「ウォリアーズ・コンテスト」
~~~~~ハチヤ~~~~~
妖精釜。キティハーサのすべての妖精は、その釜より生まれる。
外見は、ちょっとした城ほどもある巨大な釜である。中にはさまざまな色彩に変化する液体がトロトロぐつぐつ煮えている。液体は生命の素だ。液状から徐々に粘性を帯び硬化し、それは血となり肉となり骨となり、羽を形成し角を生やし、やがて泡沫が弾けるように一個の妖精と化して羽ばたいていく。
「ああ……あのオープニングムービーの……」
「そうだアール。妖精釜から流星群みたいに生まれた妖精たちが島中に飛んでいくシーンあったろ? あれあれ」
ほうー、と感心したような声を上げるアール。
「あれはさ、普段は閉じてるんだけど、釜の漕ぎ手が時折開けてでっかい櫂をかき回すんだな。そのたびに妖精が生まれるっていう設定でさ」
「……つまりボクたちで蓋を開けて、戦力としての妖精を増やそうっていうんだな?」
「その通り。戦力バランスを盛り返せれば、あとは王都。滅多なことでは落ちないだろうよ」
「なるほど……」
「やー!! 絶対やーですよあるじ様!! ルルはあんなところへは行きませんからね!!」
ルルは自分の腕をかき抱き、身を震わせるように反対する。
「あんな……あんな恐ろしい……!! 想像するだけでもおぞましい……!!」
「いやー。そんな言うけどさ。戦争自体の趨勢を決するような力は俺たちにはないし……。戦略じゃなく戦術で打開というか。こういうミニマムな戦いならなんとかさ……」
「ぜんっぜんミニマムじゃないですよ!! 超特大ウルトラデリシャスワンダフルでっかいじゃないですかー!! ――だいたいあるじ様は知らないんです!! あの櫂でかき回される時の痛さが……ゴリゴリバキバキって……もう泣きそうなほどに痛いんですから!!」
本当に涙目になっているルル。そ、そんなにひどいのか……。まあイメージとしては胎児をかき回すような感じだからな……。
「でもルルはもう成体だし関係ないじゃん。かき回されないじゃん。むしろかき回しにいくんだから、そんないまさら気にせんでもさ……」
「まーあ無神経な!! トラウマですよPTSDですよ!! ルルはあんなところには行きたくないんです!! 絶対ぜーったい!! やーーーなんですー!!」
「お、おう……」
うむむ……まさかここまで全力で拒否られるとはなあ……。
ぷんすかしてるルルに手を焼いていると、コルムがとりなすように間に入ってきた。
「まあまあ、ハチもルルちゃんも落ち着いて。あくまで最終手段の話だよ、な? そもそもオレたちに妖精釜を開けることなんか出来るわけないって。ハチだって漕ぎ手の強さは知ってるはずじゃないか」
「あーまあ……な」
妖精釜の守り手である釜の漕ぎ手は、なにせ城ほどもある釜をかき回せるぐらいなのだから、当然同じくらいにデカい巨人族だ。釜の蓋を開ける際の障害として、いままで幾多の冒険者たちの前に立ちはだかってきて、しかもことごとく跳ね返してきた。桁外れの耐久力と一撃必殺の攻撃力を兼ね備えた漕ぎ手は、FLCの中でも最強クラスのモンスターとして認知されている。不動不倒の伝説の持ち主だ。
「いままで出来なかったことが急に出来るようになるもんか。一般冒険者の代表みたいな俺たちに。なあハチ?」
「……ん? ああ……まあ」
いやそれがさ……。
「――え? 出来んのか!?」
「うん。たぶん――」
ごくり、誰かが唾を飲んだ。
シャー!! 歯を剥いて威嚇したのはルルだ。警戒モードのまま、羽音も高くホバリングしている。
「で、でもさ――」
さらに重くなった場の雰囲気を盛り上げようと、コルムが明るい声を出した。
「そもそもそんな必要がないじゃんか? 王都の守りは完璧だよ。他の都市とは固さも兵力も段違いだ」
「おいコルム……」
「コルムさん……それ完全にフラグですよ……」
俺とルルにじと目で見つめられて、コルムはぐぐっとうめいた。
なんて言いつつもその時までは、俺も冗談めかして笑っていられたんだ。
~~ナナリーの広場にて~~
王都の玄関口である東門の前にあるのがナナリーの広場だ。旅の出発点であり、帰着点であるそこは、さまざま露店が立ち並ぶ賑やかな空間だった。
いまや何百何千という数の妖精が、人族がそこにいた。妖精軍が、鎧を着け剣を下げ槍をかい込み、大戦への準備を始めていた。
露店は急増の武装の販売店になり、救護所になり、あるいは鍛冶屋の出張所になっていた。
普段の和気あいあいとした雰囲気は消し飛び、全体に金気くさかった。
「うっわー。まさに戦時下ですねー」
空高く舞い上がっていたルルが降りて来て俺の肩に止まる。ばばーん、と両手を広げてみせる。
「もういっぱいですよー。広場を埋め尽くしてますよー。これだけの妖精が集まってるのを見るのはさすがにルルも初めてですねえー」
「俺もだよ。――や、こいつはすげえな。俺は別にそんなに戦争好きじゃねえけど、なんかテンション上がるよな」
「ハチヤはあまりこういうイベントには参加しないのか? ……男子ってのは、もっと戦争とか好きなもんだと思ってたけど」
意外そうにアール。
「俺もコルムも戦争よりは冒険、でやって来たからなあ。こんだけ人がいると楽しいし、敵も味方もめちゃくちゃな大乱戦も燃えるけど、毎度毎度だと疲れちまうよ」
「ふふ……そうだな」
くすくす笑われて、俺は思わず赤くなった。
最近、アールの向こうに涙の姿がチラついて困る。あの夜の告白以来、ロールプレイだけでは隠しきれない涙の女の子成分を過剰に意識してしまって、ときどき対処に困る。
「さすがに王都防衛線だからなあ。みんな気合入ってるんだろうな」
コルムが感心したように声を上げる。
「違いねえ。今日はさすがに戦争屋だけじゃねえみたいだな」
「今サーチしたらこのエリアに200人以上いるからなあ」
「お、珍しい。3桁いったの自体超ひさしぶりなのに」
「エンドコンテンツの悲しさだよなあ……」
しみじみしてしまう俺たちに、アールが聞いてくる。
「なあハチヤ。戦争屋ってのはいったいなんだ?」
「ああ、戦争屋ってのはさ。戦争イベント専門のプレイヤーのことだよ。攻略に防衛に。帝国との戦争のみに参加する血の気の多い連中でさ。当然、今日だって最前線に出張ってる」
「ほうほう……」
アールの視線を誘導してやる。門に一番近いところ。妖精族の主役級NPCである女妖精騎士オデッサの周りを固める牛騎兵の、さらに周囲に冒険者の一団がいる。いずれも高レベルの冒険者で、武装も一目でわかるほど良質だ。
「帝国なにするものぞー!!」
「王国の興廃この一戦にあり!!」
「オデッサ様に続けー!!」
剣や盾をがんがん打ち鳴らし、鼻息荒く開戦を待ち受けている。
「うへえ……相変わらず暑苦しい連中だな……」
「軍人RPか。めんどくさいよなああいうの……」
アールにも言ったが、俺とコルムは戦争イベントにはあまり参加しない。全力を尽くして戦うこと自体は好きだが、戦うことそれ自体には楽しみのウエイトを置いてない。立ち寄った先の都市でたまたま行われていれば参加するが、そうでなければわざわざ足を止めたりしない。FLCの醍醐味はあくまで妖精との冒険。それが俺たちのポリシーだからだ。
「ま、ぼちぼちやろうぜ」
適当に気合を入れてアールに強化魔法をかけてもらったりしていると、横合いから俺に話しかけてくるやつがいた。
「おー? おーおーおー!! ハチヤくんじゃねえの!! おひさー!!」
「……このチャラくて感じ悪い声は誰だろう。っておまえしかいないか……」
振り返ると、丸耳族の聖騎士サーディンが気安く手を上げていた。銀髪で前髪長くて、いかにも勇者って感じの美形のキャラデザイン。FLCサービス開始からの数少ない知り合いだ。
「なんだよなんだよ。おまえ、まーだFLCやってたの? 最近見かけないから、友達いない寂しさで引退したのかと思ったぜ?」
「……けっ、ほんとめんどくせえやつだな」
俺はため息をついた。こいつは昔っから、俺を見つけるたびに寄って来ては嫌味を言って去って行くという特殊な習性をもってる。超めんどくさい。
「――サーディン。オレを忘れてないか? オレとハチはいつも一緒だ。大切な仲間だ」
間に入ってくれたコルムを一瞥すると、サーディンは「へっ」と軽薄に笑った。
「相変わらずのホモホモしいコンビだなぁおまえらは。なんだ。大切な仲間? ぷー。クサくて聞いてらんねっての」
サーディンは鼻を摘まむようなしぐさをして俺たちを小馬鹿にすると、
「仲間ってのはこうだろ?」
ぐい、と両腕に花束のように女性キャラを抱え込む。長耳族のパナシュと猫耳族のメイルーだ。サーディンとは古いつき合いの女性プレイヤーで、サーディンハーレムの構成要因だ。
「あははっ。やーだサーくんたら」
「モテないハチヤくんをいじめちゃだーめっ」
パナシュもメイルーも、地声が嫌いだとかでコルムみたいなボイスチェンジ機能を使っている。いかにもって感じの女声が、きゃんきゃんわーわーやたらとうるさく耳障りだ。
コルムが舌打ちする。
「……あーあ。めんどくせえ」
無視して戦準備を整えようとすると、アールがすっと前に出た。
「……おいハチヤ。こいつらはなんだ?」
「へえ~、おまえに新しい仲間ねえ……ん? 女?」
「……ハチヤ。こいつは?」
サーディンの無礼な態度にかちんときたのか、アールが肩をいからせる。
「こいつは戦争屋だよ。ずっと戦争イベントばっかりしてるパワープレイヤーだ。くだらない連中だから相手にすんな」
「……いいのか?」
「うん……?」
何がだろう。
「こんなにあからさまにバカにされて……悔しくないのか?」
――あ、あれ。このコ、予想以上に怒ってる?
「ちょ、ちょっとアール……。気にすんなよ。こいつらいつもこんなもんだからさ」
「――わたし……悔しい!! こんな……幸助くんをバカにされて!! 黙ってられない!!」
拳を握り締め、ロールプレイをかなぐり捨てた涙は、きっとサーディンを睨み付ける。
「ひゅ~♪ おっかねえ」
サーディンは口笛を吹くと、何が楽しいのか手を叩いて笑った。
「声を聞く限りはどうやら中身はホントに女みたいだな? よかったな~ハチヤ? いつまでもむさくるしいメンズのみの冒険じゃ悲しいもんなあ?」
「え~、でもなんか~。その女ってかなーりヒステリックじゃない?」
「いきなりキレる女って、たいがいリアルでは男に相手にされない不細工なんだよね~。ゲームの中でしか認められない価値にしがみついてるっていうか~」
ブチッ。俺の中の何かがキレる。
「――おいおまえら。……俺の悪口は構わねえが、涙のことバカにすんな。こいつはおまえらなんか想像もつかないような可愛い女の子なんだぞ?」
「こ、幸助くん……」
「はあ~? 自称だろ自称? どこに証拠があるんだよ。証拠見せて見ろよ証拠。どーせオタサーの姫みたいな顔なんだろ? ショタのボクっ子演じるわたし可愛いーってか? 世間的には普通以下でも、環境が悪いから良く見えてるだけなんだろ? 悲しい見栄張ってんじゃねえぞ? ああ?」
「このっ……」
煽り続けるサーディンに向けて拳を握った俺の行く手を、コルムが腕で遮る。
「……落ち着けハチ。街中でPVPはご法度だ。漏れなくアカウント停止だ。モルガンの二の舞になるぞ?」
「知ってるよ。だけどさ……!!」
こいつだけは一発ぶん殴ってやんなきゃ気がすまねえ。俺に告白してくれた涙の全力を思い出すと、サーディンへの怒りがさらに募る。腸が煮えくり返る。
「ゲーマーだったらゲームで決着をつけよう」
コルムの提案を、サーディンは手を叩いて喜んだ。
「おーおーおー? おっもしれえ。おまえらごときヌルゲーマーが、ハイエンド冒険者である俺たちにかなうと思ってんの? レベルだけはそれなりに上がってるみてえだけど、それじゃ追っつかねえ領域ってのがあるんだぜ?」
「なんだ。ビビってんのかサーディン?」
「はあ!? 誰がビビるかバカ!!」
「サーくんに本気で勝てると思ってるわけ?」
「バカじゃね? この糸目」
パナシュとメイルーが口々にコルムを罵倒する。
「――どっちがバカかは勝敗が決めることだ」
コルムは平然と受け流す。なにこのイケメン。超かっこいい。
俺は拳を打ち合わせた。
「おしわかった。やろうコルム。サーディンもいいな? 勝負は3対3のチーム戦。防衛線終了時点でのチームの総合獲得ポイントで決着だ」
「オッケー。いいだろう。ほえ面かくのはおまえだがな」
「言ってろ」
こうして、俺たちの妖精戦争第一幕は始まりを告げた――。




