやってきた俺とはえらい違いだ。
……んー、しかしまさかこんな日が来るとはなあ。
しみじみと奇縁を感じる。常に敵同士だったサーディンと共闘する日が来るなんて、いまのいままで思ってもみなかった。妖精釜にチャレンジする日が来ることも、もちろん想定の外にあった。
「あるじ様ぁ……」
弱々しく抱きついてくるルルの背中を撫でてやる。
――妖精の生まれる地、母なる釜のおわす土地。そこからすべてが始まり、あらゆる可能性が飛び立った――
「心配すんなルル。ちょっと里帰りするだけだって」
「ちょっとじゃないですよもう……」
ルルはぷーと頬を膨らませた。
……この時はまだ、俺は知らなかった。妖精たちの恐れ。自らの生まれた場所を忌避する理由を、想像してもみなかったんだ――。




